【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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絡め捕られた銀灰

 最下層にある実験場が再建された事を期とした食事会から何日か過ぎた頃、ふらりと中層を訪れたイレスは「実験を再開させます」とラフィーアに通知し、捕らえた『実験材料』の『付属品』の整理を彼女に任せるとそのまま下層へ潜って行った。

 

「…………」

 

 そうして預かった衣服の類を下層の倉庫に仕舞い込み、イレスの動向を自らが改築した中央拠点――元オーガの住処――で警戒していたラフィーアは、訪れた時と同じようにふらりと戻って来た魔女を迎え入れる。

 

「ようやく実験を再開させられましたが――改めて見ても、ここはなにもありませんね」

「……疲れていらっしゃるのでしたら、こんな場所に寄らずに上層に直帰なさればよろしいのでは?」

「まったく――どこかの誰かが中層の亜人を虐殺し、その死骸を無遠慮に落とした後始末の所為で遅れたというのに」

 

 そんな雇用主の開口一番を冷たく返して追い払おうとするラフィーアであったが、最下層の整備や『実験材料』の処置を済ませた後という事で疲弊している筈のイレスはそれでも融和的な態度を崩さず、さも当然のように敷物の上に腰を下す。

 

「…………正当防衛の結界と衛生環境を考慮しての行動です。……死体を放置して疫病や毒ガスの類が発生するのを阻止したのですから、感謝してもいいのですよ?」

「――素直なあの娘はどこに行ったのやら」

 

 そんなイレスに対してラフィーアが挑発的な発言を続けても魔女に明確な敵意は生まれず、この厄介な魔女はこれ見よがしな吐息を零すに留めてしまう。

 

 とはいえ、隈(くま)なく焼き払った実験場の再建と亜人どもの死骸を餌に異常発生した魔物の再編成に骨が折れたのは確かなようであり、疲弊の色が見える状態で態々立ち寄ったのには相応の理由がある筈である。

 

「……それで? ……ただ文句を言いに来た訳ではないのでしょう?」

 

 自分の反応を楽しんでいる節があるイレスに辟易するラフィーアであったが、拠点の周囲に多数の触手型の気配がある事からも魔女に隙はなく、それ以上の抵抗が出来ない祭服の女性は先を促す。

 

「鼠に焼かれた最下層の修繕――実験の体制が整いましたので、それらが成果を出すまでの間に物資の一部を他の工房に移します」

「…………そんな事を教えて良いのですか? ……貴女が居ない内にこの施設を乗っ取ってしまうかも知れませんよ?」

「出来るものならやってみなさい。――私がここの表層を掌握するのには、それなりの時間が掛かりましたので」

 

 最上階という遺物を調べる機会を与えられたのは数える程しかないが、ラフィーアは『オーヴム』というこの施設の名前を拾い出しただけでもイレスを驚かせた事を盾に取り、牽制しようとするも――。

 

「その僅かな間の接触で私の状態を上回れるというのであれば――私よりも遺物に適合しているラフィーアの意に添える様、自分を変えますよ」

 

 その挑発的な言葉に期待を込めたような返しで応えたイレスは立ち上がり、ラフィーアに背を向けて伝える事は伝えたとばかりに中央拠点を後にしようとする。

 

「――あぁ、そうでした」

「…………何でしょうか?」

「先日預けた魔道具もその場所に封印しますので、返して貰いたいのですが?」

「……判りました」

 

 相手の思惑はどうであれ、難敵が去ろうとしている事に安堵していたラフィーアは追加の指示に素直に応じ、祭服の裏に仕舞い込んでいた『空を封じ込めたかのような丸い術具』を取り出す。

 

 コレを投げ渡された時、ラフィーアはこの施設に対して行ったのと同じように竜血石を媒介にした解析を行い、その所見をイレス述べた。

 

 それを聴いた時のイレスは驚きと喜びを混ぜたような笑みを浮かべ、「更に詳しく調べなさい」とこの術具を押し付けられたのはもう随分と前の出来事であり――。

 

「……何らかの施設への干渉する為の術具でありつつ、正式な手順を踏んだのなら所持している者を強化するような術具でもある。……妙な構造をしていますが、貴女が作ったのですか?」

 

 解析に“障壁”の要たる竜血石を使う都合上、瘴気の無い自分の拠点での調査は最上階での考察とは比べ物にならない程進み、預けられた後の解析ではその使用履歴や操作方法まで掘り進める事に成功していた。

 

 しかし、その動力源や製造方法といった肝心な所は結局判らずじまいであり、くすんでしまっている色合いも併せるに旦那様の剣のような遺物なのだろうとラフィーアは考えていた。

 

「――――ふむ。相変わらず遺物に対する解析は目を見張るものがありますね」

「…………」

 

 イレスの口振りを見るに、預かっていた品はラフィーアの所感とそう違わないものであるらしく――『空を封じ込めたかのような丸い術具』を仕舞った魔女は使える駒を見るように祭服の女性を正面に捉える。

 

「――ラフィーアに見せれば未解析の遺物の理解が進みそうですね。……帰ったら幾つかの解析を依頼しますが、代わりに欲しいモノはありますか?」

「………………転移にまつわる術具がありましたら、見せてもらいたいものですね」

「――ぶれませんね、貴女は」

 

 その視線から逃げるように要望を零すと、イレスは呆れたような声音ながらも「――出来うる限りの物を用意するとしましょう」と続け、魔女がテントの仕切りを潜れば周囲を取り囲んでいた気配も霧散していく。

 

「……………………ふぅ」

 

 それから暫くして、探査魔術を何重にも巡らせたラフィーアは反応を検知出来なかった事で緊張の糸を緩め、床の敷物に深々と座り込む。

 

『人と人との関係も、国と国との関係も大きな違いはないわ。――評価基準となるモノが能力と技量になるか、国力と軍事力になるかの違いでしかないもの』

 

 それはあの人が発していた言葉であり、初めてソレを聞いた時は何という暴論なのだろうとラフィーアは思っていたのだが――自分の事としてその現実に立たされてみれば、確かにその通りだった。

 

 容易に踏み潰せないだけの戦力を有しているからこそ潰されていないが、相手よりも劣っている為に交渉にもならない。

 

「…………」

 

 魔術師としてだけではなく、領主として持つ軍事力を取っても他より優位にあったあの人は常に恩恵を受ける立場にあり、彼女を見て育ったラフィーアは『交渉』を知る機会はあっても『強力な相手から譲歩を引き出す術』を学ぶ事は出来なかった。

 

「……せめてもう1人、戦力になる人が居てくれれば――」

 

 事を起こすとなれば自分だけではイレスの相手をするのが限界であり、魔女の工房と魔物を相手にするだけの余裕が無いのがラフィーアの現状である。

 

 その状況を打開するべく、これまでの雌伏の間に復調出来れば戦力になりそうな人材を回収する事は出来たものの――あの2人が戦力として数えられるようになるにはまだまだ時間がかかり、サラが呼んでくるであろう増援の方が早い可能性すらある。

 

「………………」

 

 そんな現状を思う中、つい先日の『間に合わなかった』時の記憶にも触れてしまったラフィーアは不都合な事を前にした猫のように目を瞑る。

 

「……イレスの『実験材料』となった女性に未来はない。……未来の無い苦悦の先にあるのが死である事に変わりがないのであれば――」

 

 ――その業は、既に汚れている私の手に。

 

「…………ごめんなさい」

 

 そうして、その独善にしか道を見出せなかったラフィーアはイレスが敷設したであろう探索術式を掻い潜る為の術具の封を解き、最下層へ降りる為の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 宣言通りにイレスがこの施設から出立するのを最上階で見送ったラフィーアは魔導防壁が閉じる前に中層へ戻り、魔女が戻らない事を確かめてから最下層への移動を始めた。

 

 これまでの行動が見破られている可能性があるとはいえ、この施設の根幹である実験を妨害するという明確な敵対行為を行っても労使関係が続けられている事からその全てが露見している可能性は低い筈であり――。

 

 それでも前回よりも尚慎重に、時間を掛けてイレスの探査術式を探し、最下層へと忍び込んだラフィーアは魔女の牢(にわ)の入口の前で足を止める。

 

「………………」

 

 ラフィーアがここに訪れるのは今回で3度目であり――1度目はこの階層で気が付いた時、2度目は『間に合わなかった』時となる。

 

「……偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」

 

 そして、この場に立つ度に行っている事を繰り返すように、彼女は自分の『盟友』である『竜の影』を呼ぶ。

 

「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」

『――――』

 

 そうして牢の中に捕らわれた『実験材料』諸共、ここを焼却するべく呼び出した『影』は自らを呼び出した乗り手の様子を見るように振り返る。

 

「…………そんな目で、私を見ないでください」

 

 『竜の影』の輪郭は不確かであり、そこから感情を読む事は出来ないものの魔力の線から流れる感情――身動きが取れなくなった自分の事を憐れんでいるとも、その苦難を楽しんでいるとも取れる視線――が、ラフィーアにとってはなによりも痛かった。

 

「………………私も、サラさんの事を言えませんね」

 

 サラを送り出した時のラフィーアは、例え力量差があろうとも隙があれば“自分の杖”を使えば対処は可能であり、情報を捕り尽くしたイレスの事を排除しようと考えていた。

 

 しかし、“杖”の存在を知ったイレスは『自分が殺されても取り巻きが相手を殺せる』状況を作り続ける事で『生き残る事を絶対条件』とするラフィーアの行動を封じ、その結果として彼女は手詰まりに陥った。

 

「……いいえ、サラさんよりも――『みっともない』ですね」

 

 サラはあの地獄の中でも成功の可能性がある策を編み、難しくはあったが独力での目的達成を目指していたのに対し、自分は我が身可愛さで決戦を挑まず、それでいてイレスの所業を阻止する事もなく哀れな被害者を殺し続けている。

 

 元々ラフィーアが提示した案はサラが呼び込む増援を待つ事を前提としていたものであるが、前回の時に目撃してしまった様な『末路』を目に入れる事の無いよう、すぐに向かう事もせず――確実に手遅れとなっている頃を選んで訪れているのだから弁明のしようがない。

 

「…………」

 

 前回の時はイレスが捕獲した『実験材料』達の姿を見る機会があり、その中に荒事を生業としていたと思しき者が居た。

 

 騎士と言うには身なりが荒々しかった事から冒険者と言われる業種の方だったのだろうが、こんな場所では貴重な人材であり――急いで保護に向かったものの結局は間に合わず、その無残な最期を看取る事しか出来なかった。

 

「(…………本当に、嫌になりますね)」

 

 『今回はイレスが設置した警戒魔術を無力化するのに時間も掛かった事からその心配はない』

 

 そんな仕方のない事実に安堵している自分が居る事に嫌になりながらも、ラフィーアはこの世界で最初に考え至った理に従い、『竜の影』に牢の焼却を命じようとした瞬間――。

 

「……っ」

 

 何か見慣れないものが牢から出てくる。

 

 その想定外を前に『影』を消したラフィーアは、瘴気によって咳き込みそうになるのを抑えながら“隠行”の魔術を組み、牢から抜け出して来た『何か』の様子を窺う。

 

 牢から出たその物体は驚くべき事に五体満足な人間であり、イレスの実験に晒されていた疲労からか足元がおぼつかないものの――彼女は自分の力で歩いていた。

 

「…………なんですか、あの人は」

 

 下層に存在するローパーの類はイレスの手によって牢の外に居る者を――ラフィーアも含めて例外なく――食い殺すように躾けられており、その攻撃性は執拗にして苛烈。

 

「…………」

 

 前回の時がまさにその例であり、イレスがこの場所を再建した時に連れて来られていたシフという名の女戦士は驚くべき事に牢内のローパーどもを殴り倒し、脱出を果たしたらしい。

 

 しかし、ラフィーアが到着する前に行動を起こしてしまった彼女は牢の外にも控えていたローパーの執拗な追撃を受け――ラフィーアがこの階層で見つけた彼女は、手足はもとより内臓すら食い散らかされた状態で放置されていた。

 

「……見掛けは人間の女性に見えますが――あの人は、いったい……?」

 

 だというのに、隠れ潜むラフィーアの視界に映る金髪の女性はローパーの追撃を受ける事なく歩みを進めており――T字路を左に曲がった事でその姿が見えなくなる。

 

「…………とりあえず、先回りして接触しましょう」

 

 イレスに察知されるよりも前に手を打ち、その正体を確かめ、引き入れられるならば引き込まなければならない。

 

 “隠行”の状態を確かめながらイレスの探査網の構成を思い返したラフィーアはそれに引っ掛からないような道筋を考え、先程の女性が危機に陥った時には介入する手筈も考えながらその行く先に身を潜めた。

 




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