「アスターは魔法が使えたね。秘術、信仰どっちなの?」
「信仰となりますが、わたくしに生者を治癒する力は一切持ち合わせていません。所謂邪教徒ですので」
夜のハーモニック・ヴォイド地区の隅にある墓地、私とアスターは並んで歩きながら会話をする。今回はルクスエテルナや復讐などは一切関係無く、依頼で墓地に潜む魔物を討伐するのが目的だ。夜間外出禁止令も出されたのに、夜蠢く魔物に一切対処出来ないのでは困るという事で私達の方に仕事が来たのだ。
「どんなディヴィ二ティを信仰しているの?」
「わたくしが信仰するのは『マレヴォロス』になります。謀略と陰謀の権能であり、その権能は相手の弱みを握る事に特化しています」
「厄介ね」
私はため息をつく。邪教はろくでもない奴ばかりだ。広義の邪教とは、黄金の女神に属してないディヴィニティの事を言う。元を辿れば大体白の女神や黒の獣に行き着き、大陸ではやはり邪教に対する風当たりは強いようで、異教徒狩りを行うカルト教団も存在する。
「わたくしは残念ながら他の聖職者のように人々の傷を癒すような事は出来ません。むしろ傷をつける方が得意なのですがね」
「アンデッドも灰にできない?」
「むしろアンデッドの治療が出来ます。濁った聖水もあれば綺麗なアンデッドにも出来るでしょう。ただ、死霊使いのような能力は無いですね」
話をしてると目的の場所に着いた。墓地の奥に地下に繋がる階段があり、下っていくと広い空間に出た。そこは墓場と言うよりかは遺跡と言った方が近いかもしれない。壁には何か文字が書かれている。恐らく古代語だろうけど読めないので意味はない。辺りには行方不明者と思われる死体が転がっている。どれも生命力を吸い取られた枯れ方をしている。
「ヴァンパイア?」
「エナジードレインを使えますので、その線はあるでしょう。使われなくなったこの遺跡に居着いたようですね」
アスターの言葉を聞きながら私は剣を構える。すると奥から人型の影が現れた。暗闇に溶け込む青白い肌をした、力を誇示するように着飾った男だった。男はこちらを見るとニヤリと笑う。
「ほう?こんな時間に客が来るなんて珍しい事もあるものだな」
「失礼、外出禁止令が出て墓地の整備ができなくて困っていたので代わりに来てみましたが……。どうやら不法に居座ってるようですね」
「手続き無しに立ち退きを要求するけど、断ったら分かってるよね?」
アスターは球体に複数の棘を付けた鈍器、モーニングスターを握りしめていた。私も剣をヴァンパイアに突きつける。しかしヴァンパイアは不敵な笑みを浮かべたまま余裕な態度を取っている。
「立ち退いてやってもいいぞ?だが条件がある。お前たち二人共我の眷属になれ!」
ヴァンパイアは両手を広げて高笑いをしたが、次の瞬間私の後ろで何かが破裂する音がした。一瞬経つと、吸血鬼の男の眉間に大きな穴が空き、そのまま後ろに倒れこんだ。発砲音の方に振り返るとフードにロングコートを着た人物がスチームマスケットを片手に持ち立っている。
「大したことも無い……」
女性は男の方に歩み寄ると、背中に抱えていた大きな木の杭を心臓に打ち込んだ。杭の先端からは血が流れ出ており、確認してからベルトからナイフを取り出し、首を切り落とす。次に聖水と思われるボトルを開けてから、機能停止した身体に振りかけた。ヴァンパイアを仕留めたと思われる弾を拾い上げ、女性は私達の方へ向いた。
「銀の弾丸だ。一部の魔物には効果がある」
そう言うと彼女はスチームマスケットを縦に一回転し、こちらに向けて来た。
「以前、言ったことは覚えているな」
「何も言わなければ感謝の言葉を述べようと思ったのに」
私は剣を彼女に向けるが、彼女は全く動じていない様子だった。アスターも彼女に敵意を向けたまま武器を構えているが、彼女は全く気にしていない。
「そこの男は手を出すな。出した場合、抹殺リストの中に入れる事になるだろう」
「融通が利くと思いましたがね。貴方は何者でしょうか?」
「ルクス・エテルナの始末部門だ。アイラ、お前を殺害しろとの命を受けている」
彼女は言いながら銃口を私の額に向ける。
「手段を選ばなければすぐ殺せたのに」
「殺すか、殺される前にお前の事を知りたいと思ってな」
私はため息をつくと、剣先を下げた。
「いつ撃つの?私はもう準備が出来ているけど」
「この距離で撃ったらお前は助からないぞ」
「絶対に避けるよ。何があっても」
私は目の前の女性を睨みつける。すると彼女は口元に手を当てて笑った。
「面白い奴だ。だが、そんな事を言っていられる状況じゃないと思うが」
懐から銅貨を一枚取り出し、彼女の見せた。
「これが落ちたら撃ちなさい。でないと、死ぬよ」
親指にコインを乗せると弾いた。宙を舞い、地面に落ちる。その瞬間、私達は動き出した。女性は引き金を引いたが、彼女の指が動き出すよりも先に頭を動かした。銃弾は地面に当たり土煙を上げる。次に左手に握っていた剣を振った。しかし、女性は蹴り上げて剣を止めてしまう。そのまま右足を軸にして回転し、左足を振り上げた。私の顎に命中しそうになり、咄嵯に身を屈めると、今度はダガーを逆手に持って振り下ろしてくる。避ける為に後ろに下がると、女性は口角を吊り上げた。
「そう動くと思っていた」
距離を取ると、女性は腰から回転式の銃を取り出し、一気に五回の破裂音と共に弾丸を撃ち込んだ。横に避けるも、足に着弾してしまう。痛みで膝をつくも、走って距離を詰める。女性は器用にハンマーで全ての弾を排出し、すぐに装填した。距離が当たるぐらいまで詰めると、彼女もダガーで攻撃してきた。かなりの手慣れらしく、縦にも横にも振ろうと彼女の刃が弾く度に火花が散った。
「弱点はそこか」
女性が距離を取り、拳銃で撃ってきた。当たった先はベルトに付いていた携帯している爆弾で、爆発音が響き渡り私は吹き飛ばされる。起き上がる前に女性の追撃が来る。何とか避けて反撃するも、全て避けられてしまった。
「腰に薬や爆弾を携帯するべきではなかったな」
「じゃあ、これはどう?」
隠していたスチームマスケットを取り出し、発砲した。当たるわけはないが、牽制にはなった。彼女が注意を取られた隙に立ち上がって走り出す。女性はまた銃弾を連射したが、剣で全て弾き飛ばし彼女に斬りかかった。彼女は咄嵯の判断で後ろに下がったため、掠り傷程度しか与えられなかったがそれで十分だ。
「もう終わりにしましょう。あんたを殺すわ」
一瞬意識が暗転したが、すぐに回復した。穢れで全身の鎧を覆い尽くし、女性に向かっていく。彼女の銃撃は鎧が弾き飛ばしてくれて、刃を振れば残影が飛んでいく。女性は避けるが、飛んでいった残影が壁を切り裂いていった。
「アイラ、お前は穢れに飲まれた獣?人間か?教えてくれよ!」
女性は銃弾が効かないと分かったのか、距離を取りながら爆弾を投擲してきた。破片が鎧に突き刺さっても、私の身体に傷一つ付けられない。私は彼女を追い詰めるために歩き出した。
「私は仕方なく堕ちた獣よ、この力で復讐を果たすためにね」
女性がナイフを投げてきたが、私には通用しない。弾いて投げ返すと、彼女も避けきれずに肩口に深々と突き刺さった。
「ぐっ……この辺りが限界か」
彼女は煙玉を床に投げつけた。視界を奪われるが、剣を横一杯に薙ぎ払って風圧だけで煙を吹き飛ばす。すると出口に逃げる彼女の姿があった。追いかけようとした時、彼女のスチームマスケットから放たれた弾丸が足下に着弾し、次の瞬間、凄まじい衝撃と共に足をすくわれ転倒してしまった。すぐに起き上がるが、その時には彼女の姿は消えていた。
「逃がしたか……」
まんまと綺麗に逃してしまった。また彼女は私の所へ挑みに来るだろう。いつか彼女を殺さなければ。
「傷は大丈夫でしょうか?」
一切割り込まなかったアスターが心配して声をかけてきた。
「大丈夫」
それだけ言って、ヴァンパイアの死体に近づいた。死体は血を流して死んでいる。どうやらもう復活は出来ない。私は死体の口元に手を当てたが、呼吸している様子はなく、心臓の音も聞こえない。完全に絶命していた。女性が切り落とした頭部は死体から離れて転がっていた。
「全く、銀の弾丸を撃ち込まないでもわたくしの魔法で一瞬で灰になるはずですのに」
アスターは不機嫌な表情を浮かべながら言った。
「落ち込む必要は無いよ。見て」
振り返れば墓からヴァンパイアの眷属が次々と這い出てきているところだった。騒ぎを聞きつけて早く起こしてしまったらしい。
「では、一瞬で片づけましょう」
アスターは魔法を詠唱し始めた。終えると、彼から波が押し寄せるように流れ出し、ヴァンパイア達がまるで風に流されるように肉体を分解され、塵となって消えていった。
「死者を死に還すだけですからね。簡単なことです」
墓地を出て行って、衛兵達に見つからないよう裏路地を進む中、アスターが口を開いた。
「ところで、アイラ殿は自分を獣だとおっしゃっていましたよね?」
「それが何?」
「いえ……少し気になっただけですよ」
そう言って彼はまた黙ってしまった。そうやって私を何か試そうとでもしているような口ぶりがどうも気に入らなくて、そもそも彼自体の雰囲気がやましいことを隠してますと言わんばかり。彼がいつ私の背中に刃を向けてくるか分からない以上警戒しておく必要がある。しばらくすると、目的地に着いたようで足を止めてこちらを見た。
「今なら来ません。入りましょう」
宿に着いたらすぐに部屋に入って鍵をかけた。そして私はベッドの上に座った。
「……アスター、あなたはいったい何なの」
私が彼に聞いた。すると彼はフードを引っ掛けながら答えた。
「自分はただの元工作員です。ですが、あなたと同じルクス・エテルナを憎む者です」
「何故憎むの?私に付いてくる理由は?」
「家族を奴らに奪われましたからね……復讐のためですよ」
低い声で淡々と答えたが、その割には憎しみの色が薄かった気がした。嘘を混ぜているのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
「あなたは私を裏切るつもりでいるの?私を殺すの?」
私はもう我慢できずに聞いてしまった。この質問で彼の反応を見てみたかったのだが思惑とは裏腹に彼は少し笑っている。スチームマスケットを握り、筒の先を彼に向けても彼は全く動じなかった。
「……そうするかはあなた次第でしょう。少なくとも、あなたが獣にならない事を祈るばかりです」
そしてまた前を向き歩いて着替えを済ませる。
「『星』の名をわたくしは授かりましたが、夜空を見ても視認できない星がある事をご存知ですか?私達は所詮、見えない星達なのです。見えなくともそこにある。それだけの事なのです」
着替えを終えた彼はそれだけを言って、ベッドの上で仰向けになり、両手を身体の上に乗せて目を瞑る。マスケットを突きつけても一切動じない彼に私はため息をつくしかできなかった。
「……良い夜を」
私もベッドに横たわり、眠りについた。