研究、それは世界が変わっても変わらない。この世界においても例外ではなく、魔法や錬金術などの研究は日々行われている。錬金術で金を生み出す事は出来なかったものの、その副産物として様々なものを作り出してきたのだ。例えば、薬とかだ。
「という事で、君に実験体になってもらいたいんだ!」
「ええ……」
アイラは戸惑っていた。目の前にいるのは煙被った服を纏う男であり、手には瓶を持っている。少女はその中身を知っているからこそ、嫌な予感しかしなかった。男は瓶の中に入っている液体を見せびらかすように揺らす。中には紫色をした不気味な色をしているものが入っており、何とも言えない不気味さを放っていた。
「その薬の効果は……?」
「頭の回転が早くなる薬だよ!これを飲むと頭が冴えて物事を考えやすくなるって訳!」
「副作用はないの?頭痛くなったりとか……」
「それは分からない!しかし、死ぬことは無い!つまり君は実験体って訳!」
「えぇ……タコみたいな頭の魔物みたいに知力を吸い取られない?」
「分かった!飲んでくれればお金を出そう!だから頼むよ~」
「そう言うなら……」
少女はため息をつくと、差し出された瓶を受け取る。そして蓋を開けると一気に飲み干した。しばらくしたが、変化は何も感じられない。少女は首を傾げながら自分の身体を見回していた。すると男は笑い出す。
「ははっ!効果が出るまで時間がかかるようだね!薬の効果は一日くらい続くはずだよ」
「そう……。では、今日は頼まれた事があるのでこれで」
「分かった、後日また会おうじゃないか!」
少女は頭を下げると部屋から出て行く。男が見送る中、彼女は振り返る事なく去って行った。
――
少女は怪物退治の為、森の中へと足を踏み入れる。すると突然、少女に頭痛が襲い掛かった。直ぐに頭痛は治まったものの、頭の中は何かに支配されているような感覚に襲われる。
(……これは一体?)
『目覚めたか、少女よ。私は論理。お前の中にいる存在だ』
少女は自分の中に誰かがいる事に気付く。何故こんな事になったのか理解出来ない。いや、これが頭が冴える薬の効果かと彼女は思った。
『私は深淵、触れてはいけない記憶を守る為に存在している』
『私は知識、見たものを記憶する為に存在する』
少女は心の中で会話を続ける。どうやら薬の効果は頭の中に人格を作る事が出来るらしい。つまり今の自分は二重人格以上に酷い状態になっている事になるだろう。
『まずは思い出して。自分の名前は言える?』
(言えるでしょ、私の名前はアイラよ)
『違うわ、貴女の名は……』
『それは触れてはいけない記憶だ』
頭の中にいる深淵という存在が警告を発する。
『今はアイラという名前でいいでしょう』
アイラは頭を抱えた。頭の中が煩いと感じてしまうほど声が響く。まるで脳内会議でもしている気分だった。いや、脳内議会と言った方が適切かもしれない。とにかく今は仕事をこなすことに集中しよう、少女は考える事を止めた。
森の奥深くへ進むと、森の民と呼ばれる魔物に出会う。彼らは縄張り意識が強く、侵入者に対して容赦がない。その為、彼らと遭遇した場合はすぐに逃げるべきなのだが、今回は違った。彼らは縄張りを拡大し、村の近くまで来てしまったのだ。村人が森の民の魔法で怪我を負った事で対処しようと動き出した。そこでアイラに依頼が舞い込んできたわけである。
アイラは森の民を観察する。肌は緑っぽくて人間に近い見た目をしていた。ただし、手には鋭い爪があるし、背中からは植物が生えている。恐らく背中から出ている蔓のような物を使って攻撃してくるに違いない。全身が保護色で、自然に擬態しているため見つけにくいのも特徴的であった。今回であった森の民は、魔法を唱えてくるという厄介な相手でもある。
アイラは剣を構えると、躊躇することなく走り出した。それに反応するように森の民も行動を開始する。森の民は蔓を鞭のように振り回すと、そのまま叩きつけてきた。少女は剣で蔓を弾くと、今度はこちらの攻撃だと言わんばかりに切りかかる。しかし、森の民も簡単には倒されてくれない。少女の攻撃を蔓を盾にして防ぐと、森の民は距離を取るように後ろへ下がった。アイラは腰のベルトから投げナイフを取り出すと、それを勢いよく投げる。放たれたナイフはそのまま真っ直ぐ飛んでいき、見事命中した。しかし、深い傷にはなってないらしく、森の民は怒り狂った様子を見せると何かの魔法を詠唱し始めた。少女は魔法を台無しにしようと投げナイフをもう一本取り出すと、腕に向かって投げた。見事に刺さり、痛みによって集中力が途切れたのか魔法の発動を止める。その隙に一気に距離を詰めると、少女は剣で森の民の腕を斬り落とした。悲鳴を上げながら後退る相手に容赦なく追い打ちをかけると、心臓を突き刺し絶命させた。
『賢い戦い方だ。魔術師は腕を切り落とせば無力化出来る』
『森の民とエルフは共存する事が出来ない。何故なら彼らの使う魔法は自然を壊すからだ』
頭の中から聞こえる声を無視して、少女は死体をそのまま放置した。この辺りは草木が多い。そのまま他の植物の養分になるだけだ。少女は血を拭うと、その場を立ち去ろうとする。しかし、何かに足を掴まれ転んでしまった。少女は何が起こったのか分からず、足元を見る。するとそこには蔓が巻き付いていた。そして、先程殺したはずの森の民の亡骸がゆっくりと起き上がる。
『これは死霊術の一種だ。死んだ生物を操る事が出来る』
『どうやら見かけ以上に手強い相手のようだ。だが、こちらが優位なのは変わっていない』
少女は立ち上がると、足に絡みついた蔓を引きちぎろうと試みる。しかし、思いのほか強く締め付けているため、なかなか抜け出せない。森の民からは切り裂いた部位から蔓が生え、おぞましい姿へと変貌を遂げていく。
『炎のスクロールがあれば、足元の蔓を焼くことが出来るだろう』
『縛られているのは足だけだ。上半身は自由に動かせる。ならば、後は簡単だ』
『待って!炎を使ったらダメよ!火事でも起こす気なの!?』
「ああもう、うるさい!」
アイラはナイフで足元の蔓を切る。自由になった少女はすぐさま飛び退くと、森の民は複数の蔓を乱暴に振り回していた。少女は蔓を避けつつ、剣で弾き返す。
『蔓は複数もあって危険だ。距離をとるべきだ』
剣で弾き返すだけでは限界がある。一本の蔓がアイラの右肩に叩きつけた。
「っ!」
右肩に痛みが走る。鞭に打たれたような衝撃だった。しかし、彼女は怯むことなく剣を振るい、森の民の右腕を切断した。
『この森の民は再生能力を持っているようだ』
切断された箇所から新しい蔓が伸びると、すぐに元通りになってしまう。このままではキリがない。少女はそう判断し、一旦間合いを取ろうと後ろに下がる。だが、森の民がそれを許すはずもなく、蔓を伸ばして追撃してきた。
(まずい……)
アイラは咄嵯の判断で、手に持っていたナイフを投擲する。ナイフは森の民の腹部に深く突き刺さった。一瞬動きが鈍ったが、またすぐ動き始める。アイラは舌打ちしつつ、腰のベルトに手を伸ばす。次は手で投げる爆弾を取り出した。それは火をつけることで爆発し、破片を周囲に撒き散らす武器である。アイラは魔法で点火させると、それを森の民に投げつけると同時に後退した。
「これで終わりよ!」
直後、激しい爆音が響き渡る。爆風が吹き荒れ、木々が揺れ動く。煙が晴れると、そこには銀の破片が突き刺さり、倒れている森の民の姿があった。アイラは近づき、首を切り落としとどめをさす。これで依頼完了だ。
『銀の破片には魔法がかかっている。これは魔法の力を封じ込める爆弾だ』
『どうして森の民が死霊術を使えたのか気にならない?』
『早く報告して報酬を受け取るべきよ』
『肩の傷を治すべきだ』
頭の中に響く声を無視し、少女は森の民の死体に近づくと、そのまま放置した。この場所には動物も魔物もいるため、そのうち誰かが片付けるはずだ。少女は剣に付いた緑色の血を振り払うと、その場を離れた。
――
依頼は完了し、報酬として少しのお金を受け取った。そして今は酒場で休憩しているところだ。だが……。
『この"灰ねずみ亭"は人が少ないようだ。もっと賑やかな場所に行くべきではないだろうか』
『ねえ、聞いてる?ちゃんと治療しないと傷跡が残るわよ!』
『あの店の看板メニューは肉料理のようね。私は魚がいいのだけれど』
頭の中の住民は先程からずっと話しかけてくる。無視しても一向に諦めようとしない。少女はげんなりしながら、テーブルに突っ伏していた。嫌な薬だ。頭の中の住民が騒ぐせいで、平常心という言葉が辞書から削除されそうになる。周りの客を見渡してみる。彼らは冒険者と呼ばれる身なりをしている。
『冒険者、彼らは契約する戦士だ。報酬と引き換えに戦うことを生業としている』
『でも、貴女は自由がなにより好きよね』
『待て、冒険者になった方が金も多く入るのではないか』
『そもそも何のために冒険者をやるつもりなのよ』
少女は考える。旅の目的はある人物に復讐することだ。その為、奴の情報を集めなければならない。しかし、知っている者はまったく見つからない。当てになりそうな人も全くいない。解決の糸口が見えない。無理難題だ。
『冒険者ギルドに加入して名を上げればいいのよ。今の腕ならきっと出来るはず』
『自由と引き換えに?上の連中に目をつけられるぞ』
『名声は金に勝るとも劣らない価値がある』
(……今決断するときではないと思う)
少女は立ち上がると店主にお金を渡して外に出た。
太陽は真上より少し過ぎたあたりにある。昼時だ。少女は次の仕事に取り掛かろうと日誌を開いた。日誌には受けた依頼の内容や感想などを書き込んでいる。次に実行する依頼はまた魔物退治だ。彼女は地図を広げると、目的地を確認して歩き始めた。
――
魔物退治を終わらせる頃には夜になっていた。アイラは宿に戻り、ベッドに横たわる。疲れた身体に柔らかい感触が伝わってきた。今日はあったことを思い出しながら、彼女は眠りについた。
少女は夢を見ていた。そこはかつて少女が幼い頃に居た砦だった。辺り一面焼け野原で、周囲には死体が転がっている。それは剣を教えて貰った師から、共に迷宮で戦った仲間まで様々だった。
『あなたは自分の事を未だに責めている。助けられた道があったのではないかと』
『しかし、あなたは彼らを助ける必要がどこにあったのだろう?』
声は語りかけてくる。その言葉は冷たく、まるで氷の刃のように突き刺さってくる。それは心を蝕み、思考を停止させていく。
『自分は呪われているのではないか?自分がいなければこんなことにはならなかった』
『自分さえいなくなれば、誰も悲しむことはない』
『いや、それは復讐が終わるまでだ。復讐が終われば、また新たな目的を見つけることが出来る。そうすれば、呪いから解放される』
すると、目の前に黒い鎧を着けた人型が現れた。兜は頭全体を覆い隠すように出来ており、顔を見ることは出来ない。
『奴だ』
『奴は君から何もかもを奪っていった。家族を、故郷を、そして未来さえも奪った』
『あなたは奴が憎い。奴を倒さなければ自身の内面に平穏が戻ることは永遠にない』
少女は剣を引き抜き構える。
「……何者なの」
少女は鋭い声で問いかける。しかし、黒い鎧は何も答えない。ただ黙ってこちらの様子を窺っていた。その右手には大剣が握られている。
「何もしないって言うなら!」
先手必勝。アイラは一気に距離を詰めると、袈裟斬りを放つ。だが、相手はそれを容易く受け止めた。そのまま鍔迫り合いになる。両者の力は拮抗しているようだ。
『でも、あなたは知ってた』
少女は剣を押し返そうとするが、相手の力が勝り押し切られそうになる。少女は咄嵯の判断で後ろに下がると、今度は相手が踏み込んできた。振り下ろされた斬撃を受け止めると衝撃で手が痺れる。
『何度やっても奴を倒す事は出来ないと知っていた』
少女は再び距離を取ると、剣を上段に構える。そして、渾身の力を込めて振り下ろした。だが、それも受け止められてしまう。そして、そのまま弾かれた。体勢が崩れたところを狙われ、腹部を蹴られてしまう。少女は地面を転がり、なんとか起き上がった。すると、黒い鎧は手を掲げ、魔法を唱え始めた。少女は止めようと投げナイフを投擲するが、簡単に避けられてしまった。そして、魔法が唱えられる。地面が一気に隆起し、無数の石礫となって襲いかかってきた。
少女は避けようとするが間に合わない。全身に激痛を感じながらも、必死に耐えようとした。このままでは死ぬ。どうにかして逃げようと試みるが、足が動かない。見ると両足が地面に埋まっていた。少女は絶望した表情を浮べて、死を待つしかなかった。黒い鎧は一歩ずつ近づいてくる。少女の前に立った時、黒い鎧は大剣を振り上げた。
『それでも……』
少女は目を閉じる。
『それでも、あなたは立ち向かうのね』
大剣は振り下ろされた。
――
アイラは飛び起きると、荒くなった呼吸を整えた。額からは汗が流れ落ちている。どうして寝るだけなのにこんなにも疲れてしまうのだろうか。彼女は考えるが、結局分からなかった。
窓の外を見ると太陽が顔を出し始めたところだった。アイラは自分の頭に触れる。もう薬の効果は切れた。頭の中は平穏を取り戻しているが、代わりに胸の中が空っぽになったような気がする。待て、自分の胸はそこまで無いはずだ。そういう自虐笑いを自身に誘おうとしたが、残ったのは空虚感のみだった。少女はベッドから降りると、身支度を始めた。今日はあの薬開発家に結果を報告しよう。そう思ってアイラは部屋を出た。
アイラは男の家に着くなり扉を開けると、真っ直ぐ地下室へと向かった。そこには相変わらず煙被った服を着た男が椅子に座っている。男は入ってきたアイラを見て、嬉しそうな顔をしていた。
「やあ、待っていたよ。それで、どうだったんだい?」
「結論から言わせて。最悪の気分よ」
「ふむ、それはどういうことかな?詳しく聞かせてくれないか」
アイラは日誌を取り出して机の上に置く。そして、昨日の出来事を全て話し始めた。
「なるほど、そんなことがあったのか……」
「えぇ、薬の効果が切れた瞬間、心の中が空になるような虚しさを覚えた。まるで心に穴が開いたみたいに。この薬にはもしかすると中毒性があるのかもしれない。だから、私は二度と使いたくない」
それを聞いた男は少し考え込むと、口を開いた。
「確かに頭が冴えるという効果はあったけど、副作用が強烈過ぎたか……。まぁ、いいさ。貴重な意見ありがとう。また何かあったら頼むよ。これは報酬だ」
そう言って金貨の入った袋を手渡してきた。
「今度は自分で飲んでみたら?二度と味わいたくないけど」
そう言い残し、アイラは家を出て行った。
Disco Elysiumをすこれ