議会は問題なく進んでいった。議題は特に重要な事でも無く、貿易にかける税などで揉めており、蚊帳の外である魔術師会は呆れたように見れば、居眠りをしている者までいた。こうして休憩時間に突入すれば、皆は雑談を始める。フルドゥール王国の王は突然、リサンダスとシンシアを外れの会議室へ呼び出した。王は冷や汗をかき、手を震わせていた。何かの危機が迫っているようだった。
「アルファスよ、どうしたのじゃ?そんな顔をしておって」
リサンダスは王に対して本名で呼んだ。これは大昔、友であった時の呼び方だ。
「リサンダス、勇者よ。もう時間が無い。出し渋っていたが、魔王の事を今ここで話すべきだと思うのだ」
「急にどうしたんじゃ?」
「……魔王、奴が迫っている!確信は持てないのだが昨日の夜、悪夢を視てしまった!」
「どんな夢を見たんだ?」
「……黒い鎧の人間が魔物の大軍を呼び出す夢だ……。そして、その軍勢を率いてこの議会を襲ってくるという恐ろしい内容の夢なんだ」
王は震えながら話す。それを聞いたリサンダス達は目を大きく見開いた。
「それは本当なのか!?」
「ああ、間違い無いだろう……。いいか!私は直に奴に殺される!私が持っている情報をすべて渡す!お前達はここを脱出してあるものを見つけ出してくれ!」
王の言っている事は嘘偽りの無い真実だと分かる。しかし、何故このような事を言うのか分からなかった。シンシアは王の気迫にひたすら圧倒されて口が開けずにいる。
「分かった。一から話してくれ」
リサンダスの言葉を聞いて安心したかのように王は語り始めた。
「魔王というのは、神話で伝えられる『黒き獣』の事だと言われている。だが、本当の姿は誰も見たことは無い。あの黒い鎧も仮の姿という事だ。ただ一つ言えることは……魔王が現れる時は世界の終わりが訪れる時だという言い伝えがあることだ……」
王は椅子に深く座り込み、目を瞑った。
「奴を止めるのは勇者の聖剣だけでは無理なのだ。それに奴は突然現れ、突然去る存在だからな。だから二人の女神の加護を授かった者達が必要なのだ。まず勇者よ。お前は黄金の女神の加護を受けなければならぬ」
「どうやって?」
「それは私も知らぬ。しかし、伝承ではこの世界の果てにあるとされる神殿にいるらしい。そこにたどり着くには空力艇が必要であろう」
「空力艇?太古の時代にあったものじゃ。しかし、今になっては存在するか分からない代物じゃぞ?」
「そうだ。だが、探すしかないのだ。もし見つけても、動力源と座標が無ければ意味がない。世界中を旅して探し出すしか方法はない」
リサンダスはため息をついた。困難な道程になるだろうと予想がついたからだ。
「もう一人の女神の加護を受けるにはどうしたらいいの?」
シンシアは王に問いかける。
「加護を受けるべき人間はまだ見たことがない……。それもいつ現れるかもわからない。言える事は神話の真実を知らなければならないということだけだ」
王はそう言うと席を立ち上がった。
「伝えるべき事は伝えた。後は頼んだぞ」
王はそれだけ言い残すと部屋から出て行こうとした瞬間だった。部屋の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。砂煙の中から現れた人物を見て全員が驚いた表情をする。そこには王の言っていた黒い鎧を着けた大きな人間のような生物がいた。王は扉の爆発に巻き込まれ、倒れていたがすぐに起き上がってその怪物を見つめていた。
「これが魔王か……!」
三人は武器を構えて戦闘態勢に入る。しかし、黒い鎧の怪物は一瞬で圧倒した。黒い鎧から発せられる衝撃波によって三人とも壁に叩きつけられてしまった。すると怪物は魔法で王を手繰り寄せた。
「リサンダス、勇者よ!早く逃げるのだ!私の命などっ!!」
王は必死に抵抗したが、怪物の力の前では無力であった。そして怪物は王の首を掴むとそのまま握り潰した。血飛沫が上がり、肉片が飛び散り、骨が砕ける音が部屋に響き渡った。シンシアは目を背けようとしたが、体が動かなかった。恐怖心が彼女を支配しているようだった。
「え……あ……」
彼女は声にならない悲鳴を上げた。そんな彼女の手を老いた魔法使いが引っ張った。
「この場を離れるんじゃ!さぁ行くぞ!」
二人はその場を離れようとした時、黒い鎧の怪物が大剣を手に持った。怪物は二人を目掛けて振り下ろしたが、リサンダスが魔法で守った。二人は議会へ逃げ込んだ。そこには他の魔術師達や衛兵達がいたが、皆戦っていた。黒い鎧の怪物が召喚した魔物達と戦っているようだ。魔物は巨人から最上位悪魔、ドラゴンまで様々だ。地獄のような光景が広がっていた。
「なに、これ……」
シンシアは恐怖から回復したが、目の前の光景を見て呆然としていた。
「わしらも加勢するぞ」
老人の言葉にシンシアは我を取り戻した。
「わ、分かりました!」
シンシア達は武器を持って戦いに加わった。しかし、戦況はあまり良くなかった。ドラゴンの巨体で建物が崩れ、がれきの下敷きになった者がいた。また、最上位の悪魔達が衛兵達を圧倒している状況だった。
「地下の戦士達が来るまで持ちこたえろ!それまで耐えるんだ!!」
一人の兵士が叫んだ。その言葉を聞いた兵士達も必死に耐えていた。戦士たちは直ぐに来た。選ばれた国の最高戦力が集結し、戦闘が始まった。だが、それでも劣勢であることに変わりはなかった。すると、銀の刃が最上位悪魔の一頭を切り裂いた。白い髪の少女が剣を構えながら立っていた。
「これはいったい何なの!?」
アイラがそう言うと、別の上位悪魔が襲ってきた。アイラはそれをかわして反撃した。シンシアはそんな彼女の姿を見て闘志に火が付いたのか、聖剣を握りしめて走り出した。
「アイラ!危ない!」
「分かってる!」
アイラは向かってくる悪魔達の攻撃を華麗に避けて斬り倒した。逃した敵はシンシアが追った。そして、二人は協力して敵を殲滅していった。他の仲間も応戦している中、突然、黒い霧のポータルが出現した。そこから現れたのは黒い鎧の怪物だった。彼は大剣を振り回しながら皆殺しを楽しんでいるようだった。歴戦の戦士すら子ども扱いする実力を持つ彼に勝てる者はいなかった。アイラは彼を血走った目で睨みつけた。
「お前が……お前が……!」
「アイラだめだよ!あいつに勝てっこないよ!!」
「でも!!私はあいつを許さない!!」
アイラの怒りに満ちた叫び声。シンシアは初めて彼女の歪んだ一面を見た。アイラは黒い鎧の怪物に何かの仇のよう執着していた。彼女は何度も攻撃するが、全く効いていない様子だ。黒い鎧の怪物は彼女の胸に大剣で一刺しした。あっさりと彼女は倒れた。
「いやあああ!!!」
シンシアはあまりの出来事に絶叫し、涙を流すしかなかった。そんな彼女を嘲笑うかのように、黒い鎧の怪物は詠唱を始めた。外の景色が赤く染まる。空から大きな隕石がこの建物目掛けて落下してきた。
「そんな……。あんなのが追突したら私達皆……死んじゃう……」
シンシアは絶望して泣き崩れた。だが、その時だった。リサンダスは両手を広げて詠唱を始めた。隕石を消滅させようとしているようだ。黒い鎧の怪物も詠唱を妨害しようと猛烈な炎をリサンダスの方に放つ。しかし、彼は魔法障壁を張って防いだ。しかし、全ては防ぎきれず、リサンダスの命は少しずつ削られていく。
「早く逃げるのじゃ!ここはわしに任せるがよい!」
「お、おじさんはどうするの!?」
「わしはそう簡単にはくたばらんよ!さあ、早く行くのだ!」
シンシアは瀕死のアイラを担ぎながらその場を離れる。衛兵や魔術師達の死体が転がっている中を走り抜けていくと、遠くの方で轟音が聞こえてきた。振り返ると、眩い光が見えた。隕石は消え去ったらしい。そして、黒い鎧の怪物の姿もなかった。建物の外ではセリーナ達が待っていた。
「シンシア!無事だったのね!」
「でも、おじさんが……!」
「……そうか」
ドランは悟ったように呟いた。シンシアは瀕死のアイラをセリーナに見せた。
「お願い助けて!このままだと死んじゃう!」
しかし、セリーナはすぐに首を横に振った。
「無理よ……。胸を突かれて生きているはずがないもの……」
「そんなこと言わないで!まだ生きてるかもしれないじゃない!」
シンシアは必死になって訴えた。すると、ドワーフは静かに言った。
「無駄だ。あの傷ならもう助からんだろう」
「そんな……!」
シンシアの目からは涙が流れた。その様子にドワーフは何も言えなくなったのか黙り込んでしまった。
「私、誰も助けられないなんて……!こんな力があっても何にもならない……!どうして!?」
シンシアは自分の無力を嘆いて泣き叫んだ。今まで感じたことのないような絶望感に襲われていた。すると、怪しげな医者が五人の前に現れた。
「すまない。彼女は僕に預からせてくれないかい?」
「誰なの!?」
武器が医者の方に向けられた。そして、医者は名乗った。
「やだなぁ、僕はミスター・ドクターだよ?怪しい者ではないさ」
そう言って医者は笑みを浮かべて手を差し出した。しかし、シンシアはそれを無視して言った。
「アイラに何する気なの!?」
「何もしないよ。ただ、治療してあげるだけさ。だから身柄を僕の方に渡してもらえると助かるんだけどね……」
医者の言葉を聞いてもシンシアはすぐに信用できなかった。そのため、警戒心を解かなかった。そんな時だった。建物から爆発が聞こえてきたのだ。その音を聞いた医者たちは慌てていた。
「早く早く!僕も早くここを出たいんだ!」
「……アイラを生き返らせるって約束して。そうしたら渡してもいいよ」
医者はその言葉を聞くと笑顔で答えた。
「もちろんだとも!数ヶ月かかるかもしれないが、絶対に蘇らせてみせるとも!」
「……お願い!」
シンシアはドクターの前にアイラの身体を横たえた。するとドクターは、彼女の身体を抱え、別の船に載せていった。
「もう脱出しましょう。幸い、数人程度なら乗れそうな小型の船がありますのでそれで陸に戻りましょう」
エリオットはそう言うと船に乗り込んだ。それを見た他の人達も続いて乗り込んでいった。そして全員が乗り込むと船は発進した。
残ったのは廃墟と化した神聖なる議会場だけだった……。