【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作 作:サーデェンス・ロー
「(……まぁ、こうなりますか)」
火の魔石弾を苦も無く防がれたラフィーアは、予想通りの推移に静かに息を吐く。
ミーナが国元の魔導騎士を上回る攻撃力を有しているのは確かであるが、その防御力においては付け入る隙があるかもしれない。
イレスの放つ魔術を恐れ、ここに至るまでに蹂躙して来た魔物の放つ低威力の魔術で手傷を負い、イレスの組み上げた吹雪に至っては細心の注意を払っていたのを見ていたラフィーアは、ミーナの能力をそう認識していたものの――。
『竜の影』が振り撒いた炎と自身が放った風の魔力弾はミーナが張り巡らせた何らかの防御魔術によって防がれてしまい、連射速度に優れた火の魔石弾もその守りを抜く事が出来なかった。
「……行って」
見た目からして火に纏わる魔術である事は理解できたが、それを突破する事も解析する暇も無いと判断したラフィーアは『竜の影』にその身を切り刻まれろと命ずる。
炎息は避けられる可能性が高い上、万が一『当たってしまったら』取り返しが付かない。
であればこれ以外に『影』の利用価値はなく、その巨躯を突撃させた瞬間に生じたミーナの動揺に合わせて“隠行”と“風舞”を組んだラフィーアは聖騎士の認識の外へと逃げおおせる。
対するミーナは『竜の影』が牽制として振り撒いた火炎を“未知の障壁(ほのお)”でいなしながら、『影』へと一気に間合いを詰め――。
そうして炎を割って現れた聖騎士に向けて振るわれた『竜の影』の右の爪、必殺を期した左足の蹴り、強引に弾き返そうとした尾撃。
その全てを迎撃され、振るった身体の端々(それぞれのぶい)を切り飛ばされて死に体となった『竜の影』の首に稀魔石の輝剣が振り上げられる。
「…………」
まるで旦那様のように竜を追いつめるゴリ――ミーナの技量に無言の感嘆を投げつつも、『竜の影』を倒した瞬間に生まれた隙――。
姿をくらませた自分を探すミーナの背後にラフィーアの放った炎の魔石弾が殺到するものの、聖騎士は不意を突かれたとは思えぬ反応でその被害を最低限に留め、祭服の女性が追撃として風の魔魔力は服に織られていたらしい防護に阻まれ、ソレ等を切り裂くに留まる。
「…………これでも有効打になりませんか」
「っ――ぁあぁぁ!」
これまで積み上げてきた自分の技術が通用しない事に吐息を零すラフィーアに対し、『竜の影』の首を落としたミーナは“未知の障壁”を再展開しながら祭服の女性へと疾走する。
「…………」
その急襲に対し、真面な足を持たない自分では逃げる術がない事を理解しているラフィーアは旦那様の剣に纏わせている“干渉”と“風舞”に有らん限りの魔力を注ぎ込み、迎撃の構えをとる。
“塔”の遺物としての機能は『止めている』事から、万が一当たっても骨折程度で済む。
「はっ!」
ラフィーアの一閃はそんな配慮を含ませた一撃であったが、ミーナの技量はそんな懸念を容易く食い破り――。
「……っ!?」
巻き込むように打ち上げられた聖騎士の剣は祭服の女性が握り込んでいた拠り所(つるぎ)を弾き飛ばし、武器を失った上に体勢を崩された彼女は『次』を考える間も無く打ち込まれた胸元への衝撃によって呼吸が一瞬止まる。
そうして倒れたラフィーアの右腕を流れるように踏みつけ、その首筋に剣の刃を添えたミーナの赤い視線が祭服の女性を射貫く。
「(…………さて、どうなりますか)」
その寂しそうな瞳を見上げながら、ラフィーアはミーナの沙汰を待つ。
首筋に当たる刃の感触は恐ろしいものの、ラフィーアはこうなる事が判った上で『理(さいぜん)』に従っており――この結果を受け入れられないのであれば、そも負ける戦いなど仕掛けない。
そうまでして勝つ心算もない戦いを仕掛けたのは、ここで殺されれば自分が最下層で成してしまった事の責任を取るまたとない機会であったのと同時に、そうならなければミーナが今よりも更に彼女が望む人間に近づく事ができるという理があったからだ。
つまるところ――どちらになろうとも理に則した結果の得られる状況であれば、ラフィーアにはそれ以外の選択を取る事が出来ず――。
「(………………いっその事、ここで殺してくれれば――)」
ならば、このまま振り抜いてくれれば『苦しまずに逝けますね』と、死の可能性を前に冷めざめと澄み渡った思考が蓋をしていた真実を滲(にじ)ませる中、ラフィーアは自分の首筋に当たる刃が迷うように震えたのを感じた。
イレスの話しぶりを鑑みれば、この世界でのミーナは『正体を知られたからには口を封じなければ命がない』というのに、ここまで派手に敵対しても尚――この聖騎士は戦友を殺せない。
その甘さは理で鑑みれば愚かしいと考えられるモノだが、感情で想えばずっと見守っていきたいと思える光である。
「…………どうあっても甘いのですね、ミーナさんは」
その事実を相手にも認識させるべく揺さぶりを掛けたラフィーアは、自分の言葉に震えた隙を突くように“風舞”の力のみで床の上を滑り、首筋に当たる刃から逃れながら右腕を強引に動かす事でミーナの体勢を崩し、彼女の背後に魔術を刻印した魔石を放る。
「――――っ!?」
そんな唐突な動きに反応こそすれど、思わぬ方法で左足を崩されたミーナの隙は大きく――その間に次の行動の邪魔となる聖騎士の剣の峰を各種魔術で補強した左の拳で殴りずらしたラフィーアは自分の上に倒れてくる相手を受け止める体勢を取る。
「(…………本当に、甘くて――心配になる人ですね)」
一方的な敵対宣言からの急襲を軽くあしらわれた事からも判る通り、ミーナはラフィーアを遥かに超える戦闘能力を有している。
だが、自分の上に落ちてくる聖騎士は諦めたように目を瞑ってしまっており、予想以上の痛手を与えてしまった事に、心が少々痛んだものの――。
「…………次があったら、ちゃんと殺さないと駄目ですよ? 政敵への対処は領主様の必須技能ですし、ミーナさんは魔物の脅威に怯える無辜の民の希望なのですから」
同い年とは思えぬ程に成熟した相手の身体を受け止め、その重さを堪えながら――ラフィーアは諦めてしまった少女を抱き締め、その意識を此方側に戻すようにその背を撫で叩く。
この世界で求められている戦力は、連邦が運用する兵器群のようなモノ――代替可能な凡人によって扱われ、ハードウェアとして安定した力を発揮する存在――ではなく、瘴気に抗ずる為に鍛えられた優秀な『個』であり、サラやミーナといった優秀な戦力は手厚く扱わなければならない。
彼女達やその同僚から聞く所による『聖都』という組織は信用できないが、だからといってそこに属するミーナ達を同列に扱って良い理由にはならず――。
寧ろ、その誠実さと稀有な力によって腐敗していると思しき体制に風穴を開け、ソレを変えられるかもしれないこの人はこの世界の『英雄』になれる可能性がある人だ。
「――――ぇ?」
「……ミーナさん自身も理解していらっしゃらないようでしたので、貴女が如何に甘い人間であるかを試しただけですよ? …………あそこまでして殺す事を躊躇ったりすれば、どうしようもない善人ですので」
自分よりも大きな背中を撫でるラフィーアがそう続けると、諦観に染まっていた赤い瞳に意思の光が戻ってくるものの――灯った光には、言葉に現さなくても判るぐらいの激情が荒ぶっていた。
「――――そんな事の確認の為に、こんな事を? あんたの言葉通り、私にはあんたを殺すだけの理由があるから――本当に殺してしまったかもしれないのに?」
言葉と共にミーナの方から回された腕によって抱きすくめられたラフィーアは、そのまま立ち上がった聖騎士に引っ掛けられる形で地面に立たされる。
「…………」
小柄であるとはいえ、あの態勢から自分もろとも立ち上がれるミーナの馬鹿力に驚くラフィーアであったが――。
「――――」
目の前に在る激情を何とかいなさなければ、離してもらえないどころかこのまま背骨を折られかねないのは確かだろう。
「……でも、実際には殺せなかった。……その結果を見れば――ミーナさんは、理由があれば人を殺す事を厭わない私とは比較にならない程に素晴らしい人格者となります。……良かったですね」
「~~~~っ! っとにもぅ!」
そんな相手に最も響くであろう言葉を向ければ、ミーナは投げるようにラフィーアの事を放し――驚異的な戦闘力を有する聖騎士は、年相応の少女のように地団駄を踏む。
「…………人の価値は、生まれではなく――成し続けた結果によって決まるのです」
その微笑ましい姿ではなく、此処には居ない誰かを見るように視線を上げたラフィーアはそう嘯(うそぶ)く。
「――?」
「……貴女が本当は悪魔であろうとも、人の形をした魔物であろうとも――私から見たミーナさんは、甘過ぎて心配になる位な良い人です。……でも、シャクナ家の主として領民を統治するのであれば、今後はもう少し考えを巡らせないと駄目ですよ?」
自分の出自を隠す事、それでも必ず現れる暴いた者が出た時――それが自分を含めた領民の為にならないとあらば、容赦なく処する事。
それが非情な宿命を持って生まれてしまった者の宿命であり、それを上手く回さねばその塁(るい)はミーナだけではなく彼女が庇護していた領民にも降り掛かる事になる。
「――――ラフィはあんなにも生き残る事に拘っていたのに、どうしてこんな事をしたの?」
「……ミーナさんが躊躇うと思いましたので、理に沿った事を成したのですが……もしも殺されたとなれば、自分が最下層で成してしまった事の責任を果たしたと諦め、この世界の人――サラさんのような方が、ミーナさんを見てくれるのを願っていましたね」
今にして思えばラフィーア自身も『何故そんな判断を下したのだろう』と疑問に思う程に自分の身を軽視した行動であったが――言葉とすれば、それ以外の『理』は無かったと彼女は目を瞑る。
「――自分の命が大事じゃないの?」
「…………旦那様の傍に帰りたいとは、思っていますよ」
そんな中で続けられるミーナの問い――相変わらずの痛いほどに的確な追及――にラフィーアは届かぬ夢を語るような呟きを零し、唐突に零れ出た儚い声音に返す言葉が出てこなかった聖騎士は地上への階段に向き直りながら話題を変える。
「――――サラって誰? どんな人?」
「……ミーナさんと同じぐらいにお人好しの、優秀な魔じゅ――魔導師さんですね」
その動きから中層に残した人達と合流するよりも地上の安全を確認する心算なのだと判断したラフィーアは、階段に向かって歩き始めた背中を追いながら才女の事を思い浮かべ、言葉を咲かせる。
「……私の前任者さんであり、聖都からイレス討伐の為の戦力を連れて戻ってくる筈ですので――地上の状況確認が終わりましたら、中層に匿っている人達の移送準備と並行して追加の報告書を纏めておきませんと」
組織を動かすのは多大な費用と労力が必要である。
それが徒労に終わるのはサラだけの責任ではない筈だが、無駄足を踏ませてしまった事によって才女に塁が及ばないように出来るだけの準備を整えておかなくてはとラフィーアは思案を回す。
「――――水晶の声の人?」
「……はい。……立場的に会うのは難しいかと思いますが、無理をしてでも縁を繋いだ方が良い人ですよ」
先に登り切ったミーナが振り返りながら問いを返し、その言葉にあの可愛らしい才女の事を思い出しながら階段を登り終えたラフィーアは、聖騎士に追い付こうと手を伸ばし――。
「……?」
その右手が外気に触れた瞬間、祭服の袖だけを残してソレが消失する。
「…………成程。……こういう理屈でしたか」
「――? っ、ラフィ!?」
その現象の原因であろう出口から身を引いたラフィーアは、痛みを感じる事もなく右手(なくなったモノ)に視線を飛ばし――異常に気が付いたミーナは血相を変えて飛び戻ってくる。
「……落ち着いてください。……私がこの施設から出られない事が確定しただけですから」
「いや、そんな状態で落ち着けって――」
「……実はですね、前々からそんな気はしていたのですよ」
駆け寄ったものの、袖だけになったラフィーアの右手を前にどうしようもなく動揺しているミーナとは裏腹に、祭服の女性は判っていた事を呟くように、諦観の言葉を零す。
「……下層でミーナさんに預けた『影』の事を『本物みたい』と言われた事で強く意識して、そういえば食事をあまり取っていなかったと考えて――先程オーガの一撃を受けた時が決定的でしたね」
「……あの一撃を受けて生きているのは、流石におかしいでしょう」と自嘲したラフィーアは祭服の裏にある衣嚢から取り出した霊薬を呷る。
「…………まぁ、現実として示されるまで――信じたくはありませんでしたが」
それによって影が霧散するように解け消えていたラフィーアの右手は形を取り戻し、例え霊薬であろうとも人間では不可能な現象を苦々しく眺めながら、偽物(ラフィーア)はそう吐き捨てる。
「――――貴女は、なんなの……?」
「……自分自身でもよく判っていませんが…………判り易く言えば、実体のある幽霊。……もしくは、自意識のある魔術現象――と、なるのでしょうか?」
その現象に慄(おのの)くミーナに応えながら、偽物は自分が『何であるか』に思いを馳せる。
「(…………恐らくは、あの人が使う“従者”の魔術のような存在なのでしょうね)」
偽物にも使える『竜の影(ベネイア)』を呼び出す魔術の原形にして完成形でもある“あの人の魔術”は、込める魔力と術式深度によっては依代を完全な形として再現出来るとラフィーアは聞かされていた。
「(……何故、私だったのでしょうか)」
同時に、こんな世界に生み出された偽物は、素敵な人達と出会えたものの――それ以上に苦しいこの世界に呼ばれた理由に思いを馳せる。
今では魔物しか居ないこの場所には偽物を形作るだけの人間の想い出――魔素――が溢れており、自分はその無秩序な記憶の残滓が寄り集まった結果として創られた存在だと理解は出来ても、『どうして私なんかが呼ばれたのだろう』と憤らずにはいられなかった。
創られたのがあの人であればその人知を超えた魔力と技術によって問題の尽くを踏み潰し、旦那様であれば自分よりも優れた竜の加護と戦闘力、遺物への深い見識によって静かに事を済ませていたであろう。
魔王でもない、英雄でもない。人の域を出ない魔術師が呼ばれた事に疑問はあるが――。
「……ですが、私が『影』だと判ったのなら是非もありません。……この施設に残る魔物を可能な限り殲滅しつつ、残されている人達にとっての最善を成すとしましょう」
方向性もない想い出の残滓(ねがい)で形作られた存在であろうとも――ラフィーアの写しモノとして、その願いに恥ずかしくない行動と結果を残さねばならないと考えた偽物は踵を返す。
「――――そんな状態で何処に行くの? ……薬も――もう殆ど残ってないのでしょう?」
その無謀を咎められた後に「死ぬ気?」と問われた偽物は、似たような無謀をしようとしていた人が何を言っているのだかと思いながら言葉を返す。
「……私はミーナさんのように何の理由もなく善行を行えるような出来た人間ではありませんが、それでも私を娶ってくれた旦那様に恥じぬように生き、理の徒である竜信仰の準司祭として努めている本物(ラフィーア)の『影』として正しく在ろうとしているだけです」
この場に居る私は生き物ではないただの魔術現象であるが――ラフィーア(わたし)の『影』であるならば、最期の瞬間まで私として在り続けなければ本物に申し訳ない。
「…………私には、責任が残っているのです。……もしかしたら生き長らえたかもしれない命を、閉ざしてしまった責任が」
それは『旦那様の傍に戻りたい』と想うのと同じぐらいに偽物を動かす原動力であり、帰る道が無いと判った今の彼女には、最下層で焼いてしまった人達に報いる以外の道は残されていなかった。
「……ここから出られず、その責任を問われる機会がないと言うのなら――その責任に見合っただけの手向けを送り、助けられる者を助けなければ世界の算盤が釣り合いません」
「――――」
「…………あぁ、そうでしたね――。……事後工作が出来なくなりましたので、此方をお渡ししておきます」
背中越しにも判る程の重い視線受ける中、才女や聖騎士にもう関われない事に理解が追い付いた偽物は祭服の裏から3枚の術具を抜き出し、それ等を名も無い風の魔術に乗せる事でミーナの元に届ける。
「――これは?」
「……『通信符』と呼ばれる、遠方の方と会話が出来る術具との事です。……連絡先となるサラさんは事情をよく知る人格者さんですので、話せるようになったら彼女とよく相談して聖都の追及に対処してください」
腐った組織が有能な末端を切り捨てるのは世の常であり、彼女達がその悪意に飲まれたとなれば流石に救いがない。
「……それと――餞別です。……遠くに居る難敵を害する時や、塵も残さず自害したい時にお使いください」
「ちょ――っ!」
そう言ってラフィーアは祭服の裏地から取り出した短刀を無造作に放り――なげやりであっても渡される物を躱すのは憚られたのか、ミーナはそれ等を器用に受け取っていく。
「……そんなに慌てなくても、魔力を通さなければ頑丈なだけの鈍ですよ」
「――やっぱりぶん殴っていいかしら?」
「…………私の成さねばならない責任を被ってまで『終わらせて』くれるなら、願ったりですね」
「そういう意味じゃ――だから刃物を投げるなと……ぉおぉ!?」
その最後に、ラフィーアは祭服の背中に仕舞い込んでいた“自分の杖”――短剣の形をした、緑色の魔石塊を放る。
「……そちらは聖都から此方に戻ってくるであろうサラさん――黒髪青眼の可愛らしい方に渡して頂ければ幸いです」
遺せる物を全て渡した上、切り札を失った事で『最悪の可能性』も摘み取る事が出来た。
そうして心残りのなくなった偽物は静かに身を翻し、迷宮の方に戻り始める。
「……ミーナさんの行き先に、望む未来がある事を願っています」
最後に、余分な事を1つ――『偽物(わたし)と出会ってしまった』という思い出を抱え込んで俯いてしまうであろうミーナに向け、偽物は背を向けたまま何処にでもあるような本心(ことば)を贈る。
「――――ねぇ、ラフィーア・フェル・グゥエルナー。――貴女は何処に居るの?」
そうして成すべき事を終えた筈の足が、ただその一言によって止まってしまう。
「………………」
その言葉の意味が『どちらだろう』と思いながら偽物が振り返ると、自分を見据える強い視線があった。
「……私が居たのは、瘴気が無い世界ですから――」
「はぐらかさないで。――私の生まれや想い出を散々暴き倒したんだから、最後ぐらいちゃんと話してよ」
「(…………優れた騎士の方は、やはり苦手ですね)」
感情の熱で理論を作り、理論を持って理を成し、理をもって世界を正しく進めるのが竜信仰の在り方(わたしのせいぎ)である。
しかし、理論という思考を排し、感情から直接理(しんり)に至れる才能を持つ者は理論という緩衝材を挟まずにその本質を突いてくる都合上、正しい答えであれば大凡において核心を突いてくるので――本当に性質が悪い。
「…………何処にも居ませんよ」
そこに理が無いのであればはぐらかす事も出来るが、理(いみ)のある言葉を蔑ろにしたとあらば理に反してしまう。
故に、ラフィーア・フェル・グゥエルナーであるならば――それに応えるしかない。
「……私は、才能の母体とされる銀髪でありながら、世界最強の魔術師たるゼフィリア・T・ジェフスティアの弟子として育てられ、そのお手付きと蔑まされている存在でしたが――それらの生き方を否定し、愛しい人と添い遂げるという夢と竜信仰(ただしいこと)に殉じて生きようと動いていました」
そう判断した偽物は自らの考えとそれに則ったこれまでの自分(ラフィーア)の事を詳らく。
未来が無いとはいえ、捕らわれた人達を殺したくは無かった。
あれほどまでに馬の合う才女と、離れたくはなかった。
尊敬に値する先達の凍った心根を溶かし、あの濁った目を笑わせてあげたかった。
「……故に、この施設での行動に感情は含まれておらず、私は此処には居ない筈です」
自分の中に残るそれらの後悔は『理』にそぐわぬ感情であり、『正しい事』ではなかった事から選べなかった選択となり――留めきれずに逸脱した事が少々あるのは認めるが、この場所に発生した偽物(わたし)は竜信仰の準司祭として居られていただろう。
「――貴女を人間だと思っていた私が馬鹿みたいね」
そして、この期に及んでも異教の信仰を語る眼前の女性に――短い付き合いではあるが、濃密な死線を潜り抜けた戦友であるが故にそれが本心であると察したミーナは、醒めた言葉と共に身を翻す。
「…………私が私として振る舞える場所は、旦那様の前だけですから」
その背中に、問いを投げかけた相手の要望通りの本心――。
「……節度を持たねば嫌われてしまいますが――思うが儘に自分を表せる人が居るからこそ、私は正しく在らねばならないのです」
『理』の外にあるラフィーアの感情(ほんしん)を聴かせる事で、偽物は立ち去ろうとしたミーナの足を止めさせる。
『たとえ私が影(にせもの)であろうとも、ラフィーア(わたし)が居る場所の傍には旦那様が居る』
サラという敵わぬ相手と出会った事で揺らいでしまった願いではあるが、それが偽物(ラフィーア)の最も大切な『感情』であり、ずっとそう在り続けたいという『希望』だった。
「――――――」
「…………羨ましいでしょう?」
振り返ったミーナ――色恋を知らずに男(?)との交わりを知ってしまった初心な少女――に向け、偽物は出来うる最上の笑顔で煽りに掛かる。
「――っとに嫌な女ね、あんた!」
「…………優越感とは、かくも心地よいものだったのですね」
空恐ろしい程に勘の良いミーナは、その一言で偽物の思惑を察し――うがーと吠えている『おぼこ』に生暖かい視線を向けていると、その視線を感じ取った可愛らしい少女は地団駄を踏む。
「…………」
恐らく、この地における彼女の戦いは『まだ終われない』事から、調子を取り戻してもらわなければ困る為に少々奮発し過ぎたきらいもあるが――。
思いもよらなかった優越感に偽物がひたっている中、感情の振幅が収まったらしいミーナは頬を赤らめたままプイとむくれたように視線を出口の方に戻す。
「……先程述べた通り、私は竜信仰から見て『正しい事』しか言えません。……ミーナさんは嫌がるかもしれませんが、今の貴女は人間であり、将来有望な領主様ですよ」
「――――ありがと、ラフィ。……忘れないから」
その凛々しい背中に変わる事のない偽物の本心を言葉とすると、凛々しくも可愛らしい聖騎士は静かな呟きだけを残し、自分の戦場へと戻って行く。
「……どうか、武運長久を」
その背を見送った偽物は戦人に向けるに相応しい願いを送り、彼女自身もまた最期と定めた場所へと身を翻した。
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