最近、フルドゥールの鉄の品質が落ちているという噂を耳にした。確かに最近買ったナイフは刃こぼれが酷く切れ味も悪いし、農具や包丁などの鉄製品にも錆が目立つようになった気がする。短期間でここまで品質が落ちるのはおかしいと思っていたが、たまたま鉱山近くの町を通りかかった時に原因を知った。なんでも鉄に毒が混ぜられているらしいのだ。同時期に鉱山で異変が起きたらしく鉱員が鉱山から怯えるように逃げてきたそうだ。鉱員は「鉱山の中に悪魔がいて俺たちを殺そうとしている」とか言っていたらしい。市長は冒険者に向けて鉱山の調査を依頼をした。
「冒険者に依頼したのなら、私が行っても仕方ないと思うけど。報酬を横取りするのもあれだし……」
私は市長に対して難色を示していた。目の前にいる小柄で小太りの男性こそ、この鉱山の町の市長である。彼は私の態度を見て困ったような表情を浮かべる。
「ですが、こちらに来る予定の冒険者もまだ経験が少なくて正直全面の信頼を置けるかと言われれば難しいのです。それにあなたほどの実力の持ち主ならば信頼できます!」
そう言って私に向かって頭を下げてくる。別に難しい依頼では無いので時間をかければ達成できるだろう。私は依頼を受けることにした。
「分かった。準備する時間貰える?」
こうして私は準備を始めることにした。まずは村外れの場所で薬を作る。鉱山は暗いので暗視の薬が必要。他にももしもの備えとして解毒剤、強い魔物と当たった時に備えてスピードポーションを作った。スピードポーションは副作用として効果が切れた後、急激な疲労感に襲われる。ここぞという時の切り札だ。次に武具屋で品質の悪いナイフを複数本購入した。これは使い捨ての投げナイフとして使うつもりだ。
準備を整えたら再び市長のところに行く。すると依頼した冒険者も到着していたようだ。冒険者は四人いた。どれもまだ駆け出しのような雰囲気がある。全員十代後半くらいの男女で装備もまだ綺麗なものだった。
「ちょうど良かった!彼女が魔物狩りの専門家、アイラです!」
市長の紹介を受けて軽く会釈をする。するとリーダーの男性が一歩前に出て話しかけてきた。
「初めまして。俺はリーダーを務めているカリードと言います。よろしくお願いします」
「アイラよ。今日はよろしくね」
他の冒険者も見てみる。軽装の男、ダガーを持った女魔法使い、クレリックの女性がいた。なんとなくバランスが良さそうな構成だった。
「さて、鉱山に案内してくれる?」
私は市長に声をかけると彼は快く引き受けてくれた。鉱山はすぐそばにあり、入口まで案内してもらった。入口では兵士が2人立っている。兵士は槍を持っており、鉱山の中から魔物が出てこないように監視をしているようだ。
「では頼みましたぞ」
市長の言葉を聞いて私たちは鉱山の中に入って行った。先頭は一番経験がある私が率先して歩くことに、その後ろにカリード達がついてきている。鉱山の中は人の手が入っており、壁にはランタンがかけられて松明などの光源は必要なかった。炭鉱員達は怯えながら作業しており、すれ違うたびに挨拶される。どうやら彼らは悪魔の存在を信じて疑っていないようであった。私は悪魔の存在なんて信じていない。ペンダントが反応しないからだ。ペンダントは魔力などに反応して揺れ動くのだが今のところ何も感じられなかった。
「この鉱山の奥に悪魔が居るのだろうか……」
後ろのカリードが呟いているのを聞いた。彼も悪魔の存在を恐れているようだ。他の皆も緊張しているのか黙っている。この空気を和らげようか考えたが、いつ襲われるか分からない状況で無駄口を叩く余裕はないと思い直す。しばらく進むと怯えている炭鉱員が見えた。
「おお!冒険者達か!俺達を助けに来てくれたんだな!?頼む……早く原因を解決してくれ!」
「一体何があったんですか?詳しく教えてください」
カリードが代表して質問する。
「ああ……。数日前から急に化け物が現れ始めたんだよ。あいつは悪魔だ!間違いねえ!きっと奥にはドラゴンとかがいるに違いない!」
「ド、ドラゴン!?」
炭鉱員の話を聞いて魔法使いの女が震え上がる。他の皆も動揺していた。私だけ肩をすくめていたけど。
「落ち着いて。ドラゴンがこんな小さい鉱山に潜んでいるわけがないでしょう。もっと大きな山じゃないと……」
「そ、そうだよな……」
カリード達は落ち着きを取り戻せたみたいだが、それでもまだ不安そうにしている。私は彼らの気持ちを切り替えるために提案することにした。
「とりあえず先に進もう。何かあった時は私が対処するから」
私の提案に対してカリード達は少し迷っていたが、結局は私について来ることになった。坑道を進んでいくと、だんだん深くなっていく。今度は必死に逃げ惑う坑夫たちの姿が見えてきた。
「た、助けてくれえ!」
「何があったのですか!」
カリードが声をかけると一人の男が答えてくれる。
「あ、悪魔だ!あの黒い奴が突然現れて俺たちを襲ってきた!あいつらは俺達を喰おうとしている!!」
すると一歩先の暗闇から、その悪魔達が現れた。でも現れたのはコボルトの群れで、私にとっては肩透かしを食らうような相手だった。
「弓を持った連中には気をつけて!私は前衛をやるから!」
私はそう言うとすぐにコボルドの集団に飛び込んでいく。カリードも私に続くように突撃していった。軽装の男は小さな弓に切り替えて矢を放った。他の二人は後方で棒立ちだ。結局、私がほとんどのコボルトを掃除した。
「すいません……。俺の腕が未熟で……」
「実戦は初めて?」
「はい。皆そうです……」
私の問いに対してカリードは悔しそうな表情を浮かべる。他の三人も同じ様子で暗い表情をしていた。
「仕方ない事よ」
私だって迷宮に潜っていた最初の頃は剣を闇雲に振って当てられずに居たし、一撃で致命傷を負うことも少なくなかった。でも、運良く生き延びて、生き延びて、自分の技術を磨いてここまで来たのだ。
「生き延びる事だけ考えて。そのうち実力はつくから」
「あの!」
魔法使いの女が話しかけてくる。
「どうしたの?」
「私、ずっと後ろで棒立ちしてばかりで、何もできなかったです。前に出ても、カリードみたいに戦えないし……。魔法もそこまで得意じゃなくて……」
魔法使いは俯きながら話す。彼女の顔は自信なさげだった。
「見習いだからね。ちょっと経つと一番重要な役目を任されるようになるはず。それまでは訓練あるのみよ。今は進みましょう」
「はい……」
魔法使いはまだ納得していないようだったが、無理やり引っ張っていくことにした。またしばらく進む。すると前に怪しげな道があるのを発見した。カリード達はまだ気づいてないようだが、私が足を止めて指示を出す。
「止まって」
「どうかしましたか?」
カリードが不思議そうな顔をしていた。他の皆も同じような感じである。
「よく見て」
私は指を指す。そこには細いワイヤーが張り巡らされていた。視線を軽装の男に向けると彼は慌てて答える。
「これは……罠ですね」
「解除出来る?」
「やってみます」
「そういえば名前を聞いてなかった」
私は軽装の男に名前を尋ねる。彼はエルドスと名乗った。エルドスは慎重に罠を調べていく。
「大丈夫ですよ。この程度の仕掛けなら簡単に外せます」
エルドスは安心させるように笑顔を見せる。そして手慣れた動きでワイヤーを切断していった。
「ありがとう」
お礼を言うとエルドスは照れ臭そうな笑みを見せた。
「いえ、これくらいしか出来ませんから」
「それでも重要な役割だから」
私は素直に褒めておく。この鉱山には様々なトラップが仕掛けられているようだ。コボルトは光の当たらない地下などに住み着いて生活している。光る鉱石に目がなく、穴掘りや採掘が大好き。あと人間に対して罠を仕組んで倒すのも好きだ。自分の手を汚さずに相手を殺せるのがいいらしい。奴らは長を中心に群れを統率している為、長を殺せば群れは一瞬で崩壊する。
坑道の中を進んでいくと、死体などを見かけるようになった。私は死体に近付いて調べてみる。カリード達は初めて見る死体に怯えていたが、気にせず観察する。頭部の側面に何かが突き刺さった跡が小さく残っていた。近くの地面を見てみれば足跡がたくさん残っている。途中で悶絶したような跡が残されていた。壁には弓矢が飛び出す罠がいくつもある。罠に引っかかって死んだのだろう。
「罠には気をつけないと」
私は独り言を呟くと、カリード達に呼びかけて注意を促した。彼らは真剣に聞いてくれる。もうこの深さまで来ると、炭鉱員の姿なんて見えなくなっていた。逃げたか死んだかのどちらかだ。
「そろそろ最深部かな」
私はそう言ってから先に進む。カリード達は緊張しながらついてきた。それからしばらくして、広い空間に出た。そこは天井が高くなっており、松明が設置されていて明るい場所だった。その中央では魔法使いと思われる男が何かを叫んでいる。
「貴様ら何故ここに!?もしかして『ルクス・エテルナ』の手先か!?しっかり鉱石を止めてやってるのに俺を始末しにきたのか!」
「鉱石を汚染させたのはお前か!許さないぞ!!」
「ちくしょう!お前達、後ろからやれ!」
すると後ろの方からスケルトンやコボルト達がゾロゾロ出てきた。全員が武器を持っている。このままだと後衛に被害が及ぶかもしれない。
「私が魔法使いをやる!カリードはスケルトン達の相手をして!」
私が指示すると、カリードはすぐに応じてくれた。
「分かった!気をつけて!」
カリードはコボルト達に向かっていく。私は魔法使いに近づいていった。
「な、なんだ!こっちに来るんじゃねえ!」
魔法使いは私を近づけまいと魔法を放ってくる。でも私は避けずにそのまま突っ込んだ。
「マジックミサイル程度でこの私は止められないよ!」
質の悪い投げナイフを魔法使いに向けて放つ。魔法使いはそれをギリギリでかわしたが、体勢を崩して転んだ。
「うわっ!」
私はすかさず接近して剣を突きつける。
「終わりよ」
「ま、待ってくれ!!俺は命令されただけなんだよ……」
「誰の命令?」
「それは……後ろの宝箱にある手紙を読めば分かる!」
「召喚したスケルトンを破壊しなさい」
「分かった!すぐやるから命だけは助けてくれ……」
「早くやりなさい」
私は剣を首筋に当てる。震えながら呪文を唱え始めた。するとスケルトンは破壊され、残ったのはコボルトだけになった。そこに魔法使いの女が『スリープ』を詠唱して、眠らせた。無力化したコボルトをカリードが倒していく。こうして敵を全滅させて、戦いは終わった。
「さあ、気が変わらないうちに逃げなさい」
「分かった!すぐに行くから!」
魔法使いは急いで去っていった。私はカリードの所に戻る。
「カリード、怪我はない?大丈夫だった?」
「コボルトのナイフで少し切られた程度だ。プレートメイルを着けていたから大したことは無いよ」
「一応治しておこう。出来る?」
視線をクレリックの少女に向ける。彼女は頷いた。
「はい、やってみます……」
クレリックはカリードの傷口に手をかざす。『キュア・ライト・ウーンズ』が唱えられ、小さい傷口が塞がっていった。
「これで大丈夫だと思います……」
「ありがとう。助かったよ」
カリードは笑顔を浮かべる。
「さて、宝箱を開けようか」
エルドスが念入りに宝箱をチェックする。罠が無いことを確認すると、蓋を開けた。
「おおっ金貨がこんなに……凄いですね」
エルドスが感嘆の声を上げる。そこには大量のコインが入っていた。他にも魔法がかかった指輪など、有用なものがあったけど私は手紙を開封する。そこには指示などが書かれていた。そして、気になるワードがあった。『ルクス・エテルナ』、使い方からして組織の名前だろうか。この事件は連中が絡んでいる可能性が高い。私はそう思った。彼らは盗賊などを使って何かを企んでいて、今回の件もそれに関係しているに違いない。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
宝箱の中身をバッグに入れていると、ある小瓶が目に入る。瓶の中には液体が入ってた。もしやと思い、まだ使っていない投げナイフに小瓶の液体をかける。すると、刃が変色した。刃に指を挟んで力を掛けると、あっさりと刃は折れてしまった。これは毒薬だ。鉄を変質させるほどの強力なものらしい。
「この液体を鉄にかけたのね」
「これが鉄の品質が落ちた原因ですか……」
「ええ。とりあえず液体を回収して届けましょう」
私達は脱出口を探し、外にでることに成功した。外は町外れだったようで、人気はない。でも距離的に少し歩けば町に戻れるだろう。
「さて、帰ろうか!みんな無事だし!」
カリードの言葉に全員がうなずく。彼らにとって初めての冒険はこうして終了した。
町に戻ったのは夜だった。カリードが市長に報告した所、満足した様子だったので報酬を受け取ることができた。他にも魔法がかけられた外套をもらった。鉄を変質させた液体も市長に渡され、時間かけて解析されるそうだ。次に宿屋へ向かい、祝杯をすることにした。
「無事に冒険が終わった事を祝って乾杯!」
カリードの音頭に合わせて、全員でジョッキを合わせる。東部の辺りのエールは苦味が強く、あまり喉に流し込められない。どちらかと言うと私は甘い方が好きだ。それでも仲間と飲む酒は美味しいと思う。
「アイラのおかげで助かりましたよ」
「いいよ、気にしないで。全員生きて帰れて良かった」
私はそう言ってから、果物をつまむ。
「こういった依頼とかは慣れているんですか?」
「そうね。と言っても大体一人でどうにかしていたから、誰かと一緒にというのは初めてだけど」
「そうなんだ。ところで、これからどうしますか?」
「ちょっと気になることがあるから、それを調べるつもり」
「もう明日には動くんですか?」
「ええ。ここからは私の仕事だから」
すると、四人は黙り込んでお互いを見ていた。
「あの……俺達もついて行って良いかな?実力不足なのは分かってるんだけど……」
カリードは申し訳なさそうに言う。
「私達はまだまだ未熟です。でも、もっと強くなりたいです……!足手まといにならないように頑張りますから!」
クレリックの少女は必死な表情で訴えてきた。私は困った顔を浮かべてしまう。
「かなり危険よ?私も面倒をみきれないし」
「そこをなんとか!お願い!」
カリードは頭を下げる。他の三人も同じように下げた。私は今まで一人で動く事が多かった。仲間と共に動くのはシンシアと一緒の時、迷宮に潜っていた時くらいだ。正直な所、一緒に来てくれるのは嬉しい。ただ、彼らの安全を考えると連れていくのは不安が残る。もし、私のせいで彼らが死んだら後悔してもしきれなくなるかもしれない。でも、それは彼らの自己責任だと言い聞かせる。彼らだって夢を見ているんだ。かつての英雄のように、自分も活躍してみたいと思っているのだろう。
「……分かった」
私がそう答えると、彼らは顔を輝かせた。
「本当!?」
「私はあまりこういった集団で動くのは得意じゃないけれど、それで良ければ」
「ありがとう!よろしく頼むよ!!」
後悔するなと自分に言い聞かせながら木のジョッキを空にした。
――
皆との食事を終えると、二階の部屋で寝る事にする。部屋は二つ取ってあり、男女別で使う事にした。合計で6GPの出費になったけど、私達からすればこの程度の金額ならまったく痛くない。部屋は殺風景ながらもしっかりとしたマットレスが敷かれていて、ベッドの作りも良い。これならぐっすり眠れるはずだ。今この部屋に居るのは私と魔法使いの少女と、クレリックの少女だ。
「そう言えば二人の名前聞いてなかったね」
すると、魔法使いの少女は微笑んで答えた。
「私はネイラ。エルフと人間の間に生まれたハーフだよ。夢は町に魔術書を売るお店を開くこと。私の魔法って、ちょっと気まぐれなの。時々、迷惑を掛けるかも」
「どんな風に気まぐれなの?」
「今は未熟で一日に二回ぐらいしか魔法を使えないけど、詠唱中に何かが起こるんだよね。例えば、突然リスが私の周りに集まってきたり、酷い場合だと『ホールド・パースン』が私にかかっちゃったりするの」
「制御とか出来ないの?」
「それを和らげる為に、このネックレスを身に着けているの」
彼女は首からかけているペンダントを見せる。そこには小さな宝石が埋め込まれていた。
「これは?」
「魔除けのお守り。これを付けていると、魔法の暴走が抑えられるの」
「そうなのね」
次にクレリックの少女が口を開いた。
「私はブランカです……。治癒が得意なので、怪我をした時は任せてください」
「うん、分かった。印はどこにあるの?」
「えっと、この辺りに……」
すると彼女は部屋着を脱いで背中を私に見せる。背中の真ん中に印が刻まれており、そこには複雑な模様が描かれていた。
「どの英雄に仕えているの?」
「えーと……その……」
彼女が口ごもると、代わりにネイラが口を開いた。
「彼女はロヴァットに仕えているの。秩序と善心を司り、寡黙と誠実さの権能を持つ者。それが彼女の属性なんだよ」
「へぇ……」
「あ、あの……。もう着てもよろしいでしょうか……」
「いいよ。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
宗教やクレリックの事は専門外だ。私は彼女に謝ってから、服を直させる。
「私、両親の顔を知らないんです。物心ついた時から孤児院に居て、そこで育ちました。いつか、両親を探して旅をしたいと思っています」
「見つかるといいね」
「はい」
「アイラはどこ出身?どうして冒険者をしているの?」
今度はネイラの方から質問される。私は少し考えてから答えることにした。
「出身地は分からない。色んな運命に巻き込まれる内に剣を使えるようになった」
「アイラって私と同じくらいなのに、凄い強いよね。何でそんなに強いの?やっぱり才能があったりするのかな?それとも努力しているのかな?私も頑張れば強くなれたりするのかな……?」
ネイラは目を輝かせながら尋ねてくる。私は苦笑しながら答えることにした。
「話せば長くなるよ」
「それでも聞きたい!」
「じゃあ、話すね」
私は自分が覚えている少ない過去を二人に打ち明けた。そのうち眠くなり、私達三人は眠りについた。リーダーの戦士はカリード、軽装の男はエルドス、魔法使いの少女はネイラ、クレリックの子はブランカ。よし、覚えた。明日から彼らと一緒に行動することになる。私は彼らを守れるだろうか。私は不安を感じながら意識を落とした。