【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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吹雪の魔女(協同)

「……左手にある扉の先はイレスの私室ですが、流石にここから出てくる事は無いでしょう」

 

 動力炉の破壊によってイレスの工房を動作不全に陥らせてから幾分かの時が経ち、溢れ出た瘴気の影響から脱したラフィーアは自分の身体に変調が無い事を確かめたと同時に次の打ち合わせに入る。

 

「――――」

「……どうかされましたか?」

「――あんた、さっき死に掛けたの判ってる?」

「……ええ。……ですが、それと決戦に備える事に何の関係が?」

「――――――」

 

 復調出来たのであれば次も勝てるように備えるのが最善であり、ラフィーアとしてはこの理に沿った対応に間違いはないと信じて疑っていなかったのだが――ミーナの反応は芳しくない。

 

「…………治療して頂いたのは有難いと思っていますし――万が一にもミーナさんが怪我をしたら、ちゃんと助けますよ?」

 

 その不満(?)を謝意が足りなかったのだろうかと考えたラフィーアがもう一度本心を言葉とするも、ミーナは苦虫を噛み潰したような表情と共に視線を逸らしてしまう。

 

「――――もういいわ。……イレスの部屋の話だったわね――本人は居ない筈だけど、確認しておく?」

「……それよりも下の階層で放置した黒衣単眼の動きが気になる所ですね」

 

 引っ掛かる事はあれど、ミーナの意識が決戦に向いたのであれば他に言う事のないラフィーアは最後の方針確認を続ける。

 

「――降りるの?」

「……この場の優位を捨てる心算はありません。…………下層へ続く階段周りを封鎖できる時間があれば――」

 

 そうして周囲に映る構造体を検証しつつも周囲を警戒していた2人の耳に、『カツン』と階段を降りる音が届く。

 

「――っ」

「…………」

「随分と、派手に暴れましたね」

 

 右手にある地上への階段から響いた音と続く声に2人が視線を飛ばすと、その先から声と足音の主がゆっくりと降りてくる。

 

「アレが現代では再建不可能な遺物である事は、判っていたでしょうに」

「……敵の手に渡っている物に遠慮して負けるような馬鹿には、なりたくありませんので」

 

 さも不愉快そうにラフィーアの事を見据えた青髪の魔女――イレスの言葉に祭服の女性が明確な敵意(ことわり) で応じると、魔女が現れてから下がり続けて始めていた室温が更に低下する。

 

「自分の血に気が付いたばかりの同胞を誑(たぶら)かし、同胞同士での殺し合いを唆(そそのか)す――。貴女は、もう少し協調性のある娘だと思っていましたが」

「……ミーナさんも、貴女に思う事があるそうでしたので」

「必要なことだったとはいえ、それは謝ります。流石に想定外だったので」

「…………だ、そうですが?」

 

 嫌味の応酬の末に2人の視線がミーナへと集まり、その先に居た聖騎士は彼女等に辟易したように肩をすくめる。

 

「最下層に送った人達を開放する気はないのでしょう? なら、私はあんたと組むわけにはいかない」

「その人間を、自らの独善で殺していたそこの女は許すと?」

「少なくとも、散々触手でいたぶってくれた奴よりかは信用できるわよ」

「――――」

「…………」

 

 その僅かなやり取りでミーナの説得が不可能であると判断したイレスは直掩である触手型を呼び出し、それに反応したラフィーアもまた旦那様の剣を抜いてから魔石銃に指を掛ける。

 

「――――いかに人間ぶった真似をしようと、私達が人間でない以上、いつか必ず後悔をする。……それが分からないというのなら、致し方ありません」

「こんな偏屈な人間でも、私を人間だと言ってくれたんだもの。――それなら、私は人間よ」

 

 最後に、最も早く準備が済むミーナが剣を構え――言葉と共に視線をラフィーアの方に振った事で、遂にイレスの言葉が失われる。

 

「――――――――ぇ?」

「……最後まで気付けませんでしたか。……私は貴女と同じモノではありませんよ、イレスさん」

「――――貴様ぁあぁぁ!」

 

 そうして振り向けた呪詛(しんじつ)にイレスは激烈な反応を示し、その怒りを表すかのように無数の触手型が噴き上がった次の瞬間にはその物量が津波のように押し寄せる。

 

「……打ち合わせ通りに」

「――了解」

 

 憎むべき相手に親愛の情を向けてしまっていた現実を呪うイレスの敵意を『なんでもない事』のようにあしらったラフィーアに、ミーナは空寒い感情を抱くものの――敵に情けを掛ける程に未熟ではない聖騎士は荒れ狂う触手の嵐への突入を開始する。

 

「(…………貴女は、貴女自身が思っているよりも甘い(やさしい)人ですよ)」

 

 そして、敵となる事が確定した目的(イレス)を前に、その想いを理で蓋をしたラフィーアは『尊敬に値する先達』に風の魔力弾を浴びせ掛け――着弾点に吹き荒れた風の刃が聖騎士の道を開く事によって、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 ミーナの間合いの外に溢れ出た触手型を掃射しつつ、寄り付いた個体に剣を振るうラフィーアは狙える機会に恵まれればイレスへの狙撃も行っていた。

 

 それはイレスへの射線が通った瞬間やミーナが大技を繰り出す前後であり、撃ち込まれた火の魔石弾は燃焼効果によって魔女の動きを的確に阻害し、余裕があれば聖騎士の側面に回り込もうとする触手型への阻止射撃も行う。

 

「――――ふっ!」

「――くっ!?」

 

 そして、イレスを追い込むミーナの剣閃には無尽蔵に湧いてくる直掩諸共に魔女を切り裂くような勢いがあり、その刃の嵐を前に踏み留まれずに後退した魔女は、その開いた距離によって直掩を再召喚するだけの暇を得る

 

「…………」

 

 ラフィーアとしてはこの施設の外に出られれば“障壁”を展開する必要がなくなる事から、先程イレス自身が降りて来た階段方向に魔女を追い込んでもらった方が都合が良いのだが、ミーナは部屋の隅への方へと追い込みを掛けており、その動きからはこの場で片付ける強い意思が感じられた。

 

「――っ」

「まずっ!?」

 

 とはいえ、そんなミーナをしてもイレス自身の吹雪の魔術と触手型による飽和攻撃は流石に手に余るらしく、その前兆を前にした聖騎士は一気に飛び退くとラフィーアの“障壁”の内側へと潜り込み、吹雪の魔術をやり過ごしながら殺到する触手型を切り捨てていく。

 

「……薬2種と電撃針」

「ありがと」

 

 そんな攻防の中、後ろ手に伸ばされたミーナの左手に封の解いたハイポーションとマジックウォーターに針の柄を絡ませたラフィーアは、聖騎士の再突撃と共に負い紐で脇に流した魔石銃を掴み直し、近くの床に刺した剣を引き抜く事で自衛に努める。

 

 その間、投擲した電撃針が砕かれた事による放電現象で機先を取ったミーナはイレスを自分の間合いに捉え、攻勢が再開される。

 

 イレスに飽和攻撃をするだけの余裕がどれ程残っているかは判らないが、勢いは自分達にある。

 

「ぜぇぇぃ!」

 

 故に、このままの戦い方を続けても勝ちは揺るがない。

 

 しかし、戦士としての直感か、事を長引かせても碌な事にならない事を理解しているミーナは前のめりな攻勢を仕掛け続け、自らが持つ武器に炎を纏わせる事で生み出した炎の大剣を横に構え、直掩諸共イレスを両断しようとするも――。

 

「――っ!?」

「…………っ」

 

 その大剣が振り抜かれようとした瞬間、唐突に背中を這いずった悪寒を前にミーナは矢も楯もたまらずといった体でラフィーアの“障壁”の内側へと跳び戻って来る。

 

「…………来てしまいましたか」

「そっちを見てないのに、すごい重圧なんだけど……!?」

 

 突如として降り掛かった重圧はミーナをしても動揺させる程の圧力があり、何度か接触した事のあるラフィーアは事前の打ち合わせ通りに『ソイツ』の方へと向き直る。

 

「……姿を現しましたら此方に視線を集中させますので、重圧は消える筈です。……『アレ』を倒すまで、私を魔術壁として利用する事はできますが、援護は不可能になります」

 

 こうなる事も見越した上で放置せざるを得なかった『懸念事項』が近づいた事で、視線の先に居るイレスが態勢を整えるのを指を咥えて見る羽目になったミーナはそれを睨みながら自前の霊薬によって体調を整え、その差を埋める事に努める。

 

「――取り巻きとイレスは抑えておくから、なるべく早くね」

 

 各種魔法薬を飲み終えたミーナは、自分ではどうにも出来ない相手に対処するラフィーアの邪魔をさせぬよう、幾分か軽くなった身体を推して飛び出し、手放してしまった主導権を取り戻すように電撃針を投げ――。

 

「…………」

 

 そうして背後の気配が掻き消えたのと時を同じくして、ラフィーアの視線の先にも自分の相手が現れる。

 

 無数の黒い包帯で身体を纏い、その布の端々と共に身の丈程の大鎌を近くに漂わせた――顔の見えない男。

 

 階段を登って来たのは『遠目には』そんな風に見える存在であるが、その実態はそんな生易しい表現に収まらない程におぞましいモノであり――。

 

 その正体は無数の触手が蠢く事で形を保っている陸上目玉型の上位種のような魔物となり――通路を抜けて振り返った『ソレ』は、ラフィーアに向けて魔力を纏った視線を投げ飛ばしてくる。

 

「……っ」

 

 事前に備えていても抜かれそうになる相手の魔眼――歪な人型に収められた触手の中に在る単眼から発せられた視線に眉を顰(ひそ)めながら、ラフィーアはその黒衣単眼(いびつなひとがた)を見据え返す。

 

左目を見なさい。

我に従え。

 

 国元では考えもしなかった魔眼対決に対し、ラフィーアは今日までの雌伏の間に考えていた策を以て対抗する。

 

 ラフィーアの旦那様が彼女の事を確りと見据えるようになった決戦の折、深手を負った上に竜の魔力汚染も受けてしまった彼女は治療を受ける事が出来ず、左目の光を失った。

 

 しかし、その目は外観を含めた魔力の糸に損傷を被っていなかった事で魔眼の触媒としての機能は残しており――。

 

 そんな自身の左目の状態を利用し、相手の魔眼を『知覚できないモノ』に誘導させる事で敵の力を無駄使いさせる事で動きを封じるのがラフィーアの策であった。

 

 そうして『左目を見る』というなんの不利益もない命令を受け入れてしまった黒衣単眼はどつぼに嵌り、周囲にばらまいていた重圧も含めた全てをラフィーアの『見えない左目』につぎ込んでいく。

 

「…………」

 

 とは言え、見えてこそいないがその濃密な呪詛を一身に受けているラフィーアも抗魔と視線の誘導に全力を傾ける他なく、他の魔術を制御する事はおろか余所に注意を向ける事も出来ない彼女は不自由な足でにじむように歩く事しか出来なくなっていたが――。

 

「(……相手も、同じ状況なら――それで十分です)」

 

 にじり寄るラフィーアに巻き付こうする黒衣単眼の触手の動きも精彩を欠いており、単調なソレを剣で切り払いつつ、祭服の女性はこの場における自分の役割を果たすべく間合いを詰めていく。

 

左目を見なさい。

我に従え。

 

 距離にすれば20m程だが、この重圧下においては途方もなく遠くに思える道程。

 

 そんな中、ラフィーアの視界の端には黒衣単眼以外から伸びる触手を払う剣や火の玉が映り、唐突に吹き荒れた吹雪から逃げ込んできた温もりを背中に感じる事があれど――ソレ等を一切考慮する事なく、彼女は自分の役目に注力する。

 

左目を見なさい。

我に従え。

 

「(…………旦那様の剣とこんな風になった左目がなければ――『コレ』を倒す事も難しかったのでしょうね)」

 

 その道すがら、ラフィーアは怪我の功名ともいえる今の状況に感謝する。

 

 剣を持っていたのは旦那様との縁によって成せたであろう幸運であり、この策略の根幹となった左目は臆病な自分の背中を押ししてくれた傷痕(おもいで)だ。

 

左目を見なさい。

我に従え。

 

 距互いの魔眼の力は拮抗しており――それ故に人形のようなぎこちなさで左手を振りかぶるラフィーアに対し、黒衣単眼は残り少なくなった触手で鎌を構えようとする。

 

「(……そして、これが結果です)」

 

 術を組む余裕もないラフィーアは剣に魔力だけを送りながら無造作に降り抜き、制御もせずに送り込まれたソレを糧に起動した“塔”の遺物は、その太刀筋に在った鎌や触手を苦も無く寸断する

 

「……っ、殺りました!」

 

 抗魔に全力を注いでいた為に振るった剣に引っ張られ、膝をついたまま振り返る事も出来ないラフィーアは自分が目的を果たした事を叫ぶ。

 

 イレスにとっての逆転の起点である黒衣単眼が倒され、自らの敗北が必至となればあの優秀な魔女は迷う事なく最適な行動(りだつ)に走る。

 

 ソレをミーナに阻止して貰い、霊薬によって復調した自分がイレスの方に向く事で先程と同じ状況に持ち込めれば勝利は揺るがない。

 

「判っ――!? ラフィ、左!」

 

 そんな結果を手繰り寄せるべく薬に手を伸ばすラフィーアを一瞥したミーナは、驚いたように目を見開きながら警告を発する。

 

「…………ぇ?」

 

 その思わぬ警告と重なるように右目の視界の端に緑色の体皮が見えた瞬間、ラフィーアの全身に衝撃が走り――。

 

「がっ、ひゅ――?」

 

 吹き飛ばされた身体が壁に叩き付けられた感覚を最後に、彼女は意識を失った。

 




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