【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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異界の魔術(前)

「っ! ラフィ!」

 

 イレスの私室があるとされていた扉を蹴破って現れたオーガ(?)の奇襲を受けた銀髪の矮躯は毬のように飛び転がり――床に接触した時に何度も跳ねたその小さな身体は、壁に激突した事で漸く止まる。

 

 振るわれたのが鈍(なまくら)な大鉈とはいえ、その一撃は衝撃だけで人体を両断してもおかしくない強撃だった。

 

「…………」

 

 しかし、咄嗟にあの剣を盾にしたのか即死を免れたラフィーアは意識(ひかり)のない虚ろな瞳で立ち上がろうとするものの、その震える手足が身体を支える事はなく、彼女は自らから滲み出た血溜まりの中に倒れ伏す。

 

「――――っ」

 

 当然だ。彼女が術者である事を鑑みれば即死していないだけでも僥倖であり、すぐにでも魔法薬の類を飲ませなければ――。

 

「――余所見をして、いいのですか?」

「しまっ――!?」

 

思わぬ敵の出現と倒れた支援者にミーナの意識が逸れた瞬間、魔法によって生み出された吹雪が聖騎士の足を止め、彼女の間合いから逃れたイレスはオーガ(?)の元へと走る事で態勢を立て直す。

 

「そこの裏切り者には魔法が通じませんからね。――新しく引き入れておいて正解でした」

 

 そうして血溜まりに沈んでいるラフィーアを満足そうに見遣ったイレスは、直掩となるローパーを再召喚しながらその視線をオーガ(?)と思しき異様の方へ移す。

 

「――――」

 

 イレスが見遣ったモノ――種族としては、恐らくオーガではあるのだろう。

 

 だが、ソイツにはオーガの防御力の拠り所である脂肪の厚みが無く、その内側に秘められていた強靭な筋肉のみで形作られた姿はその肉体美を魅せる為に作られた巨躯のようであり、同種の魔物を何度か切り伏せた事のあるミーナとしては異質さの方が際立って見えた。

 

「あとは……馬鹿な同胞を無力化すれば、先程の裏切り者は貴方の物です。――アレは剥けば何も出来なくなる魔導師もどきですから、手に入れたら裸のままにしておきなさい」

『―――――っ!』

 

 そのままオーガ(?)に言い聞かせるようにイレスが指示を発すると、ソレはまるで獣のような絶叫と共にミーナへと突っ込んでくる。

 

「こ、の――っ!」

 

 聖騎士として無数の戦場を転戦したミーナをしてもその急襲は鋭いと感じ、自身の限界を超えているであろう機動力も重ねられた大鉈の一撃は聖騎士の腕を震わせ、その衝撃は彼女の全身に微かな痺れを残す。

 

 『だが、これ単体であれば何とでもなる』

 

 しかし、脅威ではあるものの理性を殺さた単調さと緩衝材(しぼう)のない無理な攻勢を前にそう直感したミーナであったが――。

 

「(――でも、流石に同時に相手をするのは……っ!)」

 

 それでも荷が勝ち過ぎる状況に頬を引き攣らせながら大鉈を弾いたミーナは、イレスとオーガ(?)の両方を視界に収められる場所に間合いを取るものの、見えていても止める事の出来ない魔法の気配に背中が泡立つのを感じていた

 

「――――?」

 

 その死地の中、ふと殺気とは別の気配を感じたミーナはオーガ(?)の再突撃をいなしながら一瞬だけラフィーアの方に視線を振る。

 

 視界の中に入った彼女は血溜まりの中に倒れ伏したままだったが、その目には薄っすらとした光を帯び始めており――亜人を支配出来ると言っていた事を思い出したミーナはそれに光明を見いだす。

 

「――無駄です。貴女が視覚を媒介にして目を持つ魔物達を支配下に置いているのは把握しています。このオーガにはその対策として狂化を施しつつ、私達の力を強めに掛けていますので」

 

 しかし、逆転の目と成り得たラフィーアの魔眼をそう否定したイレスは視線をミーナに固定し、練られていた魔法を形とする。

 

「――くっ!?」

 

 イレスの言葉通り、狂乱状態にあるオーガはラフィーアの目に囚われる事なく大鉈を振り回しており、その脇を抜けたイレスの魔法がミーナの逃げ場を潰し、捌ききれなかった鈍い刃が自分の身体に押し込まれるのを聖騎士が幻視した瞬間――。

 

「――――っ? なに?」

 

 緩やかな風がミーナの頬を撫で、ソレと同時に今まさに大鉈を振り抜こうとしていたオーガの動きが止まる。

 

「何――?」

「…………尊厳を、捨ててまで……貴女を、追い続けた女性(ひと)の――執念ですよ」

 

 その不可解な現象にイレスが疑問を零した瞬間、風に乗ったラフィーアの声が対峙する2人の耳を撫でる。

 

「――っ、ぜぃ!」

 

 不意に静止したオーガを警戒したミーナであったが、それがラフィーアの策だと判った聖騎士は大胆に踏み込み、そこから繰り出された大振りの一撃が筋肉質ではあるが細身のソレを苦も無く両断する。

 

「…………」

 

 巨体が倒れる一瞬の隙にミーナが横目を飛ばせば、血だまりの中で動き出したラフィーアが薬(デミパラライズ)の空瓶を投げ捨て、彼女の生命線である首飾りに手を掛けているのが見て取れた。

 

 『あいつはここで勝負を付ける心算だ』

 

 その行動の意味を感じ取ったミーナは剣を構え直し、イレスへ向けて疾走できるよう重心を傾ける。

 

「……偉大なる御竜に、……我は願い、……奉る」

 

 そして、何らかの魔法によって投じられた赤い宝石がミーナの脇を抜けたのと時を同じくして、風に乗った言葉が聖騎士の耳朶を振るわせ――。

 

「……我は竜姫。……御竜の名を示す光なり」

 

 その締め括りと共に宝石を中心とした黒い影が形となり、彼女の眼前に見慣れてしまった竜が顕現する。

 

「くっ……!」

「……行って!」

 

 劣勢を悟ったイレスのものと思しき吹雪の魔法がミーナの周りに吹き荒れるものの、『竜の影』が発している“障壁”がそれを弾き、逃走に転じた魔女を追うように『影』が走り、飛翔を始める。

 

「――――」

 

 その尻尾を追い掛けるミーナにも吹雪の影響はなく、視界こそ白く潰されているものの薄っすらと見える黒いケープを目印に走る聖騎士はその魔法が途切れ始めたのを好機と見て剣を深く構えるも――。

 

「っ!?」

 

 視界を白く染め上げていた吹雪が途切れた瞬間、無数のローパーが壁のように噴き上がり、巨大な触手達に巻き取られた『竜の影』はイレスに届く事なく失速する。

 

『――――』

 

 墜落し、無数のローパーに絡み付かれた事で身動きの取れなくなってしまった『竜の影』は、追い付いたミーナに対して『先に行け』と示すように首を振る。

 

「――ふ」

 

 まさか魔物(?)とこんなやり取りをする事になる時が来ようとは考えもしていなかったミーナの口元に思わず笑みが浮かび、彼女の両手は剣を媒介とした炎の大剣を生み出す。

 

「――?」

 

 その火力が何時もより強いと感じたミーナは走りながら原因を探せば(しせんをとばせ)、微かに流れ続けている風と魔力を感じ『風に煽られる事で火はよく燃える』という理に追いつく。

 

「(――本当に、嫌な女)」

 

 同い歳の筈なのにとても多くの事を極めており――その多彩な技術と知識は、剣のみで生きてきた自分の未熟さ際立たせるようで――身勝手な想いと判っていても、その『黒い色』が嫌になる。

 

「――っ、ぜぇぇぃいぃ!」

 

 その『嫌な感情』を一緒に切り捨てるべく、ミーナは一太刀目を振るう。

 

 振るわれた炎はイレスに向かう進路を塞いでいた触手達を横一文字に焼き払い、更に距離を詰めたミーナは振り上げた二の太刀を魔女へと振り下ろす。

 

 その身を守る触手の類は既になく、それでもイレスは魔導師とは思えぬ身のこなしで迫る一撃を避けようと動くものの――。

 

「――ぐっ!?」

 

 炎によって形づくられた大剣は、その身を深く切り裂いた。

 

「あなたは……絶対に、後悔する……」

「それを決めるのは、あんたじゃないわ」

 

 袈裟懸けに焼き切られ、膝から崩れるように後ろへと倒れ込んだ魔女は最期にそんな呪詛を残すものの――聖騎士はそれを一考にせず、再び振り上げた剣の刃を下に向ける。

 

「…………馬鹿な、娘――」

 

 そのまま突き落とした切っ先は倒れたままの魔女の胸を貫き、その命を閉ざした事で過ぎる感情を目を瞑ってやり過ごしていたミーナだったが――。

 

「――――っ、ラフィ! 大丈夫!?」

 

 遠くからの咳き込む声に慌てて視線を振った聖騎士はすぐに走り出す。

 

 背後に居た筈の『竜の影』の姿は既になく、その核である赤い宝石を拾いながら壁際に走り寄ったミーナは血だまりの中に倒れ伏したままの小柄な身体を抱き起し、浅く上下する胸元に宝石を押し付ける。

 

「…………この世界の霊薬は、やはり異様ですね」

 

 オーガの一撃による負傷は自力で飲んだ魔法薬の類で治したのか出血は止まっており、ミーナから受け取った竜血石を触媒に“障壁”を張り直す事で瘴気を遠ざけたラフィーアは追加の薬(ミアズマトライズ)を嚥下し、立ち上がる。

 

「――大丈夫なの?」

「……サ――いえ、前任者さんから頂いていた薬のおかげで傷の方はなんとか。……血が足りないのか足元がふら付きますし、瘴気もまだ抜け切っていませんが」

 

 あれ程の深手を治せる薬が気になったミーナが周囲に目をやると、近くに置かれた空瓶に見知った刻印が施されているのが見て取れた。

 

「(――聖都に由来のある薬を問題にしない、か)」

 

 それは聖都の問題行動を容赦なく追及すれども好んで敵対する心算はない事を示しているようであり、この祭服の女性を切らないで済む道がある事に安堵したミーナは知らず知らずのうちに吐息を洩らす。

 

「…………」

 

 そんな視線の中に居る相手は、薬によって復調した自分の身体を確かめるように四肢を動かしながら聖騎士の背後へと視線を向ける。

 

「…………イレスさんは、どうなりましたか」

「――止めは刺したわ」

 

 炎の大剣で真っ二つには出来なかったのには驚いたが、あれだけの深手に加えて心臓を刺されれば流石に死んでいるだろう。

 

「リモートスノーでの事件の元凶はあいつだったんだよね? ……色々あったけれど、これで全部――」

 

 念の為にと後ろを見やればその先には身動き1つしない屍しかなく、それを見遣ったミーナが安堵と共に戦友へと笑いかけるも――。

 

「……いいえ、まだ終わっていませんよ」

 

 思いもしなかった言葉と共にミーナから距離を取ったラフィーアは、あの奇妙な杖に手を掛ける。

 

「――ラフィ?」

「……人間に味方する事で、人間に気づかれないように浸透する。……素晴らしい作戦ですが、露見すればそれまでですね」

 

 取り落としていたあの剣を左手に構え――あの奇妙な杖を持つ右手の指は、魔法を打ち出す時のように金属製の仕掛けへと添えられる。

 

「……善人を気取る心算はありませんが、人間という種を終わらせかねない種族を見逃せる程の人でなしではありませんので」

「待って、ラフィ……貴女は、私の事を――」

 

 まるで『魔物をみるような目』でミーナを見据えた銀髪の魔女は、胸に乗っていた赤い宝石を掲げ、あの呪文の前節を紡ぐ。

 

「……貴女は、私に思う所もあるのでしょう? ……ほら、私を殺す理由が出来ましたよ」

 

 そうして、取って付けたような理由の後に、呪文の後節が紡がれ――『竜の影』が顕現した。

 

 

 

 

 

 あれは嘘だったのだろうか?

 

「――――」

 

 理論的に正しい事であれば躊躇なく行う目の前の狂人なら十分にあり得ると思いながら、ミーナは剣を振るう。

 

 でも、だとしたら『人間』はなんて悪辣なのだろう

 

 弱った心を付け入る

 

 自分の為に他人を殺す。

 

 それが『人間』の本質であり――。

 

 私は――その正体を知られてしまえば、こんな事が必ず起こる存在である。

 

『あなたは……絶対に、後悔する……』

「――五月蠅い」

 

 脳裏を過るイレスの呪詛を振り払うようにミーナは剣を振るい、既に体勢を崩していた狂人の『竜の影』をバラバラに切断する。

 

「くっ!?」

 

 その瞬間を待っていたように狙い澄ました未知の魔法による連撃が殺到し、防護服の端々を焦がし、追加の風刃がミーナの回避行動に置いていかれた服の端々を切り刻む。

 

 だが、そこまでだ。

 

 目の前に再び捕らえた狂人がイレスに比肩する難敵である事は確かだが、正面にさえ捉えてしまえば通常では考えられない連発魔法とて対処できる。

 

「――――」

 

 そう結論付けたミーナは地面を蹴る。

 

 あとは接近戦ではほぼ無力な術者へと肉薄し、無力化するのみだが――魔法では止められないと判っているのか、視線の先に居る小柄な狂人はあの長大な剣を左後ろに流し、聖騎士の事を待ち構えている。

 

「――っ」

 

 自分も扱った事のある遺物を前に、流石のミーナにも緊張が走る

 

 それはあの狂人がとても大切にしていた長物であり、自分自身で振るった事もあるその剣の切れ味は異様としか言いようがない代物だ。

 

 そして、剣技は無くとも魔法によって尋常ならざる速さに加速された剣閃は如何なる防御も切り裂く必殺の一撃となり、当たれば此方の剣ごと両断されかねない。

 

 しかし、いくら速くとも技量も無い我流の剣では二の太刀は遅く、最初の一撃さえ凌いでしまえばどうとでも料理できる。

 

「っ、せいっ……!」

 

 相手を殺すのであれば躱した流れで剣を振るえば良いのだが、ミーナは相手の刃に触れぬように相手の剣の樋に自らの剣の樋を合わせる事で狂人の左手ごとその剣をかち上げる。

 

 刀剣類で最も硬い部分に全力を叩き込み――それでも打った感覚がないなんてこの剣はどんだけ異質な――最後の武器を失って死に体となった狂人の胸元に向けて自分の剣の柄頭を叩き付けたミーナは、その衝撃に倒れた彼女を組み伏せ、細い首元に刃を当てる。

 

 ここのまま刃を通せば、自分の素性を知る者は誰も居なくなる。

 

 あの水晶以外にも報告書の類があるかもしれないが、この小柄な狂人がイレスと同じ悪魔であり、纏めて討伐したと報告すれば――。

 

『貴女が『人間』である事はよく判りました』

 

 そうして剣を払おうとした腕が、脳裏を過った言葉によって止まる。

 

『将来有望な領主様ですよ』

 

 ならば全身を使って押し込もうとした身体が、本心だったと判る想い出によって止まる。

 

「――――っ」

 

 ――――――――切れない。

 

 この異教徒は正しい事を何の躊躇もなく実行してしまう狂人ではあるが、その理に殉ずるが故に発せられた言葉が本心である事は確かであり――それらを反故にした敵であっても尚、自分を認めてくれた相手を殺そうとする身体に力が入らない。

 

「…………どうあっても甘いのですね、ミーナさんは」

 

 そうしている内に止まった刃を潜り抜けた狂人は自分の上に立ち塞がるミーナの背後に何かを投じ、次の瞬間に生じた強風が聖騎士を敵の上へと倒れこませる。

 

「――っ」

 

 そうして倒れた先で待ち構えていた狂人はミーナを抱き留めるようにその両手を聖騎士の背中へと回す。

 

「――――」

 

 背後に回されている手には短刀の類でも握られているのだろうが――ミーナからすれば、その動きはあまりにも遅い。

 

 術者である敵は非力である上、左腕に何らかの障害を負っている節が見受けられた事から右に転がれば容易に抜け出せる。

 

 そうすれば優位は此方の手に戻り、右手に掴んだままの剣を振るえば事は済む。

 

「(――――でも)」

 

 自分よりも策略を巡らせるのが上手いこの狂人にソレが理解出来ていない筈が無く――そんな彼女が蟷螂の斧に全てを賭ける程の存在が自分なのだと思い至ってしまったミーナから抵抗する意思が抜けていく。

 

 この小柄な狂人は――異教徒ではあるが正しい事を考え続けている人であり、その正しさを用って自分のして来た事を肯定し、私が悪魔である事が判ってもソレを覆さずに気を掛け、助けてくれた人間だ。

 

 そんな人にも、生きる事を許されない自分は――。

 

「(――――もう、いいや)」

 

 自分を包み込む腕を受け入れ、瞼を閉じた。

 




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