安全を伝えるため、再び集落の大きな家の扉を叩く。老夫婦が出て来たところで、切り落とした首を誇らしげに見せた。目には一瞬恐れが浮かんだが、すぐに安堵へと変わった。
「金貨の話をしよう。五〇〇あると助かるけど、どう?」
交渉を持ちかけると、男は目を丸くした。
「ありがたいのですが、実はそこまで手持ちがないんです……」
困るな。魔道具の少女に、また善意で依頼受けたんでしょと怒られそうだ。私は少し考えて辺りを見回したところで、視界の端に映ったものに気がついた。メスに繁殖期、丘に卵。相場次第だが、工面できる可能性はあった。
「生活を圧迫しない程度で構わない。借りも無くていい」
「ほ、本当によろしいのですか……? なんとお礼を申し上げればいいか……!」
爺が深々とお辞儀をするが、手で上げるよう促す。それからは早かった。金貨詰まった小さな袋を手渡され、それを懐にしまう。
一つやることが増えた。戻りの馬車に遅れないよう、急いで丘に行って戻らなければ。ワイバーンと対峙するよりも緊迫して足を早めて、坂を登り、壁を登攀する。頂にある巣にはやはりあった。ワイバーンの巣に近づき中を覗くと、宝が多く詰まっていた。卵はもちろん、今まで狩ってきた人々が持っていたであろう武器や防具も入っている。その中で、ひと際目を引くものがあった。真っ赤に輝く宝石が埋め込まれた指輪。餌にならなくてよかったと心底思いながらバックパックに慎重に素早く詰め込み、背負う。
帰りは飛んで丘を下り、村方面へ。空は橙色、馬車に乗り込む時間がもうすぐそこに迫っていた。汗一雫垂れる程度に足を急がせ、なんとか間に合った。
馬車に乗り込んだところで、すでに多くの冒険者が乗り込んでいた。中には私を認識する者もいたようで、軽く会釈をしてくる。私もそれに返し、空いている席に座った。
「メダル無しか」
ある男性が軽蔑混じりで私指して呟く。資格無しに依頼を受けて、安い相場で実行し、報酬をもらう。それが冒険者とその組織からしてあまり好ましくない行為だとは知っていた。
「まあ、そんなところ」
否定しても仕方ないので適当に返事をしておく。
「お前のせいで俺らの稼げる仕事が一つ減ったんだぞ」
「向こうが望んだのならやるだけ」
返答すると男性は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ちょっと、あんまり絡まない方がいいよ」
隣に座っている女性が男性を注意するが、彼は気にしていない様子。
「こいつは俺たちの邪魔をしたんだ。これくらい言って当然だ」
「だからってさ」
女性は私をちらと見てから、言い聞かせるように話し始めた。しかし女性の目も軽蔑の色を帯びていた。冒険者か、そうで無いか、頼まれごとの金銭問題というのは、隔たりがあると再び認識させられる。
それから会話などは無く、揺らされて時間を過ごしているうちに、目的地に着いた。降りたところで店閉まる前に急いで市場へ。遺品受け取りする店、珍品取り扱いする店、雑貨屋、走り回って品を金貨に替えてもらう。一通り終わったところで、袋に入った金貨は以前よりも重く、はち切れんばかりに膨らんでいた。これで五〇〇はゆうに超えているだろう。
結局、裏通りの店に帰還出来たのは夜の始まり頃だった。汗を隠しながら扉を開いたところで、遅いと少女の罵声が飛んでしまった。
「ごめん。後処理に色々時間がかかった」
しっかり足取りを整えて、大きな金貨袋をカウンターの上に載せる。マーナは喜びを見せるが、少し後に訝しむように袋と私を交互に見つめてきた。
「なんか、多くない?」
「殺しを積んだ魔物は価値もその分だけ上がる」
はったりに納得したのか、彼女は深く追求しなかった。
「一万に届きそう?」
「これだけあれば余裕。あとは献上のみよ。明日でいいかしら」
「ええ、一緒に連れて行って」
「もちろんよ。今日の夜は? 焼いたばかりのパイがあるの」
私はわかったと、首を縦に振った。別に飲み食いしなくても長時間活動できたが、断って彼女の気分を害するのも気が引けた。カウンターに座って彼女を待つ。大金を納めに行くのは、盗賊連中の地下部屋。部屋数は少ないものの、地下という位置上、人目付かず連中が潜みやすい場所だ。盗賊連中が仕掛けてくる可能性は極めて高い。明日こそ正念場になる。地下の盗賊どもをどう対処しようかと思案したところで、食器置いた音がした。思考を止め、目の前に置かれたパイに注目する。
「一緒に食べましょ」
マーナの誘いに、私は首肯で返した。切って口に運びながら、ブロンドを二つに結んだ少女を眺めてみる。幼い記憶を辿ろうとするも、明瞭ではない顔が浮かぶだけだった。柔らかな金色の髪、花の香りが漂うような。
「何かしら?」
私の視線に気がついたようで、彼女が訊いて来た。
「……マーナって友達いるの?」
誤魔化すために出た質問だったが、失礼極まりないものだった。言った直後に後悔する。
「何よ! 居ないと思ってるの?」
とおでこに指を突きつけられ、ビリッと痺れる感覚が走って椅子から転げ落ちた。
「いたたっ」
「ふん」
マーナは鼻息荒く、腕を組んで私を見下ろしていた。
「……ごめん」
謝ると、彼女はまあ許してくれた。
「あなたしかいないわよ、他のみんなどこか違う町に行っちゃった。でも十五を過ぎたもの、そうなるのも仕方ないことね」
寂しげな表情を浮かべて、窓の外を見やる。
「金貨をあいつらにあげたら、アイラはどこか行くの? ここに残るなら、ずっといてもいいけど……」
私も外を覗いたが、暗闇が広がって何も見えない。
「またどこかに行くよ。目的はあるけど、どこにいるかわからない」
「そう……。じゃあ、ここでお別れね」
「ええ」
そう答えた時、マーナは少しだけ沈黙して、私を見た。でも、言いたそうで言えない、そんな感じで口をつぐんでいる。
「ねえ、あの」
「ん」
「あ、ううん、なんでもない」
何を言おうとしたのだろうかと。でも、彼女には彼女なりの考えがあるだろうから、無理には聞かないことにした。それから、他愛もない話を続けて、食事を終える。
「どうせ二人では最後の夜だし、ここに泊まっていかない?」
「いいよ」
片付けをしながらの提案に即答すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「で、後で汚れたそのシャツよこしなさい、洗うから。あと店閉めたら浴場へ案内してあげる」
うんと答えて、私は彼女の言う通りにした。
夜は進んで、ベッドの上へ。大きなベッド一つに枕が二つ。まとうは替えのシャツに、汚れが落とされたボロのズボン。道具などは近くのスツールにまとめてある。
「そろそろ灯り消すわよ」
「お願い」
マーナはランプの火を消す。窓から差し込む月明かりだけが、黒く染まった世界に青い色を映していた。店の二階から覗く夜は時々喧騒が聞こえてくるが、それ以外は静けさに包まれている。結を解いたウィザードの少女は枕を抱いて横になっていた。
「寝ないの? いや、あなたは寝なくても平気だったわね」
後ろから声が聞こえる。
「あたしわね」
今までの声色が、とばりのように暗く沈んでいく。
「孤児院育ちだったのよ。お父さんもお母さんも知らなくて。居たのは弟だけ。でも、突然消えた。それからは一人ぼっち」
彼女は寝返ってこちらを向く。
「あなたに誰か、大切な人はいる?」
「そんな人、今までいなかった」
振り返れば、私のそばにいた人なんて誰もいない。消えれば、血に塗れたむくろが残るだけ。
「終わったら、外の世界をどこまでも突っ走ってやる。本に無い魔法とか、見たことない景色をたくさん見て、いつか、きっと」
彼女の顔は暗がりの中でもはっきりと見えた。最初辺りに聞いた話だが、彼女はこの町に幽閉されて五年になるらしい。孤児院を出て独り立ち出来ると思った直後、孤児院と裏で繋がっていた盗賊に脅され、魔法使いの組織にもその魔術の素質を狙われて。自由を噛み締めたことがないことを、私は憐れんだのだろうか。違う。もしそうだったら、もっと多くの人を助けようとするはずだ。この少女を助けたのは、ただの同情からではない。光を吸い込んで輝きそうなブロンドが、私に何かを訴えかけるように揺れていた。
「……ありがとう。見ず知らずのあたしを助けてくれて。あなただけがこの街で唯一信用できる人間よ」
私は首を横に振った。
「まだ早い。明日がまだある」
「そうね」
マーナは再び背を向ける。
「明日が終われば、もうこんな生活とはおさらばよ」
「お金渡すだけなら、私だけ行ってもいいんじゃないの?」
「それはダメよ。最悪なのはあの魔法使い連中を相手にすることだから。魔法使いには魔法使いをぶつけるという鉄則があるの」
「なるほどね」
「それに、あたしも魔法は一応マスターしてるの。足手纏いには絶対にさせない」
自信に満ちた声で、マーナは言った。
「そう言うなら」
これを区切りに、ようやくベッドの上に腰掛けた。横になった途端、背後から両手が私のお腹に回される。背中から感じる布の形からして、彼女は男受けの良さそうな身体をしていることがよくわかる。
「これだと動けない」
「こうしてあなたを封じているのよ。魔法みたいでしょ、しかも暖が取れる」
夜の凍えを溶かすような温もりが、じんわりと伝わる。
「……おやすみ」
そう言って、しばらくすると彼女の寝息が聞こえてきた。目を閉じて、私も眠りにつくことにする。意識が月へさらわれていくうち、なぜか花の香りが鼻腔をくすぐるのを感じた。風が吹き、空は青く、雲は白い。花々が咲き乱れる丘に私はいた。そして、目の前に金色の髪を持つ、一人の女の子がいた。彼女ははるかに幼く、いつの間にか私も同じくらいに小さくなっていた。
「ねえ、本当に行っちゃうの?」
少女の手には名も無き花が何本も握られていた。それを座り込んで編み込んている。小さい指で、不器用に。赤色、黄色、青色の花。
「うん。そうしないと、殴られる、叩かれる。砦の人たちは聞かない人達を倒すのが好きなんだ」
いつの間にか私が、幼い私を背後で見つめる形になっていた。幼い私も瞳にグラデーションが無く、暗い青をしている。小さくても、今も変わらずに。
「また、会えるよね? 私も大きくなったら強くなって、いつかあなたを……」
ブロンドの少女は何かを話していた。でも途切れ途切れにしか聞き取れなかった。邪魔するかのように、強い突風に煽られて、私は思わず目を閉じる。目を閉じる寸前、違う二人の姿が映っていた。幼い私は黒い人影。恐怖をそのまま形にしたかのような姿。金髪の女の子は大人びた姿。白と金の全身鎧に、眩い剣。おとぎで描かれるほどの英雄の姿だ。
ブロンドが揺れ、青い瞳が慈しみを持ってこちらを見ていた。そんな目で私を見ないで、喉をちぎるほどの憎悪が臓器から吐き出されそうになるから。
悪い夢を見てしまうなら、寝ない方がマシなのかもしれない。それでも、朝日は昇ってくる。窓の隙間から漏れ出る光は、暗闇のカーテンを引き裂いて、部屋の中に差し込む。目覚めは悪く、瞼が重い。身体に絡みつく、背の少女の両腕がまだ自由を奪っていた。再び瞼を閉じても、あんなものをまた見ることになるなら、もう覚醒させたままでいい。マーナが目覚めるまで、私はずっと起きていた。
彼女が目覚めたのは太陽の弧が微かに地平線に触れかけた頃だった。気づいたのは、彼女の腕が強く私の腰を抱き締めていることだけではない。背中越しに伝わる鼓動の音。そしてその音に合わせて上下する胸の動き。何かにすがる様に、時々悶えるような声を上げながら彼女は眠り続けていたのだ。
やがて、瞼をゆっくりと開けた。目尻にはひとしずく涙の跡があった。
「あれ、わたし……」
まだ眠気が残っているのか、ぼんやりとした表情のままだ。
「起きた?」
「ごめんなさい! わたしったら!」
滑稽なほどまでに凄まじい動きで飛び起きる。そのまま顔を赤くし、言い訳のような手の仕草をしていた。
「えっと、これは……」
「大丈夫だから」
夜中彼女に拘束された事を除けば、特に問題はなかった。彼女は何か夢を見ていたようだった。聞くことはしなかった。彼女の個人的な部分まで侵入するつもりはないからだ。それに、私も悪夢を見た後だったので、人様の夢の内容にまで踏み込んでいく余裕がなかった。
「……見た?」
「何を」
マーナはこちらを見ない。何か恥ずかしいものを見られたように。
「目前で寝顔を晒したこと? 強く抱きしめて離さなかったこと? それとも枕のように私を……」
「全部だよ、バカぁ!!」
彼女は何故か怒り、指先から電撃を飛ばした。意表を突かれ、悲鳴が一つ木霊。
朝支度を終え、私のみ銀行へ。一万の金貨をプラチナの硬貨千枚に替えてもらう。そこそこの大きさながらかなり重い袋が手渡される。誰一人見られないよう、解放への鍵を袋にしまい込んだ。
裏路地、暗闇、陽の光の通らない場所。蜘蛛が壁を這うような石壁の通り。扉近くで彼女がフードを被って待っていた。
「時間通りね」
「早く終わらせましょう」
とナイフ忍ばせ扉に手を伸ばそうとしたところで止めがくる。
「待って。血を流す気?」
とマーナが確かめるように。
「向こうが契約を破棄する気なら」
マーナは呆れて首を振った。
「ダメ。人殺しはしないで。あたしまでそういう目でみられるから」
「殺さないなら、手足をもぐのは?」
「ダメよ!」
「腱を斬るのは? あと親指落とせば得物は握れなくできる」
「だーめ! 刃物とかはとにかくダメ!」
「……わかった」
「ならよし。じゃあ、行くわよ」
ナイフをしまう。マーナが扉に手を伸ばし、二回叩こうとしたところで、扉は向こうから開いた。
「おお、待っていたぞ」
禿頭の小太りの男は大袈裟に両手を広げて歓迎の意を表していた。後ろには昨日の盗賊たちが三人ほど控えている。マーナは嫌そうな顔をしていたものの、私は表情を変えず彼女の前に立つ。
「仕事の話」
「わかっているとも。さあ、入ってくれ」
歓迎する口ぶりが妙に不快なのは、きっと私だけではないはず。彼女も。階段を降り、昼ながら暗い部屋へ入る。天井に照らされた炎が、怪しく部屋を照らしていた。招かれた部屋は密室にしては広め。中央に置かれた丸テーブル一つだけに椅子が二つ。向こう側から男が一人現れ、対面に座った。彼の姿はよくいるありふれた盗賊だ。格好に見合わない不清潔な髭、そして痩せこけた頬。私たちの後ろには三人、気配からしてそれだけではなさそうだった。
「座れ」
マーナが座らず、立ったままでいたのを男は指摘する。
「私が座る」
椅子を引いて、背もたれ無しの丸椅子に座った。
「さて、望み通り契約の件だ。金は持ってきただろうな」
「ええ。プラチナ、千枚」
袋がどすんと木の板を軋ませながらテーブルに置かれる。盗賊の頭はそれを持ち上げ、重さを確かめていた。
「……君は幼いながらプロだ。数えるまでもなく、本物とわかる」
彼は袋をテーブルに戻す。しかし、その時点で妙な気配を本能的感じ取っていた。
「彼女を自由にしなさい。契約は全て果たされた」
背後から足音の数が急激に増えるのを察知する。刃物のうねり声、殴打物が獲物を求める音。
「その件だが」
マーナに目配せすると、彼女は目線を遠くに集中していた。まもなく、彼女から凄まじい力が放たれる事となる。
「君たちにはまだ金を積んでもらう」
「契約違反よ」
「君たちが私たちに刃向かえるような立場じゃない。君たちは所詮奴隷だ」
一人の男が詰め、私の左肩に手を置く。
「重大な違反よ。直ちに手を離しなさい」
「誰のルールだ? そんなものはない」
「私の掟だ。早く受け取って解放するか、ここでクソみたいな目に遭うか」
早口で威圧的に、正面の男に言う。彼は舌打ちした。
「私に従え」
「交渉決裂だ」
左肩に置いてあった手を瞬時に掴み、捻って悶絶させ、テーブルへ叩きつける。ワンテンポ遅れて、フード外れたマーナが衝撃波を群れへ。壁に叩きつけられ気絶した連中と、テーブルの下敷きになった奴、合計で八人。残り二人、禿頭の小太りの男が鈍器を片手に挑発する。
「強い小娘はそそられるね。屈服させた姿が楽しみだよ」
木の棘がついた棒を振り回し、余裕の笑みを浮かべる。しかしどう見ても練度のなさには呆れてしまう。右手で握った棒が、私の頭を狙って振り落とされる。
「あ?」
その棒は空を切る。その間に懐へ飛び込み、左腕を引いて拳を抉りつくす勢いで腹を打った。口から汚物を吐き出しながら男は飛んでいき、石壁に亀裂が入る勢いでめり込む。彼女に殺すなと言われていたが、思いっきり下腹部の臓器を圧迫してしまい彼の後が心配だ。
二人で交渉持ちかけてきた男の方に向き直る。だが彼はまだ余裕そうであった。
「君のことはよく分かっている。だからこいつを呼んでおいた!」
部屋の奥、暗がりからゆらりと影が現れる。厚い布を何枚も重ねたような、黒いローブ。そこからはみ出す腕や足は枯れ枝のように細い。普通の人とは違う、身体から妙な力の流れが感じられた。
「アイラ、奴はウィザードよ!気をつけて!」
マーナの彼女の声には焦りと恐怖が入り混じっていた。
「魔法使いね。だから何」