【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
ミーナがイレスの討伐を決めた後、聖騎士自身も知らなかった出自の秘密を暴いたラフィーアはこれまでの反応が嘘であったかのような友好的な動きを見せていた。
『……他の拠点からの物資の引上げと、最下層の実験場に捕らえられている女性達を助ける手配をして来ますので、しばらく休んでいてください』
そうして作戦の共有を果たしたラフィーアは、そんな言葉を最後にこの場を後にしたものの――。
『……時間を持て余すようでしたら、水晶の記録を閲覧していてください。……あと、余計なお節介かもしれませんがミーナさんが思っている以上に身体は消耗している筈ですので、仮眠も視野に入れてくださいね』
立ち去ったと見せ掛けてから一度戻ってくるというフェイントすら織り交ぜたラフィーアは、焦っているミーナを見越したかのような言葉を続けてからテントを出ていった。
「――――」
軍事学への指差といい、子供扱いされているような感覚に思う所はあれどもいつの間にか自分を見るラフィーアの目には親愛の情が見え隠れしており――。
それに気が付いた自分の中にも確かな温かさが生まれており、先程までの殺伐とした会話のどこに接し方変えるような要素があったのかと頭を捻りながら、ミーナは身体を伸ばす。
ラフィーアが本拠点と称したこの場所には彼女が淹れていった紅茶の香りが漂っており、瘴気避けによる空気の澱みを紛らわさせていた。
「――こんな場所でなければ、楽しめたでしょうに」
それはラフィーアも飲んでいたモノであったが、用心の為に喉を潤す程度に留めたミーナはこれを淹れた術者の事を思案に乗せる。
色彩こそ地味ではあるものの質が良い異教の服を纏う彼女は、怪しむべき点が多い女性であり――聖都の人間や部下に『信用できるか?』と問われた時、答えに窮する存在であるのは確かである。
そして、自ら進んで自白した最下層の所業に引っ張られている感覚も否めないものの、それでも自分の出自にあれ程までに親身になって寄り添ってくれた事も思うと――その振れ幅に判断が追い付かなくなる。
「イレスと言ったかしら――あいつと反目しているのは事実だと思うけれど……」
その最たるモノは先にも述べたラフィーアが身に纏っている祭服に尽き、教会のソレとは明らかに異なる意匠が施された服は異教徒である可能性を高めるものであり、それが確かであれば聖都の敵である可能性が高くなる。
「そうだとしたら、教会を蔑ろにするのが筋なのだけど――」
しかし、この拠点の所々には教会の刻印があしらわれており、ラフィーアの言う前任者が残したのであろう教会の祭具を模した魔道具に至っては定期的に磨いているのか鈍い輝きを放っていた。
「――――」
その丁寧な扱いが最も顕著なのは広げた掌程の大きさがある水晶と何らかの魔法効果が刻印された台座であり、ラフィーアが追加したと思しき結界の中に収まっているソレは間違っても傷付けるような事を許さないという強い意志が見て取れた。
「――前任者から今日に至るまでの記録が入っている、って言ってたわね」
教会に纏わる物を大切に扱っている様子からラフィーアが異教徒である可能性を棚上げにしたミーナは水晶を包む結界の外側に触れ、教わった通りに魔力を通して浮かび上がった項目を選ぶと――聞いた事の無い女性の声が耳に届く。
「――っ!?」
その思わぬ反応に驚いたミーナであったが、どうやら選ぶと対応する情報が現れるのがこの水晶の仕様のようであり、調べ続けてみると文字だけが水晶に浮かび上がる事の方が多かった。
『瘴気の濃度が濃く、潜入工作を行う段階でも支障が出ている。合流した仲間と対応を協議するも明確な結論が出せなかった。――難しい任務になりそうです』
『この迷宮の建築様式は、聖都は元より、ソムデンやミラドといった常識的なソレを逸脱している事から、遺物を利用していると思われる』
『仲間との協議を続けた結果、私が先行する形での単独潜入が決定。仲間達が攪乱している内に地下2階の魔法壁の突破に成功』
『地下3階には亜人種の集落があり、労働力として活用している模様。尚、その集団の中に厄介な戦力であるオーガの姿を確認。細心の注意を払う必要あり』
『別記:瘴気の濃度は相変わらず濃く、活動に支障あり。迷宮内の探索を行う際には何らかの対策を講じる事を推奨』
「――――?」
ここまで読み進めた所で前任者と思しき女性の記録が選べなくなっており、それに引っ掛かりを覚えたミーナであったが読めるようになっている2週間分ぐらい先からの日誌を読み始める。
『迷宮内で合流した協力者の手により、オーガの排除と亜人の村の制圧に成功。この拠点を離れている間に何らかの妨害工作を受けた形跡が無い事を確認。明日から脱出路の形成を再開』
『協力者は服の意匠から教会を信奉していないと思われるものの、協会の教えに隔意は無いようで、拠点の拡張の折に祭具をあしらった際に「綺麗な刻印ですね」という言葉を受ける』
『教会――延いては聖都の敵になる存在ではないと思われるが、確認の意味も含め、協力者に教会と聖都についての議論を向けると「信じるモノが違うのは当たり前であり、他人を害さないのであればその存続は許されて然るべき」との答えを受け、「信ずる対象を決めさせる行為に意味はない」との発言を得る』
『――教会の方々やこれまで倒してきた異教徒には『自分の正義こそが絶対である』という意志が根底にあった事から、『意外』という印象が強く残る』
『協力者は聖都にそのまま報告する事の難しい女性ではあるが、これ程の才能が野ざらしに放たれているのは惜しい。なんとか協力体制を敷ける方法を定められればいいのですが』
『別記:脱出路の進捗が完了に近づいているのを感じる。――機密情報が含まれるものの、協力者に引き継ぐイレスの監視任務で必要となる事から水晶の封印を解除しておく』
『脱出路の形成が完了してからの行動をどうするかの協議は続けていたが、居残る事を決めている協力者を翻意させる事は出来ず、私1人が脱出して聖都から増援を引き連れてくる事が決定』
『私信:ラフィーアさん、貴女は――――――。どうか、ご無事で』
「――?」
前任者と思しき女性の最後の記録は音声であったが、途中が切れており――その先に残されていた別れの挨拶を最後に彼女の記録が終わる。
「――――――」
ここから先はラフィーアが組み上げた記録のようであり、そちらを読もうと項目を広げたミーナは――。
「うっわ」
その理詰めな性格を表してか、ラフィーアが記したと思しき項目は今までの記録とは比較にならない程の文章量と細分化がなされており――読み進める気が一気に失せたミーナは水晶が纏う結界から手を離す。
「――――この記録が確かなら、聖都の敵ではないわね」
水晶に記録されていた声音や文章を鑑みるに、ラフィーアは前任者とされている聖都の諜報員とは良好な関係を築けており、彼女(?)が聖都に辿り着けていれば本格的な討伐部隊が編成されて来るのは確かだろう。
「――どちらにしても……あいつの思惑に乗るしかない、か」
ラフィーアが自白した最下層での所業を思えば許す事は出来そうにないが――その実直な言動に篭絡され掛けている自分がいる事もまた確かであり、ミーナは苦々しく吐息を零す。
「だけど――あいつ、どこの生まれなのかしら」
若輩の身ではあるが、聖騎士ともてはやされているミーナは聖都の影響下にある地域の大半に足を伸ばしていたが、南北であそこまで激烈な対立関係に至っている場所に覚えがない上、そも『竜』が居るなんて話は聞いた事も無い。
「――――」
加えて、自分自身の魔法が他の魔導師のソレとは形が異なるとミーナは常々感じていたものの、ラフィーアが扱う魔法もまた一般的な魔導師とも――ましてや自分のソレとも異なるような気がする。
「服装の事も考えると――聖都が把握していない隠里の人間で……偶像だとは思うけれど、竜の存在を信じる異教徒」
それらの要素はどちらか片方だけであっても聖都が許しておかないような存在であり、この場で協力出来たとしてもいずれはラフィーア諸共その関係者を討伐しなくてはならない存在だが――。
『この土地の領主様の関係者ですか?』
『……家名を持つ者が前に立って無辜の領民を救おうとする。……そんな当たり前の事が出来る為政者が居るのでしたら――』
『……ミーナさんが人間であり、領民を思うシャクナ家の領主様であるならば――』
言葉を思い返すだけで、堪えようと思っても自分の頬が緩んでしまうのをミーナは感じていた。
「―――――」
ミーナから見たラフィーアという人間は、それがどんな所業であろうとも自らの信仰が正しいと判断した事を成してしまう身勝手な狂人となる。
しかし、それ故に発した言葉に嘘がないのは確かであり、ミーナがリモートスノーを想ってきた事を認め、自分亡き父との繋がりを肯定し、自分の未来(なまえ)を思い、それらを尊重する言動を鑑みれば――どうにかしてラフィーアを生かす方法は無いものかと考えてしまう自分が居るのもまた確かであった。
「――――。しっかりしなさい、ミーナ。……そういうのは勝ってからよ」
警戒を解いていい相手ではないが、悪い人間ではない。
前任もそうやって篭絡されたのだろうかと考えつつ、ミーナは来るべき決戦を前に自身に残る不調の改善に努めていった。
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