女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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 ファイがそう叫ぶと、他の皆はプラットフォームへ走り出した。ファイは私が脱いだ服をまとめて回収していた。

 

「着替える時間はないぞ。私のコートを着ろ」

 

 ファイが着ていたサドル・ブラウンのロングコートを渡され、私はそれを羽織って後に続いた。プラットフォームにたどり着くとちょうど列車が停まるが、サスペンダーにシャツ姿のファイは銃を運転手に突きつけ、叫んだ。

 

「今すぐ列車を出せ! 命が惜しければな!」

「だ、誰なんだあんたらは!」

 

 運転手が叫ぶと、ファイは銃の引き金を引いた。銃弾は運転手の肩をかすめる。

 

「今ここでぶち抜いて、私が操縦してもいいんだぞ」

「わ、分かった。今すぐ出すから撃たないでくれ!」

 

 後ろの荷物が積んである車両に全員乗り込み、列車が動き出した。プラットフォーム内はずっとトンネルで、外の景色は見えなかったが、ようやく外に脱出したところで轟音がトンネルの奥から聞こえてきた。

 

「間に合った……」

 

 そう呟いて、ファイ以外のみんなを見た。全員、私から目線を逸らし、ファイのコートを羽織った私を見ない。

 

「え、ええ……」アスターは同意するも、目線は逸らしている。

 

 ようやく脅しの仕事を終えたファイが回収した私の服を持って、荷物車両に戻ってきた。

 

「野郎どもに見られない場所で着な」ファイはそう言いながら私に服を渡す。

「ここで着替えても?他に着替える場所はなさそう」

 

 私はそう提案すると、ファイは頷いた。

 

「わかった。おい野郎ども、あっち向いてろよ。彼女を見たらぶっ飛ばすからな」

 

ファイはそう言うと、シドとアスターが慌てて向く。元の服装に戻れば、ようやく全員が落ち着いた。外を見ると、太陽が少しずつ光をましていき、夜があけようとしていた。

 

「降りたいところだが、この路線は基本、港の貿易区域にしか行かない。でかい荷物を運ぶのが役割だ。港についたら、見つからないように降りよう」

 

ファイがそう言うと、全員が頷く。空の荷物列車の壁に寄りかかって、私はようやく一息ついた。サードの言葉が頭の中に何度も蘇り、ふと思ってファイに聞いてみた。

 

「ねえ、ファイ。施設入る前にダン・ヒューゴの話をしてきたでしょ」

「何だ、急に話を掘り返してきたな」

「もし、私が人間でないとしたら、どうする?」

 

 私がそう言うと、ファイは鼻で笑った。

 

「どうって、どうもしないな。襲いかかってこないなら、どうでもいい。どうした」

「別に」私はそうはぐらかした。

 

 列車が着いたのは少し後。複数の列車が停止しており、労働者たちが積み荷を乗せたり降ろしたりするのが見える。労働者に上手く紛れるかもしれないが、見つかって厄介ごとを起こしてしまうのは避けたい。

 

「最後の仕事だ。見つからないようにこの区域を抜ける」

 

 先導はファイが務め、私たちはその後ろについて行く。黒いフードを着け、堂々と労働者に紛れながら、貨物車や列車の間を縫っていく。

 

「下手に動くよりも、堂々としたほうが逆に目立たない」

 

 ファイはそう解説しながら汗の臭い漂う人々の中、堂々と歩いていた。出口には警備が二人、立っている。

 

「警備がいるな」

シドはそう呟くと、ファイに目線を送る。ファイは「安心しろ、話が通じる」と頷いた。警備は背中にマスケット、手には鞭が握られている。

 

「おい、お前たち止まれ!」警備の一人が叫ぶと、ファイは涼しい顔で近づく。

「勘違いしてないか、私も仕事の途中なんだ」

 

 そう言いながらファイはバッチを警備に見せた。

「ほう、ダシールか。何の仕事を?」

 

 警備の声はいかつく、威圧的だった。

「荷物漁りだ。どうもこの貨物に怪しいものが積まれていると聞いてな」

 

 男二人は私たちの顔を一秒か二秒か、じっと見ていた。

 

「今回はよしとするか」

「ああ、ダシールに手を出すとろくなことがない」

 

そう言って二人は道を開けた。列車が停留する区域を抜け、ようやく港にたどり着く。

「はったりがきいたな」

 

ファイはそう呟いて一息つく。

「あの警備、ダシール探偵社を嫌っているようね」

「ああ、ダシールは高給取りで仕事も早いが、その分厄介ごとも持ってくるものだ。こっちもこっちで大変なことを理解して欲しいんだが」

 

 ファイはそう愚痴をこぼしたあと、こちらに振り向く。「さて、大仕事を終えたんだ。最後にやる事があるだろう」ジョッキを掴んで飲むような手振りをした。私はそういう気分ではないが、他もその気らしい。

 

「いえー」とマティンが子どものように気の抜けた声をあげた。

 

 私はボロボロの胸当てを指しながら言う。「先に楽しんでて、私は先にやりたいことがある」

「思い出した。私もだ」

「わたくしは文書を送り届けなければ」

 

 それぞれが事情を話し、私は頷いた。

「じゃあ、太陽が昇り切ったあたりにブラッシュウッドで」

 

 そう約束して、私たちは解散すると、またしてもファイが私と一緒にいた。

「また私を追いかけるの?」そう聞くとファイは頷く。

「胸当てを直したいだろ、良い技術者を知っている」

「それは助かるけど、私と一緒にいても面白くないでしょ」

 私がそう言うとファイは鼻で笑った。

 

「退屈はしないよ」

 そう言ってファイは歩き出し、私はその後ろをついていくことにした。

 

 

 

 

 第一階層の中央部より少し東に離れた区画には、多くの工房が軒を連ねている。ファイに連れられてやってきたのも、そんな工房の一つだった。

看板には"クロウフォード技術工房"と書かれている。他と比べて店の規模は小規模で、工房自体も小さい。

 

「設備も無いが、腕はプロフェッショナルだ。マスケットの違法改造も彼女に頼めばやってくれる」

 

 そう言って、ファイは中に入っていった。私も続けて中に入ると、中には小さなカウンターがあり、そこに一人の女性が座っていた。女性はファイを認識するとばつが悪そうな顔を浮かべた。南の大陸の人々と混血なのだろうか、肌が浅黒く、髪は癖の強い黒髪で、瞳は黒めのブラウン。年齢は二十代半ばと言ったところだろうか。

 

「スチームタウン一番のクソガキが、なんの用だ」

 彼女はぶっきらぼうにそう言った。ファイは笑いながら答える。

「相変わらずだなフラン。飲んで落ち着けよ」

 

 ファイがそう言って、露店で買った安物のボトルをカウンターに置くと、彼女はボトルを乱暴に掴み取り、蓋を開けて飲み始めた。

 

「で? 何しに来た」

「友人のものを修理して欲しいんだ。あとは私のマスケットのメンテナンスも」

「まずはカウンターの上に。見なきゃわからんだろ」

 

 彼女はそう言って、ボトルをカウンターに置くと、ファイはマスケットを差し出した。私も傷だらけの胸当てをカウンターに置く。

 

「マスケットは良いとして、どうして胸当てが。こういうのは"ヴァーキンフォージ"に出すものだろ」

 彼女はそう言いながら、胸当てをじっくりと見る。

 

「この胸当ては"エボニーオリカル"で出来てるから」

そう言うとフランの目は一変した。関心を持ったような、そんな目だ。

「待て、前の発言は撤回だ。こんなものをクソデブドワーフにやらせるな。あたしがやる」

 

 彼女はそう言って、胸当てを私から奪い取ると、工房の奥へ消えて行った。

 

 エボニーオリカルとは、南の大陸で取れる真っ黒な鉱石で、加工がとても難しい。その鉱石で作り上げたフルプレートは、出来にもよるが三万の金貨は平気でする。

 ヴァーキンフォージは、工房区域の長にあたる店だ。技術は確かだが金にうるさいドワーフで、発言力もあるため、この区画では一番逆らってはいけない店だ。

女技術師が戻ってくるまで、私とファイはカウンターに座って待つことにした。

 

「彼女はどういう人なの?」私がそう聞くと、ファイは答えた。

「技術屋だ。彼女とはガキの頃からバカばかりやっていた。あいつがガキの頃の夢は、空飛ぶことって言っていたよ」

「それで、その夢は叶ったの?」

 

 私がそう聞くと、ファイは鼻で笑った。

 

「いいや。ヴァーキンに目を付けられないように小さく店をやるのが精一杯さ」

「世知辛さってこういうことを言うのね」

 

 ファイは置いていったボトルを勝手に飲みながら、カウンターに肘をついていた。

 

「空力艇って聞いたことは?」

 

 ファイがそう聞いてきた。私は首を横に振ると、ファイはボトルをカウンターに置いて話し始めた。

 

「あいつが追っかけてるものらしい。神話時代に作られた、空を飛ぶ船だそうだ。なんか座標を指定すると一瞬でそこに着くとかなんとか」

「夢があるね」

「ああ、夢だから」

 

 ファイはそう呟く。しばらくすると、工房の奥から彼女が戻ってくる。

「ほらよ」彼女はそう言って胸当てをカウンターに置いた。防具は修繕され、見た目は新品同様になっていた。

 

「悪いな、これは一度再構成させてもらった。エボニーの部分だけ一回溶かして作り直しそこにあたしのもんを加えた。もう元には戻せないぞ」

 

 彼女はそう言って、胸当てを私に渡した。私はそれを受け取り、胸に着ける。

「機能すればいいよ」そう答えると、彼女は鼻で笑った。

「ロマンが無いな」

 

 彼女はそう言って、ファイの方を向き、マスケットをカウンターに置いた。「あたしの芸術品をぞんざいに扱いやがって、外圧のせいでボロボロだ」

「悪いな、また頼むよ」ファイはそう答えてマスケットを受け取った。

「お代はどれくらい?」

 

 私がそう聞くと、指を立てた。

 

「十万」

「わかった。今は払えないけど、銀行に――」

「待て、本気で言っているのか」

 

 彼女が言葉を遮った。ファイはそれを見て笑い出す。

「え、ええ」

 フランは呆れながら私を見たが、彼女はすぐに笑い出した。

 

「最低金貨二〇〇、それ以上は気持ちだ」

 金貨袋をカウンターに置くと、それを手にした。

 

「いいね、金払いが良い客は歓迎だ。生きてりゃまた来い」

 

 フランはそう言って、私とファイを工房の外まで見送ってくれた。

 

「ありがとう、また来るよ」そう言って私は手を振った。

 

 工房を離れると、ファイは後処理と報酬を受け取りに行くとのことで、その場で別れた。昼まで時間があり、どうしようかと考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。

 

「おい、あんたはアイラか?」

 

 振り返ると、そこには世界会議で遭遇して以来の剣士エイジがいた。背中に大きなカタナが一本、腰に短めのカタナが一本、背中には荷物袋を背負っている。

 

「エイジ、だったよね?」

 

 私がそう言うと、エイジは頷いた。

 

「ああ、そうだ。久し……ぶり、だな」

 

 エイジはそう言って、少し歯切れが悪そうに言った。私は頷いて答える。彼は確か兄を追いかけていると聞いていた。彼は続けざまに言う。

 

「兄貴がこの街に入ったと聞いて、探しているんだ。あんたも何か知らないか?」

 

 素直に心当たりにあることを話すことにした。

 

「シドかな? 今一緒に行動しているけど」

「本当か?」彼は目を微かに開いて聞き返してきた。

「ええ、昼落ち合う予定なの」

 

 そう答えると、彼は少し考えるような仕草をして、口を開いた。

 

「なあ、一緒に行ってもいいか?」

「いいけど、時間を余してるの。近くの椅子で待とう」

 

 近くにあったベンチに座り、エイジは私にならって隣に座る。

 

「俺はこの街と相容れないな」と彼は呟く。「どの場所に居ても、嫌なにおいがするし、緑を見ることなんてほとんどない。食べ物だって機械のくせある味で、通り過ぎるやつらだって生きようとする意志が感じられない。安心を享受してしまったが故に、意地を張れなくなったやつらばかりだ」

「意地、ね。私はどの街も、村もあまり変わらないと思う。どれも人が集まって住んでいるだけ」

 

 エイジは私の言葉を聞いて、鼻で笑った。

 

「あんたも意地を張ってるように見えるけどな」

「いや、もう意地という牙はもう何も残ってない」

「そうか」

 

 とだけおいて、彼は黙った。それからしばらく沈黙が続いたが、エイジは意を決したように口を開いた。

 

「兄貴との話が済んだら、俺と一緒に東の大陸へ行ってほしい。助けが要るんだ」

「依頼なの。私は高くつくよ」

「金ならいくらでも出す。これはミコ様がお前を直々に指名している依頼だ」

 

 ミコ、奇妙な響きで私は一瞬固まった。エイジは続けて言う。「こいつは、ガラビニエリ大陸のレイミャクの均衡と調和を保つためのものなんだ。実力者だけにしか頼めない。そして、その実力者はお前しかいない」

 

 よくある依頼の建前である。世界を救う、調和のとるなどの言葉は聞き飽きており、私に英雄などになろうとする高貴な欲求は持ってなかった。

 

「私は世界なんか救わないよ」

「いつものようにデカブツを仕留めるだけでいいんだ。報酬は弾む」

 

 私は少し考えたが、エイジの真剣な眼差しを見て一考の余地があると思った。

 

「分かった。彼らと話してから決める」

 

 私がそう言うと、エイジは頷いた。

 

「ありがとう、恩に着る」

 

 これでひと区切りついたと思い、ベンチの背にもたれて目を瞑った。

 

「まだ時間あるな」彼の声が耳に届く。

「こういう場所に座って目を閉じるだけで、時間はあっという間に過ぎるもの」

「動かないのは苦手だ。じっとしていられない。本当に椅子に座っているだけで、時間が経つのか?」

「見てみれば。普通に夜まで過ごすこともあるし」

 エイジは半信半疑の様子で、私と同じようにベンチに座って目を瞑った。

 

 

 目的の時間になり、目を開いた。ちょうど正午辺りで、太陽は真上にあった。

「本当に経った」彼は目を大きく見開いて驚いている様子だった。

「ブラッシュウッドに行こう」

 

 腰をあげながらそう言うと、エイジは頷いた。

 ブラッシュウッドに向かう道中で彼は私に聞いてきた。

「あんたと兄貴はどれくらい一緒に行動しているんだ?」

 

 スチームタウンでの出来事はおよそ二日、移動時間に一週間、小屋の中で過ごしたのがおよそ一週間。だいたい二週間と少し一緒に行動していることになる。

 

「だいたい二週間と少し」

「案外短いか。兄貴の剣はなかなかのものだったろう。東の奴らの中では一番だ」

 

 彼は少し誇らしげに、だが複雑そうにそう言った。

 

「とても」私はそう答えると、エイジは一変して、さいなまれたような声で続けざまに言う。

 

「だから、兄貴はなんで勝手に家を出ていったのか、俺には分からない。何も話してくれなかった。今から俺は兄貴問いただしてやるつもりだ」

 

 私はそれに答えずに、黙って歩いた。ブラッシュウッドに着くと、すでにみんな着いていた様子。シドがエイジの姿を認識した瞬間、目は開いて口開いた。

 

「おい、アイラ。どうしてエイジをここに連れてきやがった」

「連れてくるなとは言われてない」

 

 私がそう言うと、シドは舌打ちをして黙ってしまった。

 

「よう、兄貴。四年ぶりだな」

 

 エイジがそう言うと、シドは彼を睨みつけた。他の仲間は肩をすくめて、成り行きを見守っている。

 

「せっかく飲もうとしてるところに、邪魔しやがって」

「兄貴、今度こそ話を聞かせてもらうぞ」

 

 シドはため息をつき、それから口を開いた。

 

「いいか、俺はもう人を斬りたくないんだ。家を継ぐなんざまっぴらごめんだ」

「ミコ様を守る使命はどうなる!」

「お前が守れ。くそったれ親父の言う事なんか聞く気は無い」

「あのな、ミコ様は兄貴のことを心配しているんだぞ」

「ミコは関係無いだろ」

 

 二人の喧嘩をよそ目に、他三人は先に店へ入っていった。喧嘩に熱が入らないように二人の様子を見守ろうとしたが、すぐに二人は武器を抜いてしまった。

 

「どんだけ説得しても兄貴は聞く耳を持たないなら、決闘で決めるしかないな。俺が勝ったら家に戻ってもらう」

「俺が勝ったら二度と俺に関わるな」

 

 二人はそう言って、武器を構えた。両成敗のためにため息をつきながら両腕を黒くし、二人が動くのを待つ。騒ぎで人が集まってきており、衛兵らに制止されるのも時間の問題だった。

 

 シドはカタナを高く構え、肘を曲げて切っ先をエイジに向ける。エイジは刀身を体の後ろに隠すように構えた。

 

「いくぞ!」

 

 シドがそう叫んでエイジに向かって駆け出した瞬間、私はブリンクを使って二人の間に割って入った。次に、振り被ろうとした双方の刀の先を指二本で止める。指先は強固に硬化し、二人は動かなくなる。

 

「どけ!」シドがそう叫んだが私はそれに答えず、まずは兄の方を潰すことにした。回し蹴りでカタナをはたき落とし、左腕でシドの頭を掴んで地面に叩きつけた。間を置かずにブリンクでエイジの方に接近して、右腕でカタナを掴み、左の肘で鳩尾を突く。怯んで姿勢を低くしたエイジの後頭部を、かかと使って地面に叩きつけた。

 

 これで喧嘩は収まるが、周りはまだごちゃごちゃとうるさくしている。兄弟のカタナ二本を拾い、先を人々に向けながら口を開けた。

 

「ショーを見てくれてありがとう。今なら彼らと同じようにしてあげる」

 

 そう伝えると、周りは一気に静かになる。まだ動く気配がなく、脅しに近くの男に近づこうとすると群衆は後ずさりを始めた。結局野次馬は散り散りになり、周りには誰もいなくなってしまった。

 

「おばかさん、行くよ」

 

 兄弟の服を掴んで引っ張ろうとするが、二人とも倒れたまま動かなかった。仕方なく二人を引きずって店の中に入っていくと、カウンターに立つ店主が私の姿を見て驚嘆した。

 

「連れなの。ファイ達はどこに?」店主は二階の奥の個室を指差して言った。

 

 私は二人を引きずって階段を上がり、その個室の幕を開けると既に三人の上にジョッキが並べられていた。天井にはランタンが吊るされ、厚い壁には乱雑に色をぶちまけた絵が何枚も飾られている。座る部分はカウチで、テーブルを囲うような配置で置かれている。

 

「遅かった――派手にやったな」ファイが一瞬絶句で喉を詰まらせてから、そう言った。

「喧嘩で解決しようとしたから」私はそう言って兄弟を席に着かせる。表情を見て、やりすぎてしまったと心の中で若干反省した。二人とも地面に叩きつけた時の衝撃で鼻から出血していたからだ。

 

 マティンとアスターは恐れを抱くような眼差しで見られ、私は気紛れに髪を触りながら続けざまに言った。

 

「私の最初の一杯はファイにお任せするよ」

 

 ファイは蓋つきのピッチャーを持ってジョッキにスチームライトを注いでいく。泡がこぼれないように慎重に注ぎ終えると、私の前に差し出した。

 

「ありがとう」私はそう言ってから、一口少しだけ飲んだ。

 

 マティンは指先をシドにつんつんと当てて、反応を見ていた。彼は気絶しており、当然反応はない。

 

「やりすぎだよ~。あっ、電撃あてれば起きるかな」マティンはいたずらしようとする子どものような悪い表情で言った。そのまま誰の同意も得ずに、指先をばちばちと鳴らしながら男の首筋を刺した。

 

「うぐっ」シドはうめき声をあげて、すぐに目を覚ました。彼は状況を把握していない様子で、手を鼻に当てながら辺りを見渡した。「なんで血が……。あっ」直前までの状況をすぐに思い出したようで、すぐに申し訳なく顔を向ける。

 

「悪かった。気が動転して、冷静になれなかった」

「謝るなら、弟の方にもね」

 

 私がそう言うと、シドは頷いてエイジの方を向いた。彼もまた彼女の電撃で強制的に覚醒させられ、バツの悪そうな顔で兄弟は見合っていた。

 

「兄貴、悪かった。だが、俺一人だとミコ様を支えられないのは本当だ」

 

 シドも弟の意見には理解を示さざるを得ず、渋々ながら謝罪を受け入れた。

 

「……俺もこの旅が終われば、必ず家に戻らなければならないと思っていた。ミコ様を守る使命が、俺にはある」

 

 ファイはまだ使われてない二つのジョッキにブリューを注いで、二人の前に置く。兄弟は持って感謝し、杯をぶつけた。

 

「丸く収まったようで何よりだ」ファイは腕を組みながら、うんうんと頷いた。

 

 アスターの方を見てみると、ジョッキの中身は空になっている。経過した時間を考えればまだ一か、二杯程度だがもう眠たげな表情だ。彼と視線が合い、読んだことを気づかれたのか口を開いた。「申し訳ありません、戻ってからずっと手紙や書などの整理をしていましたので、休息をとるとつい」

「うるさいのに気にしなければ寝ていいよ」

 

 そう伝えると、アスターはこくりと頷いてカウチの上にもたれかかる。ファイが気を利かせてコートを脱いで彼の膝の上にかけた。

 

「そう考えればあんたら、タフガイだな。寝ずに大仕事をやって、昼間から馬鹿騒ぎできるだけの元気がある」ファイはあくびしながら言った。

「タフガイ?」マティンが首を傾げた。

「屈強な男って意味だ」ファイはそう言うと、アスターの寝顔を見た。

「女の子もその"ガイ"に入るの?」そう聞いて、私はファイの返答を待った。

「あんたはメスゴリラだ。アスターがよくあんたのことをそう呼んでるからな」

「ねえ」

 

 下品な笑みを浮かべる彼女に、私は少し腹が立ってジョッキの中身をぐっと飲み干す。

 

「そんなに飲み過ぎると潰れるぞ、ガキ」

「今日はえらく調子が良いね、またほっぺに強烈な一撃をお見舞いされたい?」

 

 睨んでも笑って返される。私は諦めて、ジョッキの中身が半分残ったままテーブルに置いた。するとエイジが次の仕事の話を切り出すべく口を開く。

 

「話題を変えていいか? アイラには先に話しておいたが、東の大陸に来てほしいんだ。大陸の中でも重要な地位の人からの依頼で、凶暴なデカブツが暴れているらしいからそれを討伐してほしいんだ」

「私はいいとして、他の皆がどうしたいかによるの。シドはとくに」

 

 シドは複雑な表情を浮かべていたが、すぐに口を開いた。

 

「数年も開けていたんだ、一度くらいは里帰りするのも悪くない。それに、巫女様からのご命令でもあるからな」

 

 シドが肯いたことを確認し、他を見ると寝ているアスターを除いて皆は行く気のようだった。

 

「この男だって、きっとついてくるはずだ」ファイは静かに息をたてるアスターを見て言った。

「ありがとう、感謝する。明日の朝に出る船でガラビニエリ大陸に渡ろう」

 

 仕事の話はこれで終わりとみて、ファイはジョッキの中身を飲み干した。ウェイターが定期的に個室内に入り、ピッチャーを交換に来る。

 

「ミコ様というのは、そんなに凄い人なの?」

 

 私は気になって、二人にそう聞くと、シドが答えた。

 

「星詠の巫女様は東の大陸、ガラビニエリ大陸の命綱を握るお方だ。四方に眠る神獣から流れ出す四本の霊脈の調和を司り、大きな災いを繋ぎ止める。今回はおそらく魔物が霊脈の調律を乱し、その魔物の討伐が巫女様からの依頼だ。護衛程度では倒しきれないと判断したのだろう」シドの口調は改まって、礼儀しぐさになっていた。幼いころ叩き込まれていた礼儀作法が、自然と出てしまっているようだった。

 

「そこらの放浪者に大陸の命運を押し付けるなんて、巫女様も酷なことをするのね」

「むしろあんたぐらいしか、その魔物を倒せそうな人がいないってことだろう。巫女様が直々にあんたを指名するぐらいだ」

 

 ファイはそう言うと、グラスに注がれたものを飲みほした。もう四杯目である。ふと思い出したのか、彼女はあっと声を漏らして呟いた。「大陸を出るからダシール探偵社の仕事ができなくなるな」

「残るの」

「いや、探偵業は休業だ。連中は私を重宝しているし、そうやすやすとやめられない。それに、金は貯えがあるしな」

 

 ファイはジョッキに五杯目のブリューを注いで、ペース緩めることなく飲み続けながら話を続けた。「さっき、マーケット行って施設内にあったお宝をいくつか売り払ってきた。万は超える額で、独り占めするのは悪いと思って、道中会ったアスターに山分け分を渡してきた。金に困れば、彼に頼めばいい」

 

 聞いたシドが前のめりになって、ファイに尋ねる。

「本当か、女の店に行った時も彼に頼ってもいいか?」

 

 ファイは若干冷ややかで、こわばったような笑みで返した。

「あんたにそういう趣向があるのは分かったが、彼が頷かなければやめておけ」

「そうか、残念だな」シドは落胆した様子で、背もたれに寄りかかった。

「兄貴はスチームタウンの店には行ったのか」エイジがそう聞くと、シドは頬を緩ませながら答えた。

「さっき行ってきた。わざわざ列車を乗り継いで、第三階層にある高級店に。値段は張るが、サービスの質は良かった」

「すげえ! くそっ、俺はなんであの店に行ってしまったんだ、あれは大外れだ!」

 

 兄弟でなにやらアブない話題をしているようだが、まだ理解してない私は目線をファイに戻して尋ねた。

 

「男って、女の店に行くことが何か肩書きに繫がるの?」

「おそらく。だが一部の男だけだ、本当に一部の。あんたは知らなくていい」

 

 ファイはそう言うと、杯に口づけた。

 

「女の店もあるなら、男の店もあればいいのに」

 

 私がそう言うと、ファイは鼻で笑った。「あんたもそういう店に行くのか?」

「店の中に魔物が紛れていると聞いて、潜入で入ったことはある。でもサービスを受ける前に血祭りにあげた。触られたことはあっても、それ以上はしたことがないし、知識も中途半端」

「ならもう行かなくてもいい。金だけの関係に美しさを求めるのは野暮だ」

「でもオリエンタル・ラブ・ストーリーは――」

 

 本を引用しようとすると彼女は言葉を遮った。

 

「創作だ。嘘を散りばめたもう一つのうつつの夢。あの本はそういう風にして読むものだ」

 

 口を閉ざすが、唸る音が漏らさずにはいられない。ファイは大人が子どもに話すような、本気ではない口調で私に語り掛けた。

 

「まだそういう時期ではないだろうが、いつかは」

 

 ファイはそう言うと、残りのブリューを飲み干した。マティンの方を見ると彼女の視線は兄弟の方に向いており、話の内容に耳を澄ましているようだった。

 

「ねえねえ、ボクもそのお店に行ってみたーい」

 

 マティンは、シドの話を聞いて興味が湧いたのかそう口にした。

 

 彼女としばらく共にして思った事だが、彼女は本性を隠しているような節がある。手のしぐさや、視線の動き、頬の緩み方、そういった仕草の節々が演技に見えてしまう。確証はないのだが、彼女の振舞い方に違和感があった。今は楽しそうにしているが、瞳をのぞいてみれば凍えるような冷たさと、全てを呪うような黒さが垣間見えた。強い敵意を感じるわけでもなく、ただ漠然とした不気味さがある。

 

「ん~? アイラどうしたの、ボクに見惚れちゃった?」

 

 彼女は私の視線に気がついてそう聞いてきた。

 

「――そうね。瞳が凍えたサファイアみたい」

 

 そう言うと、彼女は一瞬驚いた顔をした。かなり遠回しに表現したつもりだが、彼女の心の中にある、繊細な場所に触れてしまったのではないかと心配になった。マティンはすぐに笑顔に戻る。

 

「知ってる? 月って実は冷たいらしいよ」

 

 遠回しな言葉にはそれなりな返答が返ってきた。彼女は笑いながら、私の瞳を覗き見る。

 

「きみの瞳は月みたいに狂わせるような光を放っていて、それでいてまるでずっと夢を見続けてるみたいに儚げ。この世界は"むげん"かと自身に問いかけてるうちに、自分がわからなくなる」

 

 彼女の言葉は詩的であり、比喩的で、しかしどこか皮肉が混じっている。掴ませないような声色の裏側に彼女の本性というべきか、絶対零度のナイフが潜んでいるように感じられた。

 

「口説き文句のチャンピオンでも決めているのか」

 

 ファイの声で凍える探り合いは終わりを告げた。マティンは笑いながら、冗談だよと言って、兄弟の方に顔を向ける。ほんの少しのやりとりだったが、マティンという人間は頭が切れており、根拠ない危険を孕んでいると感じさせられた。

 

「ねえ、ボクも行ってみたい」再びマティンはシドにせがんだ。

「ダメだ。お前はまだガキだし、女だろう」

「十五歳だから成人! ボク男だし」

 

 彼女はそう主張するがシドは適当にあしらった。

 

「いつまでこのパーティはやるの?」

 

 ファイに聞くと、彼女はすぐに答えた。

 

「無論夜まで。日が出る辺りまでやってもいい」

「そんなに……」

 

 ため息を吐くが、ファイは気にした様子もなく、ジョッキに注がれたブリューを一気に飲み干した。

 

 結局このパーティは真夜中まで続き、私は途中で寝ることもあった。起きるころは真夜中にほど近く、店の中も、幕の中の空間も静まり返っていた。シド、エイジの兄弟は酔いつぶれて、ファイとアスターが黙々と飲み続け、マティンは出された食べ物を時々つまんでいた。目を覚ますと、ファイとアスターの会話が聞こえた。

 

「意外だな。あんたもスチームタウンの本を愛読していたのか」

 

 ファイの口調は穏やかで、激しさとは程遠いものだった。起きていたときは、全員が高まっている状態だったので、このような彼女の一面を見るのは新鮮だった。

 

「ええ、特に愛読しているパルプは『ミスティ』です。あの本は素晴らしい」

 

 アスターの口調も落ち着いていて、かえって夜の静けさと艶やかさを増しているように感じられた。

 

「まさか、愛想ないあんたがミスティを読んでいるなんてな」

「ミスティってなに?」

 

 私は二人の会話に割って入った。アスターはこちらに顔を向け、ファイも視線だけこちらに向けた。二人は間を置き、回答に困っていた。

 

「まあ、子供には勧められないな」とファイは言葉を濁し、アスターは「ミスティは月一回に発行される本で、主に恋愛を主題にした小説です」と丁寧に説明してくれた。

「ただ、恋愛というにはちょっと刺激が強い内容だ」ファイはそう付け足すと、アスターは頷き「ええ、セクシュアルでxxxxxです」と肯定した。

 

「わお」

 

 思わずカルチャーショックに声が漏れた。アスターはまだ肌が白いものの、今までよりも饒舌に話し続けた。

「ミスティは全般的に耽美な描写が素晴らしく、特にxxxxxの描写は必見です。わたくしが特に愛好している作者は――」

「アスター、そこまでだ。好きなものを語りたすぎて興奮した気持ち悪い人みたいになっているぞ」

 

 ファイが静止すると、アスターはハッと我に返り、恥ずかしそうに謝罪した。

 

「すみません。つい熱中してしまいました」

 

 そう謝罪するが、アスターはまたもミスティについて語りだしそうな雰囲気だった。

 

「その本、私も読んでみたいな」

 

 そう言うと、ファイが私を睨みつけた。

 

「その話題を振るな。またあいつが――」

「アイラ殿も読んでみてください。特に勧めたいのはミスティの第十六号にある、"独壇場 ~比類なき美~"です。これは――」

「おい、酔っぱらい!」

 

 ファイがアスターに怒鳴るも、アスターは自分の世界に入ったように語り始めた。マティンは一連の流れが面白かったのか、席の上で笑い転げている。これでは今まで築き上げてきた夜の雰囲気が台無しだ。

 

「ミスティは絵も素晴らしいもので、女性を美しく、そして官能的に描きます。やはりわたくしが惹かれるのは今月の裸体という記事で、これは各画家が――」

 

 ファイはため息をついて、もう我関せずといった様子で、再び酒に手を付け始めた。

 

「何杯目?」

「これでもう二十杯目だ」

 

 彼女は少し頬が赤い程度で、まだ素面を保っているようだった。これだけ飲んでもまだ余裕がありそうで、私は彼女の酒の強さを羨ましく感じた。

 

「もう宿に放り込むのも面倒。ここで寝てしまわない?」

 

 ファイは疲れ切ったような声で提案する。カウチに寝転ぶ二人、笑いが止まらない魔法使い、一人でずっと喋り続ける男、そしてそれを聞く女。混沌とした状況はもう収拾がつかなくなっていた。肯くと、ファイは腕組んで背を壁に預け、目を瞑った。

 

 マティンはようやく落ち着いたと思ったら、そのまま寝入ってしまった。アスターは語りつくしたのか、沈黙したと思いきや、またミスティについて語りだした。私もそろそろ寝ようかと席を立とうとすると、突然頭痛と強烈な吐き気に襲われた。まただ、と思いながら幕を開き、階段を下りて、静まり返ったブラッシュウッド店内の扉に向かう。

 

 

「すぐ戻るから」カウンターの男にそう告げて、店を出た。

 

 

 外は夜風が涼しく、頭を冷やすのに最適だった。多くの人が行き交っていた店前の通りも、今は閑散としている。路地に入り、一応周りに人がいないことを確認して、私は嘔吐した。吐き出される黒い液の量は多く、胃が痙攣して何度も嘔吐を繰り返した。穢れが不安定になってきているのか、腕に黒い斑点が浮かび上がっていた。強烈な衝動に襲われる頻度も高くなっており、もう時間がないことを実感した。

 

 獣になるくらい前に、どうやって最後を迎えるか。死ぬなら、誰の目にもつかない冷たい場所がいいと考えながら戻ることにした。

 

 再び店に戻り幕を開けると、全員が眠りについていた。空間内は完全に静まり返り、寝息だけが聞こえる。私も寝ようと、カウチに横たわった。

 

 

 朝が来たと知るのは、身体を揺らさられてからだった。目を開けると、ファイが見下ろしている。

 

「行くぞ、船がもう出る」

 

 彼女はそう言うと、さっさと幕をくぐる。追いかけて幕を抜けると、明るくなった建物に客が一通り出て行っていた店内、店の人たちが掃除を行ったり、中に酒が入っていると思われる大きな樽を運び出したりしている。

 

「貸し切りありがとう」ファイは通りすさりながら、店の主にそう告げる。男は「おう」と返事をして、手を振った。

 

 外に出る。いつの間に吸血鬼側の住民になってしまったのか、日差しが嫌に眩しく感じられた。空気は冷たくなっていくが、日差しは変わらずに不快感だけが増していく。人混みがいつものように戻る中、ファイの背中をずっと追いかけ続け、港に着いた。

 

 そこには他の仲間たちがすでに集まっていた。近くに停まっている船はかなり大きく、三百人は乗れそうな大きさだった。外見も東の大陸らしい、胴の長い竜を象ったような形をしており、屋根には旗が掲げられている。恐らく、東の方で権力を持っているような人間がわざわざこちらに船を寄越したのだろう。

 

 乗り込むまでの時間の間、港を見渡す。世界有数の都市の港だけあって、多くの船が停泊しており、それぞれ積荷の積み込みや船の整備に忙しなく動いている。貿易に用いられると思われる大型の船から、漁船のような小さな船まで様々で、港は活気づいていた。まず目を惹いたのが、レールの上にある大型の仕掛けだった。頑丈なワイヤーを複数組み合わせて、大きな物を吊り上げる装置で、港に停まっている船から荷物を降ろしたり、逆に積み込んだりしている。他の港でもこのような装置を見たことがあったが、これほど大型のものは見たことがなかった。

 

「そろそろ乗り込んでいいぞ」

 

 エイジの言葉で動き始める。階段を上り、甲板に上がると、そこには船長らしき男が待っていた。男は両手を合わせて、儀式的なお辞儀をする。

 

「ようこそ、アイラ様とそのご一行様。巫女様のご依頼を受託して頂き、誠にありがとうございます。私はこの船の責任者である、リアンと申します。短い船旅ですが、どうぞよろしくお願い致します」

 

 リアンと名乗った男は、丁寧な口調でそう挨拶をした。黒々とした髪に紐のような長い髭を蓄えた中年の男で、一見すると海賊のような見た目だが、その所作から育ちの良さが窺えた。手足の動きが洗練されており、武術の心得があるように感じられる。兄弟も風習的なあいさつで返すのを見て、見よう見まねで私も同じようにすると、リアンと兄弟から苦笑された。

 

「アイラ、そこまで真似しなくていい。俺たちは社交辞令でやっているだけだ」

 

 シドはそう言うと、リアンに向き直る。

 

「まずは部屋を教えてくれ。これから一週間ぐらい世話になるからな」

 

 リアンは頷き、部下に指示を飛ばすと部下は私たちを先導し始めた。

甲板から階段を下りて、廊下をいくつか通り過ぎ、そして一つの部屋に通された。部屋の中は広く、赤を基調とした絨毯が敷かれている。大きな窓は開かれており、そこから海が一望できた。ベッドも六つあり、それぞれ個別に備え付けられた家具も高級品であることが分かる。

 

「わお、貴族クラスの宿だね~」

 

 マティンは目を輝かせて、部屋中を歩き回る。

 

「ご希望があれば、何なりとお申し付けください。可能な限り対応させて頂きます」

 

 リアンの部下はそう言うと、恭しく礼をした。シドが頷きで答えると、彼は甲板へと戻っていく。

 

「さて、これから一週間手持ち無沙汰になるわけですが」

 

 アスターがそう切り出し、一同は椅子に座る。私だけベッドの上に腰掛けた。

 

「カードを持ってきた。ポーカーもできるし、暇つぶしには丁度いいだろう」

「俺は稽古がしたいな」

「ボクはちょっと本読んでるね~」

 

 それぞれが一週間の暇をどう過ごすか、提案し始めている。私は横になり、目を瞑る。

 

「私はちょっと疲れたから寝ておく。着いたら起こして。あとバケツを私の近くに置いてくれると助かる」

「着いたらって……」

 

 エイジが呆れ顔で言う中、強烈な眠気が襲ってきて、眠りに落ちていった。




2024/9/13:周囲の環境の変化により執筆が難しい状態です
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