【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
「(…………やはり、騎士の方は何を考えているか判りませんね)」
こんな地獄のような施設の中、自分の身よりも他人の命の心配をする。
触手型の責苦に晒されても尚立ち上がれる胆力に空恐ろしさを覚えるものの、自分の身なりすら覚束ない中で残されている他人に重きを置こうとするミーナの考えにラフィーアは共感する事は出来なかった。
「………………」
その冷淡さこそが自分の本質であると認識出来ているラフィーアとて助けたいという感情はあるが、それは自分の身の安全が確保されている場合の話であり、ようやく掴んだ幸せを享受しているこの身を天秤に乗せるとするならば相手が戦友に近しい縁の方でなければ理が通らない。
「…………『彼女』達も、そうでしたね」
自分の心をそう規定する中――ラフィーアは自らの記憶の中に居る理解出来ない『夢』達の事を思い返す。
国元においても魔導騎士は十年程前までは戦場の花形であっただけに女騎士の『夢』も多くあり、ラフィーアもまたその分だけ凄惨な最期を体験していた。
随分と昔にあった中央と南との戦争の中、運悪く南の連中に捕まり――なまじ魔術の才があったが為に孕み袋にされ、イレスの『実験材料』と同じような末路を辿った女性。
西方の開拓民の集落に向かう亜人の集団を発見し、足止めに向かう事を決めた戦友達を見捨てられず――結果として亜人に捕まり、国元で最初の大氾濫の原因となった咎人。
負け戦からの離脱を果たせたものの、戦友が止めるのも聞かずに更なる時間を稼ぐべく単身での陽動を仕掛け――それを成功させたものの撤退中に魔狼に囲まれ、生きながらにして食い散らかされた女性。
恐らく近代の話であると思われるが、南方から領内に侵入した連邦の機甲戦力を相手に仲間と共に遅滞戦術を仕掛け――数両の戦車を破壊したものの7.7mmや12.7㎜機銃に晒され、遺体すら残らなかった女性。
最初と最後の方はラフィーアにも理解も出来る国や家族、戦友の為(どうき)と末路で創られた『夢』であり、どんなに崇高な動機があろうとも負ければ『後悔』しか残らない事を教えてくれた『彼女』達の足跡を見たラフィーアは『勝てない戦いは挑まない』事を胸に刻んでいた。
しかし、間にある2つの『夢』――戦友の言葉に従って逃げるなり協働するなりすれば生き残る事も出来たかもしれない『彼女』達は、ミーナと同じように実現不可能な願いを目指し、理で説明出来ない欲に囚われて破滅的な道を辿った経験は『夢』という追体験を経ても尚ラフィーアには理解できなかった。
サラが選んだ地獄のように、極めて難しいが達成可能な目的を定めて生き残る未来を描けている訳でもなく――。
旦那様に出会う前の自分のように、『結果として楽に死ねる』事を目的の1つに置いている訳でもない。
「(…………何が、貴女達をそうさせるのでしょうか)」
越えられない困難を、何の根拠もなく超えられると信じられるその精神構造。
敗北を知らないからこそ成せる敷居の広い慈愛、死よりも惨い事を考えられないからこそ出来る蛮勇。
その理解出来ない行動を『知らないからこそ出来るのだ』と決め付け、それを強さと認められない知識のある弱者(ラフィーア)は、ミーナの行動を憐れみながらもイレスに対抗できる手段になるかも知れない聖騎士の願いが叶うよう、細心の注意を向ける。
「………………」
そんな傲(おご)りを伴って下着姿の聖騎士を見送ったラフィーアであったが――今は使い魔を通して映る光景に心を奪われていた。
「…………強い」
使い魔と共有した視界に映るのは踊るように魔物を切り伏せて進むミーナの後ろ姿であり、その鋭さに恐怖すら覚えたラフィーアは思わず言葉を零す。
魔術師であるラフィーアは当然のように剣技に明るくはないのだが、今よりも身体を動かせた頃には旦那様と共に前線に赴いた事も多く、愛しいその人や他の魔導騎士の技術を見る機会には恵まれていた。
彼等の剣撃は目にも留まらぬ程速く、不運にも自分の身で受ける事となった苦い経験もあるラフィーアとしては魔力を持って剣を振るう騎士の力は熟知していた心算であったが――。
「……まさか、これ程とは」
この階層を歩み始めた頃には『見え難い』で済んでいたミーナの太刀筋は、既に『目で捉えられない』程の鋭さとなっており――それでもまだ本調子でないのか、迫り来る魔物を切り伏せる度に洗練されていっているような感覚すら受ける。
「…………」
中層以下の管理を任されている都合上、『実験材料』としてイレスに捕らえられた女性達の服を管理しているのはラフィーアであり、ミーナが着ていたモノと思しき衣服――騎士っぽい装備をこの階層に仕舞い込んだのもラフィーアである。
そして、その装備をイレスから渡された時、『この服の持ち主なら、戦力になるかもしれない』と淡い希望を抱きつつも『前回の結果』からソレを不可能と断じ、見捨てたのもまたラフィーアであったのだが――。
「…………身勝手な考えですね」
剣を振るう姿を見ればその評価が正しかった事は明白であり、上手く引き込めればイレスに届く可能性は高い。
助ける事を放棄しておきながら『使える』となれば引き込もうと考えている自分を浅ましいと感じながらも、ラフィーアは使い魔越しに映る剣舞を見続ける。
そんな中、見られているとはつゆ知らぬミーナは貴重品の多い東側の区画で服を取り戻し、薬品が保管されている南側の区画で徒労を踏み、最も広い西側の区画で真面な剣や儀式剣を手に入れる。
「……お帰りなさいませ」
「――――――」
そうして身なりと装備を整えて結界部屋に帰って来たミーナの姿は、見違える程の凛々しさを伴っていた。
「…………」
情報を仕入れるのには重宝する使い魔ではあるが、やはり自分の眼で見るのと魔術を通して見るのとでは大きな違いがあり――今のミーナは強者の風格とでも言うべき気配を帯びており、最初に見たのがこの姿であれば萎縮して呑まれていただろうという直感があった。
「――――ラフィーア。今更だけど……貴女、どこか怪我とかしていない?」
これまで見ていた剣技と肌で感じるその感覚から『この人は対イレス戦における即戦力に成り得る』とラフィーアが確信する中、自分を値踏みしている祭服の女性を訝しげに見ていたミーナは、唐突な疑問を投げ掛けて来る。
「…………戦人の類であればすぐに気が付くと思いましたが――本調子に戻ったようでなによりです」
術者の類であるサラに看破された時は驚いたが、騎士の類は至近距離で相手の命を奪う都合からその隙を見抜く技術は自然と身に付く筈であり――あれ程の技量を持っているのならば気付かない筈がない。
「はぐらかさないで。……もし、すぐに移動出来ない理由がその怪我の所為なら、急かした事を謝らないと――」
「……動かなかったのはミーナの力を測りたかっただけという個人的な理由ですし、一応戦える身ですからお気になさらずに」
対立していた相手に対してこうも素直に頭を下げられる姿勢に、『この人もお人好しですか』と考え『そうなれない自分』から目をそらしたラフィーアは、相手の善意を挫きながら手を伸ばす。
「――えっと……なに?」
「……出立前に預けた剣を返してください」
「――――え~と……」
途中で拾った『真面な剣』は鞘ごと剣帯の後に刺し込まれており、あの儀式剣も鞘をどうにかすれば予備兵装として使える事からも騎士としてのミーナの体裁は旦那様の剣が無くても整えられている。
であれば、自分の宝物である旦那様の剣を貸しておく理由はなく――手を伸ばし続けているラフィーアに対して、その相手は憎らしく思える上目遣いと共に言葉を洩らす。
「――この迷宮から出るまで、借りてちゃダメ?」
「…………この階層で拾った剣、ありますよね?」
「そうなんだけど――借りたこれとは比べるのもおこがましいというか、こんな業物を知った後だと心許ないというか……」
「…………」
優秀な武器があるならば可能な限り使い続けたいというのは戦人としては当然の反応であるが、見目麗しい女性が『旦那様の物』を離さない事に対し、得も言われぬ黒い感情が浮かび上がってくるのを感じたラフィーアはその想いを隠す事なく要求を繰り返す。
「…………それは私の旦那様の剣です」
「え?」
「……貴女の方が上手く使えるのは判ります。……ですが、他の女性に扱われているのを見ると――」
「判った、ごめん。――本当にごめん」
自分の事ながら余程鋭い視線を向けていたらしく、ラフィーアの言葉を受けたミーナは狼狽しながら剣帯を外し、伸ばされ続けていた細腕にそれ等を手渡す。
「………………」
そうして自分の手に戻ってきた剣を、ラフィーアはギュッと抱きしめ――。
「――――。これから、どうするの?」
そんな相手の意外な所作に目を見開くほどに驚いていたミーナは、一度咳払いを挟んでから預かっていた準司祭の外衣を差し出し、今後の予定を問い掛ける。
「……まず、ここから2階層上にある私の拠点に移動します」
その咳払いによって冷静さを取り戻したラフィーアはミーナから外衣を受け取り、剣帯と共に自分の体裁を整えながら彼女の脇を抜け、部屋の外へと歩き始める。
「……急ぎ足となってしまい申し訳ありませんが、すぐに移動を開始します。……最下層に居る方々に関する交渉も、その場でお願い致します」
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