スチームタウン、世界最先端の都市は奇妙な名前が街の特異な雰囲気を印象付けさせる。島の中央に広がる都市は歯車と煙を放つ煙突の単一にして集合体。複雑な機械の中にあらゆる未知が詰まっている。街の空は絶えず黒い煙で覆われ、蒸気が漂い、至る所に工場がある。都市は複数の階層に分かれていて、下から上へ昇るにつれて、ハットを被った礼服姿の男や、議会の者、そして、機械仕掛けの怪物達が姿を見せるようになる。スチームタウン、蒸気と鉄、歯車の都。複雑な仕組の中に、人の本性がある。
機関車はようやく止まり、アスターに手を引かれて外に出る。都市のプラットフォームはかなり巨大で、複数の機関車が停車していた。上を見上げればガラスの膜が建物の天井のように張り巡らされている。
「辺りを見回すだけでめまいがしそう……」
「ええ、世界で最も発展した都市です」
多くの人種、様々な身なりの人々がプラットフォームを行き交っている。まるで世界の中心がここにあるように感じた。
「出口は……あちらでしょうか。行きましょう、アイラ殿」
「ええ」
彼は再びフードを深く被りなおして歩き出す。私は後ろについていく。しばらくすると、通りに出られる階段があった。
階段を降りると広い大通りへ。たくさんの人々が忙しく行き来しており、彼らの服装も様々だ。
「着いたはいいけど、どうするの?」
「まずは情報収集、居場所の特定となるでしょう。どこか情報が集められる場所に心当たりはありますか?酒場とか」
「この辺りは土地勘が無いの」
「では、歩いてみましょうか……」
私達二人が進もうとした時、私の肩に手が置かれた。振り返るとコートのフードを被った人物が。フードの隙間から赤く長い髪が見える。
「奇遇だな。こんなところで会うとは」
「フード越しに私達が分かったの?」
「感覚だ。手枷を付けられているなんて珍しいじゃないか。一体何をしたんだ?」
「やりすぎたの。こうしてないといつか大惨事を引き起こすかもしれない」
アスターの方を見ると、ファイを疑う目をしていた。
「あなたは……。何をするつもりでしょうか?」
「何もしない。お困りか?ここら辺なら詳しい。案内しよう」
彼は首を横に振ったが、私は彼女にお願いすることにした。
「ファイは今の所何もしないはず。罠にかけた時はその時よ」
「あなたが言うのであれば」
彼の了承を受け、コートの女性に向けて頷いた。
「付いてきてくれ」
彼女は人混みの合間を縫って進んでいく。後ろ姿を眺めながらついて行くと、やがて一軒の建物の前で止まった。看板には『ブラッシュウッド』と書かれている。
「第一階層では有名な場所だ。様々な情報が集まる」
ファイは扉を開けて中に入る。私とアスターも後に続いた。灯りが灯っていてとても明るい。建物は二階建で、一階は酒場になっている。
「いらっしゃい」
「個室を。あと場合によっては届け物を頼むかも」
彼女は店員に告げると、奥の個室へ通された。席に着き、ファイはフードを外す。赤い髪から覗く瞳は黄色く輝いていた。
「リラックスしてくれ。最初の一杯は私が出そう」
「お酒はよく分からない。一番強いものを5杯」
「いえ、甘いものを一杯だけあげさせてください」
「あんたは?」
「いりません」
アスターはファイへの警戒を解かない。彼女は気にも留めない。
赤い髪の女性は近くの店員を呼び、注文をする。
「私はスチームライト・ブリュー。彼女にはシヴィライズをお願い」
去ると、ファイは話し始めた。
「ここに来たという事は目的は当然あるだろう」
アスターは警戒しながら、私の方に目くばせをする。
「アイラ殿、信用できますか?」
頷きながら答える。
「少なくとも、もうルクス・エテルナの一員ではないらしい」
アスターは頷き、ファイに視線を向ける。
「始末しようと思っている。フルドゥールの軍司令官、オーエンという男を」
「オーエンか。私は奴には会ったことがないが、ルクス・エテルナにいた時上官だった。確かスチームタウンに居るはず。第三階層に」
「階層というのは?」
「この都市は階層に分かれている。上に行くほど、お金持ちや支配者、議員など地位の高い者が。逆に下層は貧しい連中や労働者階級が多い」
「オーエンは毎日コース料理を食べていると」
「きっと珍妙な植物でも口にしているだろう」
木のジョッキとガラスの器が一つずつ運ばれて来る。ファイは木の器を持ち、私の前に差し出した。
「スチームライト・ブリュー、お手頃で少し苦い。瓶の方が若干美味しいが」
「これは?」
ガラスの容器を覗くと、中には黒い液体が入っている。
「シヴィライズ、煙突から噴き出す黒い煙を見て、文明化が始まったと誰かが言った。その煙をイメージして作られたらしい。薬酒にブラックシュガー、コーヒー、最後に黒スパイスを口づける所にひとさじ」
私はグラスの中身を含む。甘さは感じなく、香辛料の刺激だけが舌に染みる。少し口づけて、ガラスを机の上に置いた。
「話の続きをしましょう。オーエンの居場所は分かっているの?」
「いや。だがどうせ彼の事だ。大きい屋敷にいるに違いない」
「第三階層行って、手当たり次第に探せばいいのね」
「手間がかかりすぎる。それにオーエンは用心深い男だ。簡単には見つからない」
「じゃあどうするの?」
ファイは少し考え込んでから口を開く。
「頼りたい情報屋がいる。その男ならオーエンの居場所を知っているはずだ。まだ時間がある。来るか?」
アスターの方を見ると、彼は頷いた。
「行きましょう」
再び手枷を着けられ、彼女が閉じた布を開き、個室を出た。階段を降りていき、ファイはカウンターの男に向けて金貨と書類を置いていった。
「ありがとう。あと届け物を」
店を出ると、彼女はコートのフードを深く被って歩く。しばらく大通りを通るが、見るものが新しい物に溢れていた。見上げると小さなトロッコがレールの上を進んでいき、道の真ん中には馬車が土を蹴りながら走っていた。時々大きな建物を見かけ、屋根に煙を吐き出す筒が付いていた。
ファイは大通りを外れ、狭い路地へ入っていく。しばらく進むと地下に繋がる階段があった。彼女は降りていく。
「ようこそ、スチームタウンのアンダーグラウンドへ」
下った先はもう使われてない地下廃工場だった。出店などが並んでおり、多くの機械や部品が売られている。
「ここは?」
「スチームタウンのアンダーグラウンドだ。表に出せないような商品が売られている。私は情報屋のところに行くが、二人は自由にしてくれ」
彼女は人混みの中に消えていった。残された私達はしばらく辺りを見渡す。
「回りましょう。アイラ殿はどうかわたくしの傍を離れないで」
私達は人混みの中を歩いていく。機械部品や違法改造されたマスケットや、衣類など様々なものが売られている。
「もっと華やかなものだと思っていましたが、下位階層の人々はこんなに貧しい暮らしをしているのですね」
アスターは辺りを見回しながら言った。
「私たちが見ていたのは海面からせりあがる氷山の一角。下なんて、想像もつかない」
「そうですね。この光景は、少し不気味です」
しばらく歩いていると、小さなテントで一人座っている老婆を見つけた。布で目を隠し、机の上でカードを広げては束ねて山を切っている。四角の紙を動かす老婆の手に目を離さなかった。
「アイラ殿?」
「気になるの。いい?」
「ええ、もちろん」
老婆に話しかけた。
「何をしているの?」
声をかけるとカードを切る手を止めた。そしてゆっくりと向く。布越しに私を覗かれている気配がした。
「銅貨一枚、それであんたを見てあげる」
アスターが銅貨を一枚取り出し、老婆の前に置く。彼女は手に取り、布越しに私を見てきた。
「今、あんたの運命に大きく関わってくる人、未来、これらをカードに映し出してあげよう。さあ、まずは一枚引きな」
彼が最初に束から指を置いて引いた。老婆は手に取り、表にして机の上に見せる。黒い鎧を身に着けた骸骨が巨大な剣を持っている絵で、下には『XIII』と書いてある。
「13か。あんたは……死そのものだ。死神に好かれている。全てを一度閉じる必要がある。そして新しい始まりを迎えるんだ」
死は避けられないと暗示されているのだろう。次は老婆がカードを一枚引いて開示した。中央に円の紋章が描かれ、中に奇妙な文字が刻まれている。輪を囲むように4つの神獣が。下には『X』と書かれている。
「運命を変える人と出会うのはまだ遠いが、あんたはもう既に会っている。……ああ、彼女は全てを見通して、干渉する力を持っている。女神の声に耳を澄ますんだ。そして彼女の導きに従うといい」
最後のカードを裏返すと、荒廃した背景に塔の頂上目掛けて隕石が落ちていく絵があった。下には『XVI』と書いてあった。
「何もかも崩れ去る。今までの常識は覆され、衝撃が何度も地面を揺るがす。……だが、その後は始まりを迎える」
「あんまりいい結果じゃなさそうね」
「何かが理由で一度終わらなければならない。だが、それは始まりに過ぎない」
「そう……ありがとう」
私達は老婆に背を向けた。
「アイラ殿は結果を信じますか?運命を」
私は少し考えてから口を開いた。諦念を持って答える。
「信じない。でもどうしても駄目なら、受け入れる覚悟はある」
アスターは何も言わず、前を向いて歩き出した。すると彼は突然近くにあった肉屋の屋台に寄って行った。
「何かあるの?」
「……アイラ殿は魔物に詳しいでしょう。あの塊を見てください」
屋台に並んでいる肉は吊るされながら販売している。彼が指しているのは小さなもので、恐らくスローターバニーだ。表では取引が禁止となっている魔物だが、普通に売られている。
「問い詰めるの?」
「いえ、少し興味を持っただけです」
彼は吊るしているものを指差して、店主に話しかけた。
「これは何の肉ですか?」
「ああ、これかい?スローターバニーだ。なかなか取れんぞ」
「誰がここに?」
「バートンという男だ。マスケットが上手い奴で、よく肉を売りに来るんだ」
アスターは私に視線を向けた。彼に頷いて見せる。
「なるほど、ありがとうございます」
礼を言ってから私の元に戻ってきた。
「何の意味が?」
「いえ。どうやらバートンという銃使いがこの肉を売りに来たらしいです。特に関係ありませんが、少し気になって」
「そう。ファイを探しましょう」
アスターが先導して人混みの中を進んでいき、彼女はすぐに見つかった。向こうも探していたようで小走りで駆け寄って来る。
「どうでしたか?」
「居場所が分かった。行こう」
私達は彼女に付いていく。地上に出て、第二階層に繋がる列車に乗り込んだ。やはり上の階層に行く者達は格のある格好をしており、私達は浮いていた。通りかかる人々も私達を避ける。
「……もう少しまともな身なりをするべきでしたね」
アスターが小声で呟いた。魔法の手枷を付けられた女性、雰囲気が暗い男性、銃のを持つ女性、者達が薄汚い格好をし、外套着けてフードを深く被っていたら怪しさしかない。駅員と思われる男性が恐る恐る私達に近づいてきた。
「券を拝見させて頂きます」
アスターが懐から切符を取り出して見せた。彼は確認すると、券に穴を道具で開けて返してくれた。
「ありがとうございます」
駅員はそそくさと離れていった。アスターは切符を仕舞い、再び俯きだす。
「スチームタウンに来たことは?」
「依頼で多少。でも第二階層より上は一度も」
「だろうな。一回でもいいから連中の舞踏会やパーティに顔を出してみるといい。二度と第二階層には戻りたくなくなる」
「そういうものよ。プライドかな?惨めになりたくないと自分を守りたくもなる」
「お前はそう考えるのか。放浪者とはいえ、実質高名な冒険者だ。高い依頼など沢山受けているし、金は有り余っているはずだ。やろうと思えば家でも持てるはず」
「できるかもしれない。でも、私はそれを望まない」
「なるほど」
機関車の動きがゆっくりになってきた。
「そろそろだ」
ファイが先に行き、アスターが私の両手を掴んで立ち上がらせてくれた。
「ありがとう」
機関車が止まると、私達は降りた。
「もう少し歩いて、第三階層へ繋がる駅へ向かおう。まだ時間はかかるぞ」
ファイが振り向いて言った。私達は頷いて、彼女の後を付いていく。