1
少女は目を閉じ、風が持ってくる寒さに身を任せる。北の大陸には『ドロレス』と呼ばれる国があり、その国は常に雪に閉ざされている。海に浮かぶ氷塊の上を掻き船が行き来していき、バイキングと呼ばれる部族が氷塊を超え、船に襲いかかる。毛皮を身にまとい、巨大な斧を振り回す大男が雄叫びを上げながら船に乗り込んでくるのだ。
東の大陸には未知の文化を持つ国、メッシナがある。その中にはヒガンバナという地方がある。何もかも文化が違う国を少女はまだ何も知らない。
南には『火薬庫の大陸』こと、ヴェスパー大陸がある。ドワーフ、エルフ、ハーフリング、人間、様々な種族がこの大陸に暮らしている。そして、人間と異種族の覇権争いが繰り広げらていた。砂漠があり、山があり、川や湖、地の果てまで伸びる森が存在する。その中一番大きいのは人間が治める国、グラード王国である。
そして、今いるここはオラニエ大陸のフルドゥール王国。前にこの大陸にはリヤル帝国というものもあったが、大戦の末に滅びてしまった。領土は王国に吸収され、今はこの大陸全土を支配する巨大な国となっている。
再会の後、シンシアはアイラを連れて、シンシアが滞在していた村に戻ってきた。村にある酒場に入ると、そこにはシンシアのパーティが全員揃っていた。彼らは突然現れた白い髪の剣士に驚いている。品定めをするような目線を向ける者から警戒心を抱いている者まで様々だ。
「灰を被ったような髪色、それにその瞳の色……『灰と青の剣士』じゃな」
年老いた男性はアイラを見て、そう言った。その男性もまた灰色の髪をしていたのだ。
「ふむ、この村の魔物をやったのはお主だったんだな」
ドワーフの戦士がアイラの姿を見て言う。
「ええ、少し前に。まさか戻ってくるとは思わなかったけれど」
するとエルフの弓使いが割り込んできた。
「あ、足怪我しているね。私が治してあげようか?」
「大丈夫。秘薬で治しておいたから」
「本当に?足からまた血が出てる」
エルフの言葉にアイラは包帯を見た。包帯には赤い染みが少しずつ広がっているのが見て分かる。
「セリーナに治してもらって。セリーナはパーティ一番の薬士だから」
シンシアはそう言った。彼女はセリーナを信頼しているような口調だ。
「うん。じゃあ、私と二階の部屋に」
セリーナはアイラの手を引いて、彼女を連れて行った。
二階の一室に入ると、アイラとセリーナは二人きりになった。アイラはベッドの上に横になり、セリーナはアイラの足元に布を広げた。
「シンシアとはどういう関係なの?」
アイラは唐突に聞かれて戸惑う。だが、少女はすぐに答えた。
「幼い時、少しの間一緒だったの。彼女は私の幼馴染」
「ふーん……」
そう言いながら、セリーナはアイラの足を触り始める。そして、セリーナのポーチから薬をいくつか取り出した。「これは痛み止めの薬草で、こっちは止血剤で、あとはこれとこれとか……」
彼女はテキパキとした動作で治療を始めた。
「治療用の魔法などは唱えないの?」
「私はそういうの苦手なの」
アイラはセリーナの治療を受けながら、彼女の話を聞いていく。
「……へえ、すごい自然回復力ね。もう傷を治そうと細胞が活性化し始めている。本当に人間なの?まるで、吸血鬼みたい」
「……幼い時に色々あってね」
「その幼い時が気になるんだよね。いつ?どこで?誰と一緒に?」
「それは……」
アイラは黙ってしまった。しかし、彼女はすぐに答える。
「それは言えない」
「まあ、そういう事もあるよね」
とセリーナは言って、アイラの足の手当を終えた。しかし、アイラはセリーナが何かを隠している事に気づいた。アイラの人体実験について、少し知っているような素振りを見せているからだ。
「ねえ、あなたは何を知っているの?」
アイラは起き上がって聞いた。
「私はシンシア達と一緒に、帝国を潰したの。それだけ言っておこうかな」
そうごまかすと、セリーナは部屋から出ていった。
アイラが一階に降りると、カウンター席にシンシアが一人座っていた。彼女の手には酒の入ったジョッキがある。肌がまだ白い辺り、飲んで間も無いという事が分かる。
「一緒に話そう」
シンシアは楽しげな声でアイラに声をかけてきた。アイラも隣の椅子に座って、蜂蜜酒を注文する。しばらくして、アイラの前には琥珀色の液体が入った木製のコップが置かれた。彼女はそれを口に運ぶと、シンシアに話しかける。
「どうして、あの村にいたの?」
「遠征の帰りなの。火山で略奪をやっていた部族を退治しに行ってきたところよ」
「そう。故郷の村は大丈夫なの?」
「長い間帰ってないから分からないけど、多分大丈夫だと思う」
「勇者になったら、大忙しね」
「うん。世界を救う為に頑張ってる」
アイラはシンシアが着けている白金の鎧を見る。非常に美しい装飾が施されていて、一目見ただけで高価なものだと分かった。細かい所を見てみると魔法の文字が彫られていて、魔力が込められている。背中にある剣は両手で持ちそうな雰囲気の剣だった。もし悪魔などが剣に触れれば一瞬で灰にされてしまいそうだ。
「世界を救う、ね……」
アイラは呟くように言う。その声には微かに、微かに軽蔑を含ませていた。アイラは世界を救うよりも明日生きる為のお金の方が大事だと思っている。彼女の思考は現実の荒野のようであり、その心には希望や夢といったものは無い。
「……どうしたの?」
シンシアは心配そうな表情を浮かべる。
「何でも無い」
アイラは一口だけ蜂蜜酒を飲んだ。
「シンシアはどうやって世界を救うの?」
「私はね、魔王を倒すつもり」
「魔王?」
「そう、世界を混沌に陥れようとしている存在がいるの。だからそれを討伐するのが私の使命」
「魔王なんて存在するの?この世界に」
「いる」
「どんな姿?」
「それは私にも分からない」
彼女は純粋過ぎる。アイラは思った。誰かが操ろうと思えば簡単に操れるんじゃないかと思うくらいに。
「場所も分からない、姿も形も分からないのによく倒そうと思えるね」
アイラは呆れたような口調で言う。
「でも、やらなきゃ」
シンシアはそう言うと、アイラの手を握った。彼女の体温は温かく、そして柔らかい。アイラは少し驚いたような顔をしてシンシアを見た。
「何?」
「私と来て欲しいの」
「どこに?何をしに行くの?」
「魔王を倒しに」
「無理」
アイラは即答した。
「どうして?」
「私にはやらなきゃいけないことがあって、それには時間が必要なの。だから、あなたの旅に同行はできない」
「そんな……」
シンシアの顔が悲しげに歪む。アイラは彼女の顔を見ると、罪悪感のようなものを感じた。だが、アイラは自分の目的を果たすまで、シンシアの旅に同行しようとは考えていない。
「ごめんなさい」
アイラは謝った。すると、シンシアは俯いて黙り込んでしまう。
「私ね、ずっと思ってたの。アイラに並べるくらい強くなりたいって。あなたと一緒に戦えるぐらいに」
彼女は震えた声で言った。
「私は、こんなに強くなったんだよ。ほめてよ……」
アイラはシンシアの頭の上に手を置いた。そして優しく撫でる。
「ありがとう。その気持ちだけでも十分よ」
「……本当?」
彼女は上目遣いでアイラを見つめてくる。その瞳には涙が溜まっていた。灰の少女はまだ幼いなと思いながら、彼女の頭を撫でた。
――
アイラはシンシアと別れ、酒場を出ようとすると、目の前にゲートが出現した。そこからは、先程の年老いた魔法使いが姿を現す。
「灰と青の剣士よ、ちょっと帰るのは待ってくれんかのう?」
彼は杖を片手に持ちながら歩いてくる。アイラは警戒した様子で彼を見る。
「あなたはシンシアと一緒に居た……」
「わしの名前はリサンダスじゃ」
老人はそう名乗ると、アイラに近づいてきた。
「一旦酒場に戻ってくれぬか?」
「……分かったわ」
アイラは再びカウンター席に戻った。その隣にはシンシア、テーブル席にはセリーナが座っている。
「どうして私にも用があるの?」
アイラはリサンダスに聞いた。彼女は道を阻まれた事に少し不満を感じているのか、不機嫌な表情をしている。
「近いうち、離島にて『世界会議』が執り行われる事になったんじゃよ」
「世界会議?」
シンシアが首を傾げた。
「国の王、賢者達、魔術師会の代表が集まって行われる会議で、そこで世界の行く末を決める事になっているのよ」とセリーナが説明する。
「世界を変えるような大きな出来事が起これば、必ず世界会議が行われる。今回は定期的な開催だから話されることはそこまで大したものじゃないけど、それでも重要な話になるはず」「そうなんですね」
シンシアは興味深げに話を聞いていた。
「それで、私に何か関係あるの?」
アイラは尋ねる。
「灰と青の剣士殿、お主も世界会議に出席して欲しいのだよ」
「どうして私が……」
アイラは納得していない様子だった。
「わしもよく分かっとらん。だが、世界会議は重要な人物が一つの島に集まる以上、護衛は必要になってくる。それで屈強な戦士達が集められているのだろう。勇者であるシンシア、灰と青の剣士も護衛として選ばれる可能性が高い」
「報酬は?」
アイラは聞く。彼女はお金の為に世界を救うつもりは無いが、お金が無いと生活できない為、お金は大事にしている。
「わしが国王に頼んでみよう。恐らく、金は出るはずだ」
「そう。話は終わり?私はお断りするけど」
彼女は立ち上がる。
「おおっと、ワシらと一緒に来てもらうぞ」
リサンダスは彼女を引き留める。
「依頼がこなせないじゃない」
「その身体で果たして怪物は倒せるかな?」
「一晩寝れば直ぐに治るから」
「ほう……。『変異者』の肉体は頑丈なんじゃな。だが、来てもらうぞ」
リサンダスが右手をアイラの方にかざすと、彼女は一瞬で意識を失った。
「おじさん、何したの!?」
シンシアは驚いている。
「眠らせただけじゃ。なに、直ぐに起きるさ。それに、お主もこの子と一緒に冒険したいじゃろう?」
「それはそうだけど……」
シンシアは不安そうにアイラを見つめていた。彼女はアイラと離れたくなかった。しかし、アイラはシンシアの願いを聞き入れてくれず、一人で行こうとしていた。一応、こうして一緒にいられる時間を作ってくれたリサンダスに感謝していた。
――
シンシアはアイラが寝ている部屋に入ると、椅子に腰掛けて彼女の顔を眺めた。彼女の顔には汗が出ており、苦しそうだ。何やら悪夢にうなされているように思えた。シンシアはアイラの手を握る。すると、彼女は握り返してきた。シンシアはその手を強く握った。
次にシンシアはアイラが着けているシャツから、身体を覗き込むようにして見る。彼女の身体には小さな傷が無数にあった。きっと彼女は沢山の戦いを潜り抜けてきたのだろうとシンシアは思った。左腕には治療した跡があるが、まだ完全には癒えていない。シンシアはアイラの頭を優しく撫でた。
「あなたは、どんな世界を見てきたの?」
彼女はアイラに問いかけるが、返事はない。シンシアはアイラが大丈夫だと確認すると部屋を出ていった。
――
朝になるとアイラは目を覚ました。しかし、感触に違和感がする。誰かが背中に抱きついているよう。彼女はゆっくりと後ろを振り向いた。そこにはシンシアが居てアイラを抱きしめていた。
「おはよう」
彼女は微笑むと、アイラを抱きしめる力を強めた。
「……おはよ」
アイラは戸惑いながらも挨拶を返す。シンシアはアイラから離れるとベッドから出て服を着替え始めた。アイラも起き上がると着替えを始める。
準備が終わるとアイラはシンシアのパーティに合流した。シンシアの従者は合計で五人居るらしく、それに一人加わり全員で七人で行動する事になる。
「じゃあ、行きましょうか」
「……分かった」
不本意ながらもアイラはシンシア達と共に離島へと向かう事になった。
「まずは南下しつつ、途中でメスク大学へ向かうとしよう」
リサンダスは地図を見ながら言ってきた。彼は杖を持ちながら歩いている。
「大学に寄るのはなんでなんだ?」
盗賊のカルケーがリサンダスに質問した。
「うむ、世界会議が行われる離島へ行く為に必要な船があるんじゃよ。その船は大学の近くにある港からしか乗れんのでな」
リサンダスは説明をする。
アイラは感じていた。何か不吉な予感に。この先、自分の大きな影が動き出すような気がしてならなかったのだ。
20221031:キャラ名が気に入らなかったので修正しました