【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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挫けぬ希望(前)

 そうして準備を整えた祭服の女性と聖騎士は2階層上にある中層に向かって歩みを進み始めた。

 

 常識的に考えれば前衛にふさわしい聖騎士が前に立ち、距離が離れていても支援の出来る術者が後方に付くのが定石である。

 

 しかし、行先を知っているのがラフィーアであるという都合上、その隊列は戦闘力や歩幅で劣る彼女が前を進み、足も速く即応力も高いミーナが後ろに控えるという歪な歩みとなっていた。

 

 とはいえ、壁となる魔物も鍵も無くなった階段室に障害などある筈もなく、ラフィーアは足を止める事なく中層を抜け、亜人の村に続く階段の扉に手を掛けたのだが――。

 

「ア? お前ェ……」

「――――っ」

 

 最悪なタイミングで通り掛かった小鬼に対し、背後を警戒していたミーナは目にも止まらぬ速さで反応すると一気に間合いを詰め、その緑色の体皮に触れる。

 

「止まりなさい!」

「…………。……。止まレと言ワれて止マル馬鹿がいるカ!」

「!」

 

 そのまま流れるように魔物を操る術を走らせたミーナであったが、接触された小鬼は一瞬だけ動きを止めたもののすぐに視線を巡らせ――術が効かなかった事に動揺した聖騎士と思わぬ騒動に振り返った祭服の女性を視界に収める。

 

「――らフぃーアさま?」

「(…………余計な事を)」

 

 その結果、接触するだけでも対応に困る状況の中で決定的な単語を口走った小鬼の言動にラフィーアは顔をしかめる事となる。

 

 今の亜人どもはラフィーアの貴重な手駒と化しており、補充が効かない上に需要だけは増している状況にあった。

 

 そんな現状から、大変遺憾ながらも安易な排除が出来ない状態にあり――滅多に通らない彼等と遭遇してしまった事も併せれば、不運と言う他ない。

 

「え――?」

「……彼女は私の客ですので、気にせず作業に戻りなさい。……ミーナ、行きますよ」

 

 その不運に対して幾つかの方針を巡らせた結果、勢いで押し切る他ないと判断したラフィーアは有無を言わさぬ行動によってミーナの意識を引っ張り、場の流れを掴みに掛かる。

 

「待って――ラフィーア、これは何? どうしてゴブリンが……」

「…………上の階層にある拠点に着いてから詳しく説明します」

 

 当然のようにミーナから疑念の声が飛んでくるものの、上層に近い事からイレスの監視網に引っ掛かる可能性も高くなっているこの場から可能な限り早く離れたいラフィーアはその疑問ごとミーナを置いていくように歩みを進め続ける。

 

「待ってって、ゴブリンが人間の命令を聞くなんて――。 ……え? 村? まだ地下なのに?」

 

 結果、疑念は生まれたものの付いて行く以外に道のないミーナは言葉を投げながらも眼前の小さな背中を追い続け――階段室を抜けた先にある光景に再び硬直する。

 

「……こちらも拠点で詳しく話します。……次は、静かに――声を立てずに、何にも触れずに付いて来てください」

 

 そうして、度重なる異様に混乱しているミーナに矢継ぎ早な指示を飛ばしたラフィーアは、村の入口に設置した標識のような術具にあらん限りの魔力を通す事で3対の影を発生させ、宙に浮かんだそれらは三方向に散りながら村の端に向かって進み始める。

 

「…………っ。……はぁ、はぁ――あの囮に紛れる形で、私達は北東の拠点……柵で覆われたテントに向かいます」

「――判ったわ」

 

 その行程はここに戻る度に行っている欺瞞工作であるものの、2人分の囮を生み出すのに必要な魔力は膨大であり――尋常ではないラフィーアの消耗を前にしたミーナは渋々といった体で頷く。

 

「……隠蔽の、魔術を掛けます。……途切れれば、先行させた影の意味がなくなりますので……どうか慎重に」

「――――」

 

 ミーナからの応えはもう無いものの、戦人らしく空気だけで状況を察した聖騎士は警戒心によって自身の動揺に蓋をし、先行して歩き出したラフィーアの後を追う。

 

 そうして悪臭漂う亜人の村を抜け、先行させた囮(かげ)に続くようにサラの陣地だった場所に入ったラフィーアは大きく息を吐く。

 

「…………やっと、着きました」

「――ここは?」

「……サ――いえ、私の前任者さんが造った陣地を改造した私の拠点の1つです。……隠蔽の刻印を重ね掛けてしていますので、イレスの目や耳に入れたくない話が出来ます」

「イレス――下層で聞いた覚えのある名前ね」

「……この施設を支配している魔導師にして、ミーナを最下層に放り込んだ人物です」

「――――どんな奴?」

「…………青い長い髪に、泥のように濁った赤い目が印象に残る、綺麗な妙齢の女性ですね。……荒事に赴く際には白いローブに黒いフードを着ている事が多く、吹雪系の魔術とローパーの多重使役による物量攻撃を得意としているようです」

 

 予想通り自分の信用が地に落ちている事を確認したラフィーアがその不信を返上するべく丁寧にイレスの事を説明すると、ミーナは「――合っているわね」とその情報を事実と認める。

 

「それで――貴女は、誰なのかしら?」

「……名前と立場は最初にお話しした通りですが、潜入調査をするに当たってイレスの行動に加担しており――ここから下の階層の保全を請け負っています」

「――――――」

 

 その後に続いたミーナの問いにラフィーアが応えると聖騎士は自然と間合いを測り、まだ剣帯の無い剣の柄に手を当てる。

 

「…………小鬼を操れたのは人間にも扱える暗示の魔術の重ね掛けの結果であり、私はイレスのような悪魔と呼ばれる者ではありません」

 

 ミーナの反応に対し、ここが分水嶺だと定めたラフィーアが「……瘴気に関してもこの竜血石(じゅつぐ)で展開した“障壁”で防いでいるので、この魔術がなければ1日と持たずに変質してしまうのでしょうね」と畳み掛けると、ミーナは「――あと2つ、いいかしら?」と凄む。

 

「最下層に居る人達を――貴女は、どうして助けないの?」

「……最下層の所業はこの施設でのイレスの主目的であり、表立って反対すれば負ける可能性が高い直接戦闘に引きずり込まれます」

「なら、今の私みたいに隠れてやれば――」

「……あそこまで疲弊した人間を回復させるには食糧や薬が圧倒的に足りませんし、匿い続けるとなれば看護する場所が足りなくなり――そも看護する為の人手がありません」

 

 例外として、復調できれば戦力になりそうな人――サラの同僚と思しき方々――は確保しているものの彼等の回復も順調とは言えず、状況が好転しないようなら無理にでも地上に脱出させた方がいいとラフィーアは考えていた。

 

「――――嫌になる位な正論ね」

 

 サラのような人であればこの状況を話せば渋い顔をしながらも目を瞑ってくれる筈だが、ミーナからは現状を正しく把握しつつも何の対応も取らないラフィーアに向けた不信や不満の影が見えた。

 

「…………」

 

 そんな感情(ふかのう)を主軸に置く聖騎士の機微に、「(……やはり騎士の考えは判らない)」と心の中で嘆くラフィーアであったが――。

 

「……状況を理解しても尚、助けようとする意思を失わない貴女は素晴らしい人ですよ」

 

 自分が間違っている可能性があるとも考えたラフィーアは、旦那様が居ないのであれば是正のしようがないその機微に対する考えを棚上げとし、自らの本心を伝えるに留める。

 

「――――。もう1つの方だけど……貴女は、最下層の人を助ける心算がないのに、どうして最下層の近くに居たの?」

 

 らしくない本心を垣間見せた事が影響したのか、驚いたように瞼を瞬かせたミーナであったが――気を取り直すような間を置いた後に続いた致命弾(ことば)を前に、ラフィーアは静かに目を伏せる。

 

「(…………うまくいかないものですね)」

 

 このまま会話と協同を続けられれば、自分が抱えている『最下層の責任』を話せるだけの信頼を勝ち取るだけの時間を得られたかもしれない。

 

 険呑だが建設的なやりとりの中でラフィーアがその希望を見出しかけた中、唐突に刺し込まれたその致命的な質問に対し「(……戦人は感情で動く事が多い癖に、その言葉は本質を突いてくる時が多いから困る)」と、彼女は逡巡する。

 

「………………」

 

 ここで『たまたま気になって』や『ゴミ捨て場に用事があった』等と噓を言うのは簡単だが、戦人の類は手や顔が触れ合う距離で命を張り合う所為か人の機微に敏感であり――。

 

「…………イレスから『実験材料』を補充したとの共有を受けていましたので、彼女の隙を突く形で――未来の無い女性達を、ローパーごと焼き殺そうとしていました」

 

 はぐらかした事が後々の不和となり、共倒れに陥る等という愚行は避けなければならない。

 

「――――――」

 

 ソレを避けるべく事実を告げた瞬間、拠点内の空気が凍り付き、ラフィーアは周囲に存在する空気の全てが自身に牙を向けたような錯覚に見舞われたものの――話すと決めた以上、祭服の女性は自分の言葉を止めるような事はしない。

 

「……彼女等はイレスの目的の為に女性としての機能を失うまで魔物とまぐあわされ、その後に亜人どもの慰み物とするようにと物のように渡される。……そんな未来を味合わせる位なら、人間として終わらせた方がいいと判断し、これまでも――」

「――っ!」

 

 しかし、その悍(いた)ましい所業を表し続けようとした瞬間、それを紡ぐラフィーアの身体は外的な衝撃によって突き飛ばされ、言葉にしようとしたそれらは物理的に封じられる。

 

「…………」

 

 ミーナが動き始めた時から自分の身体が床に叩き付けられるまでの間、「(……流石に速いですね)」と場違いな事を思うラフィーアの背中に衝撃が走り――痛みに途切れそうになった意識が、首筋に当たる儀式剣の感触によって冷めざめと研ぎ澄まされる。

 

「――――そんな、理由で……!」

「……私単独では態勢を整えたイレスに勝つ事は難しく、貴女1人でも魔物の大群を抜き、工房に籠る術者を切る事は難しいでしょう」

「――――」

「……それが判っていても私を切りたいと言うのならばご随意に。…………私も旦那様の元に帰りたいので、抵抗はしますが」

「――――貴女には、愛する人が居て……貴女が焼いた人達にも、同じような人達が居たかもしれないのに……貴女は――!」

「…………」

 

 ミーナの言葉――判り切っていた事であっても、改めて口にされるのは思っていた以上に堪え――その痛みにラフィーアは目を瞑る。

 

 今更考えても詮無いことではあるが、今にして思えばイレスと初めて遭遇した時以外に勝てる状況はなく――。

 

「(……慢心していた心算はありませんが――結果的には、そうなのでしょうね)」

 

 接触しても有益な情報も得られなかった事も併せれば、あの時にサラと一緒に襲撃するのが最適解であったと考えない日は無かった。

 

 相手がいかに強大であろうとも“自分の杖”であれば対処できると楽観し、見かけ上は復調したとはいえオーガの作ったよく判らぬ薬を投与されて消耗していたサラの身体を優先し、才女に脱出を促してしまった。

 

 そして、相手が警戒する所までは読んでいたものの――まさか自分の命を担保にするようなイレスの行動により、彼女だけを殺して済む状況にならなくなってしまったラフィーアは身動きが取れなくなった。

 

「(……上手く隙を使えばイレスを殺せる機会はありましたが――私も生き残れる可能性は、常に3割を切るような状況でしたからね)」

 

 増援が望めない状況であれば自暴自棄になって挑んだかもしれないが、施設内に残されていた『まだ間に合う』者達を抱えた事もあり――ラフィーアは聖都に向かったサラの動きを待つ事しか出来なかった。

 

「…………力には自由と責任があります。……力が無い者は選ぶ自由すらありませんが、選べる私は成してしまった事への責任があります」

 

 そうして、思う所はあれども自分が従う理に間違いが無い事を再確認したラフィーアは、自分の命を握っているミーナに最期になるかもしれない言葉を向ける。

 

「――――何が言いたいの?」

「……私は最下層の彼女達を手に掛けた責任として、彼女達を地獄に墜としたイレスを殺す義務があり、彼女達の死を認められない者からの報復を受けるか、または撃退する自由があります」

 

 ラフィーアが語るそれは彼女が信奉する竜信仰の原典、竜のシキタリに近しい考えであり、旦那様のようにその『理』を他人に説教する時が来るとは思ってもいなかった彼女はただ淡々と言葉を続ける。

 

「――――。――何よ、それ」

「……私を切ると言うのなら、イレスを必ず殺してください。……それだけの事です」

 

 自分に焼かれた女性達に遺族が居るのならば、此処で殺される事で彼等の恨みは相殺される。

 

 だが、それだけでは成してしまった事への責任が残されてしまう事になり――死んでも死にきれない。

 

 勿論、信じる理に殉じた結界だとしても自分の死を知った旦那様がどう動くかは予想できない部分が大きく――可能であるならば生きていたいとラフィーアは思ってはいる。

 

 しかし、それでも『相手を害する』という『自由(せんたく)』を成してしまった自分には、力あるものの自由に晒される責任があり――。

 

 抵抗は許されるものの、その結果を受け入れなければ世界の算盤が釣り合わない。

 

「…………」

「――――」

 

 ――――それから、どれ程の時間が立っただろうか。

 

「――私は、リモートスノーに住む人を殺したあんたの事を許せないと思う。……だけど、あんたの言っている事も正しいというのは判るし――聖都も、この件ではあんたを裁けないと思う」

 

 ミーナはそう言ってラフィーアの首元から儀式剣の刃を離し、手に持ったそれを近くの机に放る。

 

「…………ありがとうございます」

「感謝なんて、聞きたくない」

 

 ミーナの譲歩によって命の危機を脱したラフィーアが感謝を述べると、聖騎士はそう吐き捨てながら倒れたままの祭服の女性に手を差し伸べる。

 

「……ミーナが、それだけ素晴らしい人である証拠ですよ」

「――嬉しくない」

 

 その手を取ってラフィーアが立ち上がると、ミーナは見た目の凛々しさとは裏腹な子供っぽい仕草でそっぽを向く。

 

「…………そういう仕草は男性にだけ見せた方がいいですよ」

 

 その所作をあざといと思うラフィーアであったが、既に旦那様の居る身としてはそれを許せるだけの土量が備わっており、純粋な善意からの忠告を向けるものの――相手は胡乱な表情で振り返る。

 

「――――貴女、本当は何歳?」

「……ミーナと同じ位か、少し下かと」

 

 そうして唐突に年齢を尋ねてきたミーナにラフィーアは首を傾げるものの、特に隠す事でもない事実を言葉にすると聖騎士の怪訝な表情が更に深まる。

 

「貴女みたいに小難しい10代が居るとは思えないんだけど……」

「…………え? ……ミーナって、まだ10代なのですか?」

 

 そんな中で零れた予想外の呟きに呆気を取られたラフィーアは、背の高い相手の事を呆然と見上げる。

 

 下着姿を見た事もあるだけにミーナの体型が自分よりも成熟した女性のそれである事を確認していたラフィーアは、所作の所々に子供っぽい所はあれども自分よりも年上の人なのだと思っていたのだが――。

 

「――え”、本当に10代?」

「…………私は19――いえ、もうすぐ20になる頃ですね」

 

 ラフィーアの反応からそれが事実であると察したミーナは顎が外れんばかりに驚き、口元に手を当てる事で取り繕いながらも視線をそらす。

 

「――――同い年。……こんな人間離れした考え方をする10代――しかも、結婚してるし……」

「…………」

 

 それは聞きようによっては失礼とも取れる言動であったが、容赦のないやり取りによって生まれた空気は命を奪い合おうとしていた緊張感を散らし、建設的な話が出来るようになった事に安堵したラフィーアは静かに吐息を洩らした。

 




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