数日が過ぎて。相変わらず奴と繋がりのある組織を潰していき、都市の外でも活動していた。だが、一向に尻尾を掴む事が出来なかったし、連中から始末屋をけしかけられる事も無い。まるで嵐の前のように静かだった。ある日の事。朝、小さな宿部屋の中で目覚め、鎖のシャツやベルトなどの装備を身に付けて身支度をしていた時だった。
「朝食はいかがで?アイラ殿」
「いらない。食べなくても別に死なない」
アスターの言葉に素っ気なく返す。彼は気にする事もなく話を続ける。
「今日はどうするおつもりで」
「いつも通り。昼は依頼、夜は潰す。それでいいでしょう?」
私はテーブルに置いてある水差しの水を飲み干して答える。
「えぇ、異論ありませんとも」
アスターは椅子に座って本を読み始める。背中に剣を背負うと、扉から叩く音が鳴る。アスターの方を見ると、彼も首を縦に振って肯定を示した。いつでもナイフを取り出せるように手に持ち、ゆっくりとドアノブに手をかけると、そこに女性が立っていた。見た限り、私より少し年上の人間で、目は鋭く、髪が肩にかかるくらいの長さで、薄い水色。フードを被っていることからあまり他人に顔を見られたくないようだ。
「失礼、あなたがアイラですね。少し話があるので中に入れてもらえませんか?」
彼女は丁寧口調で言う。私は警戒しながら聞く。
「誰?用件を言わなければ私は入れない」
「あなたは断ることが出来ないはずです。私はあなたがこれまで何をしてきたか知っていますから」
ナイフを彼女の首元に当てるが、それでも彼女は平然としている。そして次の瞬間、彼女は右手から衝撃波を飛ばし、扉ごと私を吹っ飛ばした。壁に叩きつけられて床に落ちると、すぐさま剣を抜いて彼女に斬りかかる。彼女も短剣より一回り大きい剣を抜くと、私の斬撃を受け止める。
「何者なのよ!」
アスターはどうしたかと見ると、魔法を唱え終わろうとしていた。唱えられると、幻術の蛇が何故か私の身体に巻き付いてきた。抵抗しようとすると身体が痙攣し始める。
「アスター!やはりあんたを殺しておくべきだった!」
「どうか興奮なさらずに。彼女から聞きたいことがいくつかあるだけですので」
アスターは倒された扉を魔法で元に直してから椅子に座った。まるで時が戻るかのように扉は元に戻っていく。フードを付けた女性も近くの椅子に腰掛ける。
「アスター、彼女が例の死神なの?」
「ええ、彼女が夜に組織を壊滅させて回っています」
女性は私の価値を計る目つきをしている。
「アイラ、これから私が問いかける質問に答えなさい。貴女の所属している組織はどこ?」
動けない事が屈辱的だった。身体を動かせば動かすほど、身体を縛る蛇が強くなっていく。
私は歯軋りしながら答えるしかなかった。
「組織なんて無い。私一人よ」
女性は冷たい目を変えず、そうと呟いた。次の質問が来る。
「ルクス・エテルナという言葉についてどれだけ知っている」
「世界中の闇を牛耳る組織よ。盗賊団、カルト、暗殺、貴族、あらゆる連中が裏で手を組んでいる。帝国の再興を目的に掲げているけど、どう考えても他の目的があるようにしか思えない」
「現時点で、彼らは何をしようとしているか分かる?」
「分からない。書類を見る限り、資金や鉄などの物資がスチームタウンから大量に消えて行っている。何か作っていると考えているけど」
「その辺りの情報は掴めているようね」
女性は椅子に座りなおした。そして私の顔をじっと見つめてくる。まるで品定めされている気分だ。やがて彼女は口を開く。
「ケネブレスの英雄がどうして人殺しに手を染めた?答えなさい」
「英雄?英雄は彼ら四人よ。私はただの従者に過ぎない」
「何故人殺しになったのかと聞いています」
「……復讐よ、単純でしょ?」
この人は一体何者なのだろうか。そもそもどうしてここに? 疑問が次々と湧いてくるがそれを口に出す事は出来なかった。彼女の放つ威圧感に押しつぶされてしまいそうだから。
「復讐という動機で、たった一人で、このクリスタリアを恐怖の底へ叩き落したと」
「ええ、もちろん」
私の言葉を聞いても表情を変えなかった。まるで私が何を言おうとも関係無いと言っているかの様に。女性はフードを外し素顔を見せた。薄い水色の髪が全容を見せる。
「あなたは歴史に残る大罪人でしょう。たった一人で悪人とはいえ数百人の命を奪い、民達が穏やかに暮らせる平穏を奪った」
「裁くの?広場で私の首は晒されるんでしょうね」
すると女性は椅子から立ち上がり、窓際へと歩いて行った。
「それも選択肢の一つのうちでしょう。ですが他の選択肢もあります」
女性は私を見つめる。瞳には怒りや憎しみといった感情は無く、ただ真っ直ぐと私を見つめているだけだ。
「私の話を聞いてくれますか?アイラ」
私は静かにうなずいた。
「では、アスター。彼女を開放しなさい」
彼は頷くと魔法を解いた。蛇が幻となり消えていく。もう束縛されている状態ではなくなった私はゆっくりと立ち上がり、ベッドの上に座った。
「話とは?」
「私はシーラー・レギンレイブ。クリスタリアの女王です」
王が死んで代が変わるだろうと思っていたが、まさか若い女王だったとは意外だ。
「それで?」
「敵の敵は味方という言葉があります。私もルクス・エテルナを国の脅威として見ています。言いたいことは分かりますか?」
「駒になれと」
「ええ。こちらからルクス・エテルナに関する情報をアスターを通じて伝えます。あなたは実行して下さい」
「それは……」
私が言葉を濁すと彼女は言葉を遮って言った。
「報酬の話でしょうか?あなたが満足するまで与えましょう。まず、あなたの指名手配を実質取り下げられるようにします」
「そんな事が本当にできるの?」
「即座に取り下げられれば混乱を招くでしょう。しかしあなたが捕まった場合、私兵を使ってあなたを開放します。少なくともあなたの名前、顔が公に晒される事を防ぎます。あなたがどれだけ人殺しをしても、ルクス・エテルナに関する事なら不問に処します。また、必要とあらば権力を与えましょう。船を与える事などは出来ませんが、図書館の資料の閲覧権限が欲しい、物資が欲しい、他国への入国許可証などが欲しいなどの要望があれば叶えて差し上げます。偽造された戸籍を用意してもらうことも容易いです。どうでしょうか?」
女王の駒にならなければならないが、今までの活動が暗に正当化されるのだ。それどころかもっと自由に動けるかもしれない。復讐の目的に強力な後ろ盾が得られるという事はこれ以上ない利点だ。だから、呑まない理由が見つからなかった。
「……わかりました」
「ありがとうございます。あなたの銀行口座に今までやってきた事の報酬と、前金として1万の白金硬貨を振り込んでおきましょう。では、私が知っている限りのルクス・エテルナの情報を教えます」
女王から聞かされたのは、幹部の一人の情報だった。オーエン・グランツという名前だった。彼は王国の軍指揮官であるが、ルクス・エテルナの始末部指揮官である。部下にはグレイザー達がいる。彼はスチームタウンのローカルガバメントと内密に繋がりを持っているとのこと。スチームタウンは名目上、フルドゥールの領地となっているが、実際は独立都市国家のようなものとなっている。女王も会議の席に立たせてくれないのに、オーエンが内密につながっているという事は、スチームタウンと共にクーデターの計画を謀っている可能性がある。証拠を掴み次第、彼女は抹殺を依頼するとの事だ。次に重要なこととして、テディに関する事だ。彼は残忍な暗殺者となり果てており、私を挑発するかのように各地で無差別に死体を晒しているらしい。恐らく、私の居場所を突き止める為だろう。まず彼を止めるよう依頼し、生死は問わないと言われた。彼は近いうちにクリスタリア内に現れ、私を殺しに来るはずだ。
「これで全部?」
「今のところはそうです。全容は掴めていません」
「分かった」
女王は再びフードを被る。
「今日はこれで失礼します。アスターは引き続きあなたに同行させます。まずはテディを探ってください」
縦に頷くと、女王は部屋を出ていく。扉の隙間から、フードを被った彼女の護衛らしき姿が見えた。女王が去ったのを確認した後、私はベッドから立ち上がってアスターの胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。
「どういうつもり!?」
怒りに任せて怒鳴りつけても、彼はいつも通り表情を崩さなかった。
「わたくしは陛下の駒だった。それだけのことです」
「裏切り者!助けなんていらなかったのに!」
「助けるなんて彼女は全くそう思ってないです。ただ使えそうな駒を拾っただけですよ」
腕の力を緩めると、アスターは襟元を整えながら言った。
「所詮、私達なんて仲間という温かい関係では無いのです。利害が一致していただけの関係。陛下がお望みであったから、あなたが得たルクス・エテルナの情報を陛下に裏で流しただけです」
歯を食い縛り、拳を強く握ってたが手を出すにはもう一歩足りななかった。
「……どうして」
ようやく出た言葉はそれだけだった。すると、アスターは私の顔を覗き込み、憐れむ目で見た。
「アイラ殿はわたくしに何を求めたのですか?出会った時からわたくしに対する期待など無かったでしょう?」
私は何も言えなかった。最初からこの男に対して信用も信頼もなかった。ただ、利用していただけなのに、なぜ胸が痛くなるのかわからない。
「それに何を怒っているのですか。協力することはあなたの望んだことではありませんか?行き場のない感情をぶつけられると困りますね」
こうやって論理的に、感情も無く責め立ててくる奴は苦手だし憎い。だからといって殴るわけにもいかない。
私がもっと早く気づいてればこうはならなかったかもしれない。でも今更そんなことを考えても遅いのだ。
「朝食を食べてきます。ほとぼりが冷めたら動きましょう。それと……」
男は扉に手を掛けた状態で振り向いた。
「陛下の指示とあれば、怪物な貴方でもわたくしは貴方を抹殺します。わたくしが忠誠を誓うのは陛下ただ一人ですから」
そう言い残して男は出て行った。私は何もできなかった。ただ立ち尽くすしかなく、突き刺さった言葉が私を苦しめていた。私は一人でやって勝手に死ぬつもりだったのに、どうして他の連中が私の邪魔をするのか理解できなかった。感情の行き場が無くなって、不安定になって。入れ込むのは間違いとは言え、ああ言って突き放すのが正解なのか?私は人に何を求めているのか。力入れたままの拳を机に叩きつけた。そしてそのまま突っ伏した。