【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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下着姿の聖騎士様(前)

「…………どなたか、いらっしゃいますか?」

 

 あの異質な人間を見掛けてから幾分かの時間を置いた後、1つ上の階層で待ち構えていたラフィーアが耳に届いた足音に向けて声を掛けると――。

 

「誰――っ!?」

 

 目当ての女性は、その声に驚きつつも刃の欠けた長剣をよどみなく構える。

 

「…………」

 

 咄嗟に剣を構えられるだけでも見込みがある上、その立ち振る舞いにも歴戦の戦士を思わせる威圧感があったが――流石に下着姿では迫力に乏しく、幸いにも恐怖を覚えずに済んだラフィーアは相手の容姿を確かめる。

 

 背丈は自分よりも頭1つ分位高く、魔術的な効果を付与されていない重量物(つるぎ)を確りと構えられている事からもその恵まれた体躯を十全に扱えているのは確かだろう。

 

 とは言え、露わとなっているその身体は筋肉質というよりは女性らしい曲線の方が目に付き、視え方が妙ではあるが魔力を感じる事から“身体強化”の魔術の行使を前提とした魔導騎士の類なのだろうとラフィーアは当たりを付ける。

 

 尚、国元においては最上位の資質を示す金色の髪に驚かなかったといえば嘘になるが、黒髪であるサラが五体満足だった頃の自分と同程度の魔力を有していた事実やあの人を前にした時のような圧迫感を覚えなかった事から、ラフィーアはすんなりと国元とは異なる常識を受け入れる事が出来ていた。

 

「(……あとは――年上の方でしょうか?)」

 

 目元や顔の輪郭には幼さが残っているように感じるものの、下着姿であるが故にハッキリとしている肢体は成熟した女性のそれであり――こんな場所で思う事ではないが、完成されたその姿を正直羨ましいとラフィーアは考えてしまった。

 

「……私はラフィーア・フェル・グゥエルナーと申します。……聖都に所属する密偵の方から、この施設の監視と調査を委託された魔術師です」

「聖都から……? もしかしてリモートスノーを守るために?」

「……いえ、私の前任者さんも外の事は仰っていませんでしたので――指示系統は別かと」

「――そう……私は、シャクナ家のミーナ」

「…………家名持ち。……地名を先に出されたとなると、この土地の領主様の関係者ですか?」

「――――こんな所で立ち話をしていても危ないし、どこか隠れられそうな場所はない?」

「……では、此方に」

 

 自分の反応に何故か嬉しそうな顔をした金髪の女性(ミーナ)に疑問を覚えたラフィーアであったが、彼女の言う通りイレスの目が届く場所で一緒に居るのはなるべく避けたいのは確かであり、事前に仕込んでおいた刻印で広域探査を攪乱させているラフィーアはその起点である結界部屋跡地にミーナを迎え入れる。

 

「ここは?」

「……私の前任者さんが、この階層を調べる時に使っていた簡易拠点です」

 

 警戒しながら足を踏み入れたミーナに「……瘴気を封じたり敵を探知したりする術式を固定しやすいので、たまに使っています」とラフィーアが続けると、ミーナは「空気が淀んでいる気がするのはその術の所為か」と妙な事を呟く。

 

「……さて――私の仕事は先に述べた通り、聖都の密偵の方の下請けとなりますが――ミーナ様は、なぜこのような場所に?」

 

 その違和感が気にはなったラフィーアであったが、彼女はそれよりもミーナの持つ情報を求める。

 

「ミーナでいいよ。――シャクナ家の復権はまだ聖都に認められていないし……聖騎士なんて呼ばれてるけど、爵位があるわけでもないし」

「…………判りました。……では、重ねての質問となりますが――ミーナがここに居る経緯は聞いても大丈夫な話ですか?」

 

 目の前に居る相手は、聖都と呼ばれる場所に関係のある戦人と思しき人。

 

 詰まる所『この施設の外』から派遣された戦力であり、その詳細を知りたいと気が急いている自覚はあれどもソレを待ち望んでいるラフィーアは前のめりにならざるを得ず、重ねる問いには普段の彼女には無い熱が含まれていたのだが――。

 

「――前の任地(ソムデン)から帰還した時、リモートスノーに魔物の大量発生が確認されたって聞いて……でも、聖都は静観の構えを取っていたから、避難誘導の計画を捻じ込んで隊と一緒に救援に来たのだけど――」

 

 「地上で遭遇した魔導師に負けて、気が付いたら下の階層で捕まってた」と、ミーナの言葉が続いた事で、ラフィーアの表情が凍り付く。

 

「…………聖都からの部隊――サラさんの呼んだ増援が、イレスに敗北したのですか?」

「増援――。……多分、違うと思う。さっきも言ったように、私達は殆ど独断で動いた戦力だから――補給を送るようには頼んでいたから動いたのは知っていると思うけれど、戦力の補充は無かったし」

「…………既に諜報部隊を派遣しているのにも関わらず、別枠で戦力を投入。……壊滅しかけていたサラさんの部隊の救援でもなく、情報の共有もない状況での逐次投入、ですか」

 

 頼みの綱である増援が敗れたのかもしれないという情報はラフィーアの意識に冷水を浴びせ掛けたものの、そうではなかった事――否、聖都の採るあまりにもお粗末な采配に対する怒りよって熱を取り戻していく。

 

 結果論ではあるが、もしもラフィーアがこの地に現れなければこの施設に潜入したサラの部隊は彼女を残して壊滅していた可能性が非常に高く――あの才女に関しても『取引』を含めた計画は綱渡りに等しく、誰も生き残れなかった可能性すらある。

 

「…………」

 

 そして、前提を説明する為に話を少々脱線させるが――強力な術具や魅了の魔眼によって魔物を蹂躙していたラフィーアはサラや魔物の自我比戦力差(キルレシオ)を正しく認識出来ていないと考えており、それを問題視していた。

 

 よって、『暗部と戦う可能性があるのなら、その力の程を知っておきたい』という名目を使ってイレスにこの世界での常識(キルレシオ)を尋ねた事がある。

 

 その問い掛けは『自分がどの程度の戦力なのだろうか』という疑問も含まれていたが、ラフィーアにも聖都と戦う意志があると勘違いしたイレスは気前よく情報を提供してくれた。

 

 そう。気前よく、詳らかに説明してくれたのだが――。

 

「……………………」

 

 その内容は、ラフィーアの想像を絶する内容であった。

 

 まず、サラに纏わる方々に関しての情報となるが――イレスの感覚における平均的な暗部1人の戦力はオーガに劣るものの、複数であった場合にはオーガの方が勝ちを拾える可能性がほぼ無くなる程度、という認識だった。

 

『オーガでも負ける可能性が低い事から、自惚れなく語るなら1対1なら私でも負けは無いでしょう。……しかし、相手が集団である可能性も考慮すれば、工房を利用して迎撃したいというのが本音ですね』

 

 というのがイレスの言であり、指標となったオーガも実はこの世界における一般的な兵士の十数人分の戦力を有する脅威であったらしい。

 

 サラは尊敬出来る人格者であると共に才能にも溢れる才女であるが、聖都という組織から見れば使い捨てに出来る戦力であるとラフィーアは想定しており、『サラのような術者が山のように居るのなら、そんな組織に挑むイレスを無謀である』と考え、魔女の行動を諭していた。

 

 勿論、ラフィーア個人としてはサラを捨て駒(そのよう)に扱う事は許容できない話であったが、組織とはそういうものであり――部外者であるラフィーアがその扱いを追及したり糾弾する事は理に外れた行為となり、彼女はその感情も殺していた。

 

 しかし、イレスから仕入れた情報を鑑みればサラ達は聖都にとって替えの効かない上澄みに当る人材であり、そんな彼女達を次善の備えもなく使い潰すような運用をしている聖都の判断力を疑い、そんな馬鹿が派遣する戦力を期待しなければ勝ちが拾えない事に不甲斐なく感じていたのだが――。

 

「…………ふざけた組織ですね、聖都と言う所は」

「え“っ!? いやラフィーア、いくらなんでもその言い方は拙いよ……?」

 

 ミーナから得られた情報により、自らの予測が『正しい』と断じたラフィーアが溢れ出た感情のままに事実(どく)を吐くと、その関係者である聖騎士は盛大に慌てふためく。

 

「(…………想定よりも、だいぶ拙い状況ですね)」

 

 その慌てぶりから聖都という組織がこの世界では巨大な勢力を持っているとラフィーアは認識するものの、明らかに間違っている事を指摘できない事の方が遥かに拙い。

 

「……改めて確認しますが――この施設には聖都の諜報部隊が派遣されていましたが、その方々の情報は持っていますか?」

 

 ミーナが引き連れていた部隊の総数は判らないが軍組織というモノは準備するにも動くにも時間が掛かるものであり、出立までに情報を共有する暇はいくらでもある筈だが――。

 

「――ううん。だからラフィーアが居てびっくりした」

「…………先程、避難誘導の戦力と仰いましたが――巡回部隊ではなく、主力と思しき(たたかいなれている)ミーナが率いる隊が来たという事は避難支援の行動予定もなかったのでは?」

「――――うん。だから、私達はその名目で来た」

「……自国民を守るのがその使命である戦人から見て、それらが正しいと言えますか?」

「――――」

 

 ラフィーアが先程の失言(じじつ)の正しさを示して行くと、ミーナは複数の苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまい――とはいえ、裁量権の無い方に言っても八つ当たりでしかないと考え至った祭服の女性は僅かに頭を下げる。

 

「…………すみません。……ミーナに当たっても仕方のない事ですし――思い返せば、少し見直した点もあるのは確かでした」

「――?」

「……家名を持つ者が前に立って無辜の領民を救おうとする。……そんな当たり前の事が出来る為政者が居るのでしたら、まだ希望はありますね」

「――――」

 

 聖都への批判と同じ位に率直な言葉を『その相手』に向けると、高潔と思われる麗しの武人はその外見相応の仕草でそっぽをむく。

 

 『当たり前の事を当たり前のように出来なくなったら、国は終わるのよ』

 

 それはラフィーアが生まれ育った国よりも長く生きている可能性があるあの人の言葉であり、『だいたい、60歳ぐらいで死ねる(にげられる)貴女達の尻拭いばかりしてられますか』という枕詞で台無しになっているものの、その言葉は恐らく真実なのだろう。

 

「(…………国元では、連邦という脅威に対して犬猿の仲である三派閥が表面上は協力して事に当たれていますが――それよりも明らかに脅威度の高そうな魔物という脅威が存在するというのに、纏まれない場合もあるのですね)」

 

 そうして考え至った国元と聖都との違いをそう断じたラフィーアであったが、すぐにその考えが間違いであると察した彼女はその思い上がりを取り下げる。

 

「(…………いえ、本質的には同じなのでしょうか)」

 

 国元においても馬鹿な南方の手勢が中央に蔓延り始めたのは、教育と歴史に裏付けられた矜持によって理に殉ずる事の出来る北や中央の人間が前線で倒れ続け、力関係が崩れたのが原因となる。

 

 それと同じように、聖都という組織もまた志と力を持つサラやミーナのような人間が前線で使い潰され続け――国元におけるあの人や竜の方々のような強烈な監視者が味方に居なかった聖都では腐敗が進行し、イレスのような危険な存在への対処が後手後手になっているのだろう。

 

「…………ところで――この施設は瘴気に満ちているのですが、ミーナは大丈夫なのですか?」

 

 ろくな話ではなかったものの、この施設の外の政治的な状況を仕入れる事の出来たラフィーアは次の疑問を投げかける。

 

 ミーナが最下層の牢を五体満足で抜け出せた事も大きな謎ではあるが、“障壁”の中に入れる前と後で様子が変わらない事。

 

 人間に対して致命的な毒である筈の瘴気を『気にしていない』事も確認するべき疑問であり――。

 

「え? ――瘴気って、あの瘴気?」

 

 その質問を向けられたミーナは、ひどく驚いたような表情を見せる。

 

「……他の種類がどのようなモノかは存じませんが、息を吸うだけで身体の中が蝕まれるような気がする毒気の事ですね」

「完全に瘴気ね。……そんな感じはしなかったのだけれど――」

「…………対抗魔術無しでは長く持たない濃度らしいですが……平気なのですか?」

「う、うん。それどころか、触った触手を操れるようになったりとか」

「………………触手を、操れる」

 

 まるでラフィーアがサラと出会ったばかりの頃のような雰囲気が2人の間に醸し出される中、ミーナが続けた言葉によってラフィーアの脳裏に見知った『頭痛の種(てきのすがた)』が過る。

 

「…………とりあえず、私の拠点に戻る前にミーナの装備を整えましょうか」

 

 しかし、その疑問を今ここで追求するよりもイレスの目を隠し切れない場所に留まりたくないという思いが勝ったラフィーアは、この階層以外でミーナの力を測れる場所もない事から彼女自身の装備を自力で取りに行かせるべく動き出す。

 

「えっと――すぐに上層に向かわないの?」

「……そんな状態で魔物と切り合い続けるのですか?」

 

 そうして薬を入れる為の雑嚢も渡すも、下着姿に雑嚢を斜め掛けしたミーナの姿は違和感が酷く――そういった特殊な性癖であると後ろ指を指されても否定できない格好となってしまう。

 

「いや、でも――下にはまだ捕まっている人が居るの。……出来れば、ラフィーアの拠点で匿って貰えれば――」

「……要求があるのならば、尚のこと力を示す事が必要なのでは?」

「――――人が魔物に犯されているのよ?」

「……こんな場所では、力のない慈愛の意思は意味がありません」

「――――」

 

 準備を進める中で続けられたミーナの言葉はラフィーアの心内を抉る感情(ことば)であったが、自分が従う理が正しい事であると信じる祭服の女性は無益な平行線が続くのを避けるよう、彼女は聖騎士の方に向けていた視線を強引に切る。

 

「……この階層は倉庫として利用されているようですので、服や武器の類もあるかと」

 

 そんな中で言葉を続けたラフィーアは自分が着ている準司祭服の外衣を脱ぎ、「……いつまでも借り物を着ている訳にはいかないでしょう?」とソレを差し出すと、ミーナは「――そうね」と不服そうに応える。

 

「……あと、瘴気に関してですが――大丈夫そうにしていますが、影響はある筈です。……休む時はここまで戻ってきてください」

「――判ったわ」

「……それと――真面な剣の類を取り戻すまでの間だけですが、此方をお貸しします」

 

 続いて旦那様の剣を腰に巻いた剣帯ごと外したラフィーアは、表情を殺しながらソレをミーナの方に押し付ける。

 

「ずいぶんと細長い大剣――ううん、幅がそのままで長いからそう見えるだけ……?」

 

 そうして押し付けられた片手半剣を鞘から抜き、剣身を目利きしたミーナは怪訝な声を洩らすものの――その手に残った感触に首を傾げる。

 

「軽い? ――それに、付与されているコレは……魔法、なの?」

 

 戦士であるが故に預けられた剣の異質さに気が付いたようだが、本音を言えば他の女性が旦那様の剣に触れるのも嫌なラフィーアは『ソレ』を他人に預けている事実を速やかに遠ざけるべく魔術を組みあげる。

 

「……あと、護衛――と言うには心許ないですが、『影』を付けます」

 

 そうして中空に現れたのは人の頭程度の大きさに縮小された竜の似姿であり、竜血石を触媒としないコレは『盟友』を呼ぶのとは異なる魔術――端的に言えばラフィーアの力だけで生み出せる彼女の使い魔となる。

 

「――――凄いね、まるで本物の生き物みたい」

「…………」

 

 ミーナの言葉通り、無理をしていないこの魔術は色こそ影一色であるものの存在が揺らいでいるような状態になく、本物の竜を小さくしたと見紛う程に緻密な造詣を創れている。

 

 その精巧さにひどく感心しているミーナの言葉に、ラフィーアは何故か引っ掛かりを覚えたものの――。

 

「………………攻撃力は殆どありませんが、後方の警戒や遠くにある物を持ってくる等の事は出来ます」

「ありがとう。――よろしくね?」

 

 そうして使い魔の説明を受けたミーナは少女のような仕草で使い魔の事をつつくと、彼女は部屋の外へと踵を返す。

 

「――力を示さないと協力しないって言うなら、すぐに装備を整えて協力して貰うから」

「……ご武運を」

 

 ミーナの決意表明に対し、ラフィーアがあくまでも平坦な言葉で見送ると、下着姿の聖騎士は振り返る事なくこの悪辣な迷宮へと歩き出した。

 




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