道に沿って歩きながら、二人は他愛もない会話を楽しんでいた。アイラは馬の手綱を引きながら歩いている様子。二人は余った大金でそれなりの馬を買ったのだ。馬はどうやら南の大陸から持ち運ばれたものらしい。
「そういえばアイラは馬に名前を付けないの?」
「つける必要ある?」
「だってほら……愛着が湧くじゃない」
「へぇ、マーナってお人形さんに名前とかつけそうね……」
「何?悪い!?」
「悪いとは言ってないけれど」
そんな話をしているうちに、二人は森に差し掛かった。木々が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。その中を突き進むように二人は進む。
「そうね、この子はルゥと名付けようかしら!」
「いいんじゃない」
「じゃあ、よろしくね、ルゥ」
ルゥと名付けられた馬の足取りはとても軽かった。まるで自分の名前が気に入ったかのように。
「……そういえばマーナは何の為に私についてきたの?」
ふとした疑問にアイラが首を傾げて訊ねた。するとマーナは少し考える素振りを見せ、
「これは初めての話になるかな。あたしはね、おじい様の遺品を探しているんだ」
「マーナのおじい様はどういう人だったの? やっぱり魔法使いだったとか?」
「らしいのよ。でも、そのおじい様ももう死んじゃったんだけどね」
寂しげな表情でマーナは言った。
「じゃあ、どうして遺留品なんて探しているの?」
アイラの問い掛けに対し、マーナは困り顔を浮かべる。そして少しの間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……あたし、おじい様に会ったことは無いの。だから、どんな人なのか分からない。あたし、確かめてみたいの。本当にそんな人が居たのかってことを……」
「それで遺留品の捜索をしているのね」
「だから言うわ。おじい様の遺品を見つけたらあたしの旅はおしまい。この旅が終わったら、きっとどこかの街か村で静かに暮らすと思う」
マーナは淡々と語った。だがそれはとても強い意志を持った言葉だと、アイラには感じられた。でも、どこか物足りなさを感じるような気がしてならなかった。でも、それについて触れることはしなかった。
「じゃあ、見つけるとしようか。幸い、私も手伝うつもりだし」
「ふーん、ありがと。何か手掛かりとかあるといいけど……。まぁ、気長に行くしかないよね」
「一応、手掛かりがあるの。高名な魔術師が住んでいたという遺跡の話があって、そこに行こうと思っているのだけど……」
「へぇ~、そうなんだ! いいじゃない!」
マーナは興味深そうに相槌を打った。
「うん、行きましょう」
それからしばらく歩いて行くうちに日が落ちてきた。辺り一面が夕焼け色に染まっている中、二人の間に沈黙が訪れた。互いに無言のまま歩く二人の視線の先に、遺跡が見えた。
「あれだ……!」
マーナは興奮気味の声を上げた。
二人が辿り着いた場所は遺跡だった。既に建物の大半は崩れ去っており、瓦礫や石柱などが散乱していた。しかしそれでもなお荘厳な雰囲気を放っているように思えた。アイラはメモの本を開いて、古代文字が記された柱の前に立つ。時間をかけて解読していくと、そこにはこう記されていた。『ここは偉大なる賢者、アジフが遺した魔法陣である』
「ここなら何か見つかるかも……」
「墓荒らしと行きましょ」
二人は早速中に足を踏み入れた。内部はかなり広く、奥の方まで続いているようだったが薄暗くて視界が悪いためあまり遠くまでは見通せない。天井が崩れ落ちて出来た穴からは月明かりが入り込み、辛うじて周囲が見える程度であった。
「もう、夜だね」
「遺跡の中では関係無いけれどね」
二人は通路を進んでいく。隅々まで探索して、ある部屋の中に入った時のことだった。
「何か入っていそうな箱があるよ」
マーナは床に転がっていた木箱に指を差した。
「離れてて、罠があったら危ないから」
アイラの言葉に従い、マーナは距離を取った。そしてアイラは慎重に蓋を開ける。
「罠だ!」
箱を開けた瞬間、煙が箱から噴き出した。
「アシッドクラウド!?アイラ、急いで中に入って!早く!!」
マーナは球体の障壁を展開して自身を守る。
「くっ……」
アイラは苦悶の表情を浮かべながら球体の中に避難する。
「大丈夫?」
「ええ、この程度軽傷よ」
アイラは強気に言い放った。そしてすぐに立ち上がり、部屋から出て行くことにした。マーナはアイラの手を取り引っ張っていく。
「ほんっと、遺跡の中は危険だらけね」
「良くあること」
アイラは平然と答える。だがその額には冷や汗が滲んでいた。
「先行きましょ」
「そうね」
マーナとアイラは遺跡の奥へと進んでいった。途中でアンデッドモンスターに遭遇したりもしたが、特に問題無く対処していった。やがて最深部と思われる場所に辿り着くと、そこには大きな祭壇のようなものがあった。
「何これ?凄い……!」
マーナはその光景を見て感嘆の声を上げた。祭壇の上には大きな水晶玉が置かれていた。それは青白く輝いており、その光によって周囲の様子がはっきりと分かるほどであった。その隣には魔力が込められたステッキが置いてある。
「最後の部屋がここだけど、ここがダメなら諦めよう」
「そうね」
マーナは祭壇に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。その時だった。突然、背後の壁が轟音を立てて崩れ去った。
「何っ!?」
「私の後ろに居て!」
アイラはマーナの前に立ち、剣を構えた。すると壁の向こう側から人影が現れ、アイラとマーナは警戒心を露わにする。
「誰なの?あなたは」
マーナが訊ねると、現れた人物は理性を失っており、訳の分からない言葉を叫び始めた。どうやら錯乱している様子。マーナは呪文を唱える準備をする。
「相手は魔法使いね、あなたが頼りよ!」
「そ、そう言われたって!」
マーナは戸惑う。しかし、迷っている暇は無いようだ。アイラは先に錯乱した魔術師に向かって駆け出す。魔術師も杖を構え、魔法を発動させ、対抗する。魔術師は魔法障壁を展開し、それを防ぐ。
「なかなかやるじゃない!」
マーナは距離を取ってファイアボールを連続で放つ。しかし魔術師は『マジック・シールド』で防いでいく。
「じゃあこれはどうかしら!」
マーナは炎の矢を放つ。しかし、これもまた防がれてしまう。
「闇雲に魔法打っちゃ駄目!まずは防御を剥がして!」
「えっ、えっと……!『パニシメント・スペル』!」
マーナが唱えたのは魔法障壁を破壊する魔法だ。アイラは魔術師の懐に飛び込む。魔術師は慌てて杖を振り回し、アイラを追い払おうとするが、アイラは冷静に見極め、攻撃を回避していく。そして隙を突いて斬りかかった。しかし、斬ったのは魔術師の幻影だった。
「っ、なんで……!?」
アイラが動揺した次の瞬間、アイラの背後に熊が召喚され、アイラは吹き飛ばされた。そして、本体の魔術師が姿を現した。姿を現した瞬間、複数の魔法を一斉に唱え、魔法防壁、物理防壁を身にまとった。
「魔法障壁と物理防壁を同時に展開できるなんて……」
「これだと剣も魔法も通らない……」
「ねぇ、逃げた方がいい?」
「ダメだったらね?」
アイラとマーナは再び戦闘態勢に入る。
「どうすればいい!?」
「また魔法防御を剥がして!まずはそうしなきゃ話にならない!」
アイラは先程と同じように攻撃を仕掛ける。だが、今度は上手くいかない。何度も攻撃を繰り出すが、どれも物理障壁で弾かれる。
そして魔術師は『コンフュージョン』をマーナにかけた。混乱状態に陥ったマーナは詠唱を中断し、アイラに『マジックミサイル』を撃つ。
「ごめんね、アイラ!自分でも何をしているのか分からないの!」
アイラは回避するが、被弾してしまった。
「ああもう!!」
アイラは苛立ったように声を上げる。上手くいかないもどかしさに、アイラは歯噛みする。アイラは剣を鞘に収めると、マーナを抱きかかえた。そしてそのまま全力疾走して部屋から飛び出していった。
「アイラ!?あたしはまだ戦えるから降ろしてよ!」
マーナの言葉を無視し、空間の外へ飛び出た。最深部に繋がる扉の前でアイラはマーナを降ろした。どうやら混乱は解けているらしい。一方アイラは魔術師の追撃を受けながら走ったせいか、息が切れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫?」
「きついかも……でも大丈夫、まだ行ける」
アイラは呼吸を整え、再び準備を始めた。
「さっきはありがとね」
「別に」
アイラは素っ気なく答えた。
「それで、作戦はあるの?このまま戦ってもまた同じことを繰り返すだけだと思うけど」
「分かってる、だから……ちょっと待って、今考え中」
アイラは必死に頭を働かせる。しかし、結論は一つしか無かった。
「作戦は変えない。私が囮になる」
「ちょっと!それは……!」
「マーナが混乱したり、眠ったり、動けなくなったりしない限りは負けないと思う」
「そんなの無理よ!」
「やってみなきゃ分からない」
アイラはマーナの目を見て言った。マーナはしばらく黙っていたが、やがて諦めたかのようにため息をつく。
「分かったわよ、好きにしなさい!」
「やりましょう」
アイラとマーナは互いに目配せをして、また扉を開いた。
扉を開けるとまた魔術師が魔法を撃ってきた。しかし、アイラは避けようとしない。アイラは魔法を受け、吹き飛んだ。
「やっぱり堪えるよね、これ……!」
「やるなら今しかない……!」
マーナは『レイ・オブ・ペネトレーション』を唱え、魔術師を攻撃した。魔術師は魔法障壁を展開し、それを防いだが、その魔法障壁は一瞬にして破壊された。
「次に物理防壁よ!」
アイラは立ち上がりながら言う。
「うん!」
マーナは再び呪文を唱える。次は『ブリーチング・スペル』だ。魔法のハンマーが魔術師の物理防壁に向かって振り下ろされる。すると、物理障壁が破壊できた。
「これであの魔術師は丸裸同然よ!」
しかし、魔術師もやられっぱなしではない。今度は杖を振りかざし、『サモン・モンスター』を唱えた。するとリザードマンが四体召喚された。
「魔物相手なら私が!」
アイラは剣を構え、リザードマン達に立ち向かう。受け流したり、避けたり、時々カウンターを繰り出したりする。その時、魔術師の方からファイアボールが飛んでいき、リザードマン諸共巻き込まれ吹き飛ばされてしまった。
「ふっざけんじゃないよ……!」
アイラは薬を飲みながら立ち上がり、魔術師に駆け寄る。魔術師はまた詠唱を始めていた。しかし、剣が魔術師を切り裂いた。魔術師は身体が弱いのか、黒い血を流して倒れた。
「黒い血……?」
「無理矢理蘇らせたんだから当然でしょうね……」
アイラが冷静に分析する。
「でも、倒せたみたいね」
「そう、ね……」
灰を被った少女は疲労困憊で倒れてしまった。致命傷になるような外傷は無いものの、出血がある。
「アイラ!大丈夫なの!?ごめんね、あたしがちゃんとしてればこんなことにはならなかったのに!」
「大丈夫、この程度はまだ平気。それより、マーナこそ怪我してない?」
「う、うん、してないけど……」
マーナは倒れているアイラに近寄り、肩を貸そうとしたが、アイラはそれを拒否した。
「大丈夫?立てる?」
「少し休みたいかな、ごめんね、迷惑かけて」
「いいのよ、お互い様なんだから」
アイラは寝かせてもらいながら回復していた。マーナは祭壇の方に向かい、マーナの祖父の遺留品を探っている。
「あった!これよ!」
マーナは魔力が籠った一本の棒を手に取った。
「何なの、それ」
「多分、これはおじい様が使っていたものだと思うの。あたしは詳しくないんだけど、確か魔導師とか賢者が持つ棒だったはず」
「杖では無いの?」
「杖は先に魔力が溜まってるでしょ?」
マーナは棒を手に取った。すると魔力の波長が合うらしく、マーナはそれを手に馴染ませているようだ。
「うん、合ってる!これを扱えるのは血を継いだ者だけなのよ」
「良かったじゃん。ちゃんと血は繋がっていたのね」
「ええ、目的は達成したし、帰りましょうか」
マーナ達は最深部から脱出し、遺跡を出た。遺跡の調査は夕方から始まったので今は夜になっていた。
「随分と遅くなったわね」
「今日は野営なの?それとも宿を取るの?」
「近くの村で宿に泊まりましょ。馬があるから移動は楽だし」
アイラはルゥに跨る。そして、マーナに手を差し伸べた。
「ほら、乗って」
「よっと……!」
マーナがアイラの手を取り、アイラの後ろに座る。準備が出来たらアイラはルゥの頭をぽんぽん叩く。馬が走り出した。マーナは前に居るアイラにしがみつくよう抱きついている。
「で、祖父の遺留品を手に入れた事だし、次はどうするの?」
「そうね。次の街でお別れかしら。あたしもちょっと平穏な暮らしがしたいから」
「そっか、ならしょうがない事ね。少し寂しいけど。次の街まで送ってあげるよ」
アイラは別にマーナを引き留めようともしなかった。マーナもそれを分かっていたようで特に何も言わなかった。
「あと少しだけお願いね」
「任せて」
二人は夜の道を駆け抜けていく。小さな旅も終わりを迎えようとしていた。
数日経って、アイラとマーナは街に到着した。街の入口で、アイラは馬を降りてマーナに向き直る。
「ここでお別れね」
「うん、短い間だけどありがとね」
「ここには魔術に詳しい大学があるの。だから……ほら」
アイラは荷物から白金貨が詰まった袋をマーナに差し出す。
「はいこれ、使いきれなかったお金。これ使って大学に入れば?」
「いいの?こんな大金……」
「いいから受け取っておきなさい。私なんかこんなの使いこなせる気がしないし」
アイラはマーナに無理やり渡して、そのまま去ろうとしている。しかし、マーナは呼び止めた。
「待って!」
アイラは振り返り、マーナを見る。
「何?」
「次会うまで死なないでよね!死んだら許さないからね!!」
「大丈夫。そう簡単に死ぬつもりは無いから」
続いて、彼女は小声で呟いた。
「奴を倒すまで……」
アイラはマーナに背を向け、去っていく。マーナはアイラが見えなくなるまで見送った後、自分も帰る事にした。
「さて…… 新しい生活が待っているんだし、頑張らないとね」