女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

53 / 61
XI

 洞窟から抜けて、ひとつの守りの礎へ向かっていた。太陽の光は眩しく、木々の隙間からは青い空が見えていた。変わらない森の風景に安心感を覚えながらも、足を止めずに歩いていく。しばらくして木々が消え、開けた場所にたどり着くと、守りの礎が見えた。楕円形の大きな石が地面に埋まっていて、その上に六角柱の真っ黒な石材で出来た、私の身長をはるかに上回る礎が乗っている。これが守りの礎で、村を守る大事なもの。礎は立って数十年も経つが、太陽に反射して黒と白が混ざり合って輝いていた。そっと右手を近づけると、じんわりとした温もりが伝わってくる。溜まっていた魔力は残り一、二年で尽きてしまう。手を通じて体内の魔力を与り、少しずつ流していった。魔力が溜まればたまるほど手に触れている礎はほのかに暖かくなっていく。いっぱいに流し込んだら離し、呼吸をひとつ。これで終わり。礎が壊されない限りロックソングは守られる。

 

 黒く大きな石を眺めながらあれこれ考えていると、礎を建てたリサンダスおじさんを思い出す。そういえば彼の家を訪れたいと考えており、次は彼が隠居する家に訪れようと決めた。

 

 歩いて村に戻り影で刻まれる日時計を見ると、午後の一時を指している。木こりのおじさんにやったよと報告し、感謝の言葉をもらったら家で昼食を食べ、それからおじさんの家に向かうことにした。家は村から少し離れた森の中にあり、丸太を積みあげた小屋が建てられている。侵入を許さないよう結界が張られており、認められた人でないと幻を見せられて、小屋を認識できなくなる。私は小さい頃から何度も来ているので問題なく通れた。

 

 賢者リサンダスと呼ばれるおじさんは、聞いた話によると神話の時代から生きていて、歳は百、千を超えているらしい。セリーナのお母さんが生まれる前からいたらしく、とにかくすごい人だ。

 

 神話時代は数え切れないほど前にあったことで、時系列順に時代を並べると、まず空と大地が大蛇で覆われていた大蛇の時代があった。その次に人の祖先となる巨人が大蛇と戦争をしたアトラス時代、三つの世界が衝突して色んな人類や魔法がこの世界に流れてきたジェネシス時代、そして二十六の英雄、神々と一人の黒い獣が戦い、最終的に世界が一回閉じた神話時代。その後は大きな出来事が起こるのを区切りとして第一時代、第二時代、第三時代と分けられている。現在は第四時代となる。

 

 リサンダスおじさんは神話時代の生き残りで、人間の中でも特別な存在だった。世界会議でも議長の資格を持ち、魔法技術の発展にも大きく貢献している。でももう、彼はいない。

「ごめんねおじさん。入るよ」植物のつたが絡み合う、百年以上家を支えつづけた木材で造られた扉を開けると、まず目に映るのは天井まで届く本棚だ。そこには千年以上も保存された本がぎっしりと詰め込まれており、中には貴重な魔導書もある。ただし保管方法は厳重で、おじさん以外が手に触れると電撃が流れる仕組みになっている。

 

 目を左の方へ向けると、魔術に関する道具が所狭しと並べられた机があり、その上に置かれたランプが部屋を照らしていた。ひとつ引っかかる点があるとすれば、大きな釜があり、まだ動いていること。中身は沸騰しており、機械によって自動でかき混ぜられている。他に時間経過によって勝手に薬が投入されるようになっている様子。おじさんは居ないはずなのにこの釜は動き続けており、誰かが動かし続けているのか、彼が家を出たときからそのままなのか、二つの考えが思い浮かんでいたが、確証にいたることはなかった。

 

 次目についたのは机の上に置かれている書きかけの本。内容はおじさんが残した日記のようなもので、ところどころに日付が書かれた付箋が挟まれていた。好奇心にかられてその本を手に取ってページをめくっていくと、私が旅に出る前までの出来事が書かれている。指先でめくりながら追憶の日々を思い出すことにしてみた。

 

 

 日記によると、おじさんは私が生まれた時点で目を付けていたらしい。会いにきてくれることは稀だったけど、遠くから見守ってくれていた。私が風邪で寝込んでいるときは、薬を届けてくれたこともあった様子。あと、赤いドラゴンが私の存在に気づいて村を襲おうとしたけど、おじさんのおかげでドラゴンは山を越える前に追い返され、それ以降姿を見せなくなったとか。

 

 おじさんと始めて出会ったのは七歳の時。そのときの私は謎の力に悩まされていて、突然指先から火が出たり、湖に触れただけで氷の膜ができたりと、私が持つ不思議な力のせいで不可解な現象が起こり、同年代の子どもが怖がって私から離れるようになった。それがつらくて、寂しかったのか、森に心が落ち着く場所を求めてよく入り浸っていた。森の中一人で歩いていると、動物たちと会話をするおじさんと出会う。最初は警戒したけれど、おじさんは優しく話しかけてきてくれて悩みを聞いてくれた。おじさんは私の力が何なのか知っているようだったが、その時はまだ教えてはくれなかった。たくさん話したり、美味しい木の実をたくさん食べさせてもらって、おじさんの優しさと知性に触れていくうち、まるで第二の親のように感じるようになっていった。

 

 それからしばらく、月ひとまわりの時を経て、私はおじさんの家の前にある庭で私が持つ力について詳しく説明してくれた。フロックスとは違うもっと特殊な魔力、プリズム。私はそれを宿していおり、虹のような線を自在に操れるという。プリズムの色はそれぞれ異なり、赤は炎、青は氷といった具合に、様々な力を操れる。まずできたことが、スプレイのように指先からから虹色の霧を放出する事だった。おじさんはこうして戦いのときに役立つ戦い方を教えてくれ、次に覚えたのは、白い光線を自在に操るもの。線は反射、拡散、吸収など自由自在に操ることができて、誤っておじさんの家の窓ガラスを割ってしまったこともあった。最初は魔法使いとしての才能があるか不安だったけど、おじさんの熱心で丁寧な指導のおかげでみるみる上達していった。

 

 魔法使いは秘術の使い手とされていて、中でも九つの流派に分かれている。私は幻術師(イリュージョニスト)だと思っていたけど、おじさんによると"プリズマイザー"という特殊な流派に属すると言っていた。プリズマイザーはアポロエテルという神話時代に使われていた魔法を一部再現した流派で、術者も少なく記録もほとんど残っていない。おじさんが教えられるのは、長く生きてきたからかもしれない。

 

 九歳にアイラと出会って、彼女と別れたのは十二歳。別れはアイラが突然姿を現さなくなったことから。そこから会うことになるのは五年後になる。

 

 彼女が姿を消してから二か月後、冬がやってきた。けどその冬は今までのものとはまるで違った。長く続く吹雪で村の作物が育たなくなったり、家畜が凍えて死んでしまったりと壊滅的な被害が出たのだ。このままだと村が危ないと、村の皆は頭を抱える。そのとき私は猛吹雪の事で心当たりがある場所があることを思い出した。北の山の頂上に建物が建っていて、そこに何があるか気になっていたのだ。吹雪の時だけ山があやしく光っているのを見たことあって、もしかしたら何か関係あるかもしれないと思い、その光の正体を暴くべく行動に出た。山に行くことは皆反対したから、目を盗んでこっそりおじさんの家に行き、訪ねに行くと、おじさんは快く迎え入れて、山のこと、光の正体について教えてくれた。山の頂上から放つ光は異界を繋ぐポータルで、異界の魔物がこちらの世界に侵入していることに。近い時期、山近くの祭壇からおじさんに向けて念話が届いたそうで、その内容は私をその祭壇まで連れてきてほしい、というものだった。私たちは村の皆に内緒で北の山へ旅立つことに。毛皮のコートを着込んで、おじさんが貯めこんでた保存食をバックパックいっぱいに詰めこんで、小屋を出た。

 

 道中は危険たくさん。吹雪が吹き荒れる中、魔物の大群が襲いかかってきたのだ。氷をまとったコウモリ、イエティ、氷のエレメントまでもが私たちに牙を剥く。戦いはおじさんに任せ、私は後方で魔法を行使して魔物を撃退していく。雪崩が起きたら、おじさんが球体の守りを放つ魔法を使って私たちを守り、高山病で倒れたときは薬と魔法で症状を和らげてくれた。

 

 結局頂上まで辿り着くのに、二日ほど。頂上には神殿が建っていて、上の階には元素世界のポータルが光を放っていた。おじさんによれば、元素世界の氷が飽和したことと、ポータルが偶然開いてしまったことで猛吹雪が起きたとされている。おじさんがポータルに向かい、私は祭壇の方に行くよう言われた。祭壇は神殿の地下にあり、そこには像が祀られている。台座には古い言語が刻まれていて、解読できない。像は鎧を纏った女性の姿で、兜を着けており顔の様子は見えない。像は荘厳さを漂わせていた。

 

 祭壇の近くまで足を運ぶと、突然頭の中に言葉が流れ込んでくる。大いなる脅威が動き出したことと、私は選ばれたこと、そして世界を救う使命を課せられたことを神様に一方的に告げられ困惑した。お告げが終わると、突然上の方から大きな剣が降ってきた。剣は目の前に突き刺さって、驚いた私は尻もちをついてしまう。剣はすんなりと抜けたが、こどもの私には両手で持っても扱いづらいほどの大きさ。重さは軽く、片手でも振れるほど軽い。刀身には古代文字が刻まれていて、白い刃に金の意匠が美しく映えていた。おじさんのところへ行こうと神殿の上へ登ったら、おじさんはポータルを閉ざすのに奮闘していた。魔物は難なく対処出来ているが、ポータルを閉じるのは至難の業で、魔力を送り込んでもびくともしない。おじさんは私に下がるよう言って魔物を駆除していったが、その指示を無視して前へ進み出た。剣でポータルを斬れば閉じることができる、と頭の中で声がして、剣を振りかぶりポータルに向かって振り下ろす。言葉は正しく、ポータルは閉じていった。残った魔物も素早く駆除し、神殿は静寂に戻っていく。おじさんにもらった剣を見せてみると、目を丸くしていた。この剣は神話時代、黄金の女神という偉大な女神が振るっていた剣で、戦いで砕け散ったと思われていたが、まだ現存していた。次に神様に告げられたことをおじさんに話すと、深刻そうな顔を。彼は心構えるようにと忠告を受けたが、意味は理解できなかった。

 

 村に戻る途中、道を眺めると吹雪は止んでいて、脅威は消え去ったと実感できた。

 

 帰る途中、おじさんに話をされる。神様は何をさせようとしているのか、世界を救うとはどういうことか。どれも小さい頃の私には頭にぴんと来るものではなかった。二日かけて再び村に戻る。遠くから見ても雪は溶けていて、木々も青々と茂り始めていく。村の皆は安心しているようだが、おじさんは浮かない顔をしていたことが印象に残っていた。

 

 浮かない顔の理由は数日後、理解することになる。滅多にこの地方に入ることが無い王国軍の列が村の前に現れたからだ。目的は私で、王国の魔法使いが勇者の存在を感じ取り、剣を抜いた私を勇者だと断定した。兵隊の列の先頭に立っていた隊長さんらしき男は、私をクリスタリア内で保護しようとする。しかし両親や村の皆が反対の声を挙げた。おじさんは中立を保とうとしたが、その表情には葛藤が浮かんでいる。おじさんは、生まれたときから私が勇者になると知っていた。選択迫られるなか、二人きりのときにそう打ち明けられる。

 

 結局、私は軍に保護されることを了承し、おじさんと共に村を離れた。王国へと旅立つなか、おじさんは何度も謝罪の言葉を口にしていたのが忘れられない。

 これが、私が村に居た頃の記憶。

 

 

 日記最後のページを読み終え、指先でひとつひとつのページをめくっていくが、全て真っ白でこれ以上の事は書かれていなかった。

「大丈夫だよ、おじさん。私は平気だから」

 

 本を閉じておじさんの机に置き、再びランプの火を見つめる。火は百年経っても消えなさそうで、ずっとゆっくり揺らめきながら燃え続けている。おおらかな炎を見ていると、心が落ち着いていくような感じがした。足をゆっくり動かし、絨毯を踏む鈍く小さな音に耳を傾ける。温かく、時が止まったこの空間。子どものころによく座っていた揺らめく椅子に座り、ゆったり揺れながら私はランプの火を眺めていた。もう少しだけ、あの頃の気持ちに帰りたかった。

 

 明日はアイラが居た砦に行こう。そう心の中に決めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。