女剣士と女勇者が出会うまでのお話   作:____―--

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Chapter6 KISS ME GOOD-BYE
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 航行から六日目の甲板、きらめく日差しが差し込む空とは合わない、痛いほど冷たい風が流れていた。オラニエとガラビニエリの間の海を北に行くとカトラ大陸があるのだが、もうそこでは雪が降っている頃であり、北の凍える大陸から吹き付ける風は、容赦なく体温を奪っていく。船は穏やかに揺れながら、海の上を進んでいた。

 甲板の上でそれぞれが思い思いに過ごしていた。兄弟は練習用の棒を剣に見立てながら稽古に励み、マティンは手すりにもたれながら海を眺めている。ファイはアスターと向かいになるように椅子に座りながら腕を組んでおり、アスターはその机代わりの樽を挟んで、鷹から届けられる手紙を読んでいた。手紙の内容は情勢の変化を知らせ、フルドゥールで起こっていることを細かに記していた。ファイは鷹を共にする男の様子をじっと観察し、文書をある程度読んだところで彼の目が微ながらに細くなったのを見逃さなかった。

 

「何か気になることでも?」

 

ファイがそう尋ねると、男は手紙から目を上げて、海を見た。女性の赤い髪とコートの裾が潮風に揺蕩っている。

 

「我々が工場で派手に起こしたおかげで、王国側は議会に強く出ることが出来たようです。ジャガーノートなどの兵器開発に関わった首謀者は処刑する方針でまた、過激的な旧帝国派閥、反王国派の議員の裏も取れているようです。陛下がスチームタウンを完全に支配できるのは間もなくでしょう」

 ファイは顎に手を当てて、少し考える。

「だが例の組織の消滅はまだ難しい。それに、議会も一枚岩ではないからな」

「ルクス・エテルナはしぶとい連中ですが、もう戦力はほとんど残っていないでしょう。適度に潰して、あとは放置で問題ないかと」

 

 アスターはそこで言葉を区切ると、ペンで机を叩きながら、また思考を始める。

 

「王国が抱える厄介ごとはもうないと」

「いえ、南の大陸にあるグラード王国が問題かと。あの国の問題は代をまたいでもずっと続いています」

 

 アスターはペンを机の上に置き、ファイに顔を向ける。

 

「ずっと王国とやりあっているからな、次の大きな衝突はいつ起きてもおかしくない」

「いえ、それよりも悩まされているのが、現在のグラード国王です。彼の手腕はまったく優れたものではないですが、最も危険な点が彼の精神にあります。部門の解析によると王は偏執病と推測され、自分の意にそぐわないものを全て排除しようとする傾向が見られます。彼の行動原理は恐怖と憎悪によっており、異種族を根絶やしにするまでその行動が収まることはないでしょう」

「絵に描いたような世界の敵だな」

 

 ファイは鼻で笑った。アスターもそれに同意するように頷く。

 

「グラード王国の歴史は悪い方で興味深いのでいつかあなたにも話しましょう」

 

 書き終えると男は文をまとめて、鷹の足に括りつけた。「お願いします」と言いながら鷹の頭を指先で撫でると、鷹は海に向かって羽ばたき始めた。手紙の届け先はオラニエ大陸の方である。

 

「さて、アイラ殿の様子を見に行きましょう」

 

 アスターはそう言うと、椅子から立ち上がり、ファイもそれに続いて部屋を後にした。甲板から階段を下り、海の臭いが染みついた木材の壁や床の廊下を抜ける。そして、彼らが就寝する大きな部屋まで来た。扉を開けると、並べられたベッドの一番端で、アイラが眠っていた。傍には黒い液が溜まったバケツが。彼女は仰向けになり、静かな寝息をたてている。手は胸の上で組み、足は軽く曲げられていた。口元には黒い液体の跡が残っており、何度も穢れの液を嘔吐した痕跡が見られる。アスターはベッドの横まで来ると、彼女のシャツをまくって腕を見た。腕は黒い斑点が点々と浮かんでおり、それは肩まで続いている。

 

「例の病にかかった奴は何度も見て来た。しかし、ここまで粘るやつは初めてだ」

 

 アスターは腕から目を放し、アイラの寝顔を見る。彼女は穏やかな表情で眠りについており、その寝顔に苦しみの色はなかった。

 

「そろそろ彼女は死に場所を考える頃合いでしょう」アスターは真剣みを帯びた声で言う。

「あんたから何度も彼女は長くないと聞いていたな。となれば、この冒険は残念ながら短いものとなってしまうのか」

 

 ファイはなるべく軽く答えた。知人が一人程度死ぬだけだと、口にして自己暗示をかけているようにも見えた。彼女は続ける。

 

「最後にあの子がどんな答えを導き出すか、見届けてみよう」

 

 そう告げて赤い髪の女性は寝室を出ていく。アスターもそれに続いて、部屋を出て行った。

 

 

 結局、アイラは到着一時間前ほどにアスターによって起こされた。彼女はそれまでの間、起床することもせず、ただ眠っていた。アスターがバケツを片づける中、彼女は身体を伸ばしながら立ち上がり、甲板へと出ていく。

 

「眠るお姫様のお目覚めか」

 

 棒を手に上半身を晒すシドが甲板から出てきたばかりのアイラに声をかける。彼女は体調が悪いのを顔に表し、うんと答えて手摺に身体を預けた。白い少女の顔色は白を通り越して、青白く見える。剣士の男は素振りをしながら彼女の様子を眺めていた。

 

「よお、調子はどうだ?」

シドが気さくに尋ねると、彼女は手を振った。

 

「大丈夫。船酔いだから」

 

 男からすると、船酔いにしては重症すぎるように見えるが、余計な詮索はやめた。

 

「そうか」

 

 シドはそれだけ言うと、稽古に戻る。アイラもそれを眺めることにした。彼女は海をぼんやりと見つめながら、自分の状態について考える。身体は重いのに頭は冴えているような感覚だ。そして、身体の奥底から湧き上がってくる衝動がある。それは日に日に強まっていて、彼女の心を蝕んでいた。

 

「ねえ」

 アイラは剣士の男に声をかける。男は素振りを止めずに答えた。

 

「なんだ?」

「夢を見た」

 

 男は棒を振りながら、彼女の話を聞く。

 

「ずっとか」

 

 彼女はうんと答え、続けた。

 

「助けを求められる夢、シンシアって子は分かる?」

「ああ、勇者様だろう?」

「うん。幼馴染だったの、一緒のときはほんの少しだけ」

 

 白い髪が風に靡く。

 

「夢の中に入った時、曇り空で、嵐のような強い風が吹く場所にシンシアはいたの。彼女は何か大声で叫びながら、必死に手を伸ばしてた。背後には暗闇に満ちた、何とも言えないものが彼女に迫っていて――でも、私は何もできなかった。ただ見ているだけしかできなかった」

 

 彼女はそこで言葉を止め、男を見る。男は素振りを続けながら聞いていたが、それを終えると彼女に向き直る。

 

「その夢は明瞭なものなのか?」

 

 少し間をおいて、少女は縦に頷いた。すると剣士の男は汗で濡れた髪をかき上げ、アイラに言う。

 

「何かあるかもしれんな。着いたら、調べてみるか。二人ほど相談できそうな奴――方がいる。片方は巫女様だ。彼女は不思議な力を持っているから、何かわかるかもしれん。もう片方は……おそらく聖職者様だ」

「おそらく、とは」

 

 アイラの質問に、シドは指を顎に当てる。

 

「まあ癖があり過ぎるんだが、それでも相談相手としては申し分ないと思う」

 

 少女が疑問を首傾けて表現すると、シドは話を続ける。

 

「まあ、会ってみれば分かるさ。病のことでも相談してみるといい。完全な治療方法はないだろうが、安らぎぐらいは得られるだろう」

 

 彼女は頷き、近くの椅子にゆっくり座った。シドは少し悩むようなしぐさをしたのち、今度は彼から少女に話しかけた。

 

「頼みがある」

 剣士の男は少女に向き直り、真剣な表情で言った。彼女も顔を上げ、シドの方に向ける。

 

「これは巫女様の依頼とは関係ない。俺の個人的な頼みだ」

 

 アイラは頷き、続きを促す。男は続けた。

 

「俺が一人で考えている剣術の完成を、手伝ってほしい」

 

少女は首を傾げた。

 

「東の大陸では、流派というものがある。簡単に言えば、武器の扱い方や型を師から弟子へと伝えていくものだ。だが今の流派は俺に合わない。そこで剣術を編み出したいと思っているが、俺には師がいない。そこで無法に強いお前の剣を学ぼうと思った。何をさせるかはまだ決まってないが、手伝ってほしい。報酬とかはあまり出せないが、どうだ?」

 

「いいよ、どういう剣術を考えているの」

 

 アイラはすぐに承諾した。シドは意外そうな顔をして、アイラを見る。

 

「いいのか?お前にとっても得にはならない話だが」

 

少女はうんと頷くと剣士の男に言った。

 

「助けてもらったお返し」

 

剣士の男は彼女の目をじっと見る。何も変わらない冷たい目に、ふっと笑った。

 

「恩を感じる必要はないんだがな。俺が考えている剣というのは、人を殺さない剣だ」

 

男はそう告げると、再び素振りを始めた。アイラはじっとその筋を見つめ続ける。

 

「剣で人を活かすというものではなくて?」

 

 ふと、書物や伝聞などでおぼろげに知っている知識を思い出し、アイラはそう尋ねる。

 

「違うな、悪い奴を斬れば百人助かるとかそういうものじゃなくて、ただ単に人を殺さない剣だ。相手の武器を手放させたり、戦意を喪失させたりするもの。必要とあらば戦いにすら持ちこませない。それが俺の考えている剣だ」男の素振りを見ながら、その言葉の意味を考える。

 

「さっぱり」

「一度稽古をすれば分かるさ」

 

シドはそう言うと、素振りを再開した。少女は男の元から離れた。

 

 到着するまでもう少しの時間。青い景色から大陸の輪郭がおぼろげに見えてきた。雲に隠れて頂が見えない山が遠くに見え、その麓には森が広がっている。最も近い陸地は、オラニエ大陸とは全く違う色の建物群で埋め尽くされていた。到着のキを感じたのか、面々が甲板へ集まって来る。

 

「あ~疲れた。待つのも疲れるよ~」

 

マティンが伸びをしながら言う。これでも寝室で本を読んだり、時にはファイのポーカーに付き合うなど自由気ままに過ごしていたのだが、それは口にしなかった。ファイは知っていたから彼女に指摘をしたかったが、彼女がポーカーで大勝ちしたことを思い出して口を閉ざした。

 

「兄貴、久々の帰郷は?」

 

エイジがシドに尋ねる。シドは鍛錬を終えたのか、いつものように東の者らしい軽い装いで手すりに体重を預けていた。

 

「そうだな、要件を済ませたらすぐにでもとんぼ返りしたいところだ」

 

シドは大陸の方を見ながら呟く。瞳はどこか遠くを見ているようで、忌避しているようにも見えた。

 

「親父と顔を合わせなければいいだけだ」

 

 シドの弟はそう吐き捨てる。シドは弟を一瞥すると、小さくため息をついた。

 

「まあな」とだけ言って、甲板から見える風景を眺める。近づいて来たのか、潮風の匂いに混じって、陸地の匂いもブレンドされ、独特な空気がくすぐった。東からくる薫風は今までのものと異なり、塩気が強く感じられる。ファイやアスターなどは初めて訪れる場所であったからか、これから未知の土地に踏み入れることへの期待と不安をその表情に宿していた。

 

 最後に、一時的に寝室で休んでいたアイラが甲板へ出てきた。顔色は相変らずの白を越した青で、足取りもどこか頼りない。血が通ってないと思わせるほどの肌の白さは、死を連想させた。

 

「あれれ、まだ顔色悪いよ~? もしかしてそういう日?」

「おい、そう茶化すのは少し度を超えてるぞ」

 

 魔法使いは、銃の女にそう言われると、ごめんごめんと軽く謝る。白の少女はゆっくりとした動作で壁に背を預けた。

 

「そういう日かも」

 

 無理矢理上げた口角はどこか引きつっていて、笑っているようにしか見えない。

 

「本当に?」

 マティンが首を傾げると、アイラはうんと頷いた。

 

「今日は違う下着を穿いているから」

「そっかぁ」

 マティンは納得した様子で頷くと、アスターの傍まで行き、小声で彼に話しかけた。

 

「なんか変?」

「こういう場合は刺激してはなりません。そっとしておきましょう」

アスターはマティンをたしなめると、シドの方へ顔を向けた。

 

「到着したら何をするか、考えておりますでしょうか? わたくしどもはこの地について何も存じ上げませんので、ご教授願いたいのですが。可能ならば、あなたが先導を」

「わかった。ちょっと寄り道してから、巫女様のところへ行こう。まずはエイジの用事を済ませる。巫女様がいる場所は遠い、長旅になるぞ」

剣士の男の言葉に一同は頷く。

 

「では、少し準備をしてきます」

 

 アスターはそう言って船室に入り、他もそれに続く。それが偶然の合図となったのか、船員たちが一斉に動き出し、船を港につけるための準備に取り掛かりはじめた。最後に残っていたアイラも、ようやく動き出して船室へ入って行った。

 

 東の大陸ガラビニエリ大陸の中でも、一二を争う貿易港<ソウリュウ港>、ここと海で繋がるのは西側のオラニエ、北にあるカトラ大陸となっており、この場所だけが様々な人種、種族が混在する場所となっていた。青い空のもと餌に集る魚群のように、無数の船が押し寄せており、それぞれの商人が声を上げて箱と銭を飢えて渇望する魑魅魍魎のサカナたちにばらまいている。港を渦巻く人々と荷車、そして積み上げられた木箱と樽は、宝もあれば未来の毒も揃っている。

 

 バースが並び、そこに様々な船が礼儀正しく停泊する中、大きな船を迎え入れる広く場所を取られた埠頭には、他の船の倍はある大きさの帆船が堂々と鎮座する。先端を飾る竜を象った船首は、威厳と力強さを感じさせ、気高き巫女のモリビトであることを誇示しているようだった。その船からまず降り立ったのは、長いひげを束ねたシアンという男、彼は招いた客達を先導するように前を歩く。次に彼女らを守らんと槍を持ったシアンの船員たちが続く。その後ろに銀髪を結った男、後ろには暗い長髪の男、コートの女、無邪気で冷たい魔法使いが横並びで歩き、最後尾に足取りが重い白の少女と、それらを見守る剣士がついていた。

 

 少女の顔色は未だに青白く、呼吸に声が混じる時がある。食事も喉を通らず、船旅はずっと寝たままで過ごしていた。そのせいか、顔色の悪さに拍車がかかり、まるで死人のようだ。

 

「本当に辛そうじゃねえか」

 

少女の後ろにいたシドの弟が、彼女の顔を覗き込んで言った。

 

「船酔いだから」

 

 何度もそう言い訳をしてきたが、明らかに酔いの症状でないことが誰でもわかっていた。しかし、現在国に迫る危機を治められるかもしれない人物の一人であり、この場にいる全員の命を預かる立場でもあるため、誰もそれを咎めようとはしなかった。

 

「そうか」

 

弟はそれだけ言うと、視線を前に向ける。シドの弟にとって彼女はただの同行者であり、それ以上でもそれ以下でもない。干渉しないことが何よりも彼女を落ち着かせる最善策だと知っていた。

 

 マティンは東の人々に興味を示すように目を輝かせながら辺りを見渡している。魔法使いが注目したのは、オラニエの人種と、ここにいる人々の人種の対比だ。オラニエでは様々な人種と種族がここ百年で入り混じり、大陸らしい顔つきという定義はもはや存在しない。だが、ここでは違う。歴史と文化の違いからか、人種の特色がはっきりと出ており、顔の部位を筆で描いたような彫の深さ、肌の色、瞳の形などが一目瞭然だ。

「珍しいか?」

 

シドが尋ねると、マティンは素直に首肯した。

 

「初めて見るものばかりだから」

「すぐに慣れるさ」

 

 一行は、シアンの後に続いて埠頭から港へ、街の外へと進んでいこうとしたとき、シアンは歩を止めた。彼の視線の先で、護衛の男がある大男に吹き飛ばれて地面に転がっている。護衛の手には槍があり、大男は何も持たず、凶器ともいえる拳が剥き出しだった。

 

 大男は半殺しにした護衛の男を見下し、嘲り笑う。

 

「ふんっ、モリビトと呼ばれる者達も所詮はこんなもんか。よくも巫女を護るとほざいたものだ」

 

 アイラは俯いていた顔を上げ、焦点を大男に合わせた。大男は全身が筋肉で覆われた巨体で、身長は二メートル近くある。しかし、荒々しいという印象を持つようなものではなく、どこか洗練された雰囲気があり、僅かながらに品格すら感じさせる。暗い髪が闇に生きる者を連想させるが、その目は鋭く、猛禽類を思わせる。そしてこの大陸には合わないコートが潮風で揺れ、威圧感を増幅させていた。格闘家にしては破天荒で、あまりに道を外れている雰囲気と、巨大な筋肉をしなやかに動かせるだけの技量を持ち合わせていることが容易に想像できる。

 

 部下をやられたシアンは、大男の方を睨みつけ、一歩前に踏み出す。

「お前がなぜここにいる?」

大男は視線をシアンに向けず、後ろにいた白い少女に目を向けた。

「ククク……殺し屋、怪物、化け物、様々な異名を持った女を一目見ておきたいと思っていたんだ」

 男は両手を重ね、威嚇するように骨の音を鳴らして続ける。

「俺は女子どもは殴らない主義だ。だが、こいつだけは例外だ」

 

 コートをなびかせながら男はシアン一行の方へ歩いてくる。シアンは背の槍を握り、いつでも戦える体勢に入った。

 

「これ以上近づくな。もし近づいたら……」

「ほう、どうなるって言うんだ? 貴様は俺より弱いことをその身体で理解しているはずだ。怖気づいた本能で武器など握れるのか?」

 

 挑発にのせて、シアンは槍を握る手に力を込める。

 

「今ここで決着をつけてもいいのだぞ」

「いや、決着にはならん」

 

 その言葉の後、大男は動き出した。シアンは槍を構え、突く構えをとる。しかし黒の男はシアンの懐に入り込み、しなやかに刃物のような腿でシアンの槍を蹴り飛ばした。

 

「これは虐殺だっ」そう叫ぶと、両巨腕を鈍器のようにシアンの頭部を挟み打ちにした。その技は東の大陸では禁忌とされており、頭部に強烈な衝撃を与えることによって脳に障害を負わせ、二度と闘志を取り戻せないようにする非情なもの。しかし躊躇うことなくそれを行った。惨い音が響き渡り、鮮血が飛び散る。シドは思わず目を逸らす。

 

 シアンは地面に倒れ、痙攣しながら泡を吹いていた。命は助かる可能性はあるだろうが、二度と得物を手にすることはない。男は満足げに笑った後、次に標的にしたのは白の少女だった。だが、少女の表情は鬼とも言えるほど険しく睨んでいた。彼女は重い脚を前に動かし、男に向かって歩き始める。

 

「お、おい。体調が悪いのに無茶をするんじゃない」

 シドは慌てて白の少女の腕を掴んだ。

 

「大丈夫。あいつの標的は私でしょ。とっとと終わらせてくる」

 白の少女はシドを振り払い、近づいていく。

 

「ほう、小さい身体にやせ細った肉体。背中の剣でどれだけの敵を殺してきたんだ?」

 

 言葉を無視し、少女は両腕を強く握り締めて、呪いのように独り言を呟き始めた。

 

「ただでさえそういう日だというのに、船酔いに騒音、頭痛、吐き気、眩しさ、仲間を半殺し、その他諸々。ついてない日だとしても、今日だけはもう我慢できない」

 

 少女は拳を震わせると、宣言を呟いた。

 

「一発で終わらせてやる」

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