【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
後方を警戒する都合上、サラの背を追う形となったラフィーアが上層の階段室に踏み込むと、もう1つある扉の前で思案顔のまま唸っている彼女の姿があった。
「……何か、ありましたか?」
「扉を魔法で開けられないかと思ったんですけど……もう対策されちゃったみたいです。鍵穴が魔力を吸収する素材に変えられてます」
「…………魔術で鍵が開くのですか?」
「――下の階と同じ失敗はしたくありませんので、簡単な説明になりますけど……影を鍵穴の中に注ぎ込んだあと、実体化させてくいっと。この階を調査していた時は、この方法で開け閉めしてました」
「……完全に未知の術式体系ですね」
魔力を魔石のような単純な形とするのはラフィーアや国元の魔術師にも出来る術であるが、任意の形での物質化など彼女の常識では秘術の類だ。
「私的にはシェイドを物ともしないその布鎧だったり、あれだけの火力を連続的に出せるような武器を作れる魔法体系の方が恐ろしいと思うのですが……」
そう言いながらラフィーアの身に付けている装備に目線を振り、呆れと諦めが混ざったように言葉を続けるサラを前にしたラフィーアもまた何かに諦めたように目を瞑る。
「…………少し、今更ですが――魔術ではなく、魔法と言うのですね」
「えっと……なにか変ですか?」
「……私の国で魔法と言うと、自分は詐欺師ですって言っているような意味になりますので」
「え? なんでそんなことに――」
そうして下の階層と同じ間違いを繰り返そうとしている2人の魔女に、小柄な影が忍び寄る。
「……っ」
その気配に気付いたのは同時であったが、自分が前衛であるという自負を帯びていたラフィーアはサラが魔法を練るよりも早くにソレへと銃口を向け――。
「ア? お前ェ……」
「……ぇ? ……喋った?」
「ラフィーアさん、どいて!」
ソレが発した言葉に困惑したラフィーアを押し退けたサラの指から魔法が放たれ、緑色の体皮をした小柄な亜人型はその影に溶かされたように半身を失い、声もなく倒れ、動かなくなる。
「……驚きました」
「――――ゴブリンも、見たことがないのですか?」
「……いえ、国元に存在している亜人は人語を解する事が無いと聴いていたので……?」
喫緊の脅威が去ったというのに緊張した面持ちを崩さないサラの事を訝しんだものの、元はといえば攻撃出来なかった自分の失態であると認めたラフィーアは広間から伸びる2本の通路を正面に捉え、警戒を強める。
「……まず、どうしましょうか?」
「――近くにこの階層を調べていた時に使っていた部屋がありますので、ソレを利用します」
「……判りました。……前方以外の全てを警戒しますので、サラさんは手早くそこに」
「はい。――ですが、その前に」
そう言って物言わぬ死体となったモノへと指を向けたサラは「シェイド」と呟き、放たれた魔法が階段室に残るソレを影の中へと溶け落とす。
「……?」
「死体を残しておくと説明が面倒ですので。――付いて来てください」
そうして歩みを再開した2人の魔女の後には静けさを取り戻し、誰が居た痕跡も残さない石造りの階段室だけが残された。
「…………差があるのは言語が人間と共通している事ぐらいで、他は国元と同じように駆除すべき敵性生物である、と」
再建されたサラの結界部屋で瘴気を抜きながら情報交換を済ませたラフィーアは、ため息と共に嫌になるような現実を吐露する。
ここでの小休止の間にサラから得られたのは、彼女の編む結界が亜人型に対して極めて高い効果を発揮する事、上の階層にあると聴いていた陣地がこの直上階にあり、そこで脱出する為の準備をしているという事。
それらも全て重要な情報であったが、ラフィーアの中に強く残ったのは――どこであろうとも人間の邪魔しかしないあの怪物どもの事だけだった。
「えっと……他に警戒する所がありそうな気がするのですが。――特に、力が成人男性並みにある上、動きが素早くて数が多いとか」
「……? 人間には魔力がありますから子供でも1対1なら勝ちを拾えますし――戦人の類なら傷を負う事すら恥では?」
そんなラフィーアの呟きに対し、サラが半ば呆れたように小鬼の脅威点を指摘するものの白い少女の反応は素気のないものだった。
流石に小鬼の有利な場所――2人が居る洞穴のような場所では話が変わってくるものの、平野でその自我比戦力差(キルレシオ)が維持されていなければエクスリックス王国の西部は人間が住む事の出来ない魔境と化している。
それがラフィーアの常識であったが、違う常識を持つサラのこめかみから寒気のような汗が一筋流れる
「え~と……ラフィーアさんの国は、国民全員が魔導士だったりするのですか?」
「……? 全員という訳ではありませんが、嗜む程度には熟せないと黒髪や白髪のように日常生活の段階で苦労しますし――才能のある方も魔導騎士や搭乗者を目指す方が多いので、その落ちこぼれや特殊な思考の持ち主がなる業種といえるのでしょうか」
端的に言えばピンとキリの差が非常に激しい存在であり、頂点を見れば複数人の魔導騎士をも圧倒する力を持った地方の顔役となっているが、最底辺に目を向ければ魔石を作って日銭を稼いでいるだけの者もいる。
「――――なんとなくですが、色々察しました。……というか、髪の色だけで日常生活に苦労するってなんですか」
「……髪と目の色が行使できる魔術属性と合致する。……常識ではありませんか?」
「そんな常識ありませんよぉ~」
「…………」
この世界に生きるサラはソレを笑いながら否定するが、ラフィーアにとっては『それがまだ否定されていない』事が大きな支柱となって揺らいでいる彼女を支えていた。
「(……「黒髪は魔術を行使できないのではなく、光系と同じような重い魔術しか使えないだけなのよ」――でしたか)」
国元でその説を聞いた時、提唱者である彼女がどう頑張って血を深めたとしても自分が生きている間にその結果を知る事は出来ないと諦めていたのだが――。
「(…………お姉様。……貴女が仰っていた事は、間違いではありませんでしたよ)」
例えそれがラフィーアの勝手な思い込みであったとしても、国元で敬愛していた人が唱えた未来を体現した存在――黒髪の魔術師――が目の前に居ると考える彼女は、この世界が自分の居た場所と同じであると信じていた。
「――話は少し変わりますが、ラフィーアさんの魔法は発動方法が随分と特徴的と言いますか……う~ん――そう、効果は派手ですけど発動方法が判り難いですよね」
「…………? ……あぁ、そういう――私の国元の魔術師は、サラさんみたいに何も持っていない指から魔術を撃ったりする事は基本的にできませんので」
「――え゛、そうなのですか?」
「……はい。基本的に創った物――術具や魔石に術式を魔力で描くか彫り込んでおき、ソレを触媒として発動させるのが私達の魔術です」
「つまり、何も身に着けてなければ何もできなくなる、と」
「……自分の身体に術式を通して殴りかかる事はできますね」
「うわ、最後の武器はステゴロですか」
「……そうならないよう、髪飾りを術具にしておくのが女魔術師の嗜みです」
「ふむふむ……だとすると、ラフィーアさんのリボンはどんな魔法が?」
「…………秘密です」
「え~、教えてくださいよ~」
才ある魔女同士、話はいつものように脱線したものの――この階層の再調査を実施する事で新設された鍵を探し、見付からなければ物理的な手段で破砕する方針が定められた。
「……最低限、金属製の武器を見つけられれば“風舞”と“構造強化”の合わせ技で鍵を破壊出来ますね」
「鍵の破壊はあくまでも最終手段ですからね? あと、派手な行動も控えてくださいね?」
「……はい。……探索を疎かにする心算があっての言葉ではありませんよ」
亜人は殲滅すべき存在であり、下層では現れた端から魔物を焼き払っていたラフィーアからすると消極的なサラの言葉は弱気な発言に思えた。
しかし、この場所を自分以上に熟知しているサラの意見に反する事は、ラフィーアの知り得ぬ危機が発生する可能性がある事も彼女は理解しており――交戦をなるべく控える事を意識しながら少女は結界の外へと足を踏み出した。
そうして始まったこの階層の探索は、その始まりから躓いていた。
下層の魔物と同じように、ラフィーアの知識の範疇に在る亜人型を相手取っても魔石銃はその威力を遺憾なく発揮し、戦果だけを見れば1弾1殺の快進撃を続けてはいたのだが――。
「…………切りがありませんね」
喋れるということは断末魔を上げられるという事でもあり、ラフィーアが最初に足を踏み入れた西側の探索は押し寄せる亜人型との消耗戦の様相を呈していた。
「……これは――駄目ですね」
この階層には掘削中と思しき土壁の所も多いものの、今ラフィーアが居る場所はしっかりと作られた石造りの通路であり、そんな見通しのよい場所で交戦を始められた彼女は優位に状況を進めていた。
しかし、ラフィーアにとってのこの場所は決戦の地ではなく、ここで消耗する事は得策でないと判断した彼女は徐々に目撃者を減らしていく方向に舵を採り――南方向へと退がりながら攻撃の手を緩める事で漸く追撃の手が収まる。
「……予想以上に弾を消費しましたね」
魔石銃に最初から嵌め込まれていた弾倉は既に使い切っており、途中で付け替えた予備弾倉が入っていた衣嚢に空の弾倉を差し込んだラフィーアは魔導鋼線を周囲に撒き、装備の点検や確認を済ませていく。
『――“目”を全力で使えば、この場所では補充の効かない火の魔石弾を消費する事も、サラさんの言い付けに反する事もなく探索を進められるかもしれない』
そうして得られた小休止の中、降って湧いたそんな誘惑をラフィーアは首を振って払い捨てる。
「…………この“目”は、禁術に指定されている魔術でしょうに」
『しかし、言葉を発するといっても相手は人外の怪物』
『加えて、接触時の言動から察するに人間の個体差も認識出来ないような相手であれば――』
「……なるほど」
敢えて言葉として否定しても尚湧き上がってくる衝動に違和感を覚えたラフィーアは、漸く自身の身に起こっている変化に気が付く。
「……こういった変質の仕方もあるのですね」
それはこれまでとは方向性が異なる瘴気の影響であり、恐らくは久方ぶりに聞いた断末魔――それが例え怪物によるものだとしても――によって浮かび上がった感情の変化を反映させた異常であり、瘴気という毒気が及ぼす敷居の広さに辟易しながらもラフィーアは歩みを再開する。
しかし、例え怪物のソレであったとしても、耳に残り続ける絶叫と瘴気による意識の揺らぎはラフィーアの集中を確実に削いでいた。
それが、瘴気に満たされた場所を探索するという、この世界の厳しさであり――。
「……っ、しまっ――」
曲がりくねった細い道の先、唐突に開けた場所を覆い尽くしていた魔物と遭遇したラフィーアは――この地で目覚めてから初めてとなる死の恐怖を感じる事となった。
「……この階層の南側で見つけました」
「――――」
そうして訪れた命の危機を魔石銃の連射速度(せいのう)によって切り抜けたラフィーアは、今回の探索で唯一と言える成果物――。
否、間違っても喜ばしいとは言う事の出来ない品を、その関係者と思しき者に示していた。
「……20匹程と不意遭遇戦に陥った先で、殆ど骨だけになった遺体の傍に」
「――――そうですか」
サラは偵察と仲間探しの為に階層を移動していたと以前話しており、遺品のあった状況と回収できなかった装備から鑑みればラフィーアでも『それが誰であったのか』の予想は付き――残念な事に、それは間違いではなかったらしい。
「…………私は剣の扱い方を知りませんので、こちらはサラさんに預かって貰おうと思っています」
「――いえ……多少乱雑に扱う事になっても、使って頂けた方が、きっと……」
ラフィーアが遭遇した魔物の数を鑑みれば、その持ち主がどんな最期を辿ったのかは想像に難くなく――結界内に降りた沈黙に耐え兼ねたラフィーアが無難な提案を挙げるも、サラは差し出された剣を静かに押し返す。
「…………判りました。……有効に活用させて頂きます」
“干渉”の魔術を効率的に扱えるラフィーアにとって、扱う装備品の重量はさほど意味をなさない。
しかし、そんな事実を無視する程に『重い物』を預かってしまったと静かに吐息を零したラフィーアは、感傷的になりそうな心を封じながら剣帯を準備しなくてはと思案を巡らせる。
この先に真の嵐が控えているとは、露知らずに。
作中でのラフィーア探索開始前の没ネタ。
「……っ! ……それは新しい可能性で――っは!? ……国元のお姉様もそうでしたが、黒髪はサラさんのような闇系の魔術に適正がありはするものの、国元では鍛えられていないが為に血が薄くて魔術を行使出来ないだけなのでは……」
そう呟いて思案を巡らしていたラフィーアが、逸れていた視線をサラへと戻すと――何故かとても魅力的に見えた。
「え、いや、なんですかそんな単純な理屈――というか、なんか目が怖いですけど!? ていうか、まさぐっているそこには武器を仕込んでいませんでしたかっ!?」
「……研究用に少し採血をお願いしたいだけです。……大丈夫、あんな霊薬があるのですから、少し手元が狂っても検体が増えるだけですよ」
「いや、冗談ですよね? ……落ち着きましょう、それ以上近づいたら魔法を撃っちゃいますよ? というか、こんな場所では研究も何もありませんよね!?」
「…………それもそうですね」
「……冷静に鑑みれば異常な行動――瘴気がまだ残っていたのでしょうか?」
楽しそうだったが、ここから友好関係築くのは不可能になるのでこの流れは断念した。
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