【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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攻略開始(前)

 そうして諸々の手筈を整えたラフィーアは、最下層に捕らわれていた女性達を確保した事を見せたと同時に上層攻略に向かおうとしたミーナを嗜好品(かんみ)の提供と自分達の疲弊を延々語る事で問き落とし――。

 

 十分な休息によって体調を整えた聖騎士と魔術師はイレスの工房の攻略を開始していた。

 

「(……やはり、強い)」

 

 上層を守る魔物の質は中層以下の比ではないものの、その障害に立ち止まる事なく進み続けるミーナは通路に無数の屍を築いて行く。

 

「援護! 正面の右!」

 

 そうして次の魔物の接近を察したミーナは指示と共に疾走を始め、その金色の後ろ髪を見送ったラフィーアは望まれた通りの場所に風の魔力弾を撃ち込み、狙った通りの場所で風の刃と化したソレは敵集団の中で突出していた陸上目玉型をバラバラに切り刻む。

 

「――っ!」

 

 その穴を起点とするように敵群に突入したミーナは、集団故に動きが制限されている魔物達を内側から切り刻んでいく。

 

 この階層での敵主力である陸上目玉型――その触手(からだ)の中心から1本だけ飛び出た単眼を持つ魔物――は中層の主力である豚顔並みの強靭さと多脚型特有の予測不可能な挙動を持つ難敵であるが――。

 

「次! 私は左側切り潰す! ラフィはこのまま残党処理!」

 

 そんな生理的な恐怖をかき立てる魔物を前にしても臆する事なく踏み込むミーナは、他の魔物の邪魔になるように立ち位置を変え続ける事で他の魔物の動きを阻害し、数による飽和攻撃に移れない魔物達を床の染みへと変えていく。

 

「…………っ」

 

 同時に、後方に居るラフィーアはその的確な指示を遂行し、ミーナが放置した浮遊目玉型――肉塊で覆われた単眼を中心に幾つもの触手を垂れ下げている魔物であるが、どういう理をもって浮いているのかは定かではない――を風の魔力弾によってバラバラにすると同時に前進。

 

 ミーナとの適正な距離感を維持しながらその背後を警戒し、彼女の手の届かない場所に居る魔物を狙撃する。

 

「しまっ――っ、ぁん……」

 

 それでも多勢に無勢である事に変わりはなく、総数が減った事で自由に動けるようになった各種触手型に取り囲まれ、四肢を巻き取られた事で動きを封じられるも――。

 

「――っ、このぉ!」

 

 自らの膂力でその拘束から脱したミーナは切れる所に居る魔物から削る事で包囲を脱しようともがき、ラフィーアもまた誤射を避ける事に全力を尽くしながら援護する事で、かれこれ3度目になる敵集団の撃退に成功する。

 

「…………なんか、変な声が聞こえましたね」

「言わないでよ、もう――」

 

 ばつが悪そうに肩をすぼめながら、ミーナは周囲の警戒に移る。

 

「…………」

 

 下層で覗き見ていた時から薄々感じていた事だが、ミーナと相対した魔物達は彼女の命を獲るよりも生殖を強要するような行動を見せる事が多く、先程包囲された時も牙を突き立てられれば手痛い痛打を受けかねない状況であったが、魔物達からは拘束を維持しようという思惑が感じられた。

 

「(……最後のあの時も、私でしたらそのまま手足を折られて終わっていたでしょうが――)」

 

 魔物の生態としてその気が強いのは確かであるようだが、ミーナに対しては殊更その意向が強いように思える。

 

「(…………やはり、ミーナさんは――)」

 

 その事象によってラフィーアが『ミーナがイレスの同類である』という確信を深める中、何かに気が付いたように身を強張らせた聖騎士は、気配を探るように左右に視線を振ってから後ろに居る魔術師を見据える。

 

「ラフィ、次の十字路――左右から大群が来てる」

「…………確かですか?」

「出立前に貰った甘味を掛けても良い。……どうする?」

「…………」

 

 ミーナの言うソレは紅茶と同じくイレスの所からかっぱらって来た品であり、互いに軍属である事から戦場での甘味がどれほど貴重であるのかを熟知しており、冗談であろうともソレを掛けるとなれば余程の確信があるのだろう。

 

「……少し負担になりますが、合流させた所で同士討ちをさせましょう。……私が先制しますので、ミーナさんは私が操れなかった奴を」

「――判ったわ」

 

 魔物を操る事に忌避感があるのはお互い様であるが、使わねば生き残れないのであればそれ以外に手はなく――ラフィーアは魅了の魔眼に魔力を通す。

 

「――――来た」

「……っ」

 

 それから暫くして――ミーナの言葉通り、眼前に魔物の津波が発生する。

 

「(…………数は、60――いえ、それ以上でしょうか)」

 

 その種別統一性はなく、目を合わせるだけで感情を揺さぶってくる浮遊目玉型も居る事から視線を向ける事にも躊躇いを覚えるものの――。

 

「…………仕掛けます」

 

 それでも仕掛ける他に選択肢のないラフィーアは、戦闘力のある個体を狙って視線を振り、津波となりつつある魔物に混ざっている陸上目玉型に魅了の魔眼を通す。

 

「……っ、ぁ――」

 

 そうして魔物の意識に張り巡らさせた魔力の糸へ『停止』を命じた事で、一塊となって殺到していた魔物達は大渋滞を引き起こし、数の暴力による飽和攻撃が停滞する。

 

「――っ!」

 

 その結果の反動にラフィーアが膝を付いたのを合図にしたように、勢いを失った津波の中へとミーナが突入し――魔物達の中でも強力な個体に触れる事でそれらを手中に収めていく。

 

「っ……、行け!」

 

 そうして足を止めてしまった魔物達は聖騎士の手による『同士討ち』によって大混乱に陥り、その騒乱の只中に居るミーナは脅威度の高い魔物を選び、的確に切り崩していく。

 

「(…………やはり、優秀な魔導騎士は恐ろしいですね)」

 

 全周囲に魔物が居る状況に竦む事なく前へと踏み込み、身に迫る脅威を切り続ける事で屍山血河を築く様は味方であっても恐怖を抱く程であり――美しくも凄惨な剣の舞を眺め続けるラフィーアは、震える手で魔石銃を構える。

 

「…………これで、誤射をしたら――笑い話にも、なりませんね」

 

 射撃の安定性を上げる為、自ら倒れる事で伏せ射の態勢を取ったラフィーアはその状態でミーナから離れた所に居る魔物に風の魔力弾を撃ち込む。

 

「――――」

 

 そんな援護など無くとも切り尽くせそうではあったが――その予測通り、ラフィーアが十数発の魔力弾を撃った頃には戦闘が終結し、築いた屍の山を避けながらミーナが戻ってくる。

 

「…………酷い顔、してますよ」

「――ラフィもね。……大丈夫? 薬、取れる?」

「……放置して弱みを握ろうとしない辺り、ミーナさんは良い人ですね」

「馬鹿な事言ってるとホントに置いて行くわよ?」

 

 伏せ射の状態から動けなくなっていたラフィーアの両肩を持ち上げたミーナは近くの壁にラフィーアを座らせ、その祭服の裏に忍ばせている薬に手を伸ばした聖騎士は、力が抜けきってしまった祭服の女性の顎を支えながらそれを嚥下させる。

 

「…………効きますね、あの剥き出しの欲望を見るのは」

「――見るだけでも、その……変な気分になるものなの?」

「……繋げる魔力の糸は一方通行ですが、考えている事を見ないと錯覚を送れないので」

 

 自分が望む命令を送る為には相手が認識出来る言語や感情を知らなくては『話が通じない』事から、その手段が魔眼であろうとも自分の意識を彼等に近しい場所に置き、対象が判る意図を用いて願いを命じなければならない。

 

 加えて、魔物と言われている彼等と自分達(にんげん)はその姿からして違うモノの筈だが、魔物の精神構造の端々には何故か人間のような知性の欠片があり――その感覚はラフィーアに強い嫌悪感を残していた。

 

「――――ごめん」

「……知的好奇心を満たす事は良い事ですよ。…………ところで、先程の『ラフィ』というのは?」

「――戦場だと略称の方が効率がいいから。……嫌だった?」

「……いえ、素晴らしい案かと。…………本当に」

 

 旦那様やお姉様に許したように『ラフィー』と伸ばしを入れていれば拒絶している所だが、ミーナの提案は実に合理的であり好感を持てる提案であった。

 

「そ、そんなに気に入って貰えるとは思わなかったわ」

「…………この隙に、一気に階段前の魔導障壁まで突っ切りましょう」

 

 自分から言い出した事だというのに動揺しているミーナを余所に、安定剤の副作用(ずつう)を振り切るように立ち上がったラフィーアは足を止めたままの聖騎士を置いていくように歩き出す。

 

「――もう……前に行くのは私よ」

 

 最下層の所業に負い目を感じつつも目的の為にソレに蓋をしているラフィーアと、棚上げしただけの憤りが薄れていく事に戸惑っているミーナ。

 

 その微妙な関係を改善しようとして手間取っているのはお互い様のようであったが――。

 

「――――これ、どうするの?」

 

 最上階に至る為の階段を覆い尽くす魔導防壁(ほのお)を前に、聖騎士は頬を引き攣らせながら背後の術者へと振り返る。

 

 階段を焼かんばかりに目の前を炙(あぶ)る炎は苛烈であり、ミーナの目にはコレを通り抜ける方法があるのだろうかという不安が過っていたが――。

 

「……力押しを、始めるだけです」

 

 その動揺を前にしても揺るがぬラフィーアは言葉と共に竜血石を外し、自らを守っている“障壁”を解く。

 

「……偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」

「――――?」

 

 瘴気を防いでいる“障壁”を解いた瞬間からラフィーアの息が荒くなり、その自殺行為とも取れる行動に困惑するミーナの姿が視界の端に映るものの、それに構っている余裕のない祭服の女性は只々術式を進める。

 

 『盟友』を呼び出す手順はいつも通り。

 

 竜血石を通した魔力が『竜の影』の輪郭を現すのに保有魔力の半分を回したラフィーアは、『盟友』の思うままに魔力が引き抜かれる事に堪え――。

 

「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」

 

 最後の手順を果たしたと同時に、薄っすらとしていた『影』が確かな姿を持って顕現する。

 

「――竜の、魔物……」

 

 輪郭のぼやけた黒い影のような身体ではあるが、その威容を前に動揺と警戒心を隠し切れないミーナの手は自然と剣に伸びる。

 

「……敵じゃ、ありませんよ? …………ベネイア、手加減なしです――魔導防壁を構築している機材……階段の左右にある機材全てを、炎息で焼き切ってください」

『――――』

 

 ラフィーアの言葉にミーナが半歩下がり、それと代わるように乗り手の前に出た『竜の影』の口腔に光が集まり――人間がまだ到達出来ていない魔術が紡がれる。

 

「――――」

 

 そうして放たれた光の本流は魔導防壁の周りにある物体を撫でるように照射され、十秒程続いたソレは――最上階へと至る階段を塞いでいた炎を途切れさせ、道を切り開く。

 

「…………成功、ですね」

 

 実体を持たない『竜の影』が使う炎息はその身を削る術であり、連続照射ともなれば負荷は尋常ではない。

 

 その結果、壁を焼き切ると同時にかき消えた『影』の足元に残った竜血石を息も絶え絶えに取り寄せたラフィーアは緩慢な動きで血のように赤い宝石(ソレ)を胸に当て、“障壁”の魔術を組み直す。

 

「――ラフィ、大丈夫?」

「…………この階層の瘴気は、やはり厳しいですね……」

 

 魔物を止めた際には感情という熱によって動く事が出来なくなっていたラフィーアであったが、今の彼女は自分の身体が別のモノに変わっていくような違和感によって震えており、物理的な意味で身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「――薬、取ろうか?」

「……はい、一番大きな瓶を」

 

 その様を見下ろしていたミーナはラフィーアの背を壁に預ける事で姿勢を楽にさせ、言われた通りの薬を取り出すと共に、飲み易いように顎を支えながらゆっくりと傾ける。

 

「――――」

「…………どうか、されましたか?」

 

 その最中、自分の身体を支えている凛々しい顔に影がある事を不審に思ったラフィーアが声を掛けると、視線の先に居たミーナは困ったように視線を逸らす。

 

「私は、何も感じないけれど……やっぱり、ここの瘴気の濃度は凄いんだな、って」

「……そうですね」

 

 つい先程までは息をするのも苦しい状態だったが、薬(ミアズマトライズ)が効いてきたのか瘴気由来の悪寒が収まってきた事で思案を回せるだけの余裕を得たラフィーアは、気の効いた言葉はないものかと思いを馳せる。

 

「…………魔物は、こんな風に人間を介抱してくれませんよ?」

「――――ありがと」

「……ここを破壊した事で、イレスの動きが早まる可能性があります。…………急ぎますよ」

 

 とはいえ、人付き合いが得意とは言えないラフィーアにそんな幸運が降ってくる筈もなく、感謝を零しつつもまだ葛藤の中にいるように見えるミーナを前にした祭服の女性は服に掛けている“風舞”の魔術によって強引に立ち上がり、階段を登り始める。

 

「――さっきも言ったけど、後衛が前に出てどうするのよ」

「……では、早く立ち直って私を守ってください」

「――――もう」

 

 その力押しが過ぎる行動を咎めるミーナに無理な要求を突き付ければ、お人好しな聖騎士は自分の内に籠るわだかまりに蓋をし――。

 

「…………」

 

 足早に自分の事を追い越す背中を目で追ったラフィーアは、自分の中にある感情を落ち着かせる。

 

『この程度で揺らいでもらっては、イレスを倒せない』

 

 それが自分の本心であり、非情な宿命を背負っているにしては隙が多いミーナに深入りする事は避けなければならない。

 

「(…………私は旦那様の姫(つま)なのですからね)」

 

 「(……よそ見をしたら駄目ですよ)」と、最下層での負い目もあってか相手の未来に気を揉んでいる自分を律したラフィーアは、先を行く凛々しい背中を追った。

 




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