出発した列車は、夜の中走り続けていた。景色は真っ暗で何も見えず、ただ車輪の音だけが響いているだけ。席に座って、考え事をしながらずっと景色を見ていた。すると、カルケーが私の肩を軽く叩く。
「……お嬢、やっぱりそのオーエンって奴、怪しい感じがしてたぜ」
カルケーは小声で言った。
「え?どうしたの?」
「ちょっと魔法使いのお嬢に道具を借りてな、頑張って忍び込んだのさ」
彼の手には魔法がかかった道具が握られていた。
「ま、聞いてみな」
カルケーは私に道具を手渡してきた。耳を傾けると声が聞こえてくる。
――
『"G"を送り込んだが、結果はしくじったか。まあ、いい。"Z"を消すにはそろそろスチームタウンの兵器が動く必要がある』
『"ジャガーノート"を利用するのですか?』
『ああ、工場内の初期型を全部起動させる。標的は当然、Zだ』
『余剰戦力になりませんか?』
『我々の部隊をいくら送り込んでも、奴を殺せなかったのだ。なら、もう手加減は不要だ』
『了解しました。では、ジャガーノートを全て起動させます。準備に時間を要しますので、配備するにはかなり……』
『構わん。もはや、Zさえ排除できればいい』
『了解しました。では、次に勇者の処遇についてですが……』
『ああ、"セブン"が興味を持ち出した。その件に関しては彼女に一任するようだ。……ワインをいただこうか』
――
会話は途切れた。道具の時間が来てしまったらしくカルケーに渡す。
「どうだ?」
「怪しかったけど、いまいち掴めないというか……」
「だろうな。あいつらの裏に何かいるらしいし、これから警戒はしておこう」
カルケーは席に座りなおす。会話に出てきた"セブン"という人の名前だけが頭に残っていた。しばらくして、遠く後ろの車両から、トスンと物音がした。気のせいだったのかと思いながら、また窓の外を見る。真っ暗で視界不良。だけど、次の瞬間、列車内の照明が一斉に消えた。
「なに!?」
異常に気付いた皆が騒ぎ出す。列車の人達が車両を回りながら声をかけていた。
「落ち着いてください!どうか元の席に戻って!」
私達の部屋に集まって、会議を始める。
「恐らく襲撃犯が来たのでしょう。標的は彼です」
「でしょうね。ただ、魔法で何人来たか調べてみたけど、たった一人しか来ていないわ。今、遠くの屋根にいて、少しずつオーエン司令官が居る列車に近づいてきているみたいよ」
マーナが魔法で調べた結果を報告してくれた。
「一人か……、なら問題ないな」
カルケーが余裕そうに言った。
「だが、列車の屋根はそう大人数が戦えるような場所ではないぞ」
確かに狭いし、戦うには向いていないかもしれない。
「一人だけ屋根に向かわせましょう。他の人達は列車内で待機して、オーエン司令官を守ります」
エリオットの提案に皆が頷いた。
「じゃあ、私が行く。他の皆は司令官をお願いね」
立ち上がって行く前、マーナが呼び止めた。
「シンシア、屋根に居る襲撃犯はとても強いと思う。気を付けてね」
「うん、ありがとうマーナ。行ってくるね」
私は屋根に上がっていった。襲撃犯は一人で、オーエン司令官のいる車両まであと少しというところ。彼は黒い外套を深く被り、顔は見えなかった。口元は布で覆って隠している。私は聖剣を構え、襲撃犯に声をかける。
「止まって!オーエン司令官の所へ行くなら、私が相手になる!」
襲撃犯は振り向くと、私の顔をじっと見るように固まった。
「……私がわかる?なら、敵わないって分かってるでしょ?お願いだから武器を下ろして!」
視線が変わらないまましばらくすると、左手に長い銃を出現させ、私に向けた。
「きゃっ!?」
黒いフードの人物は発砲した。咄嗟に避けたから当たらなかったけど、弾は列車の屋根に当たった。
「やるしか……!」
襲撃犯の所へ距離をつめる。彼は弾を込めている最中で、隙を狙って斬り込んだが、見透かしたように避けた。二発目が放たれるけど、回避した。また弾を込めようとするので、私は距離を詰めて斬りかかる。剣は避けられた。襲撃犯は銃を消して、素手のままで構えた。
「この人、武器を変えられる魔法が使えるんだ……!」
私は聖剣を構えなおして、襲撃犯の出方を見る。今度は彼の方から距離を詰めてきて、殴りかかってきた。避けた時、腕が真っ黒に染まっているのが見えた。恐らく穢れに侵食されて理性を失ってしまった人なのかもしれない。こうなると剣で命を奪う以外に救う方法がない。
「なら、やるしかない……!」
私は聖剣を横に構えて、襲撃犯の拳を受け流した。
彼の腕を斬りつけようとすると、素早い回し蹴りが剣を押し、私の腹に直撃した。
「うぐっ……!」
衝撃で少し飛ばされる。すぐに体勢を立て直したけど、また拳が飛んでくるので聖剣で受け流して今度は襲撃犯の首を斬りつけようとした。だけど彼は右手をまるで盾のように、硬化した腕で防がれた。剣が通らない。
「硬い……!」
すぐに距離を取った。彼は右手を硬化した状態のまま、私を追いかけてくる。拳が放たれるけど、剣で受け流した。穢れの侵食が進めば皆こうなるのかと思いながら、また距離を取ると今度は襲撃犯は左手から銃を出現させ弾を発射する。私は咄嗟に避けたけど、銃弾は爆発するもので穴は開かなかったものの、列車の天井に傷が入ってしまった。
「これ以上……!」
また装填され、私に向かって放たれる。躱しながら距離を詰めると、襲撃犯は銃をしまって、剣に持ち替えた。そのつるぎは見たことがあるものだった。
「その剣は……!どうして!」
彼は無言のまま距離を詰め、振り下ろして斬りかかってきた。聖剣で受け止めるけど、一撃がとても重くて受け止めた腕が痺れてしまう。剣を受け止めて分かったことだけど、襲撃犯は怒りに染まった感情で戦っていると感じた。行き場のない怒りを私にぶつけているように。
「貴方は一体何があったの……?」
襲撃犯は無言で斬りかかってくる。防ぎながら、彼に話しかけた。
「何でこんなことするの!」
彼は何も答えずに私に攻撃を続けた。力任せに三回、剣を振り下ろしてくる。次に斬撃が飛んできたので魔力で守る。剣戟なら相手の方が上だと思ったから今度は魔法を混ぜた攻撃をした。マジックオービットを二つ召喚し、魔力の球体が私の近くで浮遊する。球体は何もせずとも魔法弾で攻撃してくれる。
発射すると、襲撃犯は短距離を瞬間移動して回避した。ブリンクも使えるもあたり、密度の薄い弾では当たらない。先頭列車の方から、警笛が聞こえた。振り返るとトンネルが近づいてくるのが見えてくる。私の剣先から魔力の弾を複数放ち、牽制程度に攻撃し、彼は剣で弾き返すと斬りかかってくる。受け止めると、トンネルが目前まで迫った。身体を伏せると、彼もまた伏せる。そして、私達は暗闇の中へと突入した。
中ではお互い何もせず、通過するのをじっと待ち、暗闇はやがて夜空に切り替わった。同時に立ち上がり、剣をぶつけ合って、引いて、再びぶつけ合う。一進も一退もなく、ただ振るい続ける。彼は距離を取り、構えた。私も構えると襲撃犯が連続で剣を振ってきた。斬撃の軌道は血色の炎のようで、目で追いながら避けて彼の懐に飛び込む。
「はぁぁっ!」
聖剣が襲撃犯の身体を斬った。しかし、刻んだ線は穢れによって守られて、傷一つつかない。列車はやがて大陸を離れ、周りには海しかない場所までやって来た。彼は穢れで全身をまるで黒い鎧のように覆い、初めて口を開いた。鈍く、女性の叫びが響き渡る。
彼女は血の炎を描く剣舞を繰り出してきた。受け止めようとするも、力負けして吹き飛ばされてしまう。ブリンクで距離を詰めてきた彼女が、剣を振りかぶった瞬間、剣先に魔力を込めて光線を放った。黒く守られた腹部に当たり、襲撃犯は後ろに飛ばされる。剣から発せられる魔力は彼女の鎧を貫くことが分かった。列車を傷つけないよう願いながら、私は一気に大量の魔力を使って魔法を放つ。彼女の周りに無数の弾が全方位に現れ、一斉に放たれた。
当然、襲撃犯はブリンクを使って回避するが、列車の屋根という足場の悪さと、弾幕の厚さによって逃げ場を失っていた。一発でも当たれば続いて二発、三発と弾をもらい、剣で弾くも防ぎきれずに被弾していく。穢れの鎧も壊れて、肌が露出する。魔法が終わるころには襲撃犯は傷だらけにされていた。でも彼女はまだ剣を握り、私に向かってきた。
「ごめんなさい。もう終わらせるから」
剣に魔力を込め、光の剣へと変化させる。向かってくる彼女の刃を避け、腹部を突き刺した。光は腹部を貫通し、背中から突き出ていた。そのとき、彼女の外套が強風でフードを外れ素顔が露になる。それは私がよく知っている顔だった。
「どうして……」
揺らめく白い髪、透き通る肌と穢れの侵食が進み、黒く染まった肌。光を無くした虚ろな青い瞳。私が知っている人、そして大切な人だった。
「どうして、こんなこと……」
聖剣を抜いて、抱きしめようと手を伸ばした瞬間、アイラは私の肩を押して突き放す。彼女は後ろによろけ、剣を握ったまま線路から落ちて、夜の海に流されていった。静寂に包まれた列車はひたすら前に進み続け、私はアイラが落ちていった海をずっと見つめる。
視界は黒と青で彩られていた。