IV
結局、イオリス諸島で手掛かりとなるものを見つける事は出来なかった。民間の船ではたどり着けない場所が多すぎて、思うように調査できなかったのだ。
「やっぱり無理だったかな……」
「仕方ありません。手掛かりを探すにしても範囲があまりにも広すぎますし、あちら側の事情も色々ありましたから」
今はオラニエ大陸の西部に戻り、拠点にしている宿の一室で話し合っているところである。机の上に地図を広げてみたものの、やはり手がかりになりそうなものは無かった。
「次はどこに行く?リーダー」
「どこと言われても……」
「わしに考えがあるんじゃが聞いてくれるか?」
皆の顔がドランの方に向いて注目が集まる。
「とりあえず、手掛かりが必要じゃ。なら、一回クリスタリアに行って女王陛下に会ってみるというのはどうじゃろうか」
「でも、女王陛下は勇者の存在を否定してると聞きましたが……」
エリオットが不安げな表情を浮かべる。確かにその通りだが、何もせずに立ち止まっているわけにもいかない。他に方法が無いならやってみようと思う。
「うん、行ってみよう!」
――
それから数日かけて竜の牙と呼ばれる大きな山を回り込むように南下して、クリスタリアに到着した。クリスタリアはフルドゥールの中でも一二を争う巨大都市で、各地には大きな教会が建てられ、大きな役割を果たしている。ここは教会に権力が集中されていて、トレードや治安、宗教政策など全てにおいて教会が管理していた。大教会は五つあり、それぞれに司教がいる。彼らを束ねるのが中央にある巨大な城で、女王が君臨している。
何度も来たけど、今回もあまり変化はない様子。いつものように衛兵がいて門番をしている。
「おお、シンシア様!お久しゅうございます」
「久しぶりです。元気にしてました?」
「ここの所は……まぁ異常ありましたけど私は元気です。シンシア様も魔王に関して何か手掛かりは見つかりましたでしょうか?」
「いえ、まだ何も……。だから女王様に一度会いたいと思って来たんです」
「そうですか。では城下町の中へどうぞ」
中に入ると、相変わらず賑やかな街だと思った。商人が多く行き交い、活気のある街並みが広がっている。しかし、通りすがった建物で何かあったのか、多くの衛兵が出入りしている場所があった。気になった私は近づいてみると凄まじい臭いが立ち込めていて、思わず鼻を押さえたくなった。車輪の上に布が被さった死体が多く積まれている。
「これは……何?」
「これはシンシア様で……。すいません、このような惨状をお見せしてしまいまして……」
一人の若い兵士が申し訳なさそうな顔をしながら言うと、隣に隊長が現れて説明をしてくれた。
「実は先日の夜、何者かがこの建物に侵入し、中にいた人々を皆殺しにしたのです。犯人はまだ見つかっておりませぬが、とにかく惨いの一言につきます。建物は盗賊団が拠点として使っていた場所で、我々も手をつけられない状態だったのですが、まさかこんな形になるなんて思いませんでした」
隊長はそう言いながら布を取る。
「殺され方は様々。剣で斬られた者から、恐らく頭を潰されて死んだ者まで」
中には四肢を引き裂かれた者や、内臓が飛び出た者もいた。
「酷い……。どうしてここまでする必要があったんだろう」
「それは分かりかねますが、まるで魔物の殺し方でした。またこのような惨劇が起きるかもしれないので、我々は今後、夜の警備を強化していくつもりです」
「そうですね……。ありがとうございました」
「いいえ。それでは」
兵士は敬礼をして去っていった。
「セリーナ?どうしたの?」
セリーナの方を見てみると、手に顎を置いて何か考え事をしていた。
「うーん……。なんか引っかかるんだよね……」
「どうしたんだ?エルフのお嬢さん」
「……いっか。行こう」
セリーナは少し考えた後、私達と一緒に歩き始めた。
「最近、治安悪くなったんだね……」
「どうかな?」
「どういうこと?」
「盗賊団同士が対立して、拠点に押し掛けてきた可能性もあるってこと」
「ううん、それはありえない」
カルケーの意見にセリーナが反論する。
「なんでそんな事が分かるんだよ」
「死体見てみたけど、力で無理矢理引き千切られている感じだった。だとしたら、魔物かもしれない。でも、剣で斬られた跡を見たら、犯人はかなり理性的かつ計画的な犯行だと思うの。単独犯だね。派手にやった形跡は無さそうな感じだし……。だとしたら、人間だけど凄い力を持った人間の仕業かな」
「凄い力を持った人間なんて居るのかよ……」
「そうね。シンシアくらい強い人間だったらできるかも……」
「わ、私が!?」
「安心せい。誰もシンシアが犯人とは言ってないわい。しかし、シンシアぐらい強い人間か……。敵に回したら厄介じゃな」
「まあ、今は考えるだけ無駄だよ。それより早く女王陛下に会いに行こう」
「そうだね。急ごう!」
クリスタリアの中央都市に向かい、城に入る。門番が居たが、今回はすぐに通してくれた。城の中に入ると、側方に古代の英雄達の石像が並んでいて、中央には黄金の女神像が置かれ、まるで女神が英雄達を従えている構図だ。
「こちらです。長い階段になりますがお気をつけてください」
案内された謁見の間はかなり広く、天井も高かった。壁際には鎧を着た兵士達が並んでいる。そして、奥の玉座に女性が腰かけていた。あれがクリスタリアの女王、シーラー・レギンレイブ。彼女は私より少し年上に見える。髪の色は薄い水色で、瞳は金色に輝いていた。
「よく来てくれました。勇者シンシア、それに皆様も。歓迎します」
女王は表情を一切変えずに言った。
「ここに来たという事は私に何か用があるということでしょう。魔王に関する事ですか?」
「はい。その通りです。実は、魔王について調べていたんですけど、なかなか情報が集まらないので女王様にお聞きしたいと思いまして……」
「他にもありますでしょう。ドラン、話しなさい」
「はっ!わしらはクリスタリアから西に行った場所にあるイオリス諸島で調査をしていたんじゃが、民間の船ではたどり着けない場所が多くてのう……。そこで国から船を出してくれれば、もっと広範囲での調査ができると考えた次第じゃ」
女王は表情を変えず黙り込んだ。しばらくして口を開いた。
「私はあなた達に何の援助も行いません。魔王とやらに関する情報もこちらでは何も入ってないので伝えるものは何もありません。以上です」
「待って!どうして援助しないの?」
私は立ち上がって思わず叫んでしまった。すると女王は険しい表情で睨みつけてくる。
「勇者シンシア、私はあなたの行動に疑問を感じています」
「疑問……?」
「私はこの国を治める者として、民を守る義務があります。やらなければならない事が多くあるのに、なぜあなた達の援助をしなければならないのか。疑問でなりません」
「待ってください、女王陛下。勇者というのは代々……」
「ドラン、私の話は続いています。……勇者というのはどのつまり兵卒と変わりないのです。下の階級の兵士に大金を与えるなどという行為はあり得ません。それに、勇者は力と価値の均衡があまりに取れていないのです。勇者という存在がどうやって世界を救うのですか?世界中を放浪して戦力にもならない兵卒に特権を与える事自体、おかしな話ではありませんか?」
「ねえ、聞いてくれる?私達は戦争に参加した。皇帝も倒した。なのにその功績を認めないの?父との繋がりを断ち切るつもりなの?」
「セリーナ、デモニアの事ならもう褒美は与えました。父上から十分に。これ以上は必要無いと思いますが。……それにあなた達は大失態を犯したのです。気づいてないのですか?離島での世界会議にて、あなた達は父上、賢者リサンダス様を守り切る事ができなかった。勇者を以てしても守ることが出来なかった事に、私は失望しています」
「それは……。でも……」
シーラー女王は私達を見下し、言い渡した。
「シンシア、またその一行が持つ特権を今から剥奪します。これからは平民として生活するように」
私は反論したかったけど、何も話すことが出来なかった。
「丁重に帰しなさい。今後、この城に踏み入れる事無いよう」
「分かりました、陛下」
兵士に囲まれながら、私達は城の外へ出る。その時、兵士の一人がぽつりと呟いた。
「女王陛下が言っていることも正しいですが、それでも私は勇者というのを信じてます。では……」
そう言って兵士は去って行った。
「泣くなよ、お嬢ちゃん」
カルケーに言われて初めて気づいた。いつの間にか涙が流れていた。
「ごめん……。なんか悔しくて……」
「一度、魔王を追うのはやめよっか」
「わしもそう言おうと思っていたところだ」
「え?でも……」
「いいんです。無理に動き回っても疲れるだけですし、少し休んでからでも遅くは無いですよ」
「分かった。でも、次行きたい場所があるの」
「どこだ?」
「おじさんのゆかりの地。セレムチャス大学」
セレムチャス大学はオラニエ大陸の西端にある街、ネランサングの近くにある大きな学校だ。ここには多くの学者が集まっている。そして、おじさんは教授として教鞭をとっていたと聞いていた。
「よし、休んだら行ってみよう」
――
シーラーは女王直属の諜報員から直接報告を聞いていた。
「そう。あの事件と連中は繋がっていたのね」
「はい。また、過去の件を辿っていくと犯人はあの組織と繋がりのある組織を狙って攻撃していると思われます」
「分かりました。側近に動きは?」
「はい。オーエンに不審な動きがあり、何度もスチームタウンと行き来している様子です」
「引き続き監視を続けてください。それと、犯人を衛兵達よりも早く捕まえてください」
「了解しました、陛下」
「……水面下で良からぬ事を企んでいるのでしょう。早急に手を打たなければ」
女王は窓の外を見て、小さく呟くのだった。