【完結】『侵胎迷宮を抜けて』二次創作   作:サーデェンス・ロー

5 / 48
本作で双璧をなす程に重要な(と筆者は考える)ネタバレが無いと思われるのはここまでとなります。

可能ならば、原作へ走ってから戻って来て下さいますと幸いです。



異界の人

「上の階層で私が行った策――そう、策略の影響で1つ上の階層から下で起こった凡の事はイレスにまで報告が届かないようになっている筈ですが、それにも限度があります」

「……はい、配慮が足りなかった事は――自覚しています」

 

 芳しくない報告を済ませ、その証である剣を回収した南側よりも前――西側の探索過程をサラと共有したラフィーアは、その矮躯を更に縮める事となっていた。

 

 亜人が人間と同じ言葉を使っていた時点で気が付くべきだったと自省しているラフィーアには今、冷めきった青い視線が突き刺さっており――。

 

「――――」

「…………」

 

 反論の余地がない彼女は謝罪の後に沈黙を通す意外に道が無い状態だった。

 

 そう――物を言えぬ触手型やすらいむ型の類であれば、イレス自身が調べでもしない限りはこの迷宮内に異物が混入している事を知る術は無い。

 

 しかし、亜人型は数が減った事を報告出来てしまうし、報告するモノが居なくなればイレスは異常に気が付いてしまう。

 

「――少し突き放すような言い方になってしないますが……これ以上派手に動くようなら、協力は出来ませんよ?」

「……こんな条件の悪い場所で詳細の判らない強敵と対峙する状況を避けたいのは私も同じです。……この失点は、お預かりした剣と成果で取り返します」

「――信じますからね」

 

 今回の件に関し、サラは妙に感情的になっているような気がすると思うラフィーアであったが、それでもサラが聡明な人である事に変わりはなく――『次は無い』という警告に対して誠意をもって応えれば矛を収めてくれる。

 

「(…………私が目指すのは、あの人ではなくサラさんのような人ですね)」

 

 そんな心内と共に安堵の息をついたラフィーアは、そのままふと思い付いた言葉を口に乗せる。

 

「……ちなみに、どんな策を使ったのかを伺っても構いませんか?」

 

 その質問は明らかな失点に対して猶予を与えられた事への償いと、別の術理を知る自分であれば更なる効率化が出来るかもしれないという善意によるものだったが――。

 

「――――え?」

 

 その言葉を耳にしたサラの顔は、白い少女が知らない色の表情をしていた。

 

 絶望によるものとも、悲しみによるものとも、羞恥によるものとも、憤りによるものとも取れる――凍り付いた表情。

 

「…………サラさんとは全く異なる術式を知る私が協力すれば、サラさんの負担を減らせるかもしれません。……そう、思ったのですが――」

「いえ……その……」

 

 その思いもよらなかった反応に困惑したラフィーアであったが、意図を伝えられぬままでは終われぬと決意して言葉を続けるものの反応が妙である事に変わりはなく――。

 

 自分ならばどういった時にそうなるのだろうと思案を巡らした白い少女は自分が持っている“目”に行き着き、静かに頭を下げる。

 

「…………気の回らない粗忽物ですみません。……それは秘術の類でしたか」

「――えっと……秘術?」

 

 ラフィーアが辿り着き、口にした結論は若干的外れであったようだった。

 

 しかし、それでもサラの反応はラフィーアの予想の範囲内に収まっており、当らずも遠からずと言った所なのだろうと当たりを付けた彼女はその想定の下で自分の内情を引き合いに出す。

 

「……私も自分の出来る事の全てを説明出来ている訳ではありませんし、時間があっても話せない術を持っています」

「――――ちなみに、聞ける事を全部聞こうとしたら……どれくらい掛かります?」

 

 言葉を続けるラフィーアに探るような視線を向けていたサラであったが、幾分かの呼吸を置いた後にはいつものような――魔女同士の会話を始めてくる。

 

「……お互いの術式の違いから始めたいですから――丸一日ぐらいでしょうか」

「それは――勿体ないですね。……聞いてみたい気もしますけど」

「……はい。……この状況ですと時間の浪費ですしサラさんに無用な負担を掛ける事にもなります」

 

 気になる事ではあるが、聞く事は出来ない。

 

 互いの脛に触れられたくない傷がある事を思い出した2人の魔女は、よそよそしさの残るやり取りでソレを遠ざけ――それでも繋がりだけは途切れぬように気を使いながら結界の外と内とに別れる。

 

「……先ずは自分のやるべき事、やらなければならない事を済ませませんと」

 

 そうして今までの人生で感じた事のない雰囲気から脱したラフィーアは、あいも変らぬ外の瘴気に眉をひそめながら布鎧の左側に急造した剣帯とそれに収まる剣を軽く撫でる。

 

「…………これが、あの人の掌の外なのですね」

 

 国元では名を知らぬ者など居ない魔術師であるあの人の威を感じない日は無く、“塔”の外に出る事を許されてもそれは変わる事はなかった。

 

「……あぁ、そうか」

 

 そんな世界とは無縁の外――ただ1人の人間として立って、初めて感じた感情にようやく気付いたラフィーアは静かに苦笑する。

 

「……私は、サラさんに嫌われたくないから――緊張していたのですね」

 

 そうして当たり前の事に今更気が付いた白い少女は、その間抜けさに苦笑を強めながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 そうして踏み入れた階層の東側――既に幾度かすり抜けた事のある亜人型の足音を前に、ラフィーアは預かった剣を抜いたまま岩陰に隠れ、息を潜める。

 

「―――――?」

 

 手を伸ばせば届く距離に居る小鬼はラフィーアの方に視線を向けており、周囲とは明らかに色が異なる彼女の布鎧を視界に収めているのにも関わらず、その怪物は首を傾げ他所に行こうとしている。

 

「…………」

 

 ラフィーアが国元で何度か見た事のある“隠行”の魔術は相手の目から自分の存在を能動的に除外させる術であると聞いてはいたものの、使い慣れていない術はどの程度効いているのかが判らないが為に不安の方が先に立つ。

 

「(……先程も無事に抜けられたのですから、今回も――)」

「――っ!?」

「……ちっ」

 

 しかし、そんなラフィーアの願望は小鬼と目が合ってしまった事で水泡に帰し、白い少女に気付いた小鬼が動きを見せるよりも早く、彼女の突撃がその歪な人型を突き飛ばす。

 

 剣に“構造強化”を掛け、自身に掛けた“風舞”を全開にしながら切っ先を小鬼に向けただけのソレは、速度が乗っただけの技量も何もない一撃であったが――尋常ならざる速さを伴った剣は小鬼の首をその身体ごと壁面に縫い付ける。

 

「何ダぁ、今ノ音ハ?」

「……次ですね」

 

 通路の先から届いた声を前に、土壁に刺さったまま抜けそうにない剣を手放したラフィーアは今し方倒した小鬼が落とした武器を手に元居た岩陰へと音もなく跳び戻る。

 

「ナん――?」

 

 それから間を置かずに通路の先から現れた大柄な亜人型――壁面に縫い留められた小鬼を見て驚く豚顔――の背後にラフィーアは跳ぶ。

 

「……ふん!」

 

 先程と同じように“構造強化”と“風舞”によって威力と速度を水増しさせた、技量も何もない振り下ろしはその豚顔を腹の出っ張った胴体の中へと押し込み、国元には居なかった未知の敵性生物を物理で捻じ伏せたラフィーアは預けられた剣の回収に入る。

 

「……やはり即死させられる手段があると、穏便さが違いますね」

 

 備えられた刃を使わない攻撃――武器の身で考えれば泣いてもいいような扱い――ではあるが、炎撃という致死性は高いものの即死させるのが難しい魔石銃と比べればその使い勝手は良好といえた。

 

「……あとは、燃やして集魔を使えば証拠隠滅が出来る筈、と」

 

 土壁に深く突き刺さった剣を苦労しながら抜き取り、死体のそれぞれに1発ずつの魔石弾を打ち込んだラフィーアは燃え盛るソレの周囲に作っておいた薬品を振り掛ける。

 

 この薬は下の階層で見た『聖水』と呼ばれる魔物除けの効能と作り方をサラから聞き出したラフィーアが、自分の血と魔力を原料として逆の効能が出るように生成した試薬である。

 

 死人に口なし。加えて殺害よりも失踪の方が足が付きにくいのが世の常であり、集魔に誘われた触手型やすらいむ型が死体を処理してくれれば止む無く交戦したという失点も帳消しにできる可能性が出てくる。

 

「……試薬ですので、効果の程は帰る時に確認するまで判りませんが」

 

 そんな『やむを得ない事態』を僅かに織り交ぜての静かな探索は順当に進み、触手型やすらいむ型は容赦なく魔石銃で焼き、亜人種を可能な限りやり過ごすように進むラフィーアはその東端と思しき場所に足を踏み入れる。

 

「……何でしょうか、ここは」

 

 踏み込んだ入り口のすぐ脇にある檻の先には無数の触手型やすらいむ型が収められており――その全てを倒すとなれば残る弾薬はかなり厳しい事になる。

 

「……もしかして――」

 

 その特異な部屋の構造を前に思案を巡らせるラフィーアは、ここに至るまでの途中でやり過ごす事に成功した小鬼達が話していた会話を思い出す。

 

「……喋れない魔物を操る者が居ると話していましたが――この先に居るのはその役目を負った者?」

 

 その情報を漏らした小鬼達はその者を貶していたが、指揮官という視点から見れば雑兵に出来ない事が出来る者にはそれ相応の信頼と責任を与えている筈であり――この階層の鍵を持っているかもしれないとラフィーアは当たりを付ける。

 

「……とりあえず、この数を相手にするのは御免被りたいので細工をしておきましょう」

 

 そうして目的を定めたラフィーアはまず檻の構造を調べ、“構造強化”と何本かの魔導鋼線を使用して鉄格子が開かないように手を加えた彼女は警戒しながら奥へと進んでいく。

 

「……居た」

 

 そうして部屋の端から奥の部屋を覗き込んだラフィーアは、対象と思しき小鬼を発見する。

 

 ソレは背を向けている小柄な人影であり、緑色の外皮をした歪な人型は他の場所に居た小鬼と大差が無いように見え、魔力を感じない事から小鬼術士でもないのだろうラフィーアは当たりを付ける。

 

「…………」

 

 この場所に突如として迷い込んだ自分の事をサラが親身になって導いてくれているのは確かであり、それを得難い幸運であるとラフィーアは考えているが――。

 

「……自分の事となれば、他からも情報は仕入れておきたいですからね」

 

 国元の小鬼と異なり、言語を発するなら自分の知りたい事を聞けるかもしれない。

 

 本来の目的に自分の欲を追加したラフィーアは“風舞”を掛け直してから部屋へと踏み込み、その音で振り返った小鬼の左足を剣で切り上げる。

 

「グげッ!? 侵入者ァ――」

「……ふん!」

 

 刃を通す技術を知らないラフィーアの剣では切り飛ばす事は出来ないが、狙った小鬼の骨を砕き転倒させる事に成功した彼女は生意気な口をきく小鬼の右肩に各種魔術を付与した剣を振り落とす。

 

 当然ながら、この一撃も刃が肉に食い込むだけで断つ事は出来ないが――。

 

「ヒぎィっ!? ……なンで、薬を散布シタのにローパーが来ナいィー!」

 

 右腕を潰し、相手に激痛を与える事は可能である。

 

「……入口の近くにあった牢は閉鎖しておきました。……こんな端っこですから、助けも来ませんよ?」

「なン、ダと――」

 

 こんな怪物と言葉を交わす事自体が癪に触るものの、尋問の準備が整ったラフィーアは眼前の小鬼に向けて言葉を発する。

 

「……私は、この階層の鍵を探しています」

「――? オマえ、侵入者ではナく下かラ来――ギゃァ!?」

 

 とりあえず、会話になりそうだったのを嫌ったラフィーアは剣を振るって転がっている小鬼の右足も潰しておく。

 

「ナ、ナんデ……」

「……気分?」

「ふ、フザけ、ギゃァ!」

 

 そんな答えに対し、ラフィーアがまだ繋がっている小鬼の左足の隅に剣を刺す事で応えると、床に転がっている怪物は絶叫をあげ、涙を流しながら彼女の事を見上げてくる。

 

「…………」

 

 相手が怪物であっても少々心が痛むものの、尋問は無慈悲であれとの軍規を守った少女は刺した剣を引き抜きながら状況を進める。

 

「……鍵はどちらに?」

「ソこ、ソこノ箱の中ニあル!」

「…………」

 

 そうして得られた返答に対し、立ち位置を工夫して指差された箱と小鬼の両方に視線を向けながらソレを開けると、件の扉の鍵穴と大きさが合いそうな鍵が出てくる。

 

「……こちらですか?」

「ソうダ! オ前の事ハ、イレスの姉御にもオーガの屑野郎ニも伝エなイ、だカラ見逃シてくレェ!」

「…………」

 

 命乞いまで出来る事に驚きながらも、ここまで心が折れているなら都合がいいと感じたラフィーアは自分の中にある疑問の答えを得るべく血を流しながら倒れている小鬼へ立ち戻る。

 

「……では、最後の質問です。……この世界には女型の亜人は存在しますか?」

「ハぁ? オ前何ヲ――ギゃァぁ!」

 

 この期に及んでもまだ会話にしようとする小鬼に苛立ったラフィーアは、まだ原型を保っている小鬼の左肩に剣を刺し込む。

 

「……貴方に許されるのは答える事だけ。……居るの? ……居ないの?」

「知らナイ! イや、違ウ! そンナ存在は聞いた事モない!」

 

 最初の言葉はラフィーアの求めるモノでは無かったが、切っ先を多少動かすと四肢を砕かれた小鬼は態度を軟化させ――薄々は気付いていたものの、望んでいなかった現実を彼女に突き付けた。

 

「…………そう、ですか」

 

 ラフィーアの国元に居る小鬼は人類種の怨敵とも言える存在であり、一例を挙げるなら彼等に女性を拐かされる事が国家の危機とされる程の存在だった。

 

 国元の小鬼は相手が何であろうともまぐわった相手に自分に類する存在を生ませる事が可能な存在であったが、自分よりも優れた母体に子を孕ませ時には高い確率で魔力を持った女型の亜人が生まれてしまう。

 

 万が一ソレが発生してしまえば、繁殖速度に優れる彼女等はネズミ算式に増え始め――魔力を持った事で人間と単独で戦える亜人が爆発的に発生する事態となる。

 

 国元の記録に残る最後の大発生では西部開拓民の1/3が失われる大惨事となり、それ以降、西部の最前線周辺は女性が立ち入っただけでも重罪が適用される特異な場所と化していた。

 

「…………私の居た場所とは、本当に違う世界なのですね」

 

 しかし、この場所では女性であるサラが小鬼の居る地域に派遣されており、彼女自身からもラフィーアの知る知識に類する忠告を聞けなかった事から――この世界が自分の居る世界とは違うのではないだろうかという疑念は薄っすらと感じていた。

 

「…………好きな世界だったとは、思っていない心算でしたが――」

 

 それでもまだラフィーアの希望と夢はあの世界に残っていたらしく、そこに帰れそうにないという事実は彼女に少なくない衝撃を与えていた。

 

「他ニ聞きたい事ハなイカ!? 無いナラどこカニ行ってクれ!」

 

 そんな揺らぎの中に居るラフィーアに声を掛けてしまった哀れな小鬼は、その仄暗い瞳に気が付く事なく言葉を続けてしまう。

 

「……ええ。…………では一思いに」

 

 世界は違えども亜人(てき)は殲滅するのが正しい理であり、それを成したラフィーアは血に汚れた剣を綺麗にしながら得られた情報を整理する。

 

「……鍵は得た。……私自身の情報も得た。…………あぁ――最初の方で、魔物を操る薬と言っていましたか」

 

 そこまで思考を巡らせたラフィーアは部屋を漁った事で異様な魔力を発している薬品に目をやり、物は試しにと閉鎖した牢の先に居る魔物達に投げ入れ、暗示系の術式を幾つか試してみたのだが――。

 

「……薬の効能なのか静かにはなりましたが……それ以上の事は不可能ですね」

 

 “目”の応用も考えてみたがやはり視覚を持たない生物を操る事は出来ないという結論を得たラフィーアは、サラの待つ拠点へと静かに帰還した。

 




方向性の指針となりますので、評価、感想、お気に入り登録など、お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。