遠くにある古代遺跡を目指し、進んでいくと数々の遺跡の跡が見えてきた。どれぐらい前の建物なのか想像出来ないほど古いもので、中には古代言語で書かれた石碑や壁画があり、その殆どは既に風化して読めない状態になっていた。しかし、一つだけ読めるものがあった。それは文字ではなく絵である。黒い獣が穢れた獣達を生み出して世界を滅ぼそうとしている様子が描かれていた。端には黄金の女神と思われる女性が英雄達を率いて戦っている姿が描かれている。間には白の女神が描かれているが、何故か彼女の腕は黒く染まっているように見えた。
「これは神話について描かれた絵画ですね……。一般的に知られているのは黒き獣を黄金の女神と白の女神、英雄達が手を組んで倒したというものですけど、一部ではこんな説があります……。白の女神は穢れによって堕天し、女神の力を失ったという話があるんです」
ブランカは本を開きながら言う。
「聞いた話によれば、聖職者や聖騎士が道を外れると力を失うという話を聞いた事があるな。悪行を重ねた聖職者は魔法が使えないとか、ダークパラディンが善行を積むと力を失うとか」
「そういうのもありますが、白の女神は基本的に中立の神と言われています。その中立はどういうものかで永年議論されていましたね。主に三つの説が有力で、『虚無の中に真の中立がある』、『混沌の中に中立がある』、『秩序を守るために中立である』など様々です。ただ、どれも決定的な証拠がないんですよね」
ブランカは溜め息をついて壁画の方をもう一度見た。
「現在、この世界のほとんどが黄金の女神からなる宗派を信仰しています。なので、あまり他の神については触れられませんよね。それに白の女神は謎が多い存在でもありましたから……」
「頭の片隅に入れておこう。さ、行こう」
カリードの言葉に全員がうなずき、古代遺跡に向かった。しばらく進むと大きな扉の前にたどり着く。
「ここだな。どうする?」
私は胸のペンダントを握る。振動は凄まじいものだった。まるで何かを恐れているかのよう。
「行く前に準備はしておきましょう」
ブランカとネイラは魔法を詠唱した。信仰の護りや、恐怖への対抗心、悪からの防御など、様々な効果がある呪文を唱える。そしてネイラは使い物にならなくなったヘイストのスクロールを取り出した。
「そう言えば一つ使わなかったスクロールがあったから呪文書に書いておいたけど、使う?」
「頼む」
魔法で身が軽くなり、準備は整った。カリードが先頭に立ち、扉を開けた瞬間、身体を揺らす風が吹き荒れる。中に入るとそこは巨大な広間になっており、奥に大きな魔法陣と囲むようにカルト教団がいた。逃したドッペルゲンガーもいたが、全て倒されていた。
「もう遅かったな、もうすぐここに約束が果たされる時が来る!」
リーダーらしき男が叫ぶと、後ろにいた信者達は歓声を上げた。
「お前達の好きにはさせないぞ!ここで止めてやる!」
「地獄を通じて悪魔を呼ぼうとしているの?悪魔は嘘をつくよ」
私達を見て男は笑う。
「我が神が降臨すればそんなものは必要ないのだ。我こそはこの世界の王となる者だからな」
男の笑みを見たカリードは剣を構える。すると赤で描かれた魔法陣が光を放ち始める。強い魔力が感じられ、ネイラやブランカは体勢を崩さないように踏ん張った。やがて、魔法陣の中から大きな悪魔が姿を現す。人型ではあるが全身が赤に覆われており、腕が長く鋭い爪を持っていた。頭からは二本の大きな角があり、背中にも大きな翼があった。周りのカルト達は突然金縛りのように動かなくなっていく。
「上級悪魔ね。気を付けて」
全員武器を構えると、突然カルトの一人が苦しみ始めた。呻き声を漏らし、その場に倒れ込むと身体は少しずつアンデッドへと変わっていく。ガストだ。爪には麻痺毒があり、更に病気をまき散らすアンデッドとして恐れられているモンスターだった。他のカルトも次々に苦しんでいき、次々とアンデット化していく。悪魔は人間の言葉を持たないが、破顔しているように思えた。
剣を構えると、カリードが目線を向けてくる。私は答えるようにうなずいて見せた。同時に走り出し、悪魔の元へ向かう。カリードは下から、私は飛び上がって上から攻撃しようとしたその時だった。悪魔は爪を振ると赤い斬撃が現れた。咄嵯の判断で避ける事が出来たが、足を少し掠めてしまう。流れた血が浮かび上がり、悪魔の方へ吸収されていく。血を流すことで生命を吸っているように見えた。 ネイラが牽制でマジックミサイルを放つが、当たっても傷つく様子はない。
「まずいな……こいつ不死身なのか?」
「魔法は効かないと思います!武器で!」
エルドスはガストの群れを相手にしている。ブランカも援護しているが、数が多すぎて苦戦をしている。
「アイラ!俺が囮になるから、大きい一撃を頼む」
カリードは悪魔の元へ走っていく。
「分かった」
私は集中して剣を握り締めた。カリードは大振りな攻撃を繰り出しながら注意を引いている。大きく深呼吸をして精神統一をする。そしてカリードの攻撃を避けている隙を狙って飛び出した。カリードは察知すると、素早く距離を取る。悪魔が私を視界に入れてない事を確認し、私は再び地面を蹴って高く飛んだ。そのまま落下しながら剣を振り下ろす。腕にいっぱいの力を込め、渾身の力を込めて切りつけた。片翼を斬り落とし、バランスを崩した悪魔は地面に倒れる。
「これで終わりにする!」
カリードは勢いよく駆け出すと、悪魔の胸部を貫く。悪魔は足搔こうとするも、カリードは離れずに心臓を何度も突き刺した。次第に動きが鈍くなり、遂には仕留めた。
「よし、これで……!」
まだエルドスはガストと戦っているから、助けに行こうとするカリードだったが、突如ガストの一人が呻き声を上げ始め、徐々に身体が変化していった。
「まずい!そのガストの首を斬り落として!早く!」
ネイラの声にカリードは反応するが、既に変化は終わっていた。そこにはガストではなく、再び悪魔が立っていた。
「また悪魔に!?」
「恐らくですが、ガストを全滅させない限り、悪魔は何度でも復活すると思います!」
ブランカは冷静に分析する。
「くそっ!こうなったら……」
カリードは再び悪魔に突っ込んでいこうとするので、肩を掴んで止めた。
「待って、私が一人でやる。先にガストを片付けないと」
「分かった。何度も言っているけど……」
「死ぬな、でしょ?」
そういうと同時に私は走り出した。ガストは残り三体。時間を稼げば十分に機会はある。いや、ここは私一人で悪魔を片付けていいかもしれない。ガストが倒されたタイミングを見て終わりにしよう。
「さて、一緒に踊ってくれる?」
悪魔の方を見ると、私に向かって爪を振ってきた。かわすと、今度は長い尻尾を鞭のように振るってくる。飛んで避け、悪魔に一撃を食らわせた。傷は入ったものの、まだ致命傷には程遠い様子。すると、骸骨が武器を持って悪魔の方に走って行った。
「一人だけだと、寂しいでしょ?」
後ろのネイラが杖を回しながら言う。囮の骸骨を召喚して、使役しているのだ。
「そうね、じゃあ二人で踊りましょうか!」
私は剣を構えて走る。悪魔は爪で切り裂こうとするのを、剣で受け止めると、もう片方の腕が私のお腹に向かってくる。咄嵯の判断で腕を切り落とすと、悪魔は雄叫びを上げた。悪魔は翼を羽ばたかせると、ブランカに向かって爪を振るう。
「ブランカ危ない!」
しかし、ブランカは不動のまま動かない。彼女の視線は悪魔の方をずっと睨んでいた。
「……させない」
次の瞬間、聖なる力が放たれたのか、悪魔が苦しみ始める。ブランカは信仰の力を使って、悪魔の動きを封じていたのだ。
「今のうちに!」
私はブランカの横に並び立つと、剣を構えた。
「ありがとう、ブランカ」
「お役に立てて、良かったです……!」
ブランカは笑顔を見せた後、すぐに真剣な表情に戻る。悪魔は目が見えなくなったのか、あらぬ方向に攻撃を続けている。エルドス達の方向を見てみると、ガストは残り一体だった。そこにネイラのファイアーボールが爆発し、ガストを消滅させ、上手くいったみたいだ。しかし、エルドスがガストの病魔に襲われたのか、倒れて吐いている。ブランカが治療に走った。
「残りはこいつだけだな!」
悪魔は視界を取り戻し、こちらを睨んでくる。カリードと足並み揃え、悪魔の方へ走っていく。今度は私が奴の懐に潜り込み、剣を振るうと悪魔は爪を交差させて防いた。悪魔の目から光線が放たれる。咄嵯の判断で剣で防ぐと、剣が弾き飛ばされてしまった。
「しまった!」
急いで拾おうとするが、悪魔がそれを許すはずもなく、爪で引き裂かれそうになる。すると、頭の中で再び強い衝動が沸き起こってきた。本能が私の身体を操ると、奴の爪を私の腕が防ぐ。血が流れる事も無い。腕は黒く硬化し、今度は腕に刃物が付いた歪な形になっている。
「その腕は……」
「いいから私の剣を取って奴の首を!」
カリードはすぐに落ちている剣を手に取ると、二つの剣を逆手に持って構えた。
「行くぞ!」
カリードは駆け出し、私は悪魔の腕を強引に私の腕で抑え込んだ。その隙にカリードは首元に剣を突き刺す。悪魔は暴れるが、私は黒い腕でなんども悪魔を殴りつける。しかし、最後に悪魔は光線を放ち、ネイラに直撃した。
「きゃああああ!」
彼女は吹き飛び、地面を転がる。カリードは剣を更に深く突き刺すと、今度こそ悪魔は動かなくなった。
「大丈夫か!?ネイラ!」
エルドスがネイラの元に駆けつける。
「うぅ……。身体が動かないし、頭の中で嫌な声が聞こえる……」
ネイラは苦しそうな声を上げ、身体を痙攣させていた。
「ネイラ、しっかりしろ!俺の声が聞こえてるなら返事してくれ!」
エルドスは何度も呼びかけるも、反応は無い。ネイラの瞳の色が変わり、真っ赤に染まっていた。
「まずい!ネイラの身体が悪魔に支配されようとしているんだ!このままだとガストになってしまう!」
エルドスは焦りながら言った。
「そんな……!どうにかならないんですか!?」
ブランカも動揺していた。この対処法なら私は知っている。単純に魔法一つ使えるだけの魔力があればいいだけだ。
「落ち着いて。ブランカ、ディスペル・マジックをお願い」
ブランカはハッとした顔をした後、すぐに詠唱を始めた。彼女の手が輝き出すと、彼女はネイラに手をかざしてその力を消し去った。
「良かった……。まだ魔力が残ってて」
「使えなかったら、一度ネイラを殺す必要があったね」
私がそういうと、ブランカは少し怯えていた。
「そ、それは恐ろしいですね……」
「幸い、教会との距離も近いし遺体も安全に届けられる。教会でレイズ・デッドしてもらえば蘇生してもらえるよ。その手を使わなくてよかったけれど」
そう言って歩き出した時だった。私達の背後で女性の笑い声が響いた。振り返ると、そこにはローブを着た女性が立っていた。
「私達の捧げ子達を随分と可愛がってくれたようね」
女性は笑みを浮かべて私達に近づいてくる。
「お前は誰だ?何故ここにいる?」
カリードが警戒しながら言うと、女は立ち止まって私達を見つめる。
「久しぶりね、アイラ。私のことはわかるかしら?」
「……ヘクサリア、今度は悪魔の声に耳を傾けて何がしたいの?」
私が聞くと、彼女は微笑む。
「悪魔の声?いいえ、神の声に決まっているでしょう」
私は呆れたようにため息をついて反撃した。
「神の声を聴く前に聞かなければいけない声が沢山あるでしょ」
「相変わらず生意気な女ね。でも私は変わったの。もう昔の弱い私はいない」
そう言い放つ彼女の表情は自信満々で、私は不気味さを感じた。すると彼女の背後に触手が現れ、私に襲い掛かってくる。突き刺そうとする触手を私は腕で受け止めた。
「アイラ!」
カリードが心配して叫ぶが、私は平気だという風に腕を振る。
「ふふっ、あなたも始まったのね。違う身体へと変わっていく感覚はどう?」
「そうね。最悪よ」
「あら、残念。でもいずれ受け入れる時がくるの。その時はきっと素敵になるはずよ」
「ここに来た目的は何?まさかただ遊びにきたわけじゃないでしょ?」
「ふふっ、顔を見に来ただけよ」
「なんで、あんな組織に行ったの?この国を乱して何がしたいの?」
「帝国の再興などに興味は無い。でも、終わりの時は少しずつ近づきつつある。なら、備えるのが当然でしょ。その為には新しい身体が要るの。神がそう言っているのだから間違いないわ。私は人々を救おうとしているの。邪魔しないでくれるかしら?」
「……ふざけるな!」
カリードが怒りを露にして、彼女に斬りかかる。しかし、彼女は瞬時に消え、カリードの目の前に現れた。
「へえ、新しい英雄さんね。良い身体をしている。それに力もある。……しかし新しい身体には適してないみたい。失敗作ね」
カリードは咄嵯に剣を振るうも、簡単に避けられてしまう。そして、彼女の足元から触手が生え、彼の足元を引っ掛けて転倒させた。
「ぐあっ!」
彼はそのまま地面に叩きつけられる。
「彼に手を出すなら、今ここであなたを殺すよ」
私は剣を向けて威嚇する。
「あら、怖い怖い。もう時間だし、今日は帰ることにするわ。また会いましょう、アイラ。次会うときは殺し合いになりそうね」
彼女は遺跡を出ていくとゲートの中に入って姿を消した。
「なんなんだアイツ……」
転倒したカリードがゆっくりと立ち上がる。ネイラはもう元に戻っていて、自分の足で立っていた。
「大丈夫ですか!?」
ブランカはネイラの元へ駆け寄る。
「うん、ありがとうブランカ。アイラも助けてくれてありがとね」
「どういたしまして。さて、帰ろうか」
「よし、全員無事だな!」
カリード達は遺跡を出て、地上へ戻っていった。
――
数日後、私は裏路地で式典の様子を眺めていた。街の大きな広場で今回の事件を解決に導いた者達を称えるパレードが行われている様子。カリード、エルドス、ネイラ、ブランカの四人が表彰されていた。私も参加しようと思えば出来ていたが、表にあまり立ちたくないという気持ちもあり、こうして遠巻きに見ているだけに。今、七議員の人々が言葉を贈っている場面のよう。すると不審な人物を見つけた。その人物はフードを被っており、顔を隠している。人物は式場に近づこうとしていた。
「エルグランダ……今度こそお前の罪を償わせてやる」
男は不気味に笑いながら呟くと、スチームマスケットを懐から取り出そうとしたので、取り押さえる。
「そこまでよ」
「誰だ!?」
騒ぎにさせない為にも、男の頭に手刀をして気絶させた。身柄を置いておくわけにもいかなく、裏路地に放り込んでおいた。
「こんなところに居たのか、グレイ・レディ」
「プロスペクター……」
本を抱えた白髪の老人が私に声をかけてきた。
「この前の件はご苦労だった。危うく大惨事になるところだったが、お前のおかげで被害を最小限に抑えることができた。礼を言うぞ」
「頑張ったのは彼らよ。私は何もしていない」
「謙遜も過ぎるとかえって嫌味だ。さて、話を変えよう。連中が動き出した。この街の一件を受けて、奴らは本格的に君達を潰しにかかるだろう」
「やはりね」
「ルクス・エテルナにある、始末専門家達が君達を血眼になって探してる」
「どうすればいい?」
私が聞くと、彼は真剣な表情で答えた。
「どうしようもない。奴らが滅びるか君達が死ぬかのどちらかだ」
「じゃあ、息がかかった組織を片っ端から潰していこうかな」
「お前は世界中にある影を敵に回したんだ。お前がそう選択した以上、誰も止められん。せいぜい気をつけることだ」
そう言って、彼は去っていった。私も、彼らも、そう選択したんだ。なら、最後まで戦い抜くしかない。限りがある命で。
「ごほっ!げほ!」
私は咳き込むと、口元に手を当てて黒い液体を吐き出した。液体は地面に落ちて染みを作る。
「はぁ……はぁ……」
私は肩で息をしながら、ポーチから黒い液体が入った瓶を取り出し、中身を飲み干す。すると徐々に呼吸が落ち着いてきた。私が人間のままでいられるのはいつまでだろうか。それまでにあの連中、そしてルインと決着をつけなければならない。
私は空を見上げる。そこには太陽が輝いていた。口元の黒い液体を拭うと、式典の後方へ回り込む。市民たちがカリード達に拍手を送っていて、エルグランダ大公が一人一人にメダルを授与していた。私はその様子をじっと見つめると、エルグランダがこちらに視線を向ける。私が小さく頷くと、彼も小さく笑った。
カリード達は少しぎこちなそうにしているが、少し誇らしそうにしている。そして、四人は人々に向けて手を振って応えていた。私は手元に丁寧に布で包まれた魔法の靴を取り出す。貰い物だったので、魔法の効力を薄めないように丁寧に洗い磨いておいた。この後恐らく宴をやるだろうから、その時に渡そう。誰に渡そうかは決めてないけど、きっと喜んでくれるはず。私はそう思い、再び包み直して仕舞った。
こうして、ケネブレス・ゲートの英雄が誕生したのだった。