【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

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その願いの是非は

「……我は竜姫、光と命を識る者なり」

 

 袈裟懸けに焼き切られ、刺し穿たれた胸から流れる血も無くなった亡骸の肩に両手を添えた偽物は、その亡骸こびり付いている筈の魂を呼び起こすべく魔術を組む。

 

「――ここ、は……?」

「…………やはり、まだ残っていましたか」

 

 そうして、国元では魔法――本物の方――に片足を突っ込んでいる“浄化”の魔術は偽物の目論見通りの結果を齎し、命を失った筈の魔女は薄っすらと瞼を開く。

 

「私は、確かに……? 身体が――動かない……?」

「……死者は何も出来ません。……ご存知ないのですか?」

 

 施術者と対象となった者の求めるモノを与え、それらが不要と思うモノを無に帰する“浄化”の魔術によって、生命活動を失っていたイレスは偽物に引っ張られる形で意識を取り戻したものの――その鼓動は仮初のモノであり、今の魔女は偽物の劣化版のような状態にある。

 

「――なら……何故、こんな事を?」

「……色々と、伝えておきたい事がありました」

 

 死しても尚変わる事のない泥のような瞳を向けられた偽物は、自分の熱を伝えるように倒れたままのイレスを抱き締める。

 

「……私は、イレスさんの成している事には反対しましたが――貴女の事は嫌いではありませんでしたよ」

 

 自分が生前の相手に対して言えなかった感情を伝える為だけに、死に逝く魂を引き留める。

 

 それは魂への冒涜とも取れるかもしれないが、国元での法や竜信仰の教えにそのような事は記されておらず――。

 

 であれば、それがどんな非道であろうとも罪に問われる事はないだろう。

 

「――――」

「……物事に几帳面に対応し、魔術や理論をきちん順道立てて進めているイレスさんの事を、私は尊敬していました」

 

 終わりから逃れられない事実を前に感情を閉ざしたイレスに対し、偽物は諦めた者にもこの感情が届くようにと抱き締める力を強める。

 

「……私を気に掛けたのは誰かの代わりなのかもしれません、1人きりだった事から解放された事への反動だったのかもしれません。……ですが、私はそれを嬉しいと思っていました」

 

 この想いは相手が死者だからこそ伝えられる『感情』であり、正しい形ではないとはいえまだ生きている偽物はその我儘に全力を傾ける。

 

「…………そして、際限の無い復讐の結果が『こうなる』事を教えてくれて、ありがとうございます」

 

 偽物が抱きしめている尊敬すべき先達は、その根底にある不信に則って『仲間を増やす』という我欲の為に多くの人間を蔑ろにし――。

 

 結果、その溜まりに溜まった人間の怨念に絡め取られ、この人は結果を残す事なく終わりを迎えた。

 

『理から外れ、分不相応な行動を続ければ――その因果は自分の身に帰ってくる』

 

 それが世界を形作る理であり、巡り廻った塁が我が身に返ってくる前に人生を終えられる幸運に賭けたくなるのが人間の常であるも――そうならないからこそ理は正しくそこに在り、世界の算盤が釣り合っている。

 

「……それでも、私の旦那様が南方の手によって謀殺されたりしたら――私も、イレスさんと同じように世界を敵に回すのでしょう」

「――――何が、言いたいのですか?」

 

 そんな中、これまでの言葉ぶりとは明確に矛盾する偽物の発言に、終わりすらも操られた現実に抵抗するよう沈黙を保っていたイレスが疑問を投げ掛ける。

 

「……イレスさんは意志半ばで倒れましたが、その考えは間違ってはいないと私は思っています」

 

 偽物(ラフィーア)はまだイレスが思う程の憎悪を抱いた事はなく、魔女と敵対する事が判っていても尚『理』に則って人間との融和路線を彼女に説いていた。

 

 だが、もしも南方(にんげん)の手によって旦那様が不合理に斃されたとなれば、ラフィーアもまたイレスと同じようにその身と自身を巡る縁の全てを持って連中を虐殺する事を選び、その因果を背負った誰かに殺されるのだろう。

 

「……黄泉路の中でも、どうか胸を張って進んで下さい――偉大な魔導師」

「――――。最後まで、本当に………… 」

 

 「身勝手な女」と、理と感情という矛盾を内包したまま行動する偽物に呆れたような言葉を最後にイレスから力が抜け、それを感じた偽物はゆっくりとその亡骸を床に横たえる。

 

 相変わらず嘘を言えない自分を恨めしく思うラフィーアは、それでも尊敬に値する先達の重みを少しでも軽くできただろうかとその逝く先を見上げる。

 

「…………さて」

 

 悪魔――もしくは人類種の天敵という悪名ではあるが、名を残せた先達の亡骸を整えた偽物は最後にもう一度だけ礼を送ってから静かに立ち上がる。

 

「……では、後片付け致しましょうか」

 

 そして、その面倒事に付き合わせるべく自分の『盟友』である『竜の影』を呼び、旦那様の剣を抜き――それを左手に流してから魔石銃を右手で掴む。

 

「…………私も、人間離れしてきましたね」

 

 “浄化”と『盟友』の召喚という大魔術の連続使用に対してそう独り言ちた偽物は「……まぁ、人間じゃなくて――良くても生霊の類ですが」と言葉を繋げる。

 

 程なくして、イレスという制御を失った施設中の魔物が糧を求めて外に向かうべく、ここを通ろうとするだろう。

 

「…………」

 

 出来れば外れてほしかった予想ではあったが――耳朶を震わせる音や魔力の流れを鑑みるに、この場に立ち続ければこの施設に溢れる魔物との死闘は避けられない。

 

「………………生きながらにして食べられるような事態は、避けたい所ですね」

 

 この地で生き残ってしまう危険性はなくなったものの、即死出来なければどんな目に合うのだろうかと想像してしまった偽物はその恐怖に矮躯を震わせる。

 

「……猶予は――あと2分もあれば御の字でしょうか」

 

 西側の通路と東北側の階段から響く津波のような魔物の音が迫る中、「……どうやって叩くのが最適でしょうか」と偽物は自問する。

 

 幾つもの古傷を魔術で補っている偽物は短期決戦しか出来ない。

 

 故に、一対大多数との決戦など以ての外であり――それでも大群を相手にしなければならないとなれば、サラのように潜みながら暗殺を繰り返すのが妥当な戦術となる。

 

 だが、それは選べない。

 

 むしろ『私はここで死ななくてはならない』。

 

「…………」

 

 ラフィーアを模した偽物である自分は、今はまだ彼女のままで居られている。

 

 だが、このままずっと旦那様に会えず、そのまま在り続けたとなれば――私はきっと、人間のままではいられない。

 

 この世界において実体が無いというのであれば、自分の眼鏡に叶ったこの世界の人間に自分の全てを転写し、外の世界への実行力を獲得する。

 

 加えて、この世界には『転移魔術』という未知の魔術(ゆめ)が実在しており――他人の魔力を吸う術を知っており、魔石として蓄積する事が出来てしまう自分は、その夢に『旦那様と再会できる未来』を願ってしまうだろう。

 

 理に殉じようとするラフィーアのままで居られれば、そんな事にはならない。

 

 しかし、人の本質は悪性であり――『理』という戒めがなければ、『考えられる事』を『成してしまう』のが人間だ。

 

「……『影』である私が、ラフィーアの事を貶す訳にはいきませんものね」

 

 そう呟いた偽物は魔石銃の残弾を確認し、『竜の影』には炎息ではなく火炎を指示する。

 

 ここを突破されたとしても、自分よりも遥かに戦闘力で勝るミーナが地上に居るのであれば――最終的には彼女がなんとかするだろうと偽物は思う。

 

 だが、地上での戦闘が長引けばデュランやリースリット、助けると約束したリモートスノーの女性達の救助が遅れる可能性があり、自らの責任を果たす為には殲滅を目指さなければならない。

 

「…………ここは、通しませんよ」

 

 例えそれが不可能と判っていても、死(けっか)を変えられないのであれば最善を尽くさなければ理に反する。

 

『――――』

「………………なんですか?」

 

 そんな中、『盟友(かげ)』は偽物の方へと振り返り、何かを伝えるように偽物を見据える。

 

『(あの童の言う理を、貴女は成さないのかしら?)』

 

 それはラフィーアですらまだ聞けていない『盟友』の声であり――初めて聴いた脳裏に響く声に驚きつつも、偽物は『彼女』の言わんとしている事が何なのかを考える。

 

「………………あ」

 

 遠くから響く足音に急かされる中、自然と脳裏を過った想い出に言葉が洩れた。

 

『竜の数が「体」で呼ばれ、人の数が「名」で呼ばれる意味を――君は知っているか?』

 

 それは聖堂で探し物をする羽目になった時、旦那様がとある竜の伝記を見つけた時にラフィーアに問うた言葉であり――。

 

『「私達は居るだけで意味を残せるが、私はそれでも名を残したい」とグゥエルナーは言っていたが――その夢は叶っていたのだな』

 

 そう言って150年程前の南との戦争で活躍した竜騎士とその盟友の事を記した本を閉じた旦那様の言葉には、安堵と羨望が絡み合っており――。

 

 偽物の脳裏を過ったのは『この人がああも頑ななのは、師父の意思に従い、人間として名を汚さぬように生きているからなのだ』と感じ取った時の記憶だった。

 

「…………」

 

 そして、その理に寄り添うのであれば――人間として、残さなければならない名(もの)がある。

 

 才能の母体たる銀髪、ジェフスティアのお手付き、空機竜の開発関係者、竜信仰の準司祭。

 

 ラフィーアと言う人間は好むも好まざるも関わらず多くの名を持ってしまった身ではあるが、それらの幾つかは旦那様に認められる事で自分を許せるようになった想い出であり――。

 

「……っ」

 

 自分を自分として示すには何を語れば良いのだろうかと想いを巡らせた偽物の視界に、魔物の群が入ってくる。

 

『――――』

 

 猶予は最早無い。『盟友』はそれでも言葉を待っている。

 

「…………我が名はラフィーア・フェル・グゥエルナー。……竜の友の姫(つま)であり、序列第5位の魔術師である」

 

 偽物が自分の最期をそう示せば、『盟友』は満足したように向き直り――大広間に雪崩れ込んだ魔物の群れに炎を吹き掛け、それらを隈なく焼き上げる。

 

 だが、それだけでは終わらない。

 

 次々と現れる魔物の数は数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程であり、今し方火達磨になって倒れた先鋒の群れを踏み越えた西側の後続が魔石銃の射程に入る。

 

「……」

 

 盟友は北東側にある階段を上ってきた複数の壁型の相手をしており、西側の相手をしている余裕はない。

 

「…………」

 

 竜血石(めいゆう)が離れた事で感じ始めた瘴気の毒気に偽物が咳き込む中――旦那様と出会う前のラフィーアであれば笑って臨んだであろう最期を前に、その足は無意識の内に半歩ほど退いてしまう。

 

 ここで終わらねば取り返しのつかない間違いを侵すと判っていても、ラフィーアが持っていた幸せを失うのは恐ろしく――。

 

 あの『お人好し』が心変わりして戻って来てくれる『最悪の事態』を夢想し――生きていたいという願いを、偽物は手放せないでいた。

 

「…………それでも」

 

 私が私である為に――本物(ラフィーア)が知りえぬ偽物(ラフィーア)が得た掛け替えのない想い出を汚さぬよう、祭服の女性は魔石銃を撃ち、“塔”の遺物を振るう。

 

 

 

 遺跡に呼ばれた生霊と遺跡に住み着いた魔物。

 

 その地表に最も近い場所で繰り広がれた、流れ着いたモノと忌避されるモノとの闘いは――。

 




これにて本作は完結となります。

長らくお付き合い頂き、ありがとうございました。


黒と白で書けなかった要素も書ききったので、心残りはありません。
(いやはや――サラ嬢の情報が無かったので致し方なかったとはいえ、黒と白のラフィーアはエグイ事をしたものです)


――真面な余禄を2つは考えていますが、サラ嬢とミーナさん、聖都の情報が足りないので、ハソユア様の次回作を待ちつつ、自分の作品を頑張ります。




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