女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:Ain Whitebird

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 スチームタウン、第一階層。中心の都市から離れて、むせるようなにおいが染みついている地域へ。月明かりがまだ雲に隠れ、辺りは闇に包まれている。ガス灯の明かりが道を照らし、その明かりを頼りに歩いていた。先頭を歩くのはファイで、次にシド、アスター、マティン、そして私。中心地から離れた途端、街は一気に暗くなり、人通りも少なくなった。つまり騒ぎを起こしても目撃者がいない危険地帯になる。耳をすましても、聞こえるのはガス灯が燃える音と足音。ときどき遠くから人々の騒ぎと一発の銃声が響いてくる。

 

「ほんっと、人いないよね~」

 先に静寂を破ったのはマティンの声だ。

 

「お家に帰っている時間ですからね」とアスターは子どもに言い聞かすように。

「まあ、その方が仕事もしやすい」ファイは淡々と。

 

 ガス灯の間隔が開き始め、道が暗くなる。人通りが完全になくなった頃、先頭を歩くファイが立ち止まった。

「まずは近くの塔を登ってエメラルドベイルを見下ろすぞ」

 彼女は曲がって行き、私たちも後に続いた。

 

 塔は曲がってすぐの場所にある。塔は四角柱で、鉄をただ組んだだけのような無骨な作りで、ところどころ錆びて赤茶色になっている。塔の頂上には小さな監視所があり、それまでの道のりは途中まで階段、そこから梯子がかかっていた。たどり着くと、ファイは慣れた手つきで梯子を上って行く。全員が上り終えると、ファイは上から工場の様子を見下ろしていた。私も彼女の隣から下を覗いた。

 

 俯瞰して、観察を始める。まず敷地の周りに壁がぐるりと張り巡らされ、その上に鉄条網が。乗り越えて入ることはできそうにない。敷地は広く、工場の他にも倉庫や宿舎のらしき建物が建っている。そして敷地の中央に大きな施設があった。複雑な構造で、四角と円柱が組み合わさったような建物で、工場というのがここからでも分かる。次に警備の様子を観察した。周りには、五、六人の警備兵が巡回している。入り口には一人しかおらず、その一人は入口の鉄扉に寄りかかって寝ていた。他の警備も目がうつろで、暇そうにしている。

 

「警備が手薄だね~」とマティンはつまらなさそうに言った。「地下は楽に入れそうだ。工場内の事務所にいる管理者から奪って、入ろう」ファイがそう言うと、皆は頷いた。

 

 塔から降りて、入り口近くを警備員を見る。退屈そうな態度は変えないものの、ここから動く気配はなさそうだった。ファイがナイフを抜いて動き出そうとしたところでマティンが彼女を制止する。

 

「ノーノー、ここはボクが」マティンは警備員に向かって歩き出した。堂々と歩くもので、男は彼女に気づくと声を荒らげた。

 

「おい、そこで何をしている!」警備員は銃を構え、マティンに狙いを定める。「ちょっと迷子で~」と彼女は緊張感なく言う。次に彼女は男に向けて手をかざした。

「それっ」

 

 眠りの魔法が警備員を襲い、彼は地面に倒れた。あわせて他も侵入を始め、敷地内に足を踏み込む。

 

 塔から見た通り、工場の周りは警備が手薄だった。物陰に隠れれば見つかることなく、工場内に侵入できた。建物内も人が少なく、巡回する警備員も一人しかいない。アスターとシドは見張りを、その間に私とファイ、マティンで事務所に忍び込む。事務所はテーブルが並び、その上に大量の紙が積まれている。そして奥中央の席に管理者と思われる男がペンを手にしながら必死に何かを書き込んでいた。男は老いたように見え、目の周りに皺が寄っている。管理者というのも楽な仕事ではなさそうだ。男が私達の存在に気付くと驚きの声を上げた。

 

「な、なんだお前ら! どこから入ってきた!」男は立ち上がり、銃に手をかける。腕は震えており、定まっていない。荒事の経験はなさそうだった。ファイは男より早く銃を抜き、管理の男に銃口を向ける。

 

「おおっと、私達三人に向けるのか? 勝ち目がない事は分かるだろう」

 ファイがそう言うと、男は歯を食いしばりながら銃を下げた。続けて彼女は要求を告げる。「付いてきてもらおうか、開けてもらいたい扉があるんだ」脅迫の手段を使おうとすると、またマティンが割って入った。

 

「ちょっと待って、ファイちゃん。もっといい方法が」

「今の方法よりいいのか?」赤い髪の女はマティンに聞く。

 

「うん、まあね」と魔法使いは言うと、管理の男に歩み寄った。手をかざし、魔法を使った。

「従え。その足で地下の施設に繋がる扉を開けろ」

 

 低くいかつい声が。管理の男は目を大きく見開くと、突然立ち上がって歩き出した。目は虚ろで、意思がないようにも見えた。

 

「便利なものだな」ファイは男の背中を見ながら感心するように言った。

「でしょ~? 使った魔法は"ドミネーション"、中級の秘術だよ。今回はお疲れ気味だったから効きやすかったね」

 

 マティンは自慢げに男の後ろを歩き、やがてある扉の前に立ち止まった。

「ここだ」男は扉を指して言う。鉄製だが、明らかに雰囲気の違うもの。鉄でできた扉だが、綺麗な光沢があり、灰暗い色ではなく、白に近い色をしている。時代が違う、と一目で判断した。

 

「鍵は?」ファイが聞くと、管理の男は壁に隠された機械に手をかざした。奇妙な音が機械から響き、扉が開き始める。

 

「どうも。帰り道は気を付けるようにな」男は虚ろな目のまま頷いた。「お二人さん呼んでくるね~」マティンはそう言って出て行った。

 

 前に立って、扉を眺めた。灰暗い色ではなく、白に近い色の鉄の扉を見つめると、なぜか眩暈を覚える。なぜか似た雰囲気をどこかで感じたことがある。しかし、それが何かは思い出せない。

 

「この扉、なんだか見覚えがある気がする」ファイが私の顔を見た。

「初めて見たぞ。それにこの扉、なんというかかなり未来的だ。ダン・ヒューゴの娯楽小説のように、お前が時渡りしてきた生命体だとでも?」

 

 ダン・ヒューゴとは、スチームタウンで有名な作家だ。ホラーとイマジナリーワンダーを主に取り扱っており、代表作は「タブー・カントス」、「エーテル世界の旅人たち」など。スチームタウンで作られた本は他のような分厚い本ではなく、薄くて表紙などに分厚い皮などを使わず、紙の薄い素材で作られている。中身は複数の作家の短い話や、詩などが収録されている。内容は娯楽に特化しており、芸術性が無いのでスチームタウン以外の人々からはあまり好まれていないが、街では爆発的な人気を誇っている。現在人気の作品はダン・ヒューゴの作品に加え、ハリー・U・モードが手掛ける「ホワイト・アダムの冒険記」。その内容は人体実験で髪が白くなってしまった男、アダムが剣士となり、世界中を旅する冒険記。旅の道中で、様々な事件や敵と遭遇する物語だ。一話完結で、お約束として必ず美女が登場し、主人公とロマンスを繰り広げることになっている。噂だが友人から見聞きした実際の話をもとにした作品であると囁かれている。

 

「何を言ってるのよ」と返しながら、一足はやく中へ入って行く。

「あれ、開いていたの」連れて来たマティンは驚きながら私の後に続いた。

 

 最初は真っ白な通路だった。黒煙がしみつくような場所とは程遠く、清潔な白い壁と床が延々と続く。複数の足音が通路内に響き、反響していく中でファイが口を開いた。

 

「目的はこの施設の爆破でいいんだな」

「資料の回収もさせてもらいます。証拠が必要なので」アスターが答えた。

「なら、まずは地下二階からだな」

 

 通路をしばらく進むと、昇降機のような機械が現れる。ファイが操作すると扉が開き、中へ入ると自動的に閉まった。

 

 まためまいがした。この機械に見覚えがある、似た雰囲気をどこかで感じたと。

「この機械は……」私が呟くと、ファイが操作を続けながら口を開いた。

「昇降機だ。地下二階へ行く」彼女は壁に寄りかかった。マティンも続き、アスターも壁に手をつくと目を閉じた。

 

「これ、エレ……ええと、なんと言ったんだろう」頭の中に霧がかかり、何かを思い出しかけたところでファイが口を開いた。

「考えている暇はないぞ、そろそろ着く」

 

 シドは真ん中で扉を見つめ、警戒していた。右手は腰のカタナに伸びており、左手は鞘に添えられている。

「わあ、カタナだ。使う人初めて見た~。でも折れやすいって聞くよ」

 

 マティンがそう言うと、シドはカタナを鞘から少しだけ刃を見せた。刀身は細く反りがあり、模様が波のようにうねっている。

「折れる奴は下手くそだ。調和のとれた形と力加減で使えば、折れない」

 

 昇降機は停止し、扉が開く。ファイは長身の銃を取り出し、扉に向けて構えた。

「行くぞ」

 

 ファイが飛び出した。続いて私も飛び出す。だがまだ魔物や人の姿は見当たらなかった。

「まだいないよ~」とマティンが言うと、ファイは息をついて足を速めた。

 

 歩いていくうちに左右に窓が並んだ通路に出た。透明板の向こうは会議室と思われる部屋から、大きなテーブルと椅子が並んでいる。しかし人の気配は感じられず、部屋も汚れている。

「誰もいないね」マティンが口開くと、ファイは窓に近づいて外を眺めた。

「確信はないが、悪寒がする」

 

 再び歩き出した。ある程度通路を歩いたところで、黒い液体が床や壁に付着しているのが見えた。足跡のような物もあれば、飛散した痕のようなものもある。見た瞬間、全員が武器を手に持った。

 

「やつだな」カタナを抜いたシドが告げる。マティンが口を開いた。

「どうする、ボクを前に出していいんだよ? 魔法に巻き込まれなくてもすむし」

 

「いや、後ろだ」

 マティンはつまらなさそうに口をとがらせた。アスターは壁に寄りかかって、モーニングスターを床に向けて下ろす。彼の背後にあるガラスに、黒い滴が垂れる。

「アスター」

 

 呼びかけると彼は気にしない態度で壁から一歩下がった。余裕そうにガラスの方へ目を向けている。再びガラスに黒い液が垂れた。また液が、間隔は短く、量も増えている。

「来ましたか」

 

 液の滴る音がどんどん大きくなっていき、やがてガラスにヒビが入り始めた。そして次の瞬間には轟音と共に割れ、複数の獣が飛び込んできた。

「よし、この程度は簡単だ」

 

 シドがカタナを振るうと一瞬で獣たちは切り裂かれ、黒い液体が床に飛び散った。

「さすがはシド君だね~」とマティンは感心する。

「急ごう」

 ファイは銃を構えて走り出した。

 

 地下二階は会議室や倉庫などが並ぶフロアだった。獣が数匹襲いかかってきたものの、難なく撃退して進む。ファイもアスターが望む書類の位置は把握しきれてないのか、複数の部屋を巡った。

「次の部屋で最後だ。上の連中が何やら資料を保管しているらしい」

 ファイの言葉にアスターは頷いた。

 

「私はここで待ってる」

 戻るまでの間壁に寄りかかった。二人はうなずき、資料がある部屋の中に。入り口近くをシド、マティンの三人で待つなか、先に話題を切り出したのは彼女だった。

 

「それにしても凄い場所だね~。なんだか空気も悪いし」マティンは辺りを見回しながら言った。

「ここに獣が大量にいるなんて、絶対に何かおかしいぞ」

「人体実験をやっていたと思う。別の場所に行けば、もっといるかもしれない」

「怖いね~」とマティンがぼやき、シドはカタナの刃を見つめた。

「俺は斬るだけだ、それしかできん」

 しばらくすると、ファイとアスターが部屋の中から出てきた。

 

「感謝します。これで証拠は揃いました」彼の手には複数の紙があり、まとめてしまっている途中だった。ファイは頷く。

「何の証拠か聞いても?」聞いてみると彼は文書を見せてくれた。

「ルクス・エテルナと議会とのやり取りが記されたものです。これで王国の請求権をより強く主張できます」

「女王陛下のもとを抜け出しても忠誠心は相変わらずだな」ファイはからかうような口調で言った。

 

「人は白と黒の極端に生きるものではありませんよ」

 アスターがそう答えると、ファイは口角を上げる。

 

「違いない」彼女は私の方に向いて続けざまに話した。「で、リーダー。次は施設爆破と行きたいところだが、二手に分かれて欲しい。片方はコード入力、もう片方は退路の確保だ。コードを入力は私が行くとして、うまく協力者を分けて欲しい」

 

 少し考えてから答えた。「マティンはファイと一緒にコード入力をお願い。他は私と退路確保」

 

「りょうかーい」マティンが返事し、他二人はうなずいた。

 ファイが資料漁る中で見つけた地図を渡しながら話す。

 

「地下八階の緊急用階段を下りて九階に行き、輸送用プラットフォームまでの経路を確保してくれ。八階は兵器工場も兼ねており、通路も大きい。もしかするとジャガーノートに遭遇するかもしれない。注意しろ。九階は輸送用プラットフォームで、数分おきに列車が到着する。逃げる時は列車に乗り込むつもりだ」

 

 ファイはアスターに顔を向けると、口を開いた。

「入力したら私達もプラットフォームへ向かう。起動まで好きなだけ時間を設定できるが、リスクを考えて三十分後にするつもりだ。絶対に遅れるな」

 

 アスターがうなずき、全員が私の方に向いた。

 

「役割を果たしましょう」黒の男の声で二人は動き始めた。

「マティン、行くぞ」

「はいはい~。じゃ、また後でね~」手を振りながら二人は通路の奥へ消えた。

 

 昇降機に乗り込んで、地下八階へ。動く中、ひとりごとを呟いた。

 

「緊張する。仲間がいるせいかな」

「足手まとい二人がいるからですね」アスターはそう言うと、シドが睨む。

「足手まといだと?」

「ええ、アイラ殿はわたくし達よりも圧倒的に強い。見れば分かりますよ。彼女は雌のゴリラですから」

「アスター、たたくよ」

 

 いくら筋力があるとはいえ、ゴリラと呼ぶのは失礼では。シドは笑うのを抑える様子を見せた。

 

「あなたがそこまで責任を感じる必要はないでしょう。死んだら、死んだ奴が無能だったと諦めるだけです」

「慰めになっているのか……?」

「さあ、どうでしょうか」彼の言葉で昇降機が止まった。

「戦う前に加護を」アスターが指先を光らせ、守りと祝福をもたらしてくれる。

「あんた、聖職者だったのか」

 

 シドが驚いた様子で男を見つめる。

 

「邪教ですが」暗い男が付け加え、東の剣士は鼻で笑った。

「人を癒せないなら、邪教だろうな」

「二人とも、始めよう」

 

 会話を遮るように挟み、二人は黙った。

 

 昇降機の扉が開き、通路が目に入る。今度の通路は暗く、天井がより高く、幅も広い。青い光が照らす中、地図を広げて下る階段を確認し歩き出す。ジャガーノートと接敵するのはなるべく避けたいところだが、このフロアにはいないようだった。だが、高い天井からしとしとと湿った足音と、獣が吐く息の音が聞こえてくる。

 

「いるな」シドが小さな声で呟きながらカタナを抜きながら歩き出した。アスターも魔法を準備する。

 

「私が前に出る」前に出ようとすると、シドが手で遮った。

「いいや、俺もまあまあ使えるってことを教えてやる」

 

 獣は四つの足を器用に動かし、天井から降ってきた。十匹のうち半分が、シドの一撃で切り伏せられ、残りは私に飛び掛かってくる。

「ここはわたくしが」

 

 アスターがそう言うと、手から酸の液が放射状に広がり、獣を焼き払った。残った者は斬り捨てる。

 

「早く探し出そう」

 二人はうなずいた。地図を見ながら通路を進むと、大きな空間に出た。兵器を運ぶ昇降機や、壁に弾痕や黒い染みがあちこちに残っていることから、ジャガーノートの試運転や戦闘訓練に使われていたのだろう。だがなによりも目を引いたのは、中央に一人の男が佇んでいることだった。彼から発せられる何かが、心の中にある復讐の炎に油を注いでいく。

 

「これは私がやる。二人は下がって」


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