女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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あれからどれくらい経ったのか、時間の感覚はとうに失われていた。私はアスターに精神を安定させる魔法を複数かけられ、最低限の行動を行う時を除いてベッドに幻術の糸で私を縛り付けている。アスターにも負担がかなりかかっているらしく、多くの魔法をかけた後、彼は疲れを見せてベッドに横になる事もあった。

 

ある日だった。アスターは毎朝外に出て、鳥が手紙を運んでこないかを確認する。恐らく組織、女王陛下とやり取りをしている。今日の文を読み終えると、彼の眉はきつく寄せた。しばらく沈黙して立ち上がると、ナイフを片手に私が縛られているベッドへ近づいてきた。

 

「アイラ殿」

 

声は低く、悲壮感を帯びていた。責務を通そうとする意志が彼の目から読み取れる。

 

「わたくしがあなたに死んでくださいと言ったら、受け入れてくれますか」

 

アスターの目を真っ直ぐに見つめ、頷いた。

 

「いいよ」

 

恐らく女王陛下は私を見捨てた。使い物にならなくなったから、処分する事にしたと考えた。アスターは一歩足をゆっくり踏み出し、一度目を閉ざす。再び目を開けた時、彼は決意に満ちていた。ナイフを両腕で握り、振り下ろす。

 

「さようなら」

 

瞑り、死を覚悟した。しかし、痛みはやってこない。目を開けると、寸前で止めている男の姿があった。

 

「リズ……。あなたは許してくれないのですね」

 

知らない人物の名前を口にした後、アスターはナイフを仕舞い、近くの椅子に座った。

 

「やらないの?」

「……彼女が、わたくしの行いを許さないのです」

「臆病者」

 

私は彼を罵った。

 

「ええ」

 

アスターは自嘲気味に笑った。瞳には濁った世界しか映っていなかった。

 

「リズは誰?」

「個人的な事です。アイラ殿は知らなくてもいいことです」

 

沈黙がドクターのいない空間を包み込む。先に口を開いたのは私だった。

 

「やらないの?命令でしょ?」

「ええ。でもあなたを殺せない」

「シーラー女王に逆らう事になるかもしれないよ」

「……半端者です。わたくしは」

 

アスターは私に背中を向けて小さく呟く。

 

「少し休んできます。ドクターによろしくお伝えください」

 

アスターは小屋を出ていった。私は再び目を閉じた。

 

――

 

時間が経って、ドクターと対話する。白い格好の男は椅子に座って、ベッドに縛り付けられている私を見つめた。

 

「気分はどう?」

 

黙って首を横に振る。ドクターはそうかといつものように身体を調べ始めた。

 

「そう簡単に奇跡なんて起きないものか……」

 

残念そうに呟いた。私は彼に尋ねる。

 

「このまま時間が過ぎて、何もしないわけにはいかないでしょ?これからどうするの?」

 

彼は困った表情を浮かべた。

 

「そうだね……。今は二つの選択肢かな」

 

指を二本立てて、私に見せた。

 

「一つ目は、君が死ぬこと。僕は治療から解放されるし、アスターも次の任務に就ける。でも、それだと上から凄い怒られる」

 

ドクターは指をもう一本立てて、私に見せた。

 

「二つ目は、一つの組織を壊しかけた凶暴な君をこの世界に野放しにする事。制御が効かなくて、凄く力が強くてかなり危険。下手したら君が世界を滅茶苦茶にしちゃうかも。でも、今は外に出る意志がないし」

「私が世界を壊せるわけないでしょ?」

 

ドクターは首を横に振った。

 

「君がピンク・デス進行して理性を失った獣になったら、世界なんてあっという間に滅ぼせるよ。……まあそんな事しないと本当に願いたいけど」

「改善策無しと」

「ああ、どっちにしろ君は死ぬしかない」

 

二人で、一緒にため息を吐いた。

 

「改善策が見当たらないなら、現状維持でいいんじゃない」

「だよね……」

 

ドクターは右手で頭をかいた。

 

「出来る限り、ピンク・デスとフクシアへの対抗策を見つけよう。可能性は低いけど」

 

少し間を置いて、尋ねた。

 

「ねえ、ドクター」

「ん?」

「あなたは私の何かを知っている?」

 

彼は首を横に振った。

 

「ううん。どうしたの?」

「意識を失っていた辺りの時期、妙な世界に連れて行かれたの。この世界には存在しない物だらけで、混沌に満ちた場所だった。そこで奇妙な生命体に出会ったけど、彼は私の何かを知っているような口ぶりだった」

 

ドクターは顎に手を当てて、考え始めた。

 

「すまない、分からない」

 

そんな事はないと直感で感じる。何かを隠しているのではと。

 

「時が来たら、いずれ分かるさ」

「私に時間なんて無いのに?」

 

ドクターは椅子から立ち上がって、背を向ける。

 

「時間はあるさ。向こう側だって」

 

彼は言い残し、小屋から出て行った。私は再び目を閉じた。

 

――

 

ある日の事、小屋にアスターが戻ってきた。彼は私を見て、いつも通りの冷淡な表情をする。

 

「アイラ殿、もう動きましょう。わたくし達でオーエンを始末しに行きます」

「私を外に出しても大丈夫なの?また暴れるかもよ?」

 

アスターは首を振った。

 

「その時は大人しくあなたに殺されます。それに、もうわたくしは陛下に仕える人間では無いでしょう。恐らく」

 

アスターは自嘲気味に笑った。

 

「そう。ドクターは?」

「もう直に戻ってくるでしょう。彼と話をしてから、出発します」

「分かった」

 

アスターは私を縛り付けていた幻術を解除した。ベッドから起き上がり、両手を差し出す。彼は魔法で手枷を嵌めた。

 

「首輪は付けないの?」

「着けませんよ。犬にしては大きすぎますし、凶暴すぎます」

 

戸を開ける音。ドクターが小屋に戻ってきた。

 

「おや、お二人とも。もう行くのかい?」

「ええ。これ以上は時間の無駄です」

「そっか。それもそうだね」

「手当ありがとう、ドクター」

「ううん、病に関して何もしてあげられなくてごめんね」

 

男は申し訳なさそうに頭を下げた。私は首を横に振る。

 

「気にしないで」

 

アスターが外套を取り出し、私の背中に掛け、フードを深く被らせた。

 

「では、参りましょう」

「またね、アイラ」

 

ドクターは二人を見送る。私はアスターに手を引かれて小屋を出た。

 

――

 

二回目のアイアンゲート、黒格好の男も外套を着け、フードを被っていた。スチームタウンを目指す人々で駅は賑わっていた。

 

「ここから列車に乗ります」

「分かった」

 

空は太陽が頂点を越えてすこし過ぎた辺りで、まだ明るい。プラットフォームの後ろ側で私達は列車を待つ。

 

「オーエンを抹殺する指令が来たのはいつ辺り?」

「あなたを処分する命令の前です。つまりずっと保留にしていました」

 

私はアスターに尋ねる。

 

「王国にとって、オーエンを潰す都合でも出来たの?」

「ええ、彼はスチームタウンの評議会と癒着し、国家を転覆させる目的で兵器を製造していると恐らく王国側が判断しました。彼が所有する工場の所有権を王家側に譲渡する要求を出しましたが、拒否されたので」

「他の者がオーエンを暗殺しに行ったという判断は?」

「分かりません。実際にスチームタウンに着いて調べない限りは」

 

アスターが私の手を優しく握った。

 

「もうすぐで列車が来ます。行きましょう」

 

私達は乗り込んだ。アスターは小さな部屋を予約していたらしく、中に入った。顔を隠す不審者二人組が色んな人の目に付くのは避けたかったのだろう。

 

「少し休みましょう。アイラ殿はベッドで横になりますか?わたくしは椅子に座りますが」

「私はいい。座ってる」

 

アスターはそうですかと呟いて、腰かけた。列車に揺られながら、私達は無言で過ごす。しばらくして、男が口を開いた。

 

「アイラ殿は喜びを感じる時はありましたか?」

「……あったような気がする。でも、もう忘れた」

 

ガラスの向こう側の景色を眺めながら答える。口はそれだけで閉じなかった。

 

「心のどこかで、普遍的な幸せを求めていた気がする。美味しいものをお腹いっぱい食べたいとか、誰かに優しくされたいとか、お姫様になりたいとか」

 

アスターは何も言わず、私の話に耳を傾ける。

 

「でも、求める力が無い。しても幸せになれるわけがない。だから、私はもう何も……」

 

アスターは黙って頷いた。次は彼が口を開いた。

 

「振り返って、わたくしはあることに気付いたのです。久しく喜びのような感情を忘れていた事に」

 

私は頷いた。アスターは続ける。

 

「わたくしが幼く青い頃は、よく笑っていたような気がしました。過ぎる日々に様々な感情を抱き、遊んでいましたと思います。しかし、いつからかわたくしの心は動かなくなりました」

「どうして?」

 

アスターは首を横に振った。

 

「分かりません。ただ……いえ、これ以上言うのは止めましょう」

 

黒い煙を吐く巨大な鉄が高速で景色を通り過ぎていく。時間が経って、ある程度の地点を越えたところで、後ろの列車の方から異変が聞こえてきた。

 

「何?」

 

悲鳴や怒声など物々しい音が響いてくる。

 

「ここに」

 

アスターが立ち上がって、部屋の外へ出て行った。私は彼に言われた通りに待機する。しばらくして、足音の間隔を早めたアスターが戻ってきた。

 

「何かあったの?」

「後ろで男性らしき人物、恐らく獣化しているのでしょう。暴れているようで、手当たり次第に列車や乗客を襲っています」

「対処出来てる?」

「……残念ながら。わたくしも応戦しましたが、撤退を優先すべきと判断しました。なので……」

 

アスターは私の両手に付いている魔法の手枷に手をかざした。

 

「解除します」

「いいの?」

「もし何かが起きればわたくしの責任に」

「分かった」

 

アスターは手枷を解く。立ち上がって後ろの車両へ向かうと、惨憺たる状況だった。血と肉が散乱し壁や天井が剥がれて、床は抉れている。

 

「彼が退くのも納得できる」

 

向こう側に歪んだ槍を持ったフードの男が見える。私は睨みつけた。

 

「……会いたいと思っていた。凄く」

「アイラ殿」

「アスター、引いてて。巻き込まれるよ」

 

男は振り返り、私の姿を見て破顔した。

 

「仲間を失った感想はどうだ。アイラ」

 

答えもせず、即座に穢れを身に纏ってブラックスピアに襲い掛かった。

 

「もはや理性を失った獣も同然だな、アイラ!」

 

男は槍を振り回し、私の刃をいなし続ける。構わずに剣を振る。

 

「仲間を殺されて、さぞ悔しいだろうな!」

 

男は挑発する。私は剣を振るうのを止めず、睨み続ける。

 

「口の上手い奴だ。すぐ塵にしてあげるよ」

「その前にお前を屑にしてやる」

「アイラ殿、どうか理性を」

「大丈夫。あと一分で決着を付ける」

 

私は悪魔に向けて構える。

 

「一分で俺に殺されるの間違いではなかったか?」

 

槍を振り回し仕掛けてきた。剣で弾くと、今度は私が斬りかかる。男は横振りを避けた後、突きを放つ。狙っていた技だ。腕の力で強引に穂先を掴み、へし折った。

 

「何!?」

「槍を使う以外に何ができる?」

 

手で招いて挑発すると、男は怒りに満ちた表情で欠けた槍を私に向けて振り回す。しかし彼の武器はもう長さという長所を失っていた。剣を消し、素手で棒を避け続け、隙を見て左腕で首を掴み、まずは近くの机に彼の顔面を叩きつけた。

 

「ぐはっ!」

 

男は呻き声を上げて逃れようとするが、四肢を捻りあげて許さない。頭を机に何度も叩きつけ、次にまだ割れてないガラスに向かって、奴の頭を使って透明板を次々壊していく。

 

「やめろ、ゼニス……」

 

男は弱々しく言ったが、無視してガラスを割っていった。次に車両の壁に向かって奴の頭を叩きつけ、へこませる。硝子と違って硬いので、殴り心地は最悪だった。もう彼の顔面は人間というのを失っていて、ただの肉の塊になっていた。

 

「アイラ殿!」

 

アスターが私の左腕を掴んだ。

 

「もう十分です!相手を赦せとは言いません。復讐を咎めるつもりはありません。ですが、あなた自身を見失わないでください!」

「……分かった」

 

腕の力を緩め、奴はよろける。再び手に剣を握り、男の頭に剣先を向けた。

 

「これが、ゼニスなのか……」

「私はゼニスじゃない」

 

横に振り、ブラックスピアの首を刎ねた。男の頭が床に落ち、鈍い音を立てる。私は剣を消し、アスターに顔を向けた。

 

「ごめんなさい。彼の姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった」

「倒せたのなら十分です。あなたのおかげで、他の乗客は助かりました」

 

彼の前に両手を出した。

 

「お願い」

「分かりました」

 

アスターは再び魔法の手枷を嵌めた。

 

「……ゼニスという言葉に聞き覚えは?」

「いえ、全く」

 

フードを被せられ、私達は部屋へ戻っていった。窓からは超最先端文明の都市が黒い霧を上空に吐き出している様子がよく見えた。

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