少女、アイラは逃げていた。背には剣が一本、腰に短刀を一振り差しただけの軽装で、足音を殺しながら必死の形相を浮かべて走っていた。その背後からは、影が迫っている。影は複数あり、しかも速い。瞬く間に距離を詰められ、ついに追いつかれた。
「くっ……」
少女は振り返りざまに一閃する。だが、影の一匹を斬り裂いただけで、残り二匹は飛び退いて刃をかわした。少女はまた走り出す。しかしすぐに別の影に追いつかれてしまう。今度は逃がすまいとばかりに針のような弾が飛んできた。
「んぐっ……!」
弾はアイラの足に突き刺さった。激痛に耐えられず、思わず転倒してしまう。その間にも影たちは迫ってくる。足を抉った弾を覚悟して引き抜く。激痛に少女は悲鳴を上げた。すぐさまポーチから薬を取りだし、傷口にかける。痛みはすぐに引いた。足元がおぼつかないままだが、少女は立ち上がり剣を構えた。
影は形を変え、穢れた獣の姿へ変貌していた。二本足で立ち、鋭い爪を備えた獣だ。獣は6匹で群れを成しており、いずれも人型に近い姿をしている。この時に限ってアイラは覚悟していた。少数との戦いなら彼女の物だが、多数を相手にすると途端に手詰まりになってしまうのだ。だからと言って逃げるわけにもいかない。傷ついた足で逃げ切れるはずがないからだ。ならば戦うしかない。冷や汗と、早くなる鼓動が止まらない中、アイラは震える声で言った。
「やってやる……!」
獣たちが一斉に襲いかかってきた。アイラは半月を描くように剣を振って牽制し、隙を見て斬撃を放った。獣たちの身体を切りつけることに成功したものの、どれも致命傷には至らなかったようだ。それでも怯んだのか動きを止めたので、アイラはその隙を利用して距離を取った。多数との戦いでの基本は、敵全体を視界内に収めることだ。あとは囲まれないように注意しながら戦わなくてはならない。しかし、敵は思ったより賢く、素早く動いてくるため厄介だった。
獣たちの中で一番体格の良い個体が吠えると、他の5体が散開した。そして四方八方からアイラに飛びかかってきた。アイラは『アーマー』の魔法を唱えると、彼女を守るように球体の防御障壁が現れた。この魔法の効果時間は短いのだが、敵の攻撃を防ぐことができる。障壁で獣を弾き飛ばしたら、アイラは一匹の獣に狙いを定めて集中的に攻撃することにした。数を減らせば何とかなるはずだと考えたのだ。
「やぁっ!!」
気合の声と共に横薙ぎの一閃を放つ。刃は獣の首を捉えた。首の半分まで食い込んだところで止まったが、その一撃によって絶命させることには成功した。残りは5匹だ。そのうちの1体に向けてアイラは再び攻撃を仕掛けようとした。仲間の死に一切の動揺を見せない獣たちに違和感を覚えたが、そんなことを気にかけている場合ではないと思い直して、再び駆け出した。次の獣を屠る為、腰からナイフを抜いた。剣とナイフの二刀流になった少女は、獣の攻撃を避けつつカウンター気味に斬りつけた。爪で引っ掻くのを剣で弾き、ナイフを突き立てるという戦法を取ることにしたらしい。獣たちも負けじと反撃してくるが、それを紙一重でかわしていく。
「うっ……!?」
一瞬の出来事だった。死角からの攻撃を察知したアイラだったが、完全に避けきれなかったらしく腕に傷を負ってしまった。血が流れ出ている。傷自体は深くないが、『穢れ』が体内に侵入してくる。彼女の瞳は一瞬、光を無くしたがすぐに元に戻った。その瞬間を狙っていたかのように獣が飛び掛かってくる。
「……ッ!」
間髪入れずにアイラは剣を振り下ろし、獣を叩き潰す。獣は地面に叩きつけられた衝撃で息絶えたが、休む間もなく別の獣が襲い掛かる。今度は噛みつこうとしているようだ。アイラはそれを察知すると身を屈めて回避すると同時に蹴りを入れた。少女の小さな足からは想像できないほどの威力で蹴られた獣は吹き飛ばされる。これで3対1となった。
(ここまで行ければ、あとは楽なはず!)
と思ったが、穢れた獣達は突然、液体のようにドロドロになって溶け始めた。何事かと思っているうちに、それらは一つにまとまり、大きな獣の形へと変わった。どう見ても先ほどまでの獣とは比べものにならないくらい大きい。おそらくこれが親玉だろう。アイラは直感でそう感じ取った。
腰のベルトに付いていた爆弾に火をつけると、獣に向かって投げつける。爆発音とともに獣が怯む。今がチャンスだと思い、少女は一気に勝負を決めるべく、剣を構えて突進した。獣が体勢を立て直す前に一突きする。獣は叫び声を上げたが、すぐさま鋭い爪を振り下ろそうとする。アイラは咄嵯の判断で横に跳んで避けることができたが、その際にバランスを崩してしまった。獣は魔法を使い、また魔法の弾を複数飛ばしてきた。アイラは必死にそれを避けるが、そのうち一発が左腕に命中してしまう。
「ぐぅっ……ああっ!!」
激痛に耐えきれず、持っていた剣を落としてしまう。痛みのせいで意識が遠退きそうになる中、ナイフ一本で戦わなければならない状況に追い込まれていた。だが、獣は容赦なく襲いかかってきた。アイラはなんとか応戦するが、防戦一方だ。このままではいずれ押し切られる。少女は覚悟を決めた。
「使いたくないけれど……」
すると少女は右手を獣にかざし、何かの力を使った。すると、大きな獣が突然、破裂して黒い液体が周囲に撒き散らされた。
「仕方ない……」
辺りは静寂に包まれる。アイラは荒く呼吸をしていた。もう体力の限界を迎えているようだ。剣を収め、その場を離れるように不安定な足取りで歩き始めた。しかし、限界が来てしまい道の傍で座り込んでしまった。意識が薄れていく中、彼女は呟いていた。
「運命なんて、信じない……」
――
次に意識が戻った時、彼女は何かに揺らされている感覚があった。近くには大量の荷物が積んであることから、ここは馬車の荷車の中だと理解した。
「……あれ?」
「おお!起きたか!」
少女は上半身を起こしながら言った。
「ここは死後の世界なの……?」
「そんな訳ないだろ。お前は生きているよ」
「じゃあ貴方は誰?どうして私を助けてくれたの?」
男は呆れ顔になりながらも、質問に答えた。
「俺はただの商人。たまたま通りかかったら、倒れてる奴がいたから助けてやったんだよ。感謝しろよ」
アイラは男の言葉を聞いてもまだ納得いかない様子だった。
「行先は?」
「俺の家さ!妻と子どもが待ってるんだ!」
アイラは荷台の隅っこに座っていた。男の言うことを信じていないわけではないが、警戒しているようだ。そんな彼女に対して、彼は明るく話しかける。
「ところで、名前は何と言うのかな?」
少女は少し躊躇ったが、答えることにした。
「アイラよ……」
「おお、あんたがアイラか!怪物退治の専門家って噂されてるぜ!」
少女は自身の足を見てみた。包帯が巻かれており、血がまだ滲んでいる。腕も包帯が巻かれていて、止血されていた。おそらく彼が手当てしてくれたのだろう。
「良い処置ね。ありがとう」
「礼には及ばないよ。それより怪我は大丈夫か?」
「大丈夫。こんなの寝れば……っ!?」
彼女の中に入った穢れが暴れ出す。アイラは苦しみ出した。
「おい、どうした!」
「うっ……ぐうっ!」
アイラは胸を押さえて苦しんでいた。その表情からは苦痛の色が見て取れる。意識が混濁し、彼女の記憶が唐突にフラッシュバックし始めた。幼い頃、村で遊んだ記憶、誘拐された記憶などが蘇る。
『全ては、運命だ』
頭の中に入ってきた言葉にアイラは苦悶の声を上げる。震える右手を動かし、ポーチから薬瓶を取り出すと蓋を開ける。そして中身を飲み干すと、少女はまた意識を失った。この薬は無理やり睡眠状態にさせる薬だった。
「おい、大丈夫か!?おい!?」
男の声は少しずつ遠くなっていくように彼女は感じたのだった。
――
しばらくして、少女は目を覚ます。
「目覚めたか?」
男が心配そうに声を掛けてきた。アイラは起き上がると、自分の身体に異常がないかどうか確かめるように触り始める。特に問題はなさそうだ。
「大丈夫。迷惑かけてごめんなさい……」
アイラは申し訳無さそうに謝った。男は気にするなと言わんばかりに手を振る。
「いいや、別に構わないぞ。それよりも、ほら着いたぞ、ここが我が家だ!」
アイラは荷車から出て周りを見渡してみる。そこには、普通の一軒家が建っていた。
「えっと、家族がいたような……」
「ああ、もちろん!妻は家事が得意で、娘は可愛いくて、自慢の家族なんだ!」
「へぇ……」
アイラは興味深そうな目で家の方を見る。すると、玄関の扉が開かれて女性が姿を現した。女性はこちらに駆け寄ってくる。
「あなた!無事で良かったわ!」
「おお、帰ったか。そっちこそ、元気で安心したよ」
二人は抱擁を交わす。そして家からもう一人、子どもも出てきた。
「パパ、おかえり!」
「ただいま!愛しい娘よ!」
アイラはその様子を微笑みながら見ていたが、ふと、何かに釣られるような感覚に囚われた。それはとても強い力だった。少女はある方向に指をさして聞いた。
「あっちに何があるの?」
「あちらは花畑だよ」
男は答える。アイラはそちらの方角に向かって走り始めた。
「おい、急に走り出してどうしたんだい!?」
「あなた、あの子はどうしたの?」
「それがな……」
アイラは森の中を走っていた。足の傷がまだ痛むのか、時折立ち止まるがそれでも足を動かし続ける。そして、森を抜けると目の前には花々が広がっていた。少女は花畑を歩き始め、ある花の前まで来るとその前でしゃがみ込んだ。
「綺麗な花……でも、何故だか懐かしく感じる……どうして?」
アイラはしばらく考え込む。すると、前から人影が現れた。花弁が舞っていてよく見えないが、少女はその姿に見蕩れていた。そして、その人物はアイラの前に立つ。顔が見えるようになると、彼女は驚きのあまり声が出なかった。その人物は、鎧を着けており、背には聖剣を背負っている。綺麗な金髪の髪に整った容姿を持つ女性だった。そして、アイラはその人を何となく知っていた。
「シンシア……?」
アイラは無意識のうちに呟いていた。
「久しぶり。アイラ」
金髪の少女も彼女を知っているようで、優しく話しかけてくる。アイラは戸惑いながらも口を開いた。
「どうしてここに……」
「何となく来たくなったの」
「そう」
シンシアは腕を後ろに組んで、空を眺めている。そんな中、シンシアはアイラに質問をした。
「ねぇ、アイラ。運命って信じる?」