女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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XII

 故郷での日々が流れていくうちに、この団欒がずっと続けばと願うようになってきた。朝起きて居間に行けば、お母さんがご飯を作ってくれて、お父さんが少し気だるげに起きている。そこに仲間達やアイラは居ないけど、静かな日々がずっと続くならそれでよかった。

 

 朝、朝食を食べたら自分の部屋で遠出の準備を始める。目指すのは北の方にある砦、そこは礎の効力が届かないから、魔物と遭遇するかもしれない。シャツや鎖帷子のシャツを着込んで、置物となっていた足の防具を手に取って、ベッドの上に座りこんで、足に嵌める。次に腕用の防具を手に取り、両腕に装備した。最後に胸当て着ければ、装着はおしまい。防具は白を基調に、文字や金の装飾があしらわれている。守りの魔法はもちろん、鎧を軽くする魔法も防具に込められている。

 

 この防具はクリスタリアで、戦争行く前に最高級の職人が作ってくれたもの。価値にすると十万は平気で超えるほどと聞いたことがある。

 

 背中に剣を背負って、準備を済ませたら居間向かうと、両親が少しだけ目を丸めていた。

 

「どこかに行くのかい?」お父さんの心配そうな声。

「北の方ちょっと見てくるね」

「もう大人だから大丈夫とは思うけど、気をつけるんだぞ」

「うん、夕方までには帰るよ」子どもの頃のようなやり取りに、少しだけ心が安らいだ。

 

 扉を開いて外へ出ると、おぼろげな日差しが緑を鮮やかに彩っていた。今日も世界は鼓動を続けていることを確認し、通りすがる村人に声をかけながら山を目印に北へ。

 

 まずは森を通り抜ける。ここは礎の守りで、魔物を見ることはほとんどない。抜けたら登り坂気味の道が続き、見上げると砦の姿が見えてきた。ここから礎の力は弱まっていき、魔物を発見するようになる。この辺りは効力も無く、危険だと皆に散々教えられてきたから、踏み入れたことはあまりなかった。この緑の坂辺りで見かける魔物はフクロウグマや、グリフィン、ワイバーンと普通の人なら逃げたくなるような魔物ばかり。でも砦の人達が倒したのか、生存競争に負けたのか姿は以前より減っている。もっと道を外れた場所には、湖の守り神と崇拝されるガイガントスという巨大な草食獣が生息している。普段は湖に浸かるよう眠っているけど、食べたいときは四本の足で湖から這い出て木を一本かみ砕き、全てを腹に収める。その食事風景は圧巻で、一度見たら忘れられない迫力があった。湖に眠っている時は水に植物の成長を促す効果をあたえるため、自然の円環の一部として守られている。温厚なので、害することなければ何もしてこない。

 

 ガイガントスのことを思い出しながら坂を上りきると、砦が徐々に大きく見えてくる。石の壁は一部崩れ落ちていて、見張り台は上部が半壊している。砦からは声や音もなく、人の気配は感じない。周りは壁で囲われていて、中は見ることができない。初めて砦の近くに来て、雰囲気がなんとなく重苦しそうに感じ取れた。中でいくつもの命が失われたから、その重みが砦を覆っているのだろうか。

 

 周囲を回って扉を見つける。扉は右半分の扉が壊れていて、左半分が倒されていた。

 潜り抜けて中に入った第一印象は、訓練場のような場所。床は何も敷かれておらず、砂ときどき草花で、左側を見るとわら人形が何体か並んでいる。一体は老朽化したのか、支えていた木が裂けていて、わら人形が倒されて転がっていた。他のわら人形は頭に当たる部分が欠けており、離れたところに頭部と思われるものが転がっている。

 

 他に目についたものとして、大きな仕掛けとなっている訓練用の施設があった。三体の木の人形が仕掛けにつるされており、人形は無数の棘が突き刺さっていて、血の染みが滲んでいた。施設の中心には両足を固定する鉄の拘束具が仕掛けており、その周りには血痕が散らばっている。恐らくこの訓練は仕掛けの中心に立って両足を拘束され、仕掛けを起動すると三体の木の人形は振り子のように振れ始めるもの。人形は八方から中心の人間に襲いかかり、避けるか武器で弾くことが出来なければ、串刺しにされてしまう。

 

 息苦しくなりそうだったので、次の訓練場に向かった。

 右側は運動能力を鍛えるための場所のようで、高所へ登るためのおうとつが壁にいくつかあり、その近くには縄がぶら下がっている。奥には、丸太の足場を伝って次の足場へと渡る訓練場がある。しかし落ちてしまえば、下には植物の棘が待ち構えていた。棘は無数に生えていて、落ちれば串刺しになることは間違いない。

 

「子どもにこんな事やらされていたなんて……」独り言が漏れる。アイラは小さい頃、こんな訓練をやらされていた。いったい何人がここで訓練をしていたのだろうか。

 

 訓練場を去って、建物の前に立つ。扉はかんぬきが何本もかけられていて、加えて木の板が複数も釘で打ち付けられている。厳重に閉じられた扉からは強烈に血の匂いがして、鼻の奥がツンとした。

 

 引き返してもよかったかもしれない。だが、彼女の幼少期に何があったのか、気になっていた。好奇心という軽い言葉で表してはいけないと思うが、それでも知りたい。

 

 扉を開けるために剣を抜いて、両手で柄を握りしめた。はあっと扉に振り下ろすと、かんぬきや木の板は両断され、開けられる状態となった。扉に手を触れると、直感が指先をぞっとなぞる。見ることはできなくても、嗅覚、触覚、聴覚がその凄惨さを教えてくれる。息を呑んで意を決し、手にちからを入れて押し開けた。

 

 予感は正しかった。開いた瞬間、黒い肌、四足の魔物が飛びかかろうとし、反射的に身をそらした。淀んだ黒い光沢を放つ魔物の肌は、腐った魚のような生臭さを漂わせる。足先は五つに分かれ、槍のようなかぎ爪が伸びている。頭部は人と酷似した骨格を被っており、口からは鋭い牙が突き出ている。それは人類が忌み嫌い、恐れる、穢れにのまれた獣だった。獣はこちらに振り返り、哀しく醜い牙の並ぶ口を開けた。理性はとうに失われ、生者への殺意だけがその目に宿っている。

 

 指先に力を宿し、獣が襲いかかってくるのと同時に魔法を放った。プリズマイザーの魔法、ミスディレクション。魔法の鏡を何枚も並べ、虚像の私を投影する魔法。獣は幻影にかみつき、その牙が空を切った。視界を外したら、獣の背後に回り剣を振り下ろす。剣先は獣の背を裂き、黒い液体がどろりと流れ出た。しかし倒し切ったという感覚は得られなかった。獣は再びこちらに向き直る。虚像は数秒でかき消え、剣を構え直した。

 

 殺意は衰えず、獣は跳躍し、天井を蹴って上から襲いかかった。私は左手で魔法を放ち、狙いを定め白い光線を拡散させて射つ。獣は貫かれ、空中で体勢を崩して床に落ちた。白い光は穢れを焼き尽くし、肌は溶かされ、黒い血と肉の断面が床にこびりつく。獣は牙をむき出しにし、殺意の篭った目で睨みつけた。

「ごめんね」

 

 一言呟いて、私は剣を振りかぶり獣の首を斬り落とした。時間が経てば獣は肉も骨も溶け、長い時間をかけて塵となり消えていく。

 

 ようやく砦内部を探索できる。入って最初の空間は広々として、左右に黒荒んだ暖炉がそれぞれ設置されている。暖炉は朽ちて、木が割れていたり燃えカスが残っているだけ。長机と椅子が多く並ばれていることから、食堂だったのだろうか。長机の上には木の皿やコップが散乱している。左には二階へ繋がる階段、右には地下へ続く階段。凄惨な香りがするのは地下の方。獣が這い出てきたのはここからのような気がした。先に左にある階段から二階へ上がる。

 

 二階上ってすぐ近くの部屋は本棚が並んでいた。本は全て持ち出されたのか、空の本棚だけが残っている。通路を進み、次の部屋へ入ると寝室となっていた。狭い空間となっており、二段ベッドが左右に置かれている。ベッドのシーツは所々破れ、枕や布団には黒い染みの跡が残っている。壁にランタンが置かれていたが、火は灯っていなかった。他の部屋も巡ってみたが、どこの部屋も寝室になっていて、ベッドがあるだけ。ここに住む人たちは、自由とはかけ離れた生活を強いられていたと思った。

 

 三階に繋がる階段を見つけて上へ。三階は帝国の人達が生活していた場所らしく、個人の部屋が大きく取られている。それぞれの部屋には筆を執る机、空の本棚、ベッドとクローゼット、そして懲罰用のムチが壁に掛けられていた。ムチには血が付着しており、先が赤黒く染まっている。ある部屋にて、床に落ちている紙を拾った。紙は何度も踏まれたのか、汚れていて一部読み取れない。ただ文字の配置から文書だと分かる。内容としては、砦で訓練を受けていた人たちの経過観察が書かれていた。

 

"本日の経過。六番、投与の過程でショック死。火葬処理済。八番、衰弱していた為遺棄処分。二十一番、身体に異常をきたし、獣化の兆候が見られたため処分。特筆事項として、十三番は三日後、新開発の薬を追加投与する予定。本日の十三番はエリスと名乗っていた。"

 

 次に別の書き方で、十三番に関することが書かれていた。

 

"十三番の高い能力に部門が関心を持っている。訓練終了後、部門に配属する案が挙がっている。一週間後、部門内で決定がされる模様。"

 

「十三番、そんな特別だったの?」とひとり言が漏れた。断定はできないが、アイラの事が脳裏に浮かんだ。しかし彼女はエリスなんて名乗った記憶はない。

 しかし、ここで行われていたことは想像以上だった。文章の向こうで行われていることを想像すると、胸が苦しくなる。他の部屋を回ってみたが、目ぼしいものは見つからず、地下へ降りることにした。

 

 地下に下る階段の前に立つ。足を後ろに引きずられるほどの、強烈な血の匂いが、向こうから漂う臭いに恐怖を覚え、拳を握る手が汗ばむ。この先にある真実を知ることへの恐怖と、知らなければならないという義務感がせめぎ合っていた。

 

 息を呑み、意を決して下りる。階段の先には鉄の扉があり、錆び付いた南京錠で閉じられている。扉の隙間から臭いが流れ出ていて、吐き気を催すほど濃いものが充満している。剣を再び抜いて南京錠を断ち切り、重たい扉をちから一杯押し開けた。

 

 中は牢獄だった。人が二人ほど通れる狭い通路で、床は黒く汚れている。黒い汚れの正体は獣が持つ液のようで、嗅覚を刺激する生臭い匂いが漂っていた。檻の中には黒く変色した死体が転がっており、どれもが腐敗している。檻の中は使い古され、牢獄としての役割は果たせておらず、死体を捨てる場所と化していた。

 

 一歩一歩が重りが乗っているように、ゆっくりと進む。床を踏む度に靴底に液体がこびりつく感触がして、背筋が凍った。通路を進み続け、奥にある鉄の扉の前に立つ。扉にはまた南京錠がかけられていたが、斬り落として扉を押し開けた。

 

 扉の向こうには、異質な光景が広がっていた。円状に広がる空間、拷問を目的として使われていたが、今は人体実験を行う場所として使われていた。まず中央に四肢を拘束する手術台がある。その周りには、様々な道具が並べられており、液体を貯めておく割れたガラス瓶、試験管、針と糸の道具など。そしてなにより目を引いたのは、十は超える液体を注入する針と管が、一つの大きな試験管につながっているものだった。

 

 言葉が出来なかった。手術台は赤と黒で汚れていて、壁は血がこびりついている。地獄の世界に住む悪辣な科学者が考えたような、狂気的な部屋だった。

 

「うっ……」思わず声が漏れた。今まで見てきた場所は、人が生活していた形跡があった。でもこの地下は違う。アイラがここで何をされたのか分かってしまった気がした。こんな場所にいたら、誰だって壊れてしまう。彼女は、人として扱われていなかったのだ。どんな仕打ちを受けていたのか想像もしたくない。きっと狂ってしまうだろう。でも彼女は正気を保っていた。心が強かったのか、それとも壊れるを通り越してしまったのか。

 

 これ以上いると気が変になりそうだと思い、出ることにした。足を早めて不快な実験室、通路を抜けて階段を駆け上がる。次に荒れ果てた一階の広間へ、間隔狭まる足音が広間の中残響する。扉を抜けて、外の訓練場だった場所に戻ってきた。ようやく澄んだ空が見える場所に戻って、私は膝をついた。逆流する感覚が喉を通り、吐き出していまった。

 

「おえっ……うぷっ……」もう何も出ないのに、吐き気が止まらない。

 彼女の気持ちを考えたら、胸が張り裂けそうで。でも私は助けることができなかった。私に力があれば、救うことができただろうか。いや、力があったって彼女の気持ちを和らげることなんて、できるはずがない。

 

 近くの石が積み立てられた壁に近づき、ぐったりと上体を預ける。

 

「これ以上、なにも失いたくないよ」そう呟いた。怖さや悲しみ、不安が一気に押し寄せてくる。どろっとしたカタマリが胸の中で蠢いて、流されて、吹き溜まりに積もっていく。もし、悪夢が現実になったら、私は勇者であることを後悔するのだろうか。投げ捨てて全てから逃げ出そうか。それとも、戦うのを諦めてしまおうか。今はいやなことを忘れたかった。

 膝を抱えて目を瞑り、ただ時間が経つのを待った。

 

 どれほどの時が経ったか、目を開けて立ち上がる。空は橙色に染まっており、砦は暗い影に覆われていた。眠りを経て、心にあるカタマリのアレは遠くへ流れていったような気がする。こんな時間で、両親も心配しているかもしれない。家に帰ろうと身体を起こし、足を砦の出口に向けた。帰路へ向かおうと、砦を出て高い場所から見下ろした時、鼓動が高鳴った。身体が鞭を打たれたように震えだし、息は苦しくなる。辺りの静寂が不気味さを際立たせ、背筋が凍った。肌は粟立ち、絶対零度に近い空気に体温を奪われていく。

 なぜなら、村が黒い霧に包まれ、炎や黒煙が上がっていたからだ。

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