2023/11/02:登場人物の名称を変更
今日は雨が降りしきる日だった。自由貿易都市ケネブレス・ゲートの道は馬車の車輪を滑らせるほどにぬかるんで、馬車が勢いよく通れば水飛沫が跳ね上がり、通行人の服や顔を濡らす。雨の日に私達は町から旅立とうとしていた。
「いいの?ここで暮らせばもっと安全で快適な生活ができるよ?」
言葉を英雄になった四人に向けて言った。カリード達は私の言葉を聞いて苦笑する。
「そうかもしれないけどさ、俺達には夢があるからな。次なる冒険が俺達を待ってるんだ」
カリードは拳を握って高々と天に向かって突き上げると、他の三人も続いた。火中に飛び込むのは冒険者としての宿命なのか。空は灰色の空が覆っていて太陽は見えない。でも、彼らは希望に満ちた目をしている。私は彼らを羨ましく、眩しく見えた。
「次の目的地は?」
私が訊ねると、カリードは少し考えてから答えた。
「まだ決めてないんだけど……とりあえず北の国に行ってみようかと思ってるんだ」
「なら、まずは北の港町へ行かなきゃね」
泥道を通って、ゲートが見えてきた。私は黒いフードを深く被る。カリード達もクロークを羽織って顔を隠していた。落ちる水滴が彼らの身体を打つ。門番は私達を通してくれて、道を譲ってくれる。門番の表情はどこか寂しげで、でも温かい眼差しを送ってくれたような気がした。英雄の旅立ちを祝福しているように思えたのだった。
――
街を出てからある程度の時間が経った。灰色の空はまだ続いている。地面を覆う土の色が変わることはなく、ただ延々と同じ景色が続いていた。今は森の中にある道を通っている。周りには木々が立ち並んでいて、薄暗い雰囲気だ。町を発ってから、私の胸の中に不安感が広がっている。どこから来るのか分からないけれど、何か嫌なものを感じているのだ。森に入ってからずっと感じていて、心が落ち着かない。
ふいに先頭にいたカリードが振り返った。
「皆、大丈夫か?冷たくなってないか?」
「うん、大丈夫」
ネイラが答えると、エルドスも口を開いた。
「ああ、問題ない」
ブランカは何も言わずに小さく頷く。そして最後に私が応えると、カリードは再び前を向いて歩き出した。
しばらく歩くと、胸のペンダントが小さく揺れた。魔力を持つものが近くにいるという合図である。私は立ち止まって辺りを見渡したが、誰もいない。カリードが立ち止まって私の方を向く。彼は不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
私は何も言わず、感覚を研ぎ澄ませると、木々のざわめきが何故か大きく聞こえる。まるでこの先に待ち受けるものを恐れるように。そして、ペンダントの揺れがだんだん強くなってきた。私は剣を抜く。
「……カリード」
「どうしたんだ、アイラ」
「良く聞いて欲しいの。もし強い魔物に出会ったら、私を置いて皆と一緒に逃げて」
突然の言葉にカリード達は驚いていたが、すぐに反論してきた。
「何言ってんだよ!仲間を置いて逃げるなんてできるわけねぇだろう!」
「お願い」
私は真剣な瞳を向けた。すると、カリードは諦めたように溜息をつく。
「分かった。でも、助けられると思ったら俺はお前を助けるぞ」
私は小さく頷いた。そして再び歩き出す。雨はだんだん強くなり、視界が悪くなった。心臓の鼓動がだんだん早くなっていく。雨の音と足音だけが聞こえてくる中、突如として歪んだ音が耳に届く。すると前方にポータルが現れ、人の形をした魔物が現れた。魔物は男性の形をしているが、人間らしさが欠けていた、手には歪んだ槍を持っていた。
「ようやく見つけたぞ。俺達と遊んでもらおうか」
男は笑みを浮かべた。私は咄嵯にカリードの前に立ち、剣を構える。
「逃げて。こいつは特に危険な感じがする」
私は後ろにいるカリード達に声をかけるが、彼らは首を横に振った。
「俺だって戦えるさ」
「駄目、あなたが死んだら他の人達をどうやって守るの?」
カリードは唇を強く噛む。私は目の前にいる男の方を見た。奴は笑みを絶やさず、余裕そうな態度を取っている。
「先行ってる。死ぬなよ、アイラ」
カリードはそれだけ言い残すと、他の三人を連れて走り去っていった。去ったのを確認したら向き直る。
「あなたはいわゆるルイン・チルドレンという連中なの?」
「その通り。お前が最も憎む奴の手下というわけだ。俺はブラックスピアだ」
私は剣を握り締めて、一気に距離を詰める。最初の一撃は、男の持っていた剣によって防がれた。金属がぶつかり合う鈍い音が響く。
「随分と積極的じゃないか」
「遅い方が悪いんじゃない?」
私は相手の攻撃を避けて反撃する。しかし、相手も素早く避けた。雨が降りしきる中、私達は激しい攻防を繰り広げる。その時だった。私の背後で悲鳴があがる。カリード達が逃げていった方角だった。
「カリード!?」
「余所見してたな!」
「うるさい!」
隙をついて男を殴り飛ばし、私は声のした方に駆け出す。そこに頭と胸を槍で貫かれたカリードの姿があった。彼の身体は木に磔にされるようになっていて、地面には血溜まりができていた。
「カリード、ごめん……」
向こうにはエルドス達が必死にまだ逃げようとしている。
「余所見してると危ないな!」
男が上から強襲してくるが、剣で受け止める。力任せに押し返し、バランスが崩れたところを狙って斬りつけるが避けられてしまう。
「アイラよ、残念だが相手は一人ではない」
気づいた時にはもう遅かった。背後からナイフが飛んできて、私の脇腹に突き刺さった。ナイフは麻痺毒が塗られているようで全身に痺れが回る。身体に力が入らなくなって倒れてしまう。
「いくら灰の少女とはいえ、所詮はただの小娘だな」
笑いと共に刺してきたのは仮面を被った黒フードの人物だった。道化は私の横を通り過ぎる。
「さて、惨劇を始めようか……」
「あの方の意向だ。しっかり見せてやろう」
私は立ち上がろうとするが、上手くいかない。二人の笑いが聞こえる。次に聞き覚えのある人達の悲鳴が聞こえてきた。喉から声を出そうとしても麻痺で喋ることができない。男が私の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。
「よく見ておけよ、これから起きることを。お前の大事な仲間が殺されるんだ」
エルドス、ネイラ、ブランカが魔物達に捕まっていた。四肢を拘束されて身動きが取れなくなっている。男が私の顔を掴んだまま、エルドス達の方を向かせた。エルドスは恐怖で震えていて、ネイラは虚ろな目をしている。ブランカは泣き叫んでいた。やめてと叫ぼうとしても声が出せなくてどうすることもできない。
「まずは男からだ」
鎌を持ったブラックスピアがエルドスの前に立つ。そして大きく振りかぶった。
「……すまない」
エルドスはそう呟くと、鎌が彼の上半身と下半身を真っ二つにした。体はその場に崩れ落ちる。叫びたくても叫ぶことができない。自分の無力を呪うことしかできなかった。仮面の男がネイラの方に近づいていく。
「改造されて魔力を無理矢理引き出されているではないか。哀れなものだ……」
ネイラはカリード、エルドスを失って絶望していた。抵抗する気力は残っていない。男はネイラの魔力を暴走させ、発火させた。ネイラの身体が炎に焼かれていく。
「いやああぁぁあ!!!」
彼女は断末魔をあげる。そして、悲鳴は聞こえなくなった。骨だけになった彼女の亡骸が地面に置かれる。
「最後は派手に」
人型の大きな獣、四本足で立っており、六本の腕を持つ獣がブランカの四肢を拘束し、持ち上げた。
「いや……やめて……」
涙ながらに懇願するが、他の魔物達は容赦なく彼女の手足を掴む。魔物に理性は無い。人をおもちゃのよう弄ぶのだ。ブランカの四肢を引っ張り合い、ブチッという音が響いた。
「ぎゃうぅ……!!やめ……て……やめてぇえ!!」
心の中から少しずつ湧き上がってくる感情が抑えられない。怒り、悲しみ、憎しみ、殺意。全ての負の感情が混ざり合って込み上がってくる。耳も目も塞いでしまいたい。でも出来ない。
「ぎぃやああぁぁ!!」
ブランカの絶叫と共に聞こえてはいけない音が耳に届く。肉を引き裂かれる音、骨を砕かれた時の鈍い音、内臓を潰されたような気持ち悪い感触。恐らくブランカは絶命した。
その瞬間、怒りが一気に流れ出し、理性は壊れ、本能が動き出した。私の意識はほぼ無いに等しく、両手足は穢れによって黒く染まり、麻痺毒も関係無しに動いている。
ルイン・チルドレン達は変異した私を見て破顔すると、ポータルの中に消えていく。やり場のない怒りを抱えた私は、怪物のように辺りに居た獣達を屠った。乱暴に剣を力のまま振り回し、胴体を大きく縦で切り裂いて魔物を次々と葬る。
「……こんなものか」
意識を取り戻した時、辺り一面死体の山だった。見下ろして、小さく息をつく。雨は続いていて、雷が鳴り始める。
私の仲間が死んだ。ルクス・エテルナという下らない連中に殺された。雷鳴が轟く中、私の中で何かが壊れていった気がした。
「何が運命よ、笑わせてくれる」
私は空を見上げて呟く。灰色に染まった世界は私の心を映しているようだった。
――
赤、赤。赤が壁に塗られている。壁に死体が横たわっており、通路には多くの死体が転がっていた。壁に描かれた赤は一人の人間が描いたものだった。ここは研究施設。穢れを使った人体実験が行われている場所だったが一人の人間によって壊滅させられた。
「た、頼む!何が望みなんだ!?金か?」
黒いフードを被った人間が、男の胸ぐら掴んで持ち上げて問い詰めている。男は必死になって命乞いをしているが無意味だった。次の瞬間、男の首は切り落とされてしまう。首から大量の血液が噴き出し、その人間は返り血を浴びて赤く染まる。人物は黒いフードを外し、素顔を見せた。人体実験によって髪色が白く変色している少女。
そう、私がここにいた奴らを皆殺しにした。施設はネイラから地図で教わったもので、何か手がかりがあるかもしれないと踏んだ。案の定、ここにいた研究者達はルクス・エテルナのメンバーで非人道的なことをしていた。
所長室の資料を漁り、資料を見つける。そこにはルクス・エテルナが関与する施設や人物の情報が書かれていた。その中には……。
「ヘクサリア、テディ、グレイザー……」
懐かしい名前が記されていた。かつて共に戦った仲間の名前。だが彼らはルクス・エテルナの一味として行動していた。次に会った時は殺し合うことになるだろう。用は済んだので帰ろうと歩いている途中に隔離部屋を見つける。扉には鍵がかかっているが、腕に力を込めると、簡単に破壊できた。中に入ると、檻の中に男が居た。囚われている割には清潔な格好をしていて、長い髪も後ろに束ねられている。男は私が来ても表情を崩さず、冷静な態度をとっていた。私はこの男を知っている。底が知れない男だったとその時感じていたのだ。
「何か騒がしいと思っていましたが、あなたの仕業でしたか」
「あの島にいたアスターね?」
「ええ、私は元々組織に雇われていましたが、連中に用済みと言われて処分されるところで」
「組織で何をしていたの?」
「主に情報収集です。敵対組織に潜り込んで情報を得ること。時折血を流すこともありましたけどね」
私は男の枷を切断し、開放する。
「……そう。貴方に興味は無い。逃げたければ勝手に逃げれば」
私はそう言って立ち去ろうとすると呼び止めた。
「少しお待ち頂けますかな?」
「……何」
「わたくしはルクス・エテルナを憎んでいます。組織を潰したいと思っているのですが、協力してくれませんかね」
「何が出来るというの」
「私は連中の情報を持っています。殺したいやつの名前を教えてくれれば居場所を教えてあげましょう。あと私は邪教の魔術を使えます。戦力としては申し分ないはずですが」
「……わかった。好きにすれば」
私はそう答えて、彼に背を向ける。彼は私に礼を言うと、私のあとについてきた。
「これからよろしくお願いします」
「……ええ」
私は彼を連れて、その場を後にした。