女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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IX

 アイラと出会った頃の私は見るものすべてが美しく感じられ、また美しさに感動していた。今となってみれば、何て純真でなにももたない子供だったことだろうと思うけど、私にとってはそれらが全てであり、世界はすべて美しいものだったのだ。

 

 大人になるというのは心が育つということでもあるかもしれないけど、大切な心を落としてしまってそのまま忘れてしまうことでもあるんだろう。村の外を知らないころの私にもっていたものをいつの間にか失くしてしまったことに気がついたのは、ようやく今になってからのことだった。

 

 列車の事件から、月が半分ほど欠けた頃。スチームタウンからすぐ離れて、オラニエ大陸をあてもなくふらつき、町に流れ着いている。

 

 太陽が昇り続ける中、私達は寄った町のコーヒーハウスで一息入れていた。コーヒーハウスというのは品のある酒場とでも言えばいいのか、高い身分の人達が行くような場所で、コーヒーを提供するだけでなく茶や軽食も出す店だ。空間は広く作られていて、多くの人が集まる場所になっており、チェスなどの盤上遊戯に興じる人や政治的な話や不平不満を話す人、男女のちょっとアブない話をしている人もいる。コーヒーハウスは元々南の大陸から始まった文化らしいけど、十数年前にオラニエ大陸内にも広まったという。今ではオラニエ大陸全土にあるようだ。

 

 私も含めて、今の仲間達は薄曇りの空のようにどんよりとした雰囲気を纏っている。事件から時間が経っても、まだ気持ちを立て直すことができずにいた。私を叱って元気づけてくれるマーナが一番落ちこんでおり、瞳をのぞいても彼女の向こう側は雨が降りしきる灰色の世界しか見えなかった。他の皆はもう乗りきったのか、仕方ないと諦めているのかわからないけれど、とにかく何も言わずに黙々とものを口に運んでいる。

 

 考えてみればアイラとの接点があるのはマーナと私だけなのだから、他の皆はそこまでショックを受けていないのかもしれない。カルケー、ドランは私達の雰囲気を汲んで言葉を少なくしてくれているけど、深い悲しみに囚われているわけではなさそうだった。彼らは私よりも多くの経験をしてきたことがあるはずだから、立ち直るのは早いのだろう。死というものに対して向き合ったこともきっとあるに違いない。それでも今はただ沈黙を守ることで悲しみを忘れようとしているようだった。

 

 こうしている間も終わりの針は一つずつ時を進めており、このままではいけないとわかっていても、私は立ち上がれずにいる。心の隅にもう世界を救うことをあきらめても構わないのではないかと思いはじめてもおり、そんな自分が嫌になりながらも、なにもできずにいた。

「ねえ、マーナ」

 

 口を開けたとき、言葉を飲み込もうか一瞬迷ったが、結局そのまま続けることにした。

「ん?」

 

 マーナは顔を上げないまま返事をした。声色は沈んだままだった。

「私、これから何をすればいいと思う? このまま旅を続けてもいいのかな……」

 

 少しの間があってから、返ってくる。

「さあね、もうわかんない。こんなことになるなんて思わなかったし、もうどっちでもいっかなって感じかも……。ごめんね、こんなこと言っちゃいけないんだけどさ……」

 

 マーナはため息をつくとカップを手に取り、口元へ運ぶ。その動きはとてもゆっくりで、力がなかった。言葉には強さがなく、肯定も否定もしない曖昧なものだった。

 

「アイラとはどれくらい一緒にいたの?」

「そこまで長くない。でも寝るときもご飯も一緒だったよ。お風呂にも入ってたときもあったし。ただずっと依頼を一緒にこなしてただけだったけど、色んな経験をして楽しかった……すごくいい思い出だよ」

 

 あの子の事を話している時のマーナは、少しだけ元気になったように見えた。しかしすぐにまた表情が暗くなっていく。

「でもやっぱりアイラが死んじゃったことも、彼女があの連続殺人鬼だってことも信じられなくて、ね」

 彼女はそう言うと目を閉じ、小さく首を振ってみせる。そこにセリーナがパイを片手に割り込んできた。

 

「刺した時、海に落ちたんでしょ。ならちょっと希望は持てるんじゃない? 案外生きてるかもね」

「でも彼女は穢れに侵食されていたし、生きていても……」

「それは……奇跡を信じるしかないね。でもあの子は死んでないと私は思うよ。根拠はないけど、なんとなくね」

 

 口調からは、それが願望であることがわかる。私もそうであって欲しいと思っているが、同時に無理だろうとも思っていた。でも、もし本当に生きていたらその時こそ、覚悟をしなければならない。わたしか、アイラか。結局この場もあまり明るい話題をすることなく過ぎていった。

 

 休憩を済ませて外に出ると、白い鳥が飛んでいるのが見えた。太陽に溶け込むような白さだが、一際輪郭をはっきりとさせている。見とれていたけど、その鳥が私達の方へ向かってくることに気がついてハッとする。足には手紙がくくりつけられていて、鳥はわたしの肩に止まった。手紙をこうした形で受け取るのは珍しいことで、右手で手紙を受け取ってから左手で頭を撫でてやった。手から飛びたつと、青空の中に溶けこんでいく。紙からは懐かしい肌触りとにおいがして、思わず頬が緩んだ。

 

 封を切る前に、まずは宛先を見る。そこには確かに私の名が書かれていた。差出人は"ロックソング"と書いてあり、その名称は私の故郷の村の名前だ。故郷からの手紙は久しく受け取らなかったのだけど、一体何があったのだろうかと一枚のみ入っている便箋を開く。文面は様々なことが散らばって書かれていてとてもわかりにくかったけど、なんとか読み取ることができた。

 

 要約すると『村の周辺で異変が起きているみたいでまだ被害は出ていないけど、調査できるならお願い。ただ忙しいときは無理をしなくてもいい』といった内容だった。あらためて読むと文字が雑になっていて、それだけ慌てて書いたのだとわかる。「どうしましたか?」横にいたエリオットが聞いてきたので、私は真剣な声色で答える。

「――話し合いがしたいの」

 

 感じ取ったのか、仲間達が静かに頷いた。宿に戻って小さな一室の中に仲間達を集め、皆の視線を受け止めながら、口を開く。

「私の故郷の村から手紙を受け取ったの。内容は、ちょっと変わった事が起きているから村に戻れるなら来て欲しいっていうものだったの」言葉を聞いて、仲間達は小さく反応をしめした。「色々あって私疲れていると思う。だから旅はちょっと中断しようと思うの。私一人で村に帰りたいんだけど、みんなはどうする?」

 

 言い終わると、最初に口を開いたのはカルケーだった。彼は冷静な声で言う。

「お嬢一人で帰るのか」

「一人で行かせて欲しいの。自分の身は自分で守れるし、それに……」

 

 言葉を続けようとしたが、途中でやめた。旅のことは少し忘れたい、なんて言えるはずがない。セリーナが割って入ってきた。「私は行って欲しくないな。だって、一人じゃ危ないでしょ」

「心配してくれてありがとう。でも、やっぱり行きたいんだ。このまま何もせずにいるよりは何かしていた方が楽だし、ね」

「嫌な予感がするんだよね……」セリーナは不安げな顔で呟き、腕を組んだ。「わかってる。もし一ヶ月経っても帰ってこれなかったら、探して欲しいの。きっと戻ってくるから」

 

 そう言うと、マーナは話す。

「絶対だよ?」

「うん。約束する」

 

 小指を絡めると彼女の顔は安心したように微笑んでいた。

「ときどきわしらにも手紙で近況を知らせてくれよ、戻るときも手紙をくれれば迎えに行こう」ドランが言う。

「わかった。なるべく早く帰ってくるつもりだよ」

 

 みんなの言葉を聞き終えてから、わたしは立ち上がった。

「行ってくるね」

 

 そう言って部屋を後にし宿屋を出た。空は青々としていて、雲ひとつない。風は冷たく、少しだけ肌寒い。あと少しで冬がやってこようとしている。せめて雪で道が通れなくなる前に帰ろうと思った。口笛を吹くと、黒い毛のなかに灰色の点のようなものがいくつか見える馬が頭を振りながら近づいてきた。馬に跨り、手綱を握る。

「少しの間だけお願いね」

 

 首を撫でると、昂るような鳴き声をあげた。はあっ、と声を上げると合図だと彼は認識して、走り出した。町からロックソングへ向かう場合、しばらくは街道を通り、次に落石や足場が不安定な山道を通っていくことになる。越して未開拓の森を通り抜けてようやくロックソングに辿り着く。休憩を挟みながら行くので約一週間ほどかかると思うけど、村が心配だから急いで向かわないといけない。道が整備されていればと思うけど、それは仕方のないことだ。

 

 まず夕方に中継地点に到着。壁に囲まれ、中に数個の建物しかない極小の町で旅人はここで休息を取る。私も例外ではなく、馬を休ませながら保存食を食べ、水を飲んだ。それから宿に入り、少し寝たら夜中に馬を飛ばし始めた。野宿を挟んで、山道の入り口にたどり着いたのは翌日の昼頃のこと。無理したペースで進んだから想定より一日半も早かった。馬から降りて、岩肌がむき出しになっている道の上に立つ。

「ありがとう。今日は行っていいよ」

 

 そう言うと、馬はまた頭を振っていずこへ去っていった。見上げると自然を象徴するような岩肌が視界いっぱいに広がっている。ここから先は人の手が入っていない山道だ。今まで使われていた山の中の遺跡を通るルートがあったはずだけど、数年前に魔物によって一部崩落してしまったらしい。通行止めで困る人はロックソングの人達や物好きさんか、私のような人くらいだろう。

 

 ごつごつした岩肌に足を置き、山を囲う坂道を上っていく。途中、落石があってそれを避けたり、人の手で作られたその場しのぎ程度の橋が崩れてて身のこなしでなんとか渡ったり、そんなアクシデントを乗り越えて進んでいくと、山のある程度の高さまで登ったところで、見渡しの良い場所に辿り着いた。

 

「ただいま」と呟きながら自然広がる景色を見下ろすと、まず麓近くの森が目に入る。そこから奥に行くと村があり、横に大きな湖がある。周りには畑が広がっていた。遠くの方には廃墟となった砦が見えて、向かいの山の中腹辺りに遺跡らしきものが見える。左右を見渡せば山々が森と小さな村を囲っている。これが私の故郷だ。

 

 すうっと深呼吸をして新鮮な空気を吸い込むと、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐって、自然たっぷりの風が頬に当たる。帰ってきたんだと改めて実感すると、心の中の影が少しずつ晴れていく気がした。ひと休憩おいたところで、山を下る道を進み始める。下り坂は急な傾斜で足元に注意を払わなければならない。慎重に進んでいると、途中で崖崩れの跡を見つけたり、草木が生茂っていて通りにくい場所もあった。その度に迂回したり、飛び越えたり、時には飛び降りたりと、苦労しながら進む。

 

 山を越えて森の中に入ると、今度は道がなくなり、獣道を頼りに進むことに。山を越えるころには太陽の位置はだいぶ傾いていて、あと数刻で夕暮れへ差し掛かろうとしている。でもここまで来ればあともう少しで村にたどり着くはずだ。

 

「懐かしいな」とひとり言を漏らした。この地域の森は私にとって庭みたいなもので、幼い頃は毎日のように駆けまわり植物や動物と触れ合っていた。ときどき魔物や異界からの来訪者が迷い込んできて襲われることもあったけど、あの子が守ってくれた。土地勘はまだ鈍ってないみたいで、迷わずに進めている。一本の木を見ただけで懐かしさが込み上げてくる。

 

 太陽がやがて沈み始めるときにようやく村にたどり着いた。村に入り口のような門はなく、柵が村の周囲を囲んでいるだけ。家族で過ごせる程度の家がぽつりとあるだけで、目を引く建物はほとんどない。魔法も無く、蒸気の技術もない純真な自然にかこまれたこの村は、子どもの時分に見たときとなにも変わっていなく、世俗から離れたような静けさに包まれていた。柵と柵の間に途切れた線の前に立ち、私は声を張り上げた。

 

「ただいまー!」途端に木の窓がバッと開かれ、パイのおばあさんが顔を出した。

「おやまあ! 帰って来たのかい、じいじ、シアちゃんが帰ってきとるよ!」

 あちらこちらで人が出てきて、あっという間に村人に囲まれた。みんなの顔は変わらなくて、一気に疲れや悲しみが吹き飛んでいく。話をしたいのは山々だけど、一番話がしたい人達がいるからまずはそっちに。

 

「みんな久しぶり。元気そうだね! お父さんとお母さんは?」

「今お家に居るよ」

「じゃあお邪魔するね」

 

 家に向かって歩き出すと、みんなは邪魔しては悪いからねと、すぐにばらばらに。扉を開けると、玄関に両親が立っていた。

「おかえりなさい、シア」と変わらないお母さんが。

「元気そうで良かったよ。こんなに早く来るとは思ってなかったから、あいにく何も用意できてないけどね」と以前よりちょっと日に焼けたお父さんが言った。

「うん、大丈夫だよ。お仕事の区切りがちょうど良かったから」

 

 まず両親とハグを交わして、剣を壁に立てかけたら次に荷物を下ろしてから椅子に座った。テーブルの上には温かいミルクの入ったコップが置かれており、このミルクは放し飼いしている牛からとれたもの。柵で囲って飼おうにも、草食系の魔物は襲ってくる気配がなく、害がないのならそのままにしておいた方が良いだろうと、村では放牧して自由にさせている。そうして美味しい植物をいっぱい食べたのか、この村のものは私にとってすごく馴染みのある味だ。一口飲むと、心いっぱいになるくらい温かくなって、ほっとした気持ちになった。家の中を見渡せば、木の香りが漂ってきて、十数年のしみいっぱいの床と壁は歴史を感じさせてくれる。生まれたときからこの家に住んで、ちょっと旅をしてここに帰ってきた。それだけなのに、なんだか無性に懐かしい気分になってくる。

「それで、どうだった? 向こうの生活は」

「楽しかったよ。友達もできたんだ」

 

 思い出を話している間にお母さんが温かい料理をつぎつぎと運んできた。温かくて香ばしくて、とても懐かしい匂いがする。疲れた身体に晩食が染み渡る。食べている途中に忘れてはいけないことを訊いた。

 

「そういえば、村の周りでなにか異変が起きているって聞いたんだけど……」その質問をきいてみるけど、両親は平然とした様子で答える。

「そんなに急がなくてもいいよ。明日、木こりのおじさんから話をきけば分かるわ」異変はそこまで緊迫したようなことでもなさそうな感じで、少し安心した。大きな魔物が群れを成しているとか、異界のポータルが開いたとか、そういう大事でもなさそうな様子。

 

 そう食事している間に月が昇り、ランタンの明かりが灯された。窓を覗けばあちこちの家で光が灯され、談笑の声が漏れてこちらまで届いてきている。その光景を眺めながら、両親に尋ねた。

「ねえ、お母さん。私がいない間、村の人たちはどんなふうに過ごしてきた?」

「シンシアが居なくなってからは、特に変わったことはないかな。出発した直後はシンシアの銅像を建てようなんて石のおじいさんが言い出したけど、結局無理だって分かって取りやめたし。あとは北の方にある砦の人達が居なくなったみたいでね。まあ元帝国の軍人たちだったし、消えてもらってよかったけど」

 

「ふーん」と私。北の方にある砦は小さい頃、アイラが訓練をしていたところで、砦にいる人たちはみんな帝国の人達だったから村の皆は忌み嫌っていた。当時は戦争中に帝国が密かに拠点を王国領内に作って、そこから怪しげなことをしようとしていた。結局実行に移すことは出来ずに、帝国軍は撤退していったけれど。もう人がいなくなったなら砦の中を見てみたいなと思った。アイラが小さい頃過ごしていた砦に。

 

 食事を終えて、灯は消えていく。月の光が窓から差し込む私の部屋でベッドに座り、窓越しに夜空を見ていた。満天の星空で、雲一つない。旅立ってからこの部屋は物置になったと思っていたけど、お母さんがずっと掃除してくれていたらしくて綺麗なままだった。ベッドも埃が積もっていないし、シーツはふかふかで寝心地が良い。棚にはたからもの入れと日記帳、おじさんとの特訓で使った木の棒が立てかけられている。

 

 空を見ながら次はどうしようかと思案していた。砦に行くこと、おじさんの古家に行くこと、アイラとの思い出の場所を巡ること、他にもやりたいことがたくさんある。時間はあるみたいだし、ゆっくり考えていこう。布団の中に入り、目を瞑った。

 

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