女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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XIII

 口笛を吹いてどこからともなく馬を呼び、跨がって駆け出す。せきたてるように綱を引き、砦がある高地から一気に下って、森の中へ入っていく。木々の隙間から見える黒い霧は徐々に空を覆うように広がっていき、村から立ち上る煙が森に差し込んでいった。夕焼けの光は薄れていくのに、黒い霧は上塗りするように濃く、光を奪わんとしていく。

 

 途中、北の礎近くを通りかかった時は砕き壊されていて、破片があちこちに散らばっていた。もう村に魔物が立ち入ってもおかしくない。近づくにつれ、煙の臭いが強まり、鼻を突く。夜のような暗さだった視界は炎の明かりで明度を取り戻し、崩れる家屋や燃える木々が鮮明に映し出される。辿り着いたら馬を飛び降りて、村へ駆け出した。

 

「誰か! 誰かいないの!」

 

 村中を走りながら声をかける。だが返事はなく、あるのはうめき声と助けを求める声だけ。建物のほとんどが焼け崩され、地面には血だまりと死体が転がっている。死体は胴体を貫くように木材が突き刺さっていた。あの人はよくパイを焼いてくれたおばあさん、この人は本を読み聞かせしてくれたおじいさん。見知った人達の変わり果てた姿に、胸が締め付けられる。

 

「誰か! 生きている人は!」呼びかけても返事はない。村中を探し回り、私の家の前にたどり着く。在り処は炎の中に消え去っていた。寝起きして、ご飯を食べて、外に行く。そんな毎日を送っていた家は見るも無残な姿になっていた。魔法で凍てつく線を放っても炎は燃え続け、氷が溶けるように消えていく。

 

「父さん! 母さん!」叫ぶ声が空しく響く。家だったものに駆け寄っても、崩れるばかり。失意のどん底に落とされた時、遠くから私を呼ぶ声がした。

 

「シア!」聞きなれた、安心する男性の声。振り返ると、そこにはお父さんの姿があった。

 

「父さん!」

 私は駆け寄って抱きしめられる。抱き返してくれた手は震えていて、お父さんの鼓動は早くなっていた。お父さんも怖かったんだと気づき、私も強く抱きしめ返す。

 

「お母さんは?」

「一緒に逃げたんだ。今は近くに隠れている」

「よかった……」

 母も無事と聞いて安堵する。でも、この惨状を見たら分かる。村はもう地図上から名が消えてしまうかもしれない。

 

「もう行こう。助けられる人はいない」

 お父さんが先導して駆け足になる。

「何があったの?」私は尋ねた。

「村に黒ローブの人間が一人現れたんだ。そいつが魔法を使って村を……」父さんは歯を食いしばり、言葉を詰まらせた。

 

「お母さんとシアは助かったが、他の人は……」

 お父さんの声が震えている。私はかける言葉が見つからず、ただ手を握ることしかできなかった。

「すまない……俺は何もできなかった」

「うん……」

 

 お父さんは唇を噛みしめて、血が出るほど拳を強く握っていた。村を救えなかったことを悔やんでいるんだと分かる。けど責める気はなかった。むしろ村が襲撃にあった時に私が残っていればよかったのにと、後悔の念が押し寄せる。

 煙のトンネルと燃える建物の間を走っていると、道の真ん中に父さんが言っていた黒ローブの人間が立っていた。顔はフードで隠れていて見えないが、右手には剣を持っている。

 

「お前が村をやったのか?」お父さんが向こうを睨む。

 黒ローブの人間は何も言わずにただ立っていた。

「なぜこんなことをした! 答えろ!」怒りを含んだ声で父さんは叫ぶが、黒ローブの人間は何も答えない。だが奴はこちらに向けて、何かを投げ飛ばしてきた。

 

 落ちてきたそれは、人間の頭だった。綺麗な髪で、よく見ていた顔。肌に赤い滴が垂れ、目蓋を開きながら虚ろで何も映さない瞳が私を見つめてきた。

「お、お母さん……?」

 

 頭が回らない。今日の朝まで一緒にいた母が、子どもの頃からずっと面倒を見てくれた母が、私の目が届かないところで知らない人間に殺されていた。

 

 隣の父が近くにあった鍬を持ち、黒ローブの人間に立ち向かおうとする。微かに残る理性を振り絞って、父を止めた。

「逃げて!」お願い、これ以上失った世界なんて考えられない。

「シア、これは父としての役目なんだ」

「嫌だよ! 父さんが死んだら、私どうしたらいいの! それに、私の方が強いでしょ! だから、父さんだけでも逃げて!」

「シア、俺もお前がいない世界で生きていくことなんて考えられないんだ。行かせてくれ」説得は無理だと悟り、父を押して、次にプリズムを使って氷の壁を生成し、父と黒ローブの人間を隔てる。

「逃げて! 私が時間を稼ぐから!」

 

「許してくれ……」父は涙ぐみながら背を向けて駆け出した。が、崩れ落ちた家の無数の木材が浮んで、父を貫かんと向かっていく。黒ローブの人間は魔力を使い、木材を操っているようだ。

「お父さん!」咄嗟に魔法を使おうとしても間に合わなかった。無数の木の棘は父を串刺しにする。苦悶の表情を浮かべながらその場に倒れ込み、血を吐いた。

 

 叫んで駆け寄るが、父はもう絶えかけていた。

「シア……逃げなさい……」今にも消え入りそうな声で言う。

「父さんしっかりして! 嫌だよ、起きてって!」手を握るが、血は止まらずに地面を赤く染めていく。やがて、父の手から力がなくなり、私の手を握る父の手は冷たくなっていた。もう助からないと分かってしまった時、ちぎれた蝶のように地面に座り込んだ。視界の色彩が薄れ、呼吸の仕方を忘れてしまう。眩暈の中燃えていく世界、私は立ち上がり、背中の剣を抜いた。両手で柄を握り、刃を下に向けて構える。でも先は震え、涙が止まらなかった。

「奪われた気持ちはどう?」

 

 黒ローブの人間から、聞き覚えのない女の声が聞こえる。挑発しているような、見下しているような嫌な声。「大切な人を殺されて、何もできなかった気持ちってどう?」続けて言うと、フードを脱いだ。真っ白な顔と、血のように赤い瞳が露わになる。目の周りは黒の化粧で隈取りされ、まるでおとぎ話に出てくる魔女だった。見つめてくるその姿は不気味で、人離れした雰囲気が逆に恐怖を駆り立てる。

 

「私はセブンよ、あなたを獣に仕立て上げる者」

 セブンと名乗る黒ローブの人間は、私を見て笑った。目を細めず、鼻と口だけで笑う。その笑みは嘲笑という言葉が一番似合った。

 

「獣に仕立て上げる?」

「そうよ、あなたは人を殺す魔物になるの」

 私は剣を前に突き出し構えた。でも剣先は震えて定まらない。魔物になんてなりたくないから、戦わないといけない。涙を腕で拭い去り、剣を握る手に力を入れる。絶対に負けないと自分に言い聞かせて心を落ち着かせるが、動悸は止まらなかった。

 

 そのとき、不意を突くものがセブンの背後を強襲した。大きな斧を持ち上げる、年取ったドワーフ。木こりのおじさんが、彼女に向かって斧を振り下ろしていた。

「皆の仇じゃあ!」

 

 おじさんは渾身の力を振り絞り、斧を叩きつける。だが、当たる寸前で刃が静止した。理由はすぐに分かった。セブンの周りに魔力で作られた膜があり、それが壁のように立ちふさがっていたからだ。セブンは指先をおじさんに伸ばし、魔法を放った。

 

「灰になって、いい肥料でもなりなさい」

 セブンの指先から、身体ごと包み込むほど大きさの炎柱が現れ、おじさんに襲いかかる。一瞬の悲鳴のあと、おじさんは炎の球体に包まれて灰と化してしまった。

 

「どうして……」言葉を失い、ただ灰となっていくおじさんを見ていることしかできなかった。だが本能が、私を戦いに無理矢理戻してきた。悲しみや怒りを通り越し、心にはドス黒いものが渦巻いている。底よりも底が見えないほど、心は深く沈んでいた。視界は白と黒が重なって歪んで見え、意識も朦朧としていた。言葉もでない。ただ静寂のカゴに金切り声が永遠と響くような、感じるものすべてが気持ち悪く、死に近い感覚があった。

 

 剣を強く握りしめて、駆け出す。勢いのまま振り下ろし、セブンに斬りかかる。剣は魔力を突き破る力を持っており、魔力で出来た壁はあっさり破ることができた。

 

 セブンは鼻で笑い、一歩退く。次に燃える建物から金属の破片や廃材を浮かび上がらせる。それらは私に向けて射ち出された。全て剣で叩き落とすが、金属の破片は腕に刺さり、燃える廃材は服に燃え移った。

「うっ……」痛みで声が漏れる。でも戦いは止まらない。

 

 プリズムを行使し、拡散する白い光線をセブンに放つ。放たれた線のいくつかが奴の身体を貫通したが、彼女は何事もないかのように平然と立っていた。

「痛いわね」

 

 顔の左半分が線で穢れを焼き付けられたように黒くなり、白い化粧が剥がれ落ちた。中からは筋の繊維や骨が剥き出しになっているが、奴は気にする様子はなく、私に向けて手をかざす。

 

「ああ、折角の化粧が落ちちゃった」

 セブンが手をかざした瞬間、危険を察知する。本能に従いすぐさま横に避けるといた場所に向けて巨大な火柱が放たれた。両親のなき骸が燃やされ、灰へ変わっていく。戦う理由すら私は失いかけていた。

 虚像の分身を作り出す魔法を放ち、彼女を挟むように同じ姿の私を作り出す。セブンの注意が分身に逸れた瞬間、再び拡散する光線を二人同時に放った。

 

 光線はセブンの身体を貫通し、今度は右半身を黒く汚す。それでも彼女は不敵な笑みで見つめていた。

「倒せると思った? そんな魔法程度で倒せるはずがない。しっかりその刃を私まで届かせなさい」セブンは右手から炎を生み出して、分身を焼き払う。突き出して斬りかかるが、セブンは難なく避けた。考えられず、教えられた構えすらもできなく、ただ剣を振るうだけ。

「そろそろ終わりにしましょう。安心しなさい、殺しはしないわ。生まれ変わるだけだから」

 

 セブンは指を鳴らす。無数の木材から小石まで、様々な物が浮き上がり、それらが囲むように移動していく。指を鳴らした瞬間、全ての物が襲いかかってきた。魔力を剣に注いで一気に薙ぎ払おうとしたが、全てを防ぎきることはできず、棒で殴られたような鈍い痛みを全身に感じた。たとえ全身を守る鎧をつけていても、魔力で防いだとしても痛みは防げない。鎧の隙間を縫うようにして木が突き刺さり、石が当たり、血が流れて意識が朦朧として、力が出ない。身体が傾き、倒れそうになるが踏みとどまる。最後に打つ手として、神様の力を全身全霊で振り絞って、両手から聖なるエネルギーを一気に放出した。セブンの身体は燃え、肌を焼いていく。だが全て使いきっても燃やし尽くすことは叶わなかった。

 

 セブンが放ったであろう小石ひとつが私の頭に当たった。小さな衝撃で、意識を失いかけながら地面に倒れる。

「これが勇者なの? 結局、ただの人間じゃない」セブンは残念そうに呟き、私の目の前でしゃがむ。「まあ、いい手駒を手に入れられるからいいわ」

 

 セブンは右手で私の顔を掴んで、何かの力を注入してくる。呼吸ができない、苦しい。身体の感覚も薄れて、意識が遠のいていく。穢れに飲みこまれていく中、私は諦めのような安堵を抱いていた。

 

 お父さんもお母さんも、帰る場所も、ない。あの子も私が殺して、もう何もない。諦めていたんだ。戦うことも、抗うことも、生きることも。世界がどうなったって、関係ない。もうどうでもいいんだ。だから、このまま飲み込まれても構わなかった。

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