アイラ…………女剣士
マーナ…………魔法使いの少女
リンジー………ハーフリングの女吟遊詩人
シンシア………女勇者
セリーナ………エルフの女性
ドラン…………ドワーフの戦士
カルケー………盗賊
エリオット……王国の騎士見習い
リサンダス……老齢の魔法使い
2023/11/10:粗鬆な表現を削除、冗長的表現を修正、現プロットに合わせて一部変更
2024/03/18:主要登場人物の加筆
2024/09/08:
タイトル変更 灰と青の少女 (1.01)→Never for ever I リメイク
名も知らない街に、再び日は昇り始めた。影は隅へ隅へと追いやられてゆき、幕が下りた窓に、鬱陶しい光が一筋ずつ差し込んでゆく。
額に温かい感触を覚えたのを合図に、闇深く眠っていた意識が覚醒してゆく。瞼の裏からでも分かる眩しさでまずは片目を開けてみると、木材の板が規則よく並んでいる、埃が感覚を撫でそうな天井が視界に飛び込んできた。
他の調度品も銀貨十枚渡した割には、汚れや傷が目立ち始めている。何より、ベッドから吐き出される匂いが、鋭い嗅覚を刺激した。複数の人がもたらした、汗や香水。もしくは"そういうこと"をした後の独特な匂い。これより刺激が強いものだっていくらでも嗅いだことがあるから特に気にはならないけれど、この部屋を使用したであろう人物たちを考えると眉が歪む。表は普通の宿として営んでいるが、ああいう目的で利用する人もいるのだろう。
特に嫌悪感なども示さず、私は仰向けの状態で推察を巡らせていた。身体を動かす前に、まずは思考をクリアにしておきたかったのだ。
ゆっくり上半身を起こし、汚れたシャツとボロのズボンを着ている自分の姿を確認する。それから軽く伸びをして、足をブーツに突っ込んだ。次にスツールの上に置かれた剣、道具のベルト、ナイフホルダーを身につける。剣の長さは1m辺り、一般的にはロングソードとまとめられているものになる。最後に胸当てを装着して、少し身体を捻ったり屈伸をしたりして具合を確かめる。いつも通りの感覚なら問題ないはずだが念の為だ。
これまでの準備に五分。それだけで外からの光は大分強まっている。街のまぶたが開く時間まであと僅かといったところ。そろそろ彼女も店を開くだろうと予想し、ノブを捻り外の世界へ踏み出した。
宿の外はすぐ大通りになっており、陽がよく当たる場所では人々が忙しく行き交っている。まだ朝早いということがあったとしても、微かに聞こえてくる喧騒の大きさから活気を感じ取ることができた。人が織りなす川の中に飛び込むように進んでいくと、ある場所で毛細血管のように枝分かれする細い道を見つける。そこだけ人通りが少なくなっており、その先に目的の場所がある。まだ殺気は感じないが、影に覆われた通りは昼を過ぎたあたりからその場所に合った、そういう連中が集まるようになる。つまり時折あやしいもの、まれに血が流れているような場面に出くわすこともあるわけだがそれはまた別のこと。少し歩いたところで、死んでいるような店構えをしている建物が見えてきた。扉の上に掲げられているのは看板ではなく木彫りの人形であり、それが目印になっている。
ドアを開けると鈴の音が鳴ると同時に、埃の臭いが鼻腔を刺激する。清掃はされてない、いやこの広さを一人で掃除するのは手間がかかる。棚の上に置かれた品を一つずつ見ていく。手に取れるくらいの大きさの魔道具は仕掛けを動かすことで小さな炎を灯すことができる。しかしそういうものを使うなら油で動くランタンの方が便利だと指摘したところ、彼女に微弱の雷をもらったことがある。他の品を見ると、強く握ることで先端に電撃が走る小さな棒もあった。護身として使うことはできるだろうが、雷の強さにむらがあることと、必ずしも起動してくれない欠陥を抱えている。なんでそんなものを並べているのかと言われれば、金のためであるということを私は理解していた。彼女は早急に大金が欲しいのだ。
店の隅に置かれていた身体を映し出す鏡の前に立つ。そこには私の姿があり、髪の色は白、瞳は青。肌を晒さない格好をしており、腰には短めの剣を携えていた。表情は起伏も無い、冷たい顔つきをしていた。これが私、アイラである。隅にようやく店の主である少女が映りこむ。起きたばかりでまだ明瞭でないのかルビーアイの輝きが失われており、瞼は半分閉じられていた。
「早すぎるわよ、しっかり寝たの?」
マーナは指先でブロンドの長い髪を弄びながらそう言った。
「寝ても寝なくても変わらない」
と返せば、彼女はため息をつく。恐らく彼女は起床してからのしばらくは頭が働かずぼんやりしていることが多い人間だ。夜の方が元気なタイプなのだ。
「ここで待ってるから、朝支度してきてもいいよ」
その言葉を聞いて、彼女はこくりと小さくうなずくと奥の部屋へと消えていった。
マーナは助けが必要である。彼女が魔道具の店を営むのも不本意なことであり、本当は外の世界に出たいと思っているそうだ。だが裏の組織や魔法使いの組織が魔法使いとしての彼女のことを欲しており、下手に逃げ出せば命の危険があるというのだ。彼女を自由にして欲しければ一万の金貨を用意しろと脅されており、要求蹴って街の外に出てしまえば魔法使い連中が即座に追ってくるのだという。同情か分からないが、私は彼女の手助けをしたいと、この町に二週間ほど滞在していた。
「はい、おまたせ。朝ご飯は食べた? あたしが作ってあげてもいいわよ」
朝支度を経て目が覚めたのか、先程より声色がはっきりした口調で私に声をかけてきた。長いブロンドも左右にまとめており、服装も質素ながら清潔感のある格好になっていた。
「温かい飲み物一杯だけ。それでいいよ」そう言うと彼女は台所の方へ向かい、すぐに湯気が立ち上るマグカップを持って戻ってきた。
「どうぞ。熱いから火傷しないようにね」
カウンターに座っていると、彼女が私の目の前まで来てホットミルクを差し出した。
「これより熱いものは何度も受けたことがある。ドラゴンの息吹だって」
「へぇー、それは凄いわね。さすが一流の冒険者ね」
マーナは両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せている。赤い瞳が関心を覗かせて輝いていた。
「冒険者じゃない。メダルだってないし、ただの放浪者よ」
そう訂正して、純白の艶やかなカップを口元へと運んだ。ボロ店の雰囲気とは合わない高級感ある香りに一瞬の戸惑いがあった。
「今はどれくらい溜まったの? そろそろだとは思うけど」
「んー、九五〇〇は超えてる。まあ、あと一回ぐらいね」
確認したら、指先で紙を持ってくるように軽く振った。マーナははいはいと応えながら、指先で紙を浮かせて私の手元に寄せた。紙には依頼の内容が書かれている。全て見通す前に、彼女が説明をしてくれた。
「村の家畜が空飛ぶ魔物に襲われて攫われたんだって。近くの行商人の馬車も犠牲になったし、退治して欲しいらしいわ」
彼女から聞いた話と、今までの記憶を結び付けて質問責めを行う。
「襲われた家畜はどれ?」
「牛だったと思う」
「大きさの情報は?」
「さすがにそこまでは……でも結構大きかったかな」
「村の地理的に、近くに丘はあったりする?」
「えっと……確かこの辺りにも一つだけ丘があるはずよ」
彼女は慌てて地図を取り出して、せっせと答える。
「最近、マーナは温かくなったと感じる? 冬が終わったという感じはする?」
「そういう感じはするわね。って、さっきから質問ばかりじゃないの!」
「依頼を完璧にやる為」
私はそう言いながらも、頭の中で情報を整理していく。そして、一つの仮説を立てた。
「空飛ぶ魔物はワイバーンね。メスで繁殖期。気が立っているし、肉も欲しいから家畜も襲う。行商人はうっかり縄張りに入ったんだと思う。爪がかなり発達しているなら、牛を攫うことだって容易いはず」
私が結論を言うと、彼女は目を丸くした。
「見ないで分かるの!?」
「ワイバーンはよく覚えている。私が未熟だったころ、目の前で馬車が襲われた。経験ない冒険者六人が犠牲になったから」
「うわあ……」
ホットミルクを飲み干し、私は立ち上がる。
「店で待ってて、暮れる前に終わらせてくる」
「気をつけなさいよね!」
彼女の声を背に受けながら、店の外へ出た。太陽の位置からして時間の余裕マージンは十分にある。
ゆっくり歩きながら、村へ向かうことにした。
――
町から馬車に乗り、村近くで降車。その時の太陽はまもなくいちばん高いところへ差し掛かろうとしていた。柵に囲まれて門を置いただけのありふれた集落。規模も小さく、小さな悪意でも混ざればすぐに崩れてしまいそうだった。
門をくぐり、最も大きな藁屋根の家を訪ねる。扉を開けると、老いた男性が一人応えてくれた。
「殺し屋よ。紙を見たの。ちょっといい?」
マーナから受け取った紙を右手に持って見せる。すると老人はすぐに理解してくれたようだ。奥の部屋へと通され、手作りの椅子を勧められる。座ると老婆が香草を熱湯で煮出したお茶を出してくれる。
感謝の言葉を返して息をついたら、本題を切り出す。
「魔物の依頼を出したのは違いない? 依頼主も教えてほしいんだけど」
「ああ。確かに私が出した。皆を代表してな」
「質問するから、なるべく詳しく答えてもらえる?」
「もちろんだ。……そうだな、まず何を聞きたいんだね」
私は少し考えてから口を開いた。十五分程度で質問を終え、得た情報を整理した。
推察通り、空飛ぶ魔物はワイバーンにかなり近い特徴をしており帰って行った方角も丘の方を指していた。どれだけ信用できるかは分からないが大きさもよく見る種より大きいらしい。縄張りに侵入したレンジャーが腹部を貫かれ犠牲になったとも言っていた。村の近くに藁でかかしを立てても、すぐに気の立った魔物がなぎ倒しに来ると。村も縄張りのうちに入っている可能性があった。
丘の方へ向かって戦うのも一つの手段だったが、手短く済ませられるよう、かかしでおびき出す方法を選んだ。幸いにして村の人間たちは協力的な姿勢を見せ、数人で素早く作り上げてくれた。経験をもとに、誘い出す植物も周囲で摘み取り、かかしの中に仕込んだ。
長となる老いた男が集落の統率をとり、人々を安全に避難させたところでかかしを設置した。
太陽が少しずつ下がり始め、暮れまで読み始めた頃。まだ空は青いけれど、彼女の約束のためにも早く終わらせたかった。
誘い罠は少し経った頃に効果を発揮し始める。木陰でうつろに待ち続けていると、突然風の流れが変わり、一陣の風が頬を撫でた。同時に生き物らしい臭いが掠めていく。それは徐々に強くなり、やがて藁や木を裂く大きな音とともに現れた。
背中の剣を抜いて、音鳴った方に目を凝らすと、そこには黒い影があった。翼を広げて宙に浮かび、こちらを見下ろしている。威嚇するような鳴き声に激しく両翼を羽ばたかせていた。何より、異常に発達した毒爪を持つ前脚が目を引く。声の甲高さはメスの特徴だ。
「さて、踊りましょう」
ワイバーンがかかしに夢中になっていくのを確認してから、私はゆっくりと歩を進ませた。刃先には奴に効く毒を塗っている。草群れを踏み潰しながら近づき、ワイバーンは私の存在に気づいた。
鋭い眼光は獣としての生存本能に溢れており、その視線だけで心臓を掴まれたような錯覚に陥る。やりあうときはいつもこのように五感が研ぎ澄まされていく。右手を剣に添えて、刃先を青空斜め上に向ける。構えが殺しの合図だと悟ってくれたのか、翼の獣は大きく口を開けて吠えた。翼を二つの刃として、ワイバーンは細長い緑を切り刻みながら突進してくる。私はそれを避けようとせず、ただじっと見つめた。彼我との距離は縮まり、依然として二つの鎌が迫る。それでも私は動かなかった。
そしてついに私に届きそうになった時、奴は翼広げ、後ろ脚を使って跳んだ。そのまま後ろ脚から伸びる毒爪が私の身体を貫く。はずだった。
奴の習性として、獲物は毒爪でなるべく仕留めようとする。それは獲物の形をなるべく損わず、肉を多く食べられるようにするためだ。利用したのは目前まで迫った時に爪使うため飛びあがろうとしていた点。
ワイバーンは私が避けないことに違和感を覚えたかもしれない。しかし、手を変えなかったのなら私の方が優位だ。右足に力を込めて、一瞬脱力して、低く飛んでいる奴の背中ほどの高さまで跳躍する。空で舞うが如く、私はワイバーンの頭上を取った。そして、重力のまま落下していく勢いに任せ、左手で握った剣で、翼を抉いだ。ワイバーンは悲痛な叫びを上げ、地面へと叩きつけられた。しっかり両足で地面を捉え、着地する。もう生き絶える寸前とはいえ、最後の本能が魔物を恐ろしいものに変えている。あたり構わず近くのものを爪で裂き、牙で噛み砕いていた。錯乱する獣の瞳が私を捉えた。極限と憎悪に満ちた姿が、とても哀れだった。突進してくるワイバーンに、静かに再び構える。
翼が私の身体を捉えた瞬間、前へ走り出して、すれ違いざまに首を斬り落とした。一瞬の後、顔に返り血が降りかかる。
「……よし」
ため息一つ、剣を鞘に納める。
辺りには、藁と切り刻まれた植物が散らばっていた。