女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

41 / 61
2

何度も見慣れた静寂の夜。来る度必ずどこかで血が流れていた。そんな繰り返される夜も、あともう少しで出口が見えてくる。しかしそれは夜明けではなく、さらに深く暗い夜の始まりのような気がした。セントラルホール地区にある廃屋敷の前、私は一人佇む。

 

「……ここか」

 

呟いた声は闇に溶けて消えていく。最後の招待状に招かれてやってきたこの場所には、もう何の気配もない。あるのはただ、月明かりと私の影だけ。目の前にある古びた屋敷を見上げる。私がこの街で殺戮を始める前から廃墟と化していた建物。おそらくここにいるであろう人物を思って扉に手をかける。軋む音と共に開いたその先に待っていたのは、やはり想像通りの光景だった。

 

「来てくれたか、友よ」

 

壊れた椅子や机の山の頂上に座って見下ろすグレイザーが私を呼ぶ。

 

「遅刻はしてなかった?」

「ああ、問題ない。当然、お前は俺を殺すために来てくれたのだろう?」

「そうね」

 

短く答えるとグレイザーは煙を出す棒を取り出し、先端に火を点けた。口元へと持っていき、ふっと息を吹きかける。すると小さな炎がゆらりと揺れながら立ち上った。

 

「殺し合う前に、質問があれば答えよう。きっとお前は多くの疑問を胸に秘めているはずだからな」

 

私は床に散らばっていた机を椅子代わりに座る。

 

「まず、別れてあんたに何があったの?」

 

グレイザーは目を閉じて語り始めた。

 

「待遇を良くしてくれることを条件に、帝国に徴集された俺達は帝国の変わった兵団に配属された。任務内容としては、敵国の都市などで民間人を巻き込んだ工作活動。当然女、子ども殺したが、既に兵士として完成されている俺達にとって、それは精神に害を与えるものではなかった」

「デモニアでの戦いはどこに?」

「その時、俺達はデモニアから離れた場所で戦闘をしていた。研究施設に送り込まれたフルドゥールの工作員達から施設を防衛する任務で、工作員を捕えたり、新兵器の投入で敵を退けていたが、突如デモニアが消滅。国も消え、指導者も失った俺達は撤退を余儀なくされた。行くあてが無くなった時、帝国の残った指導者達が再び俺達を集めた」

「ルクス・エテルナね」

「ああ。俺達はそこで執行部門に配属され、組織の存在に気付いた者や、脅威となった者を排除する仕事だ。俺はそこで多くの人間を殺した。しかし、最大の脅威が現れた。それが……」

 

途切り、グレイザーは再び口にくわえた。

 

「お前だ。古き友にして、俺達の仲間を尽く殺していったお前だ。……お前が現れたせいで、現在の執行部門は壊滅寸前だ。多くの仲間がお前によって殺された」

グレイザーの口調は言葉と裏腹に穏やかだった。達観してしまったような、諦めた雰囲気さえある。

「戦う理由は仲間の仇?」

「いや、運命と俺達、どちらが正しいか確かめたい」

「どういうこと?」

「迷宮から脱出した後、俺は世界に失望した。思い出してくれ、迷宮に居た頃の俺達は単純だったはずだ。俺達はただ、力で生き延びれば良かった。だが、外の世界ではそうはいかない」

「そうね。この世界は複雑すぎる」

「世界は単純ではなく、強大過ぎた。人々は誰を味方にするか、誰を敵にするか、常に選択を迫られている。俺達が迷宮で生き延びたようにはいかない。俺達は弱すぎた」

 

また途切り煙を吐き出した。私はそれを黙って見ている。

 

「日々を過ぎれば過ぎるほど、共に生き延びた友が少しずつ死んでいった。俺は気付いた。世界はもっと単純で無ければならないと。俺達はただ力があれば良かったはずだ」

「単に、社会性のない人間だっただけよ」

「そうかもしれない。だが、お前は違う。力だけで生き延び、そして今も力によって生き延びている。今無き戦友たちも、お前を羨むだろう」

 

グレイザーの言葉に思う事はあった。私は視線を逸らすことなく、ただ黙って聞く。

 

「俺はこの世界を燃やす。国を消し、異種族をすべて滅ぼし、力さえあれば生き残れる世界を作る。その決意が正しいかは、後の戦いが証明してくれるはずだ」

 

立ち上がり、私を見下ろした。私も立ち上がり、彼を見上げる。彼の目には迷いなど無く、ただ決意だけが宿っていた。

 

「友よ、割れた窓から町を見るがいい」

 

グレイザーに促されて、私は割れた窓から外を見る。各地で炎と煙が上がる街があった。

 

「一度放った火は簡単には消えない。俺達は迷宮に閉じ込められたあの時から炎と共に生きてきた。灰になるまで炎は燃え続けるだろう」

 

グレイザーは再び私の目を見つめる。

 

「さあ、始めよう」

 

私は手にあった剣を消し、手元にスチームマスケットが現れる。グレイザーは燃える棒を捨て、彼の足元にある木の山へ放った。木や椅子は燃え始め、辺りには煙が立ち込める。グレイザーの手元には両手で持つ大きな剣が現れた。

 

「楽しもう、友よ」

 

彼が言った瞬間、私はスチームマスケットを彼に向けて発射した。しかし剣で弾かれ、一気に私との距離を縮める。振り下ろされる剣を間一髪で避けた私はスチームマスケットを消して、剣を出現させた。刃をぶつけ合うが、グレイザーの力は強く押し切られそうになる。

 

「武器を取り出す力を手に入れたか、お前も戦いの中で学んでいるのだな」

 

グレイザーは私ごと吹き飛ばした。床を擦るように滑った私は、すぐに体勢を立て直して彼の方を見る。彼は既に次の一撃を放とうとしていた。

 

「はあっ!」

 

しかし、身軽さは私の方が上だった。私は左手の剣で彼の剣を受け止め、右手で投げナイフを彼の胸に打ち込む。しかし、狙った先には心臓だけを守る鎧があった。

 

「俺にもまだ運があったか」

 

グレイザーは私から距離を取って、鎧に刺さった投げナイフを抜いて投げ捨てる。

 

「やはりお前を相手にした場合、剣での戦いは無謀か。ならば……」

奴は大剣をしまって、ダガーを取り出した。この空間は木材が燃え盛り、煙が充満している。煙を吸わないように、息を止めながら彼の動きを見ていた。

グレイザーはダガーを構えると、私に向かって走り出し、私はそれを迎え撃つように剣を振るうが次の瞬間、グレイザーの煙幕爆弾が炸裂し、辺りは一気に白い煙に包まれた。薙ぎ払って煙を晴らすと、グレイザーの姿はこの空間から消えていた。すぐに彼の気配を探ると、廃屋敷内の遠くで、待ち伏せているのが分かる。

 

「あんだけ言って、逃げ回るの?」

 

私は呆れながら彼を追いかけようと、廊下を駆ける。しかし、ある線を超えた瞬間、壁の方から爆発音が聞こえた。

 

「くっ!?」

 

私は咄嗟に防御魔法を発動しようとしたが、爆風による飛散物で防御を破られ、吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 

壁は左側だった。左肩から左わき腹にかけて、棘が生えた鉄球の破片が突き刺さっている。痛覚を遮断しているはずの体が痛みを訴えていた。大きな破片を引き抜き、治癒力を機能させる程度まで傷を治す。

 

「ごほっ、がはっ」

 

咳と共に血が口から溢れる。痛みは残るものの、動くことは出来る。すると気配が違う場所に現れた。また通路を走り、今度は罠に注意しながら進む。しかし、どこから罠が飛んでくるか見抜くのは容易ではなかった。突然足元に毒矢が飛んでくる。跳んで躱したと思ったが、足元が崩れて落下した。

 

「くそっ!」

 

私は悪態をつきながらも着地した。しかし、狙っていたかのように天井から複数の短剣が落ちてきた。避けるも左腿に激痛が走り。見ると血が出ていた。痛みに耐えながらその場を離れる。

 

「かくれんぼのつもりなの!?」

 

苛立ちが募りながら、落とし穴を出ると、グレイザーが逃げる後ろ姿を捉えた。私はすぐに追いかけるが、むきになって部屋のドアに罠がないか確認もせずに開けてしまった。開けた瞬間、前から複数の矢が飛んでくる。

 

「くっ!」

 

私は咄嗟に防御魔法を発動したが、間に合わずに矢が数本刺さってしまった。四肢が固まってしまう。麻痺毒だ。

 

「ぐっ……」

 

私は歯を食いしばって痛みに耐えながら、グレイザーを追いかけようと思ったら、私が追いかけていたグレイザーは幻だった。

 

「はあっ!」

 

背後からダガーが腹に突き刺さった。

 

「ぐうっ!」

 

麻痺しているせいで避けることが出来なかった。胸は反射的に硬化していたが、ダガーは貫通していた。

 

「よし、次の段階だ」

 

グレイザーはすぐにダガーを抜き、再び逃げ始める。治癒力のおかげで、十数秒で治療は終わる。私はすぐに追いかけるが、今度は背後の方から何故か収納家具が壁のように迫ってきた。

 

「なっ!?」

 

高速で迫ってきた収納家具は、私の体を挟むように衝突した。

 

「がっ!」

 

壁に叩きつけられ押しつぶそうとしてくるが、体はまだ動くため、力で強引に家具を壊して脱出できた。肩で息をしながら、床に倒れこむ。小さな破片による出血、左足をやられ、さっきの罠で受けた傷もある。ポーチから薬を飲もうとしたが、取り出した瞬間、薬の瓶狙って銃弾が飛んできた。瓶は弾け飛び、薬が辺りに散乱する。

 

「くっ……」

 

私は痛みに耐えながら、治癒力に全てを託す。グレイザーに見通され、休息の時間すら与えられない。

 

「……かくれんぼの基本だったね。追いかける方も気配を消さなければ」

 

気配を追いかけてばかりで、奴の策に何度もはまった。恐らく彼はこの廃屋敷の外には行かない。なら、20辺りの部屋を探せば、いずれグレイザーは現れる。廊下などを使わず、時に外から登って探す。しかし、あたりをつけた場所に奴は居なかった。

 

「逃げた?」

 

私は少し焦り始める。しかし、グレイザーが戦いを止める理由はない。すると、一発の銃声がもう一つの大きい空間から聞こえた。私はその方向へ走る。次の空間では彼が座って待っていた。

 

「かくれんぼはやめたの?」

「……ああ」

 

廃屋敷に時間はなかった。次々と燃え始め、いずれは炎に包まれ、崩れ落ちる。その前に奴を倒さなければならない。ここにも煙が侵入していた。

 

「かくれんぼは終わりだ。しかし……諦めたわけでは無い」

 

グレイザーが指先で何か微弱な魔法を発動した。すると、天井近くの壁が次々に爆発し、崩れてきた。

 

「この地下は水道に繋がっている。崩壊させれば、お前も生き埋めだ」

 

グレイザーはまた煙幕を張って姿をくらませる。上を見た時、抜け道が無いほどの巨大な瓦礫の塊が落ちてきた。

 

「くっ!」

 

私は咄嗟に防御魔法を発動したが、瓦礫の重さに耐え切れずに押し潰されてしまった。生き埋めになる程度なら抜け出せたかもしれない。しかし、地盤が弱かったのか、瓦礫が私を押しつぶした際、床も崩れてしまった。

 

「う、そ……」

 

瓦礫と共に落下していく。グレイザーの罠に嵌ったことにようやく気付いたが、もう遅かった。私は下へと落ちていく。瞬時に全身を黒く硬化させて、落下時の衝撃を和らげる。しかし、瓦礫で身動きが取れない。さらに悪い事に、水道と繋がっていると彼が言っていたが、崩れた床より下の方から下水から漏れ出た水流が私の居る場所へと流れ込んできていた。つまり、今の私は井戸の底のような場所に居るのである。瓦礫を退けようと、腕を動かそうとした時、上から爆弾が落ちてきた。破裂すると、電撃が駆け巡った。電撃は溜まっていく水を伝って、私を感電させる。

 

「ああああああ!!」

 

私はたまらず悲鳴を上げた。電撃は容赦なく私を襲う。瓦礫を押そうとした両腕は痺れて動かない。溜まっていく水は倒れている私を沈めていく。私は急いで、瓦礫を退かそうとしたが、今までの傷、そして電撃による痛みで、力が入らない。やがて全身が水に浸かり、私は完全に身動きが取れなくなってしまう。奴を見くびっていた。迷宮で一緒に行動していた時のグレイザーは指揮的な立場で、直接戦闘には向いていないと勝手に思い込んでいた。

 

しかし、彼の手に何度も踊らされ、いつの間にか私は追い詰められていた。これで終わり、それもいいかもしれない。殺戮者の惨めな末路として、相応しい終わり方だ。……しかし、とても強い何かの力が、私の死を許さなかった。突然、頭の中に新しい力、知識か何かが浮かび上がってくる。すぐに理解し、瓦礫と水中で身動きが取れない中、私は頭の中でイメージする。

 

そして魔力を少し使って、身体を動かした。すると身体が宙を浮く。下を見ると、今まで私が埋もれていたはずの瓦礫の山、そして巨大な水溜り。物理的なものを無視して、私の身体を一瞬で微距離ながら移動させた。私は上を見上げる。燃える廃屋敷の中にまだグレイザーはいるのか。既に逃げた後か。どちらにせよ、私は彼の気配を見つけようと感覚を研ぎ澄ませる。

 

「かくれんぼ再開よ」

 

瞬間移動を使い、穴を登って崩れ落ちた空間へ戻る。煙は前よりももっと充満しており、数分で肺がやられそうだ。グレイザーはまだ安全な場所に居る。しかし、火は迫っていた。穢れで全身を黒い鎧のように纏わせ、私は全力で駆ける。廊下を走り抜け、罠が作動したら瞬間移動して回避し追いかけた。グレイザーは私の気配に気づいて早めに動いていたが、上回る速さで私は彼を追う。

 

「ごほっ、がはっ」

 

煙のせいで喉がやられる。しかし、止まるわけにはいかない。グレイザーは逃げながら罠を仕掛ける。落とし穴や毒矢の罠など、様々なものを仕掛けてくるが、私には通用しない。火に包まれた廊下を駆け抜け、背中を向けて走る彼に剣を背後から突き刺した。

 

「くっ……!?」

 

グレイザーは咄嗟に防御魔法を発動したが、貫通して胸を貫いた。彼は床に倒れる。

 

「……勝つための手は全て打った。しかし、それでも勝てるという確証が無かった。お前は俺の思惑を悉く超える」

 

グレイザーは血を吐き、咳き込む。

 

「あなた達を操っていたのは誰なの?」

 

かがんで尋ねる。

 

「オーエンだ。彼はスチームタウンの隠された兵器工場で、人を使って機関を動かしている。お前の抹殺任務を出したのも奴だ。彼は……明後日、大陸北東部のアイアンゲート駅に現れる。彼をやれば、執行部門は概ね機能停止になる」

「分かった。ありがとう」

「アイラ、お前は何の為に戦う……?本当に復讐だけなのか?」

「正直に言うと、わからない。生まれた時から私に何か使命がある気がして、突き動かされてきた。でも、それが正しいのか分からなくなった」

「……アイラ、俺達は任務で力をふるう事だけでしか、存在意義を見いだせない。だが、お前は違う。お前は、きっと違う生き方を出来るはずだ……」

彼の言葉に私は何も答えられなかった。

 

「もう火が迫っている……。最後の頼みだ」

 

グレイザーは震える手でダガーを私に差し出す。

 

「持っていくんだ。だがその前に、これで俺を刺してくれ……」

 

ダガーを受け取ると、両手でしっかりと握る。

 

「アイラ、お前は俺の意志を継いでくれるか……?」

 

少しためらったが、力を込めてグレイザーの心臓を突き刺した。

 

「……世界は変えない。でも、あなた達のような人間はなるべく増やさないようにする」

 

私はダガーを引き抜いて、グレイザーの亡骸を横たえる。ダガーをしまい、辺りを見回した。四方は炎に包まれ、煙も充満している。再び全身を黒い鎧で覆ったら、強引に瓦礫を退かして、走った。落ちてくる瓦礫も、塞ぐ瓦礫も全て力でどかして、出口へと走る。抜けた瞬間、廃屋敷は完全に崩れ落ちた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

私は息も絶え絶えだったが、何とか脱出することが出来た。緊張状態が解け、身体が床の上で倒れる。すると向こう側から、一人の男性がこちらに歩いてくる。

 

「アイラ殿、かなり消耗しているようで」

 

彼は私の横でしゃがみ、治療用のポーションを飲ませてくれた。

 

「……陛下からの言伝です。戦うにしても、周りの状況をよく見てから行動するようにと」

「分かってる……。でもグレイザーを倒した。十分でしょ」

「これほどまでに傷が多いのは初めて見ました。今までを考えても、治療には数日かかると……」

「治療は必要ない。もうここを出る」

 

私はそう言って彼を置いて歩き出す。アスターは険しい表情のまま、私の後ろを付いてきた。

 

「アイラ殿、もう陛下から指示された標的は全て排除したのです。次の標的が現れるまで安静に……」

「次の標的は見つかった。今から行かなきゃ……」

「アイラ殿、陛下の指示無しに動くのは……」

「うるさい!!」

 

私はアスターを睨みつける。彼は険しい表情のまま口を閉じた。

「あんたはいつも陛下陛下と言ってばかりで、私のことはどうでもいい癖に! 今度は私の邪魔をする気なの!?オーエンを殺さなきゃ、私の気が済まないの!!」

 

アスターは黙り込んだまま、私を見つめる。

 

「今行けば、あなたの生命に関わるかもしれません。どうか冷静に……」

「引き止めないで」

 

彼を突き飛ばし、口笛を吹いて馬を呼んだ。乗って、彼を置いたまま走り去る。遠くに見える夜明けが憎たらしかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。