映像が流れていた。霧が覆う森の中、一匹の一角獣が頭を振りながら歩いている。スクリーン一杯にユニコーンの角と顔が映り、目がカメラを睨みつける。この四本足の獣は私が知っているユニコーンではない。私の世界なら、凶暴で女性を狙って角で串刺しにする害獣だったからだ。
次に夢の中を見せられ、私がピアノの前に座って弾いている姿が映し出されていた。楽譜は一切ない。私の人差し指が鍵盤の埃を払い落とすようになぞっていき、そして両手十本を鍵盤の上に置き、演奏が始まる。全くかみ合わない和音を平然と奏で、曲としてかなり違和感のあるもので、そもそも何故私が今まで見たことが無いピアノを認識できているのか、何故弾けているのか不思議でしょうがなかった。
次に映し出されたのは、灰色の髪の少年だった。青い瞳をしていて、感情の薄い表情をしている。まるで人形のよう。彼は森の中を歩いていた。すると、突然熊が襲い掛かってくる。彼の左手にはいつの間にか剣があり、力任せに切り上げていく。熊の首から血しぶきが噴き出し、倒れていった。瞳は大きな獣の方に向けられていたが、少しして再び進む方向へ視線を向けた。何故か分かる。彼は私と同じだと。『キャスト』が違うだけで、同じキャラクターのように感じたのだ。
「いつまでその不条理なビデオを見続けるんだい、お前さん」
浮かんでいる頭蓋骨が話しかけてきた。私はハッとなり、辺りを見回す。そこは映像を映し出す機器が無数に並び覆っている部屋であり、壁や天井一面にモニターが設置され、映し出されているものは全て違う映像だった。共通している点があるとすれば私にとって『全く知らないもの』を中心に構成されているという事。
「ここは?」
「指輪の世界さ。だが、お前さんは自身を見失いかけてるようだね。だから、そんな夢を見てたんだろうよ」
「何の関係があるの?」
私は目の前にいる頭蓋骨に質問した。
「あるとも。あー、この世界で言うなら『ヒューマニティ値』だ。誤差が大きいほど自分の存在を忘れやすくなったり、人間らしさを失っていく。まぁ、分かりやすく言えば、お前さんの心の状態を示しているといってもいい」
「体のどこかをサイボーグ化したり、今までの考えをひっくり返してしまうほどの未知の存在に触れてしまう事によってそのヒューマニティ値というのは変化するの?」
「あー……そういう『ルール』じゃねえ。もっと根本的な部分だ。例えば……そうだな、もしお前さんは両親に愛されながら育ち、不自由のない生活を送っていたとする。で、もう一人のお前さんは幼い時期に早くも両親に捨てられ、虐待を受けながら育ち、大変お労しい生活を送っていたとする。大体は先天性にもよるが、前者の方がヒューマニティ値の誤差は少ないんだ。ヒューマニティ値とはそういうもんだ」
「それって『品性』でも言い換えられるんじゃない?」
「うるせえ!俺はこういう専門家じゃねえからよく分かんねえ!とりあえず!お前さんは!自分の事を認識できなくなるくらい、人間性がヤバいんだ!」
気迫に私は何も言い返せなかった。
「まぁ、お前さんのヒューマニティ値がヤバいからと言って、別に気にすることはないさ」
「どういう意味?」
「あともう少しだ。あともう少しでお前さんはちゃんとした人間になれる」
「どうして貴方がそんな事を言えるの?」
「『グランドマスター』がそう言ってたからさ」
ため息を吐いて、私は黒い四角を見つめる。一つには無表情の男性の列が規則的に打楽器を演奏する映像が、次のモニターには白黒画面で彼方の国の女王が手を振るフィルムが流れ、眼鏡を付けた男性が受話器を耳に当てる様子が。低画質のカラー映像の中に、ボールを蹴る男性の姿が映し出された。
「お前さん!?お前さーん!自分を見失うなー!」
頭蓋骨が叫ぶのを聞き流し、私はモニターから視線を逸らした。
「どうして見てはいけないの?」
「モニターに映るのは誰でもない奴なんだ。そんなのに共感するってことは、お前さんが誰だか分からなくなるって事だ」
モニターだらけの場所では目に入れるなと言われても、無理な話である。
「……この空間に何故私は来たの?」
「お前さんが望んだからだろう?ここに来れば、自分が助かるかもしれないと思ったから」
「私はそんなことなんか……」
「いや、そうだ。お前さんはそのために、無意識に来たんだ」
何故か反論の口が開かなかった。何かから逃げてこの世界へ来たという事を微かに感じている。
「意味が分からない……」
「分からなくていい。準備ができたら教えてくれ、微調整をしよう」
自分の両手を見つめた。小刻みに震えている。
「どうしたんだい?」
頭を振って、答えた。
「何でもない。準備はできた」
頭蓋骨は頷き、目の前に椅子を出現させた。腰を掛けて深呼吸をする。
「とりあえず、オイラが疑問に思った事をお前さんに質問する。それを答えてもらおう。ちなみにこれはカウンセリングじゃないからな。論理性を若干修正する程度さ」
「分かった」
頭蓋骨が私の目をジッと見つめ、白い生き壁の奥から声が発せられる。
「まず、お前さんはいつから狂った?どうしてだ?」
少し考えてから発する。
「以前から、私の心の中でどこかおかしいところがあると思っていた。でもあの時仲間を失ったその日から、私の心の中で何かが狂い始めた」
「お前さんは仲間を失ったことで、自分の存在価値が分からなくなったんだな?」
「多分、そう……」
私が頷くと頭蓋骨は頭を横に振った。
「違うな。お前さんは存在意義、損害価値を他人に委ねる奴じゃない。お前さんはルインを倒すためにあの世界へ行った」
「ルインを倒すと言われても、誰もがルインを殺せなんていってないじゃない。彼らは、魔物を殺す私を肯定してくれた」
「あー……じゃあ、質問を変えよう。お前さんは人殺しをいっぱいしてきただろう。何も罪悪感を感じないのかい?」
私は再び考え、答えた。
「ただの悪い奴だったら何も感じない。でも、これまでかつて仲間だった人たちを殺した時、私は感じた。確かに彼らは殺すべき奴らだったけど、過去の思い出を振り返ると、楽しかった記憶も蘇ってくる。……そうなるしか無かったと頭の中に何度も言い聞かせてる」
「偽善だ。お前さんは、人殺しを正当化なんかしない。ただ、相手に勝った。その喜びを噛み締めているだけだ。罪悪感なんてものは微塵も感じてない」
「私はそんな薄情じゃない!!」
椅子から立ち上がり、頭蓋骨を睨みつけた。
「お前さんは人殺しをした時に罪悪感を感じるように仕組まれてない。感じるのは、お前さんが勝手に思い込んでいるだけだ」
「……ふざけるな!!」
拳を振り上げた瞬間、空間内に流れているクラシックの音楽が急に爆音で奏でられる。頭蓋骨は頭を揺らし、私は思わず場に蹲る。
「あー……いいか、ルインを殺す為だったら、いくらでも犠牲を払うつもりなんだろ?だったら、お前さんは罪悪感なんて感じなくていいんだ。お前さんは、ルインを殺せればそれでいいんだ」
私は立ち上がり、拳を振り上げるも下ろされる事はなかった。無駄だと理性で判断した瞬間、止めてしまった。閉じこもりたい気持ちや、諦念が私の中を支配する。
「……次の質問だ。これは記憶に新しいだろう。どうして親友だったシンシアと戦った?お前さんは、あの子と仲が良かったはずだ」
拳を握りしめる。
「列車の屋根で彼女を見た時、よく分からない感情が湧いてきた。あいつも私の邪魔をするのかと思った瞬間、彼女を殺そうとしていた……」
「お前さんはシンシアに嫉妬したんだな。あの子は、お前さんにないものを持っている」
「私はシンシアに嫉妬なんてしてない!!」
「本当か?考えてみるんだ。彼女は普通の村で、普通の女の子として。両親に愛され、友達に愛されて育った。お前さんが訓練でひいひい言っている幼少期、シンシアは友達と遊んで笑っていた。お前さんが迷宮で生き延びるのに必死な頃、あの子は村の危機を単独で救い、英雄として才能を開花させた。お前さんが迷宮を出るころには、彼女は勇者の名を手にしていた」
「何が英雄よ!何が勇者よ!馬鹿馬鹿しい!!私がシンシアを羨ましがるなんて……そんなはずは……」
身体中が震え始め、膝を折る。
「知りたいのはオイラの方さ。なんで幼少期の時に少しだけ会った女の子と再会しただけで、まるで一目惚れのような感情がお前さんに芽生えたんだ?何故だ?……なんか知らない運命の女神にでも仕組まれたのか?」
頭蓋骨を睨みつけても、何も言い返せなかった。
「……私とシンシアの仲を疑うこと言って、何が目的なの?なにが言いたいの?」
頭蓋骨はため息を吐いた。
「またルインに色んなものを奪われたいんなら、止めはしねえ。お前さんの好きにすればいいさ」
幼い頃の思い出が蘇ってくる。彼女と過ごした日々は数少ない過去の記憶でもあった。でも、芽生えた黒い感情が私を蝕んでいくのだ。
「あんたは最低の骨よ。だから頭蓋骨だけしか存在できない」
「ひっどい事を言うなー!お前さん、オイラがいなきゃ今頃死んでるんだぞ!」
「だったら、早く私を殺してよ!!」
私は叫び、頭蓋骨はまたため息を吐く。
「……もう治療が終わるみたいだな」
立ち上がり、辺りを見回す。
「いいか?これから何があっても、お前さんは前に進むことしか出来ないんだ。止まろうとしても、それは許されない。だから、あんたは進むしかないんだ」
モニターの切り替わりが早くなった。不条理な映像が次々と目を喰らおうとする。
「お前さんは、自分の存在価値を自分で見つけるんだ。誰かに言われて決めるんじゃない」
映像の切り替わりが止まり、一つのモニターを見つめた。
「アイラ、使命を果たせるのはお前さんしか居ないんだ。だから、お前さんは進むしかない」
全てが私の顔に切り替わる。
「お前さんがここまで来るまで、もう既に幾千の犠牲が払われた。その犠牲を無駄にしないためにも、前に進むしかないんだ」
映る自分の目を見つめ続けた。
――
身体はもう既に治療されていた。刺された腹も完全に治癒し、傷跡すら残っていない。
「……お目覚めだね。運ばれたときは酷い傷だったよ」
ミスター・ドクターが声をかけてきた。辺りを見回すと、小さな小屋で身体が寝かされていた。
「また私は死にかけたのね」
起こすと、ミスター・ドクターが水の入ったコップを渡してきた。
「君はいつも無茶をしすぎる。今回は特に酷かった」
私は水を一気に飲み干し、コップをミスター・ドクターに返した。
「治ったでしょ?もう行くから」
「待って。どうしても君に話しておきたいことがあるんだ」
「何?」
私は立ち上がり、小屋から出ようと荷物をまとめる。しかし、ミスター・ドクターに呼び止められた。
「椅子に座ってくれ」
私は渋々椅子に腰かける。
「君をここまで運んでくれたのは、アスターという君の従者だ。彼は心配していたよ」
「彼が?そんなまさか」
「本当だよ。瀕死の状態で砂浜に倒れていた君を、アスターは背負ってここまで運んでくれたんだ」
「彼は私を見捨てたはず」
ミスター・ドクターは首を横に振る。
「君の思い込みだろうね。表情一つ変えず、ここまで運んだんだ。彼は君が助かるか不安で仕方なかったと思う」
私はため息を吐いた。自分がみじめな存在だと、改めて思い知らされる。
「彼をこの部屋に呼んでいいかい?」
私は頷くと、ドクターは名を呼んでアスターを小屋の中へ招き入れた。
「彼女は無事で?」
「ああ、治療は完了。ぴんぴんしてるよ」
黒い格好の男はドクターに頭を下げた。
「アスターだっけ。魔法使えたよね。いざとなったら、彼女にかけてくれ。今から彼女に重大な事を話すから」
ドクターの言葉に思わず険相した。
「何を……」
彼は私の正面にしゃがんで、目を見つめた。
「アイラ、今から言うことを落ち着いて聞いてくれ」
ドクターは前置きをして、ゆっくりと話し始める。
「以前、君はピンク・デスを発症していると言った。そして、延命させる薬があると渡した。しかし……」
悪寒が背筋を走る。受け入れろと頭の中で何度も繰り返し、ドクターの次の言葉を待った。
「どうやら君の中で、薬に対する耐性が付いてしまったようだ」
目を見開いた。ドクターは話を続ける。
「薬を飲んでも、ピンク・デスは治らない。君はもう……」
言葉を遮った。
「言わなくていい」
左手にスチームマスケットを握り、口の先を回して銃口を喉の奥に突きつける。
「アスター!止めてくれ!」
アスターは手から魔力を発し、拘束の魔法を私にかけたが、眠らなかった。
「意志が強すぎて魔法がかからないのか……!」
しかし楽になれない。頭の中に止めるよう呼びかける声が響いているからだ。なら頭でなければどこでもいいのかと、自分の左胸に銃口を突きつけた。
「間に合ってください……!」
アスターの手が私に触れた瞬間、邪悪な光が私の視界を奪った。腕は痙攣して、引き金が引かれてしまった。
「アイラ殿!」
アスターの叫び声と共に破裂音が、腹に痛みが走った。狙いが外れたのだ。
「ぐっ……」
その場に倒れた。楽にはなれなかった。
「意志抵抗を下げて再び眠りにかけます」
アスターが様々な魔法を唱えていく中、私はドクターに手を伸ばした。
「助けて……」
しかし、拒否されるのは分かっていた。申し訳なさそうな目で私を見つめるドクターに手を伸ばした。
「本当にごめん。それでも君は前に進むしかないんだ」
彼は私の手を優しく握り、最後の眠りの魔法が降り注ぐ。
「おやすみなさい」
薄れゆく意識の中、声は慰めるように優しく響いた。
――
「何とか、あいつを冷酷な殺人マシーンに仕立て上げようとしたけど、抵抗が強かったな」
モニターだらけの部屋にて、浮く頭蓋骨が何者かと連絡をとろうとしていた。
「……お前さんらはそう仕立て上げたいだろうな。だが、下の連中はきっと違うぞ」
浮く頭蓋骨はモニターに映る、アイラを見つめた。
「オイラの意見を言わしてもらうなら、お前さんらのやり方はちょっと乱暴すぎるな。確かに過去の誤差が大きい連中がやらかしたとはいえ、あれはやり過ぎだ。彼女らだって、人間らしくなり、人間らしく生きる価値だってある」
ある程度会話を済ませると、浮く骸骨は独り言を呟いた。
「全く、賢者会と言っても、彼らの事に関してはちっとも賢くねえな」