女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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「どうしてあんたがここに……」

 

 

 思わず声が上ずる。女は私の顔を見て、笑みをこぼした。

「あんだけ派手にやったのに、またこの街に来たのか」

 

 彼女の口調は以前と変わらず、余裕のあるものだった。すぐにでも飛び掛かりたい気持ちを抑え、冷静に言葉を選ぶ。

「あなたこそ、まだいたのね」

「ああ、私はどうやらここと見えない糸で繋がれているらしい。離れようとすると強く引っ張られて戻される」

 

 ファイは洒落た言い回しを放つが、心にはなにも響かない。彼女と無駄に時間に費やすのは得策ではないと、すぐにでも立ちさろうとするがファイはそれを許さなかった。左肩に手が添えられる。

 

「まあ、待て。ここに来たということはなにかあるだろう」ひやりとした声でファイは囁く。「場所を移そう。ちょっと金を稼ぎたかったが、あんたが来たのなら話は別だ。どうする」ファイは鋭い目で見る。

「わかった」少しの間をおいて観念するように言う。ファイは無言でテントを出て、彼女について行った。

 

「フードは着けておけ」ファイは歩きながら言うと素直に従い、黒い外套を羽織った。地下の市場を通り抜け、階段を上る。路地に出たら、彼女は裏路地を経由し、表に出てすぐの建物に入った。建物の高さは五階ほどあり、通りは同じように作られたものが並んでいる。一つの建物を複数人で分割して居住する、この街にしかない珍しい建築構造だった。中に入ると階段が上に続いており、側面に複数の扉が並んでいた。ファイは階段を上り、三階に上がると一つの扉の前で止まる。

「借りているところだ」彼女は扉を開け、部屋に入るよう促す。

 

 中に入ると殺風景な部屋に椅子とテーブルが一つずつ、ベッドには彼女の荷物が乱雑に置かれている。テーブルの上には瓶が置いてあり、ラベルに読みづらく装飾された文字が品の無い薬だと示していた。彼女はコートを近くの突起に引っかけて、サスペンダーとシャツ姿になると瓶を一本手に取った。小さなガラスの容器に瓶の中身を注いでいく。

 

「いるか」ファイが聞いてきた。横に振ると彼女はグラスを持ち一気に飲み干す。飲み干した彼女の表情は若干苦しそうだった。

 

 ファイはカウチに重みをかけるかたちで座りリラックスした姿勢をとった。私は壁に背を持たれかけさせる。

「理由もなくこの街にくるわけがない。なにか目的があるんだろう」ファイはカウチに座ったまま言った。

「ケネブレスにいたとき、謎の兵器に襲われたの。砂浜であんたとマッチしたあの日から二ヶ月あと」

「兵器?」ファイは眉を上げた。

 

「ええ、鉄のかたまりのような、大きな足四本で胴体を支える黒い機械。銃弾を乱れうちして、火を吐き、大砲を撃ってきた。ジャガーノートという兵器らしい。奴らは集団で狙ってきて、私も彼もひどい目にあった。見た目からしてスチームタウンで製造されたものかと思ってここまで来た。目標は兵器工場を潰すこと。でも工場の場所は分からない」伝えるとファイは深く考え込み、口を開いた。

 

「なるほど。私ならその場所は分かる。ルクス・エテルナに居たころに、訓練をしたことがあるからだ」苦い過去だったのかファイは忌々しそうに言った。

 

「場所を知っているの?」

「この階層の隅の工業地帯にある鉄鋼工場の地下。かなり大きく、兵器工場はその中の一部分に過ぎない」

「それだけわかれば十分ね、ありがとう」礼を言って立とうとすると、彼女が呼び止めた。

「待て、本当に全てわかった気でいるのか? 地下はかなり広いし、兵器工場は警備が厳重だ。地図でもなければ迷子になる」

「どうせルクス・エテルナよ、片っ端から潰していくだけ」

 

 ファイは大きく呆れのため息をついて、瓶をガラスの容器に注いだ。

「わかった。私もついて行く」

 

 驚いた。ファイはついて来ると言ったのだ。

「また突然私を襲うの?」気まぐれで私に銃を向ける人間を信用しろという方が無理な話だ。

「もうしないさ。私を道案内程度に考えてくれればいい。それに、その兵器工場には金になるものがたくさんある」

 

 ファイは口角を上げ瞳に欲を浮かべていた。

「……お好きに」今は仲間がいる。彼らに彼女の監視を頼めばいいだろうと、考えるのをやめた。

 

 窓の外から覗き込み、建物の隙間に空を見ると日が傾き始めていた。指定された時刻まであと少しと確認したところで彼女の方に向き直る。ファイはグラスをゆらゆらと揺らして、中の液体を回していた。琥珀色と夕日差す線が交差し、グラスに反射する光が彼女の赤い髪に色を付ける。テーブルの上に置かれている銃はを観察でもするように見ていた。

「そういえば」と口を開く。

「ん?」彼女はグラスから目を外した。

「私と別れたあとに、あなたは何をしていたの?」

「ああ」とファイは思い出したように言って、グラスをテーブルに置いた。

「ダシール探偵社というところに雇われた。探偵といっても、主に情報収集の類だ」

「冒険者と同じようなもの?」そう聞くと手をあごに添え、考える素振りをした。

「魔物はやらない。相手は人間どもだ。工場で怠惰な労働者相手に鞭をふるう雑務から、貴族のスキャンダルを握るための情報収集まで。まあ、何でも屋だな」

 

「あなたの性格に合ってるね」皮肉交じりに言ったが彼女は気にした様子も無かった。

「実際結果は出せている。先週は小規模の犯罪シンジゲートを潰した。賞金首三人生け捕りもおまけで付いてきた」

「スチームタウンで働くのと、他の場所でどっちが稼ぎがいいの?」

「比べるまでもない。この街の方が金になる。市長のスキャンダル一撃(ワンショット)で三千の金貨が転がり込んできた」

 

 ファイはグラスを飲み干し、銃を腰の革製ホルスターに戻して立ち上がった。

「夜、仲間たちと落ち合うつもりだけど、あなたも来るの」そう言うとファイはかけてあったサドル・ブラウンのコートを羽織った。

「久しぶりに不愛想なあの男に会いにいこう」手袋をきつくはめながら彼女は言った。

 

 扉を開けて通路に出ると、ファイが押しのけて前に進んでいく。階段を彼女は小回り早く下りて、それに続いた。外に出る扉の前で、彼女は自身の首の後ろを指さして目で合図した。フードを深く被り、彼女が扉を開ける。夕方の冷たい風が顔に当たり、スチームタウンは姿を変えてゆく。中央の道を行き交う馬車の密度が濃くなり、人通りも増えてきた。規則正しくならぶ灯のともった街灯が道を照らし、石畳に反射して辺りを明るくする。

 

「待ち合わせ場所は?」右隣で囁かれる。

「ブラッシュウッド」即答すると、ファイは迂闊な表情をする。

「言ってくれれば飲まなかったのに」

「あの店で飲むことが目的じゃない」

「ブラッシュウッドに来てスチームライトを飲まないなんて、どうかしてる」

「どうだっていい。特に私は」呆れながら言った。「仕事に支障をきたさないなら適量に飲んでもいいけど」つづけてなげやりに答える。

 

「もういい、とっとと終わらせよう」ファイは面倒くさそうに言って、私を追い越して歩き始めた。彼女は手をコートのポケットに入れ、早足でブラッシュウッドに向かう。この辺りの道を完全に把握しているかのような迷いのない歩みだった。途中、裏通りを何度か曲がり、そのたびに彼女の後ろをついて行く。

「こんな道、よく知ってるね」

「仕事で使ったか、ガキの頃に通ったかだ」

 

 光を遮られ、濃い影となった裏通りにもう人の気配はない。代わりにぎらりと光る目が二つ闇に浮かんでいた。ファイも一瞬足をとめるが、目の正体を確認するとすぐにまた歩き出す。暗闇に浮かんでいた目は近づくにつれて毛並みを現し、糸のような瞳孔をした野良猫だった。口には捨てられた食べ物が咥えられていた。ファイは猫を跨ぎ、私もそれに倣う。見た感想を彼女にお伺いしたかったが、気にとまらなさそうな彼女の目を見てやめた。

 

 ある裏通りを通過しようと角を曲がると、ファイが突然足を止めて長身の銃を背中から抜いた。空いた左手でベルトから弾を数発抜き出し、装填する。私も空気を感じ取り剣を出した。

 

「上からだ。獣が来るぞ」ファイは小さく言うと、後ろに跳んで建物の壁に張り付く。彼女に倣い壁を背にして構えた。軟体の肌が壁と触れあう、弾力ある気色悪い音を出しながら、陰から降り立つようにそれは姿を現した。人型の黒い生物だが、四足で立ち、腹は地面についていて長い腕で這うように動く。体は油を塗ったような光沢のある黒で、頭部には目も鼻も無く、ただ赤い線が口のように引かれているだけ。

 

「頭やっても死なないぞ、こまぎれにするんだ」ファイは言いながら、黒い生物の頭部に狙いを定めて引き金を引いた。銃口から閃光がほとばしり、獣の頭を貫くと胴体も弾けて肉片が飛び散る。しかし飛び散ったかけらが意志を持つかのように結合しようと動き始める。

 

「私が」そう言って前に出て、刃を生物の胴体に突き刺した。続いて何度も振り下ろし、肉片をばら撒く。

 

「これで死んだかな」剣にこびりついた肉片を振り払いながらファイに聞く。かけらはもう生物らしさを持たない、動かない粘土のようになっていた。さあな、と彼女は適当に答えると、銃をしまって歩き出した。剣を鞘に納めて後に続く。路地を抜けるとまた大通りに戻り、彼女の隣に並んだ。

 

「さっきの奴もあの組織が送り込んだ奴だ。私たちはこの街でうかつに動けやしない」先程の遭遇はまるで知らなかったように、大通りは人が行き交っている。

「獣の排除は探偵の仕事のうちに入るの?」

「もちろん。ただし見返りは最悪。金も出ないし、感謝の言葉もない」

「泣かせるね」とそう言うと彼女は首を傾げ、やれやれと上半身で語った。

 

 ようやくブラッシュウッドの前にたどり着いた。夕方の陽は落ち、完全に夜に。扉越しに喧騒が聞こえ、人の出入りも激しい。ファイは扉の前で止まり、私に入るように促した。

「感動の再会と行きましょうか」赤い髪の女はいたずらな笑みを浮かべる。

 

 ため息をつき、扉を押し開けた。店内の喧騒が耳に入り、葉巻と酒の匂いに鼻がうずく。探すべくテーブルを縫うように歩くと、隅の席で三人が座っているのを見つけた。

 

 席は私の分の一つしか空いてなく、ファイは近くの椅子を勝手に持ってきて座った。アスターは彼女を認識するなり、目を鷹のように鋭くさせる。

「ほう、懲りないものですね。アイラ殿も」冷たく皮肉な声だ。

「使えるからまた持ってきたのよ」と言い、ファイの隣へ座る。シドはこの国の飲み物に慣れないのか、ジョッキの中にある飲み物を珍しそうに口に運んでいた。マティンは手慣れたように、注文を取りに来た店員に飲み物を頼んでいる。

「首尾は?」アスターに聞くと、彼は少し間をおいてから答えた。

 

 アスターがはめている手袋にはまだ新鮮な赤い染血がついており、手荒な手段をとってきたことが伺える。

「場所は掴めませんでした」彼は淡々とした口調で言う。

「知っている情報は?」そう聞くと掴んだ情報を話し出す。

 

 彼が掴んだのは、王国と議会の関係だった。二つの勢力は対立しており、議会内は現在旧帝国派閥が優位な状況にあるのは周知の事実だ。そして議会は秘密裏に兵器を製造し、収入源としている。彼が言うには、貿易都市ケネブレスでスチームタウンが騒動を起こした現在、王国が大義名分を得てスチームタウンに請求できるということ。議会の力が弱まるのは時間の問題らしい。続けて、王国がジャガーノートの脅威性を認識し、優先的にスチームタウンの兵器工場を潰そうとしていると彼は言った。

 

「近いうち王国の軍がこの街にやってくるのね」

「ええ。ただし、軍の到着はまだ先でしょうから議会が先に手を打つかもしれません。彼らはある意味やけくそになっていますから、議会か例の連中がジャガーノートを動かせばどこかしら火の海になります」

 

 彼はいつもの口調で言ったが、目は笑っていなかった。「わたくしたちが先に動くに越したことはありません」アスターはそう付け加えた。

 

 居場所に関してはファイに話させることにし、誰かが頼んでおい水を口に運んだ。「兵器を作っている場所は、エメラルドベイル鉄鋼工場だ」ファイはアスターに顔を向ける。

「エメラルドベイルですと。あそこは確か、蒸気部品を製造していたはず」男は驚いた様子で言った。

「数年前に居たが、今もそうなら確かだ。ジャガーノートを作っていたのは工場の更に地下深くにある場所。当然例の組織が絡んでおり、地下にしてもかなり広い。地図でもなければ迷子になる」

 

「元組織の構成員が言うと重みが違いますね」彼にその意図があったわけではないが、アスターは皮肉交じりにそう言った。

「で、どう入るんだ。当然警備もいるだろう」苦味を感じる表情を見せながらシドはファイに聞いた。

 

「夜に行こう。工場の方は見張りが少ないが、地下に入るとかなり厳重になる」ファイは淡々と答えた。「で、この白い獰猛なお嬢さんは組織に絡むもの全てを壊したがっているから、地下は全て爆破させる。廃棄用コードを入力すれば派手に吹き飛せる。コードは私が知っている」ファイは私の方を横目で見て、肩をすくめた。

「工場の人間を巻き込んじゃうの~?」マティンは気だるげに言うが、ファイは留めない様子だった。

 

「心配なく。ぶっ飛ぶのは地下の施設だけだ。施設が壊れても工場は稼働できる」

「それなら」とマティンは感心したように言った。

「実行日はどうする?」シドはようやく飲み干したジョッキをテーブルに置いて言った。

「いま?」確信なく言うと、ファイは頷いた。

「明日では遅いのでしょうか」アスターが杞憂を。

 

「早いほうがいいだろう」と赤い髪の女は答える。他の反応はどうかとシドとマティンの方を見たが、二人共ファイの意見に異論はないようだ。

「なら」とアスターは言い、席を立った。

 

 他も立つが、シドだけは若干気だるげでマティンが軽口を叩いた。

「あれれ? この酒あんまり強いものじゃないんだけどな~。シドくんは弱いのかな?」

「苦さに慣れてないだけだ」彼はマティンを睨んで言う。

 

 アスターが金貨をカウンターに置くと、店員は慣れた手つきで数えて肯いた。

 

「よし、仕事の時間といこう」

 ファイはそう言って、出口の扉へ向かった。他も後に続き、酒場の外へ。月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれていた。大通りを行く馬車の灯が頼りなく道を照らす。これから行く先はスチームタウンでも特に深い場所。一人、酒場の扉に背を預けて空を見上げた。

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