【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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甲種作戦

 ラフィーアはこの亜人の村に3つの拠点を築き、この階層に戻る際には必ずその全てに囮を送る事でイレスの目を攪乱していた。

 

 その内の1つはサラの作った陣地を改造した拠点であり、本拠点と呼称しているソレは元の状態が素晴らしいだけにラフィーアはここを定宿とし――ミーナを匿い、彼女との交渉の場として使用し、今はその聖騎士に留守番を預けている。

 

 2つ目の拠点はサラを苦しめていたオーガの根城――彼女を主菜とした狂宴が幾度となく開かれていたであろう場所であり、イレスが会合場所として指定した事から積極的に整備を進めてもいても寄り付きたいとすら思えない場所となっている中央拠点。

 

 そして、最後の1つが――今、ラフィーアが向かっている予備拠点。

 

 亜人の村――というより、この施設においてラフィーアが唯一自分で築いた拠点であり、ここの制圧戦の折に無人となった亜人の家屋に徹底的な洗浄と長期的な籠城戦を仕掛けられるような調整を行ったこの場所は、予備拠点の名に相応しい場所であったのだが――。

 

「……今、入ってもよろしいですか?」

「――っ、問題ありません。……どうぞ」

 

 中央拠点でもないのに拭い切れない青臭さに眉をひそめながらラフィーアが問いを投げかければ、若い男性の声が帰って来る。

 

 彼はサラと別れてから間もない頃にこの下の階層で負傷して身動きが取れなくなった所を保護したデュランと言う名の人間の男性であり、その証言を信じるなら才女と同じ聖都直属の諜報部隊に所属する騎士であるようだった。

 

 発見時の彼の傷は深く、ラフィーアが見つけるのが少しでも遅れていれば今頃魔物に食い荒らされて骨と遺品だけになっていたであろうが――今ではその後に救助したもう1人の世話と拠点の保全をしてくれる人員となっていた。

 

「……少しは真面になりましたね」

「――――言葉もありません」

 

 怪我の状態から戦力に数える事は出来ていなかったのだが、そんな状態でもう1人の『相手』をしなければならない都合上、デュランは見るに堪えない格好をしている時が多かったのだが――最近では比較的真面な格好をしている事が多くなっていた。

 

 そのもう1人とは、ラフィーアがミーナと出会う前――。

 

 サラと別れた後に最下層を焼いた後に見つけた女性であり、発見時の身なりから彼女もまた才女の同僚ではなかろうかと推測したラフィーアは錯乱状態にあった彼女を何とか引っ張り――先に保護していたデュランに確認を取った所リースリットという名の女騎士である事が判明した。

 

 上手く隠蔽された簡易拠点に籠っていたリースリットは傷こそ負っていないものの瘴気による汚染と衰弱が著しく、ラフィーアが見つけた時点で錯乱から抜けだせない状態にあった彼女もまた発見が遅れていればローパーの類によって悲惨な末路を辿っていた事は想像に難くない状態だった。

 

 尚、その汚染の度合いはデュランが末期であると匙を投げる程に酷かったものの、戦力を欲していた当時のラフィーアは魔眼と“浄化”を併用した調整を行い、結局律しきれなかったデュランの肉欲も併さった事で人間としての意識を取り戻せそうな状態にまで持ち直していた。

 

「(……冷淡な話ですが――あの時点でミーナさんと協働できる事が判っていれば、私も見捨てていたでしょうね)」

 

 発見時のリースリットの状態は極めて酷く、盛りの付いた猫のような彼女を前にしたラフィーアは瘴気の恐ろしさを改めて実感し、“障壁”を解かねばならない事もある為に『自分はどの程度までなら耐えられるのか』を主軸とした研究に勤しむようになっていた。

 

「…………唐突な報告となってしまい申し訳ないですが、状況が変わります。……甲種作戦を発動させました」

「――っ!? イレスに勝てる見込みが出来たのですか!」

 

 そんな思い出を脳裏に過らせていたラフィーアが策を動かした事を告げると、デュランは驚きのあまり声を上げる。

 

「……最下層に落とされていた聖騎士と合流出来ましたので」

「聖騎士――聖都で有名なあの方ですか? しかし、その――大丈夫だったのですか?」

 

 最下層の事も含めた情報を共有している事からデュランもイレスの行っている実験を知っており、それに晒された相手の状態を慮るのが当然と言えたが――。

 

「人質を取られて不覚をとったようですが、自力で脱出した所で接触できましたので引き入れました」

「なんと、自力で……流石は――。ですが、それでも性急に過ぎるのでは?」

「…………地表に手勢が残っており、彼等が各個撃破される事を恐れているようです」

 

 どう見てもサラ以上の戦闘能力をもつミーナは聖都にとって希望の星であろう事は疑いなく、ラフィーアは聖騎士の尊厳や経歴の為にもローパーに弄られていたであろう事は伏せ、自力で抜けだした事実のみを伝える。

 

「……亜人どもの指示内容は既に変更しましたので、最下層に捕らえられている女性達も本拠点に送られて来る筈です。……事が起こった後はミーナさん――聖騎士の部下か聖都の部隊がここに到着するまで、何とか持たせてください」

「その辺りは事前の計画通りに、ですね」

「……最下層から引き上げた方々達のケアは救援の方々に丸投げします。……判っているとは思いますが、襲ったりしたら衰弱死する可能性もありますので自重してくださいね」

「そ、そんな事――」

「……リースリットの前でも、同じ事が言えますか?」

「――――」

 

 リースリットに人間としての意志や感情を戻す為、ラフィーアも『そうなる事』を見越して2人を放置したのは確かであるが――錯乱している彼女を前にして肉欲に負けたのはデュランであり、サラへの報告書にも子細細かく記載する事で一生いじり倒させる心算である。

 

「…………流石に意地悪が過ぎましたね。……事が起これば亜人どもも真面に動けなくなり、水と食料の供給も途絶える可能性があります。……覚悟だけはしておいてください」

「――救援が来るまで、どの程度掛かるでしょうか?」

 

 大変遺憾な事ではあるが、2人の生活はラフィーア以外が自由に動けない都合から亜人どもが狩ってきた人間でも食せるモノに頼っている所が大きく――必要な事ではあるが、食い扶持が増えた上で補給が途絶えるとなればデュランの顔も流石にこわばる。

 

「……決戦を始める前に最下層から奪還した女性達を聖騎士に見せますので――あのお人好しの事ですから、決戦後にすぐ対応してくれるかと」

 

 物資の備蓄に関してはラフィーアも危惧している事だが、こればかりは対策のしようが無く――せめて真面に動ける人間の方が多いのであれば、サラが創った脱出路の封印を解いて逃がすという手もあるが収容した人間のほぼ全員が真面に動けないとなれば籠城する他ない。

 

「――話しぶりから察するに、自分達の事は伏せたままにするのですね」

「…………密偵である貴方達の存在を伝えていいものかどうか、迷いましたので」

 

 亜人どもが救助してくるであろう女性達の警護に付かせるとでも言えばあっさりと受け入れてくれる可能性はあるが、比率でいえば諜報部隊――国元でいう所の特務の人相を暴露していいものか迷ったのが大きい。

 

「聖騎士の方でしたら問題は無いと考えますが――ご配慮くださり、ありがとうございます」

「…………決戦に赴く前に、リースリットに最後の治療を行います」

 

 彼等を利用する事しか考えていなかった自分は感謝を受け立場に無いと考えるラフィーアはデュランの謝意に視線を逸らし、そのまま予備拠点の奥へと進み――虚ろな表情のままテントの端に座り込んでいるリースリットの元へと歩み寄る。

 

「…………」

 

 救助した時点での彼女は色欲に狂った動物のような有様であり、衰弱状態を脱して動けるようになってからの所作は目に余るモノであったが――。

 

「(……だいぶ、回復しましたね)」

 

 瘴気の性質に飲まれるままに錯乱し、疲れ果てれば犬や猫のように寝そべる。

 

 そこには品性の欠片無かったが、今は座り方1つとっても陰部を隠すような意図が見て取れ――理を突き詰めれば人間であった頃の習慣をなぞっているだけなのだろうが、何も考えずに獣のように生きるのに比べれば雲泥の差と言える。

 

「――本当に、リースは戻れるのでしょうか?」

「……その片鱗は、感じておられるのでは?」

 

 拠点内の片付けが進み、リースリットの所作にも品位の兆しが見えている。

 

 そして、デュランの呼び方が愛称に変わっている事に口元が緩むのを感じたラフィーアが確信と共にその相手へと視線を向けると――。

 

「――――」

 

 その問い掛けによって漸く自分の変化に気付いたらしいデュランは視線を逸らしてしまったが、そんな初々しい男性をつついて遊んでいる暇が無い事が判っているラフィーアは、ソレを残念に思いながらも魅了の魔眼に集中する。

 

「………………」

 

 この魔眼は同性にはまず通用しないものであるが、何時ぞやのサラに仕掛けた時のように抵抗しようとする意志も無い相手であれば通す事は可能である。

 

 同時に、これが最後の機会になってしまう可能性もあると考えているラフィーアは、これまでの処方とは打って変わった強引な補正を施していく。

 

 リースリットの中で形を取り戻しつつある人間らしい欲求はまだ小さく、それだけでは切っ掛けと呼ぶのもおこがましい状態である。

 

 しかし、そんな兆候の中で最も大きくなっている欲求――『この人に愛されたい』という感情に他の欲求を紐付けし、最後に“浄化”を掛けて残っていた瘴気の影響を霧散させる。

 

「……っ」

 

 “浄化”による魔力消費は相変わらずであり、魂が抜けるような脱力感に耐え切れずに一時気を失ってしまったものの、リースリットに倒れかかっている状態で意識を取り戻したラフィーアは再び魔眼を相手に通してその内情を確認する。

 

「(…………記憶は、残せると思いますが――)

 

 その目に映る魂(いろ)は、やっつけの仕事にしては巧く取り繕っていると思える状態にある。

 

 しかし、ここまで酷い状態から戻るとなると末期症状に至る前とは性格や考え方が変わってしまう可能性は高いと思われるものの――人間に戻れるのだからそのあたりは我慢して貰う他ない。

 

「…………錯乱状態で……求められた、とはいえ……手を、出したのですから――せめて、自立出来るまでは……責任を、持ってくださいね」

 

 そうして施術を終えたラフィーアは、それを見守っていたデュランに向けて要望を伝えてから霊薬を口に含む。

 

「――――聖都の許しが、得られるかどうか……」

「……散々良い思いをして放置するようでしたら、呪いに行きますよ?」

「――自分達は、聖都の駒なのです。――駒に意思が無いのはご存知でしょう?」

「……ならば、サラさんやミーナさんにも訴え、死力を尽くしてください。……そうでなければ、助けた意味がありません」

「――――――」

 

 サラやデュラン達の人間関係がどうだったのか、何故戦力を分散するような行動をする事になったのか等の詳細は判らず仕舞いであり――もしも才女があんな目に会う原因を作ったのが彼等であったのならば、助けた事自体を後悔するだろうから聞く心算もラフィーアにはなかった。

 

 出来る事としてはサラに残す報告書に2人の経過観察の詳細を記すぐらいであり、才女に思う事があれば彼女自身の手で何とかするだろう。

 

「…………最後に、今回提供する物資となります」

 

 そんな思考と共に立ち上がったラフィーアは、急激な魔力量の変動にふらついた身体を押さえ込むように目を瞑り、魔力が揺らいだ事で震えた両足を気力で踏み留まらせた彼女は祭服の内側から最後となる物資を差し出す。

 

「……以前にもお渡しした“浄化”の魔術を刻印した魔石――ミアズマトライズの代替品が8つと、亜人への認識阻害と瘴気避けの魔術を刻印した布飾り(リボン)が5つ、ですね」

 

 そうして示されたソレ等に手を伸ばしたデュランに対し、ラフィーアは彼が見るのは初めてとなる刻印リボンの説明を開始する。

 

「…………イレスを倒した後の混乱期になれば使っている余裕はないかもしれませんが、このリボンは囚われていた人達の外出用として作りました」

「――――なぜ、そのような物を……?」

「……人間は1箇所に長く閉じ込められていると発狂します。……亜人どもには下層に仕舞われている服も取ってくるよう命じてありますので、救援が遅くなるようなら使ってください」

 

 ラフィーアの知識(ソレ)は塔という遺物から得た知見であり、彼等がまだ知りえていないかもしれない情報を伝えた祭服の女性は、その最後に剣帯の内側に差し込んでいた長剣を鞘ごと差し出す。

 

「……最後に、此方を渡しておきます」

「――剣、ですか?」

「……この施設に落ちていた物を整備し、“強化”と“干渉”、“風舞”の魔術を刻印しました。……今の貴方の身体の状態ではどんなに扱い易くしても振るう時には痛みを伴うと思いますが、もしもの時は彼女達を守ってください」

 

 受け取った鞘の中身を検めたデュランが目利きした剣身に息を呑むのを前に、ラフィーアは最後の要望(ことば)を続ける。

 

「――我が名にかけて」

 

 その願いを受けたデュランは式典の中に居る騎士のように剣を示し、その確かな形は薄汚れた内鎧姿である筈の彼が、きちんとした鎧を着ているかのような錯覚を覚えさせる程であり――。

 

「…………騎士様らしい事も、ちゃんと出来るじゃありませんか」

 

 その幻視に目を瞬かせたラフィーアは、現実を見据えるのと同時にデュランもまたサラと同程度の能力を持った人材である事を確かめるように言葉を零す。

 

「――――ラフィーアさん」

「……なんでしょうか?」

「暗黒魔法の素質を認められ、騎士見習の身から聖都直属の諜報員となった時からこの身が人を守る為に剣を振るう事はないのだろうと覚悟していましたが――青二才の頃に夢見た 守る為に剣を振るう事(ねがい)が叶う時が来るとは考えもしませんでした」

「…………感謝は、生き残った時に受け付けます。…………ご武運を」

 

 「ありがとうございます」と続いたデュランの言葉にそう返し、自分に向けるには不適格なソレを先送りとしたラフィーアはその願いが叶う事を願いながら戦人に向けるのに相応しい言葉を贈る。

 

『私が彼等と再会する機会は、もう無い』

 

 『彼女』達――『夢』によって鍛えられた経験則はその事実を断言しており――万が一にでも失敗すれば当然の事だが、どのような最善の結果を得られようとも特務に属する彼等と会える機会はない。

 

「…………貴方達を助けられて良かった」

 

 その直感を胸に抱き、それを寂しいと思いながらも目を伏せる事でその感情を押し込めたラフィーアは、誰にも届く事のない言葉だけを残し、ミーナの待つ本拠点へと歩みだした。

 




主菜は誤字にあらず。




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