女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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眠ろうとしても眠れない。ここ最近、ずっとこの調子。屋根の上で膝を抱えながら、窓の外に浮かぶ月を見つめていた。あれだけ血を浴びて、傷を与えても、心が痛むことなんて感じなくなってしまった。もう、私は戻れないところまで来てしまったんだと思う。きっとあの時から、死んでしまったんだ。今の私は亡霊みたいなものだ。ただ彷徨うだけの哀れな存在。遠くで旅をしている彼女に顔向けなんてできない。私はどうすればいいのか分からないまま、夜空を見上げ続けている。

 

「アイラ殿、恐らくテディらしき人物を見つけました」

 

テディを探し始めて数日経った頃。ようやく彼が見つかった。数日で夜のクリスタリアに惨殺された遺体が何体も増えている。全て彼がやったことだ。立ち上がると彼は続けた。

 

「彼はハーモニック・ヴォイド区域の下層部、廃墟街と呼ばれる場所にいると思われます。既に衛兵達が調査を始めていますが、あまり芳しくないようですね」

 

この都市のすべてが綺麗なもので溢れているとは限らない。貧困層や犯罪者が集まる場所もある。下水道付近や、開発に失敗した区域などだ。そして、そういった場所は大抵治安が悪い。そんな場所で殺人鬼が出没していたら、当然のように犠牲者が増えるだけ。足を進めるとアスターもついてきた。あの時から私はアスターに失望してしまったのか分からないが、彼と話す機会は最低限のものになっていた。それでもこうして一緒に行動してくれるあたり、任務に忠実ということだろう。

 

惨劇が続いたクリスタリアの活気はもうないに等しい。昼の様子を見ても分かる通り、人々は怯えて暮らしており、繋がりの組織の数も、明らかに無くなって、夜の襲撃も徐々に少なくなっていた。その分、普遍的な犯罪は目に見えて無くなっていた。硬貨袋を盗む盗人も、脅しをかける暴漢の数も、違法な物品取引も、全て消えてしまった。まるで、最初から何もなかったかのように。

 

夜は静寂の街だった。空には星々が輝いている。月明かりだけが道を照らしていた。こんなに静かな街は初めてかもしれない。前なら、どこかから聞こえてくるはずの悲鳴や怒声も全く聞こえてこなかった。ただ、自分の息遣いだけが聞こえるだけ。こんな場所はどこ探してもないだろう。私達以外に人はいないのでは、そう思ってしまうほどにこの街は恐怖という幕に包み込まれてしまっていた。

 

しばらく歩くと、目的地に到着した。そこは瓦礫だらけの場所で、崩れた建物の破片などが散乱している。地面からは雑草が伸び放題だ。開発は数年前だったが、そこにデモニアとの戦争で開発が停止、戦争が終わっても手が付けられず放置されている。持たざる者にとってはここが唯一の繋りの場なのだそうだ。つまりここは無法地帯であり、最後の砦でもある。だが、それもここまでの話だ。今は違う。ここには誰もいないし、何もない。数刻前にこ悲鳴が続いていて、それが止んだばかりだというのに、今では虫の声すら聞こえない。まるでこの場所そのものが死んでいるかのよう。足を進めて、建物を眺める。どれもこれも、廃墟同然の建物ばかりだった。しかし、血痕だけは残っていた。建物の壁に付着しているものもあれば、地面に染み込んでいるものもある。それを見て、ここで起きたことを想像するのは容易かった。血痕を辿っていけば、まるで誘い込んでいるかのように一つの建物へと続いており、扉を開けると、そこに惨憺たる光景が待っていた。天井に切り落とされた四肢が吊し上げられていて、床一面には赤黒い液体が広がっている。向こうに階段があるが、その壁に赤い文字が書かれている。

 

『死神を殺せ』

「衛兵は撤退したでしょう。歯が立たない相手だと理解したようで」

「……衛兵が来ないか見張ってて」

 

アスターに指示を出すと彼は入り口の方へと向かった。階段を上り奥の部屋へと向かう。部屋に入るとそこには大きな空間となっており、中心に机が置いてあった。その上には紙が置かれている。手に取って確認するとこう書いてあった。

 

『冷たい雨が頬に触れるたび、心はなぜか重くなる。昔は違ったはずなのに、今はどこか遠くへ行ってしまったような気がする。これは何と関係がある?』

 

まるで私を試すような内容だった。この文章から読み取れることはただ一つだ。私は答えを知っている。

 

「思い出」

 

そうを呟いた途端、背後から殺気を感じた。咄嵯に剣を抜いて弾くと、金属音が鳴り響いて火花が散る。振り返るとそこには一人の男が立っていた。全身黒ずくめでフードを被っているため顔はよく見えない。男は槍の柄に乱雑な刃物複数を括り付けた武器を構えていた。その刃には赤い液体が付いていることから、誰かを殺したばかりだということはすぐに分かった。

 

「久しぶりの再会は不意打ちなんてね」

「腕は衰えてねぇようだなぁ、死神さんよぉ!」

 

男の声色は狂気じみており、瞳は血走っている。フードから見える傷がついた顔、その表情からは殺意しか感じられなかった。あの時よりも更に狂気が増しているように思える。蹴りを繰り出すも避けられてしまうが、これで距離を取ることが出来た。

 

「目的は私の首?それとも……」

「決まってんだろ!お前を殺すことだ!」

 

男は有無を言わずに刃を突いてきたが、それを剣で弾きながら後ろに下がった。それでも男は絶えず距離を詰めて槍を乱暴に振って突いてくる。私は反撃する暇もなく避けることに徹した。

 

「興奮しているようね」

「久々の大物だからなぁ……それにあの時の借りもあるからなぁ!」

 

そう言って今度は薙ぎ払いを仕掛けてきたが避けた。すると男がニヤリと笑う。次の瞬間には私に向かって突進して、私は咄嵯の判断で剣を前に突き出して受け止めようとする。しかし間違いだった。男の槍の先端が光り輝きだし、腹に突き刺された。

 

「ぐっ!?」

 

身体中に激痛が走り、思わず膝をつくと男は勝ち誇った顔を浮かべていた。槍を刺したまま男はもう一本の槍を手から取り出してきた。その穂先は赤く染まっている。

 

「今、どこから槍を取り出したか疑問に思っただろう?同じ実験体なら魔法くらい使えてもおかしくないよなぁ!」

 

男は振り下ろしたが、私は急いで槍を抜いて、腕を黒く硬化させ、獣の腕にして防いだ。だが、それでも衝撃が強くて地面に叩きつけられる。そこに男が仕留めようと何度も振り下ろしたが、でたらめだと見抜いて避けて立ち上がった。

 

「最初は押されたけど、だんだん分かってきた。そろそろ始めようか」

 

剣を握り直して構えると、テディも構えてきたので同じように迎え撃つことに。まず先に仕掛けたのはテディの方だったが、私の予想通りの動きだったので簡単に避けられた。そのまま何度も槍を突き出してくるが、全て避けることが出来た。

 

「暗殺者名乗ってる割にはうるさい口だね。声で居場所を明かしてそうね」

「安心しろよ、目撃者は全員始末したから誰も知らないさ!それに、お前を殺すまで俺は死なねぇんだよ!!」

「今日は何人殺したの?その分だけお返ししてあげる!」

「覚えてねえなぁ!!まあ、どうせ死ぬんだから関係無いだろう?」

 

何度も攻撃を避けていたが、やはり単調だったせいか動きが見えやすくなってきた。そして隙を見つけて回し蹴りを入れると、男はバランスを崩してしまう。胸を狙って連続で突き刺したが、全部弾かれてしまった。

 

「同じ技は効かないと言っただろ!」

「じゃあこれは?」

 

スチームマスケットを取り出し、テディの眉間に向けて引き金を引いた。意表を突いたと思えたし、命中して彼は血を流して倒れた。しかし穢れを持っている以上、彼がそのまま倒れるとは考えられない。

 

「はは!やったと思っただろう?残念だな」

「まさか」

 

テディは立ち上がり、今まで使ってきた槍を手放した。

 

「俺がこんな貧相な武器を使うわけないだろ!見せてやるよ、今からすげえもんをな!!」

 

そう言うと彼の腕は獣特有の軟体的な変化を見せ始めた。筋肉が膨張していき、皮膚も黒く変色していった。驚くことに、右腕が生物的ながら機械的と思える形状に変化していたのだ。腕の中に刃が仕込まれていたのか知らないが、右腕自体が回転する刃になっていた。あんな物で斬られたらひとたまりもない。

 

「こいつでお前をぐちゃぐちゃにしてやるぜ!」

「冗談でしょ」

 

私は恐怖を感じつつも、冷静に対処することにした。まずテディが右腕を振り回しながら突っ込んできた時、剣に持ち替えて受け止める。しかし、回転する右腕の刃は火花を散らし、私の剣を壊そうとしてきた。このままだと刃が砕けると思い、慎重にいなしてテディから距離を取りつつ、自分の剣を見た。まだ大きな傷は付いてないものの、剣で防御するのは危険だと判断したので距離を取りながらマスケットで銃弾を撃つも、右腕が銃弾を弾き返す。

 

「どうしたどうした!お前はそのまま逃げんのか?」

 

テディは私に向かって挑発するが、対抗する手段が思いつかない。ひたすら距離を取って避わすことしかできなかった。右腕が廃墟の壁にめり込むと、威圧的な轟音を鳴らしながら壁を破壊した。このまま奴を暴れさせておけば、廃墟もいつか崩れてしまう。

 

「面白くねえけど、ここを潰しちまってお前を下敷きにすればいいか!」

 

乱暴に右腕を振り回し、柱や壁を破壊させていく。その度に瓦礫が崩れ落ちてくるため、足場が悪くなり思うように動けない。

 

「建物を解体する仕事だったら、あの腕便利そうなのに!」

 

そう言いながらも、なんとか避け続けていた。しかし、ついに右足を踏み外してしまい、バランスを崩して倒れてしまった。

 

「うぐっ!」

 

地面に倒れた衝撃で全身を強く打ち付ける。そして、テディは真上から右腕を勢いよく振り下ろした。私は咄嵯の判断で転がるように回避した。地面から右腕と触れ合う火花が散る。もし反応が遅れていたらと思うとゾッとする。近くに置いてある廃材を武器として強引に持ち上げると、そのまま叩く。だが、木材や石材混じりの攻撃で打撃にならず、廃材は右腕によって簡単に砕かれてしまうが、石材が右腕の回転する刃に引っかかったのか、回転していた刃が止まったのだ。すぐに廃材は弾き出されて刃は動き出したものの、弱点となりそうな部分を見つけた。

 

「よし……」

 

廃材を適当に奴に投げつけると、彼は右腕で切り刻むために腕を振り回し始めた。石程度ではすぐに弾き出されて意味が無い。もっと硬いものをぶつけなけれと思った時、私の腕が視界に入った。かなり危険だが、それ以外の方法がないように思えた。

 

「もう私は逃げないよ。これ以上建物が壊されたら困るし」

「だとしたらどうするんだ?」

 

剣を右手に持ち替えて、左手で招くように手招きをした。

 

「近づいてみなさい。今度こそ仕留めてやる」

 

挑発に乗ったのか、それとも誘い出されたのか分からないが、テディは右腕を私に向けて突進してくる。その右腕が私を斬ろうとした時、私は生の状態の左手で奴の右腕を受け止めた。切り刻まれる激痛が左手に走り、血が飛び散り、骨まで見えてしまう。悲鳴を上げながらも、回転する刃が腕の深くまで入ったと感じたら、左手を硬化させると回転する刃は徐々に鈍くなり、やがて止まった。テディが右腕を動かそうとしても、左手と奴の右腕は一体化して離れない。

 

「そんな武器に頼っているから!」

 

右手の剣でテディの右腕の脆い部分を斬り裂く。左手に一気に重みが感じられ、すぐに痛みも襲ってきた。左手の硬化を解除すれば、テディの右腕は私の武器となり、右手で回転する刃を持ち構えた。テディも左手に槍を握り締めて応戦する。

 

「俺の武器が……この野郎!」

「あんたには過ぎた物よ」

 

テディは怒り狂ったように攻撃してきて、それを全ていなす。そして、回転する刃を振り下ろしたら、彼の槍が防ごうと先を向けていた。金属と金属が擦れ、やがて彼の刃にひびが入っていき、ついには砕いた。私は奴の右肩から左脇腹にかけて、奴の右腕で切り裂く。

 

「貴様ああぁあ!!」

 

奴の怒りに満ちた悲鳴を聞きながら、私は回転している刃を止めずに振り回し続ける。黒い液体が飛び散り、肉片や骨の破片などが散らばっていき、やがてテディだったものは動かなくなり、地面に倒れ込んだ。回転する刃を捨てると、その死体を見下ろした。

 

「これで、いいのよ……」

 

そう呟きながら、自分の手を見る。血が流れていて、服にも返り血を浴びていた。私が覚えていた頃のテディは、ちょっと激情的な所がありながらも、良心が残っていた。だけど今の彼は違う。ふらつきながら廃墟の外に出ると、アスターが待っていた。

 

「終わったようで。……左手を負傷していますね」

「大丈夫よ、このくらいは止血して寝れば元に戻る」

「怪物というのはつくづく恐ろしい存在で……」

 

騒ぎが起ころうと、衛兵が動く気配は無い。シーラーが裏で手を回してくれたのだろうか。虚ろな目で道を眺めていると、アスターが口を開いた。

 

「アイラ殿、わたくしから見て貴方は狂っています」

「その根拠は?」

「人殺しを楽しんでいるように見えます。復讐という動機で殺人を犯しているのは分かりましたが、それは本当に正しい事ですか?人を殺せば殺すほど、自分が壊れていく事に気付いていないんですか?」

「……もう壊れているから平気だよ。狂っているのは分かっている。傷つける度に本能が疼くんだもの」

 

静寂の街を作ったのも、私の自我が起こした行動だ。私は恐怖をばら撒く悪魔にでもなった気分だった。

 

「何がどうなればこのような狂人が生まれるのか、わたくしは不思議です。貴方に何が有ったのです?」

 

私は黒く、虚な笑みを浮かべて答えた。

 

「……数ヶ月前辺り、ケネブレス付近の話よ」

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