女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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夢の涯てまでも

「ねぇ、私、用事が出来ちゃったんです」

 

リンズィーは送られてきた手紙を握りしめて言った。手紙はリンズィーが通っていたサマルノア大学からで、『吟遊詩人の会への招待状』と書かれていた。

 

「その吟遊詩人の会とは?」

 

アイラは興味深そうに尋ねた。

 

「まぁ簡単に言うと、詩や歌の発表会みたいなものでしょうか? 毎年この時期に大学の講堂を借りてやるんです。今年は私が呼ばれて……」

 

リンズィーは少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 

「リンズィーは有名なの?」

「全然有名じゃないけど……ただ私の書いた詩を読んだ書記官が気に入ってくれて……」

「へぇ……」

 

アイラは感心したように呟いた。

 

「だから行かなくっちゃいけないんです!……でも、どうしよう……」

「距離があるね。馬だと片道三日ぐらいかな?」

「そうですね……。ですが、私、アイラさんの歌や詩をまだ作っていませんのに、離れたくありません!」

 

リンズィーは真剣な眼差しで訴えた。

 

「まだそれにこだわっていたの……」

 

アイラは呆れたような顔になった。

 

「もちろんですよ!それが私の夢でありますから!」

 

リンズィーは胸を張って答えた。

 

「じゃあ、もう行く?それとももう少し待つ?」

 

アイラの言葉を聞いて、リンズィーはしばらく考え込んだ。そして何かを決意したかのように力強く口を開いた。

 

「もう行きましょう!まだ途中ですが、アイラさんの詩を発表出来るチャンスなんて滅多にないと思いますから!」

 

アイラは分かったというと、口笛を吹いた。するとどこに隠れていたのか、一頭の馬が駆け寄ってきた。

 

「さっそく行こう」

「ちょっと待ってくださーい!!どこからその子が!?」

 

リンズィーは目を丸くして叫んだ。

 

「不思議でしょ?口笛を吹くとどこでもこの子が駆けつけてくるんだよね」

アイラは馬を撫でている。

「……」

 

リンズィーは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。アイラはリンズィーの後ろに立つと、彼女を持ち上げて馬の背に乗せた。

 

「えっと……あの……」

 

リンズィーは戸惑いながら声を出した。しかし、アイラは何も言わずに自分の後ろに乗るように指示をした。アイラはリンズィーの前に座ると、落ちないように彼女のお腹に手を当てて支える体勢を取った。

 

「しっかり掴まっていてよ」

 

アイラがそういうと、リンズィーは躊躇いながらもアイラのお腹に手を回した。アイラはそれを確認して、手綱を握った。

 

「ルゥ、いいよ」

 

アイラが合図を出すと、馬は高くいななき走り出した。

 

「ちょっ!こんなに速いんですか!!」

 

リンズィーは悲鳴を上げた。二人はあっと言う間に森を抜けて平原へと飛び出していった。

 

――

 

 夜になって、二人は野営の準備を始めた。テントを張る場所を探したが、なかなか見つからず、結局大きな木の下で休むことにした。

 火を起こすために薪を集めてきたのだが、辺りには枯れ枝一つなかった。アイラは仕方なく魔法を使って小さな炎を生み出した。炎は指先ほどのサイズだったが、暖をとるだけなら十分だった。

 

「アイラさん、魔法が使えたんですね」

 

リンズィーは驚いた様子で言った。

 

「この程度、使えるなんて言えないと思うけどね」

「ふむ、魔法剣士アイラ。そう!この題名で冒険譚を書きましょう!」

「最っ低なタイトルだからやめなさい!」

「なら、隣り合わせの灰と青春とかどうでしょうか?灰と青の剣士、アイラが過ごす青春の日々は血と死の……」

「……好きにして」

 

 アイラは大きなため息をつくとその場に腰を下ろした。リンズィーもそれに習うようにして地面に座り込む。彼女は膝を抱え込んで丸くなるようにしながら焚き火の明かりを見つめていた。パチッと音を立てて、薪が小さく爆ぜた。その音が静寂の中に響き渡る。その度に少しずつ小さくなっていく焚き火を眺めながら、アイラはゆっくりと口を開いた。

 

「リンズィーの過去について、教えてくれない?」

 

唐突な質問に、リンズィーは戸惑った表情を浮かべた。

 

「私の過去の話ですか?平凡な物語ですよ?」

「いいから」

 

アイラは有無を言わせぬ口調で言うと、じっとリンズィーの目を見た。

 

リンズィーはその視線に観念したように大きく溜息をついた。

 

 彼女は南の大陸にある、隅っこの森で生まれ育った。その森はハーフリングが暮らす庄があり、リンズィーはそこで育った。彼女は家族にも、物にも恵まれ、不足の無い生活を送っていた。彼女は長老の語りが大好きで、毎日のように聞かせてもらっていたそうだ。語りを聞くうち、彼女はそれを歌にして、庄の広場で披露するようになった。リンズィーの歌は庄の人々から好意的に受け入れられた。やがて、彼女は外の世界に興味を持ち始めた。そして、旅に出ようと考えたのだ。仲間を募り、旅立ち、砂漠を渡って船に乗り、この大陸にたどり着いた。次にリンズィーは大学に通って詩を書くようになった。時々、歴史や神学から引用したり、自分の体験談を元に詩を作ったりしたらしい。数年たって、彼女は大学から学士の称号を得た。そして、英雄を目の当たりにして物語を書く夢を叶える為に、旅をして、今に至る。

 

「どうでしょうか?つまらないでしょう?」

 

 リンズィーは自嘲気味に笑みを浮かべるとそう呟いた。彼女はもっと波乱万丈な生き方を望んでいた。悲劇は物語にできるし、喜劇は笑い飛ばせるが、自分のような平凡すぎる物語は誰も読みたいと思わないだろう。

 

「これ以上何も望まない方が身の為だと思うね」

 

 アイラはそっけなく言った。その中に嫉みのような感情が含まれていることに、彼女自身気づいていなかった。

 

「ある程度、書きあがって、お金もまぁまぁ入ったら、庄に戻って平穏な暮らしをした方が良いと私は思う」

「でも、夢ですよ?私にとっては!」

 

リンズィーは食い下がった。

 

「アイラさんは、人生のどこをとっても物語に出来るほど波乱万丈な人生を歩んできたんですよ!なら、それを小説にしたところで何の問題もないじゃないですか!」

「人の人生を弄ばないで!あなたに私がどれだけ辛い思いをしたのか分からないでしょ!?」

「その辛さだって、きっと乗り越えられるはず!」

「何も分からないくせに……」

 

 アイラはそう言うと、顔を伏せて黙り込んだ。彼女に今必要なのは傷口を舐めて慰めてくれる人だろうか。それとも、そんなものは必要ないと突き放してくれる人か。アイラには分からなかった。

 

「とりあえず、もう寝ましょう」

 

アイラは感情を無くした、中立的な声で言った。

 

「……分かりました。お休みなさい」

 

リンズィーは少し不満げな様子だったが、それ以上は何も言わずに毛布にくるまった。

 

――

 

 朝、二人は馬に乗って大学へと向かっていった。途中、何度か魔物に襲われたが、アイラが難なく撃退していった。二人の間に会話は殆ど無かった。しかし、アイラはそれで良いと思っていた。下手に話をすると、昨日の出来事を掘り返してしまうかもしれないからだ。恵まれてきた人の気持ちなんて分からない。そう思った。

 

数日経って、ようやく大学にたどり着くことが出来た。

 

「ありがとうございます」

 

リンズィーはそう言って頭を下げた。

 

「別に、気にしないで」

 

 アイラは素っ気なく答える。リンズィーはもう一度礼を言うと、大学の中に入って行った。アイラはしばらくその場に立っていたが、しばらくすると声を掛けられた。

 

「おや、中に入らないのですか?」

 

 声の主は大学に向かおうとしている男性だった。彼は不思議そうな顔でアイラを見つめている。アイラは慌てて返事を返した。

 

「いえ、ちょっと考え事をしていて……すみません。失礼します」

 

 男性は納得していない様子だったが、特に追及してくることは無かった。彼が去っていく背中を見ながら、アイラは大きく息を吐いた。

 

 彼女は選択を迫られていた。このまま大学に向かうべきか、それとも一度宿に戻るべきなのか。彼女の心の中には二つの選択肢があった。

 一つはこのまま大学に向かい、リンズィーの歌を聞くこと。しかし、アイラはリンズィーの歌を聞きたくは無かった。彼女にとってそれは、自分が惨めな存在だと認めることになる気がしてならなかったのだ。

 もう一つは、リンズィーを置き去ってこのまま街を出ることだった。

 

 彼女はリンズィーと別れたいと考えていた。別に夜の出来事がきっかけなのではない。旅をしているうちに彼女とは考え方の違いが大きくなってきたのを感じていた。彼女はロマン的で、アイラは現実的だ。彼女は理想を求めすぎていて、アイラはそれを諦めてしまっている。彼女は物語の主人公に憧れているが、アイラは主人公になりたいとは思っていない。彼女は悲劇を求めているが、アイラは喜劇を望んでいる。その違いが、彼女達を遠ざけたのだ。

 

 アイラはしばらくの間立ち尽くしていたが、その場で手紙をしたためると、近くの男性に声をかけた。

 

「ちょっといい?」

「何かね?」

「この手紙を、ハーフリングの女性に渡して欲しいんだけど」

 

アイラはそう言いながら、紙切れを一枚差し出した。男は怪しげな目つきをしながら、その紙を受け取った。

 

「あ、ああ。何とかやってみよう」

「お願い」

 

アイラはそう言うと、その場から足早に立ち去る事にした。

 

「さようなら。元気で」

 

アイラはそう呟くと、後ろを振り向かずに歩き始めた。

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