【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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挫けぬ希望(後)

 その後、随分前にイレスから分捕っていた紅茶と原材料は聞かない方がいい保存食をミーナに振る舞ったラフィーアは、幾分かの小休止を経た後に本題に移る。

 

「…………まず、ミーナが何故魔物を操れるようになったのかを調べましょうか」

 

 その1つ目――ラフィーアの中では既に予想が固まりつつあるものの、推察の域を出ないソレを確かな事実とするべく、祭服の女性は魔術による診察をミーナに提案する。

 

「――出来るの?」

「……手っ取り早く“浄化”を掛けてみようかと。……呪いの類でしたら、これで解呪出来る筈ですので」

「――――知らない術ね。……その祭服も教会の意匠とは違うみたいだけど――大丈夫なの?」

「……旦那様の後遺症や竜の毒気、サ――教会の諜報部隊員の瘴気酔いも消し去った、私の自慢の魔術ですよ?」

 

 未知の術に気味悪がりつつも仕方ないと覚悟を決めているのか、椅子に座ったまま動かないミーナを前に一応の説明を重ねたラフィーアはその両肩に自分の両の手を乗せる。

 

「…………行きます。……私の全ての魔力を消費する都合から、多分私は倒れますが気にしないでください」

「え? いや、そんな物騒な前置きを言われても――」

「……我は竜姫、光と命を識る者なり」

 

 唐突な確定事項に動揺したミーナを無視するように魔力を通したラフィーアは、この施設に現れてから多用するようになってしまった自分の秘術を行使する。

 

「…………っ」

 

 そうして発現した魔術はラフィーアに大きな喪失感を与えつつも確かな手応えを感じさせ――。

 

「熱っ!?」

 

 その脱力感に耐えられなくなったラフィーアがぺたんと床に座り込んだのと時を同じくして、椅子に座っていたミーナが下腹の辺りを押さえて蹲(うずくま)る。

 

「…………? ……私が、行使できる……最大の癒し――ですよ? ……どうして?」

「どうしてって言われても――って、あれ? でも、身体全体の淀みみたいな感覚は消えたような……?」

 

 ミーナが苦々しく目を瞑りながらも、身体を解される感覚に笑みを浮かべているという百面相をする中――それを見上げるラフィーアは怪訝な表情を深くする。

 

「……“浄化”の効力は確かに出ている? ……でも、それならどうして腹部に違和感を……?」

「いや、冷静にしてないで止められるなら――。ん――っ、火傷みたいな痛みと固まった筋肉を解されるような感覚を同時に感じるって、これ、意外とキツ――」

 

 ラフィーアが目の前の不可解な状況に首を傾げる中、ミーナは普通に生きているなら感じえない感覚に悶絶し続ける。

 

「…………下腹。……私が望んでいて、ミーナが重要と思っていないモノ――」

「っ、収まって、きたけれど――判ったなら、勿体ぶらずに、止めて――というか、『ヒール』の魔法の亜種で、なんでこんな事に……」

 

 目の前の事象と自分の術理を照らし合わせる中、考察を深めていたラフィーアが確信に至った事でその表情を陰らせるものの――その表情にまで気に留める余裕のないミーナは『その意味』を考える間もなく答えを求めてしまう。

 

「………………ミーナ。……貴女には、旦那様――身体を許した異性はいらっしゃいますか?」

「え”? ……いや、居ないけれど――今は、そんな話を――」

「……資料には、魔物が人間の女性を孕ませるという記載がありました。……ミーナは、それがどの位の確率か――ご存知ですか?」

「――――待って、それって……」

「…………私の最大の癒しである“浄化”は、施術者と術の対象となった者が『不要』と望むモノを光に還す魔術です」

「だから待って、それと私の熱がどう関係して……」

「……私は、旦那様との子供が欲しいと願っており――どんな存在であろうと、ソレを排除するという事を思う事が出来ません」

「――――――」

 

 ラフィーアが至った答えを遠ざけようとするミーナに対し、祭服の女性が結論を明確にすると聖騎士は言葉を失ったように固まってしまう。

 

「…………ごめんなさい」

「――でも魔物なんだよ? ……それでも、消せないの?」

 

 国元でも人間が行使出来る魔術の中では最大の癒しである“浄化”の限界に謝る事しか出来ないラフィーアを前に、ミーナはこの世界の人間の認識であれば『普通』なのであろう言葉を向ける。

 

「……生まれ出てもいない、成す事も定まっていない子供の存在を、私は否定できません。……そんな事を願ってしまったら、私は――」

 

 イレスという存在を知らず、至る形が魔物という異形だけであるならばラフィーアも形となる前の『ソレ』の排斥を願う事が出来たかもしれない。

 

 しかし、人間と魔物がまぐわった結果として生まれる強い存在(イレス)の事を知ってしまった今のラフィーアはそれを『不要』と思う事が出来ず――寧ろ、概念魔術である“浄化”に『ソレ』を願ってしまえば、自分の子供が出来なくなる恐怖に震える事しか出来なかった。

 

「…………。……ごめんなさい」

「――――わ、わかったよ。大丈夫、わたし、へいき。…………小さい状態なら堕ろせるのを聞いた事があるし……元を辿れば、イレスに負けた私が悪いんだし――」

 

 謝る事しか出来ないラフィーアに対し、動揺を隠し切れないミーナは声と視点を震わせながらも崩れ落ちる事なく踏み止まる。

 

「…………」

 

 そうして生まれた重苦しい沈黙の中、ラフィーアは今更ながらにこの悪辣な施設の事を思う。

 

 今更と言えば今更であるが、イレスに調整されていない魔物は相手の命を奪うよりも女性(にんげん)を使って自分の生殖欲求を満たそうとする事を第一目的としている節があった。

 

 それはまるで理の無い南の男性(にんげん)のようだと場違いな思案を過らせたラフィーアであったが――同時にそんな欲望の権現に組み伏せられて生き残ってしまった者に直接触れた事で、ここの悪辣さが実感として湧き上がってくる。

 

「(…………もしも、私が……ミーナのような立場になったら――)」

 

 この施設において優位に立ち続けられたラフィーアにソレを考える暇は無かったが、考えもしたくない烙印を受けたかもしれない危機を、彼女は既に体験しており――。

 

 自分よりも戦闘力で勝る者が堕ちたという現実を今更のように自覚した事で、数え切れない程に歩き通したこの施設が如何に悪辣であるかに思い至った祭服の女性は震え、恐怖する。

 

「…………」

 

 そして、現状を理解してしまった彼女は――その感情によって動けなくなってしまう。

 

 サラがこの場所に居た頃、彼女に対して『肉体関係にはそれ以上も、それ以下の意味もありません』と言ったラフィーアはそれが事実であると認識してはいるものの、彼女は契約を何よりも重んじる旦那様と幾つかの取り決めを結んでいる。

 

「………………」

 

 旦那様と交わしたその全ては今のラフィーアを形作る根幹と化しており、ソレが揺らいだ時に自分が自分のままでいられるかどうか等――彼女自身にも判る事ではない。

 

 そして、触られる程度であれば許容出来るものの、もしも身体への侵入を許してしまえば――。

 

 例え旦那様が許したとしても、彼を裏切ってしまったという自責に耐えられる自信はない。

 

「(…………それに、この先は――)」

 

 加えて、これから挑むのは今までのように負ける可能性が極めて低い状況ではなく、ミーナという戦力を十全に組み込めたとしても敗北の可能性が存在する戦場であり、もしも負ければ――。

 

「(………………この感情も、写し物かもしれないのに)」

 

 その『もしも』に震えて動けなくなってしまったラフィーアであったが、そんな状態であるからこそ冷え冷えと冴えわたる彼女の思考は目を背けていた事実を脳裏に過らせ――。

 

「――――――よし」

 

 脳裏に浮かんでしまったそれらの感情を振り払おうとラフィーアが首を振る中、項垂れていたミーナは唐突な一喝と共に目に光を灯す。

 

「ラフィーア。貴女はイレスの調査と監視が任務と言っていたけれど――倒してしまってもいいのでしょう?」

「……っ」

 

 呪詛のようにこびりついて離れない絶望に沈み込んでいたラフィーアが、思わぬ言葉に驚きのまま目線を上げれば冷涼な赤い瞳が強い意志を持って射貫いてくる。

 

「このまま産まれるまで待つなんてイヤだし……お父さんの土地を襲った相手を放っておくのはもっとイヤ。――だったら、お腹が膨らんで動けなくなる前に倒して、地上で対策を見出した方がいいでしょう?」

「…………」

 

 そのあまりにも前向きな判断に、『この人も強い人だ』と――『倒れても立ち上がれる人なのだと』理解してしまったラフィーアは、自分が持っていないモノを持っている人がこんなにも多くも居る事を羨望し――。

 

「…………」

 

 それ以上に、どんなに技術を磨いても自分が『そうなれない』事に瞼を落とす。

 

「………………ええ。……ミーナさんも思う所があるでしょうから、武勲とするべく首級をあげてもらっても構いません」

 

 だが、ミーナが自らの意思を持ってイレスの排斥を願う事はラフィーアにとって最善と言える状況であり――。

 

 恐怖で動けなくなっていた自分に『責任を果たさねばならない』という理を思い出させてくれた相手に向け、祭服の女性はその種火に出来うる限りの薪(ことば)を焼べる。

 

「いや、首級をあげるって……昔話とかの蛮族じゃないんだから」

「…………」

 

 そうして、勇ましい炎に推される事で震える身体を止める事が出来たラフィーアは、イレス討伐を見据えた今後の事を考える。

 

 イレスを攻略法するミーナと、魔女の工房の全てに対抗するラフィーア。

 

 担当は逆でも構わないが、これならば勝ちを拾える可能性は8割を越える(だとうなはんい)となり――動くとなればその戦力を盤石なモノとするべく、ラフィーアはミーナに伝えなければならない事を詳らく。

 

 騎士の判断は直感的な面が強く、だからこそ感情に迷いが生まれれば致命的な危機に陥る。

 

「…………ミーナさん」

 

 故に、あのイレスがソレを突かない筈がない事が判っているラフィーアは自身が口にしようとしている内容に逡巡し、目を泳がせるものの――それでも考え至った結論を伝えるべく口を開く。

 

「――何? やる事は決めたのだから、早く動いて最下層の人達を助けたいんだけど」

 

 それに対し、自分の口調(このふんいき)だけで『嫌な流れ』を察したミーナは続きを遮る動きを見せ、その勘の良さに戦慄するラフィーアであったが転がりだした話を止める事はしない。

 

「……ミーナさんのご両親の事を、お聞きしても構いませんか?」

「別に良いけれど――ここを突破する方策を相談するよりも重要な事?」

「……はい。……もしかしたら、ミーナさんがイレスを討つ理由が増えるかもしれませんので、可能な限り詳しくお願い致します」

 

 返した言葉は相手の血筋を知る為の口実であるが、その多くは虚言であり――万が一の勘違いを潰す為の確認に、ミーナは応えを返す。

 

「――――私が生まれる前の話になるけれど、地上――リモートスノーは北方の物流を担う要所として栄えていたんだって」

 

 その表情は知らない事を求めるような羨望とソレを知らない事に対する寂しさが滲んでいたものの、それ等はラフィーアにとっては無用な情報であった。

 

「でも、20年前の魔物の襲撃で父が死んで――蹂躙された町は、復興される事なく放置された」

「…………」

 

 続く地上の末路は必要な情報であり、ラフィーアは次の質問を言葉にする。

 

「……ミーナさんのお母様は?」

「お父さんが亡くなってから、気が触れてしまって――あまり話したくない」

「…………そうですか」

 

 ミーナの故郷が魔物に蹂躙されたのが20年前。

 

 そして、ミーナは自分と同い年であり――聖騎士を産んだ彼女の母親は、ラフィーアが先程思った絶望に浸った事で気が触れてしまった。

 

 考えていた『答え』に合わせるように埋まっていくピースを前にしたラフィーアは、考え至った結論が確かであった現実に目を伏せながら――。

 

「――っ!?」

 

 9割5分以上『確定』した『答え』を詳らく前に、ラフィーアは同い年である自分より成熟した身体を抱き締め、その非常な宿命を支えるように腕に力を籠める。

 

「――――えっと、何?」

「…………私は、生まれや血筋よりもその人が成した事、成そうとする事。……その意志にこそ『人間の価値』があると考えています」

「――だから、何?」

 

 こういう時だけ鈍い――否、先程と同じように判っていて否定しているのだろうと判断したラフィーアは、守りに入ったミーナに対して、自分と違い、彼女であればソレを乗り越えられると信じながら絶望を放り込む。

 

「……イレスは、瘴気の中をものともせずに行動し、ローパーを筆頭とした魔物を操ります」

「だから、何……を?」

「…………その出自は、魔物に孕まされた人間との事です。……この条件に当て嵌まる存在に、心当たりはありませんか?」

「――――ない。……私は――」

「……私は、『それでいい』と思います。……短い間ですが、ミーナさんの人となり――今、抱き締めている相手が『人間』である事はよく判りました」

 

 この言葉に嘘はなく、ミーナがイレスと同じ存在――この世界において悪魔と呼ばれる存在である事が確かとなり、瘴気に溢れたこの施設の只中であっても自由に動き回れる謎が解けた今であっても尚、ラフィーアにとってはそんな存在を味方に引き込めた事の心強さの方が強い。

 

「……ですが、イレスも同じ事を言ってくる筈です。…………ミーナさんが人間であり、領民を思うシャクナ家の領主様であるならば、敵と認めた者の甘言に惑わされない事を――今から心に止めて置いてください」

「――――」

 

 これがラフィーアの出来る最善の対策であったが、ミーナからの反応は鈍い。

 

「…………」

 

 そんな聖騎士に対し、激励など柄じゃないと思う祭服の女性であったが――彼女は余禄として自分の言葉を続ける。

 

「………………私の旦那様は、滅ぼした方がいい人間しか居ない筈の――南方の生まれです」

「――――なに?」

「……でも、私の旦那様は竜の方々と対等に語り合い、法と理を何よりも貴び、真実を選ぶ事を諦めない人で――どう考えても厄介事しか引き寄せない私の事を、綺麗だと言ってくれた――大切な人です」

「――こんな時に、惚気を聞かされるとは思わなかったわ」

「……ですが、貴女の立ち位置は私の旦那様と同じだと言えば――信じてくれるでしょう?」

 

 この世界において悪魔と呼称される魔物との合いの子と、感情のままに動くが故に信用されぬ南方の人間。

 

 共に人間に対する害悪であるのは確かだが、そう区別されていてもその中に『人間』がいる事を示すように――。

 

 否。そうある事を考え続け、行動できる者こそが『人間』である事を伝えるように、ラフィーアは力のない自分の腕が許す限りの力を持って、ミーナを抱き締める。

 

「――私は人間。……シャクナ家のミーナ」

「……はい。……領民の為に成すべき事を成せる、将来有望な領主様ですよ」

 

 『理』ではなく『感情』に重きをおいた言葉で相手を動かしてしまった我が身の未熟さを思わずにはいられないラフィーアであったが、ミーナが立ち直ったのを察した祭服の女性はその背中を数回撫で叩く事でこの交わりを終わりとし、その両手を離して後ろに下がる。

 

「(…………さて)」

 

 進むべき道が定まったとなればしなければならない事は多く、目を瞑ってその候補を並びたてラフィーアはそれ等の順序立てを組みながらテントの隅の隠し棚へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

「……イレスは今、この施設に居ません。……ですので、その隙を最大限に突く形で優位を取ります」

 

 目的を確かとした2人は、ラフィーアが広げたこの施設の見取り図の上で頭を突き合わせていた。

 

「……ここの上の階層はコレといった重要施設が無い区画ですが、その分だけ防衛施設としての特性が色濃く表されており、あれだけの技術を持った術者の工房というだけあって最上階との境界には強力な魔導防壁が敷設されています」

「一応聞くけれど……どうするの?」

「……魔導防壁を解除する装置の位置も把握していますが、そんな迂遠な事はせず――魔導防壁周辺を私の魔術で消滅させる事で道を作ります」

「――出来るの?」

「……1人では手を出せませんでしたが、考える時間だけはありましたので」

 

 そうして道筋を共有したラフィーアは、次にスケッチしておいた上層階の魔物一覧を開いてから最も注意すべき難敵を指差す。

 

「……注意点としましては――通過点であるこの階層にはイレスが保有する最大戦力とも言える黒衣を纏った単眼の魔物が巡回している事が挙げられます」

 

 彼女が指差したのは黒い包帯の様な布で身体を覆った単眼の魔物であり、普通なら身の丈程の大鎌に目が行きそうなものだが、ミーナの視線はその頭部の辺りを見据えていた。

 

「――単眼。……わざわざ目玉を注意しているとなると、見られるだけでアウトの魔眼使い?」

「…………魔眼を使う魔物は有名なのですか?」

「いや、数自体は少ないけれど――私の場合は聖騎士としてぶった切った総数が多いから知っていたって感じかな」

「……そうですか。…………可能なら各個撃破を狙いたい所ですが、私達の動きに気付いたイレスが戻る前に工房の機能を破壊しておきたいので、接触しなければ一旦は無視します」

「――この段階では上の階の境界になってる魔法壁を壊すだけよね? それで気づかれるの?」

「……動くと決めた以上、最下層の人達を放っておく理由はありませんので。……そして、あそこに問題が生じればイレスはすぐに動きます」

 

 助ける心算がないような口振りだった事をあっさり覆したラフィーアの言葉に、嬉しさと胡散臭さが混ざり合った変顔をしているミーナを余所に、祭服の女性は見取り図を最上階の物へと差し替える。

 

「……最上階に着きましたら西側に向かい、ミーナさんの戦力を増強します」

「え? 私?」

「こちらにはミーナさんが今持っている短剣を鍵とした扉があり、その先にはイレスが保管している妙な剣が安置されています。……ミーナさんには此方を使って決戦に臨んでいただきます」

「――いや、そんな妙なモノで?」

「……それが私の旦那様の剣か、それ以上の魔剣である可能性が高かったとしても?」

「――――見るだけ見てみようかしら」

「……興味を示してくれてなによりです。……戦力を整えた後はこの施設全体に魔力や電力を供給している動力室を部屋ごと粉砕する事でイレスが持つ優位性を砕きつつ、決戦に有利な場をこの範囲に形成」

 

 そうして最上階での道筋も伝え、ミーナに使って貰う剣への迷いが薄れたのを確認したラフィーアは決戦の地となる場所――地上へ向かう階段の目の前にある広間に指で丸を付ける。

 

「……最上階で最も広い場所となったこの地で待ち構え、異変を察知して戻ってくるイレスとの決戦に臨みます。…………いかがでしょうか?」

「――なんか、ずいぶん用意周到なんだね」

「…………ミーナさんは人の上に立とうとしている人間なのでしょう? 策略――というよりも軍事学を練らないでどうするのですか」

 

 ラフィーアが小難しい話をしだした瞬間に視線を逸らしたミーナを不審に思った祭服の女性は、目的とは逸れた別の質問を向ける。

 

「…………ちなみに、輜重(しちょう)部隊の手配、兵員の人心や装備の把握、敵情の確認に目的達成の為の方針選定、戦闘地域までの行軍ルートの策定に――戦後の報告書。……これらはいつもどのように?」

「――え~と…………今の所は、突っ込んでって魔物を切ったり燃やしたりするのが仕事――みたいな?」

「…………脳筋」

「むー。……貴女の旦那さんはどうなのよ。惚れ込んで色目付けても騎士なんでしょう? 事務仕事は貴女とか事務官とかに任せっきりで――」

「……田舎から引っ張り出された最初の1ヵ月ぐらいは私の手を借りていましたが、その3ヵ月後ぐらいからは毎日これぐらいの書類を処理していますよ?」

 

 そう続けたラフィーアが両手で厚みを示すと、ミーナは嫌そうな顔で沈黙する。

 

「……組織の長は書類からは逃げられないのです。……読み書きが出来るだけでも期待されている結果なのですから、イレスを倒して原隊に復帰したら職務を果たしてくださいね」

「――なんか、おじさんや副官と同じ事を言ってる……」

「…………」

 

 奉ずる相手が違うとはいえ同じ軍属であっても此処まで違うのかと内心驚きつつ、ラフィーアは開いた見取り図の片付けを始める。

 

「(……あとは、サラさんへ宛てた報告書を纏めて水晶に封印して――いえ、彼等の現況も添えた方がいいですから、予備拠点に情報を共有しに行くのが先ですね)」

 

 攻略に向けた下準備が完了したとなれば、あとは事後処理に纏わる事を済まさねばならない。

 

 そう定めたラフィーアはイレスとの決戦のカギを握る主戦力(ミーナ)に「……他の策略を走らせて来ます」と伝え、それでも決戦を急ぐ彼女に「……これまでの経緯が記された水晶の情報を見ながら体調を整えておいて下さい」とも続けた祭服の女性は本拠点を後にした。

 




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