数多の英雄を束ねる者   作:R1zA

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結構アレかもしれないけどタイトルが全て。
後若干今回は文章が長い。


一人の英雄の終幕(オワリ)

 

 

 ―――黄昏の空の狭間。

 この地を焼却せんと暴風と共に迫っていた第二の太陽と、神の領域に至った雷霆がぶつかり合い、周囲はその光に呑まれる。

 

 その光景はまさに星の終末。通常の生命には理解できない領域にソレはあった。

 

 

 

「──────」

 

 

 数刻後、光が消えて二つの人影が現れ、墜ちていく。

 其処には──────大凡身体の六割近くを消し飛ばされ、片翼を失ったテュフォンの姿と、神体結界(アイギス)が半壊し、瀕死の重症を負って死に体のイアソンの姿があった。

 

 

 

『───見事』

 

 

 

 その半身を消し飛ばされ、大地に墜ちていきながら、太祖竜(テュフォン)は思わず言葉を漏らしていた。

 

 

 

 あの瞬間だけは最早言葉を口にすることさえ叶わなかった。

 

 

 眼の前の男は、純粋な人間(ヒト)の身で神の領域に至るどころか、神の御業を再現してのけたのだ。

 それは人類史においても一握りの中のさらに一握りしか居ない、それこそ最大級の偉業である竜殺しですらも児戯だと思わされる程の伝説の御業。

 

 

 思わずその一挙一動に注視させられ、魅せられた。

 

 

 たとえ半身を消し炭にされようとも。

 

 

 

『は、はは……ああ全く、人間の可能性とは素晴らしいものだ』

「───」

『ほら、周りを見てみるがいい。星に敷かれた敷物(テクスチャ)に穴が空いておる。世界そのものを裂くとは、恐ろしいものよ』

 

 

 そしてそれを成し遂げた英雄(イアソン)に称賛の言葉を送る。

 

 

 確かに魅せた人の行き着く可能性。

 ソレが辿った果ての到達点。世界さえ裂いた究極の一。

 

 それに至るまでの努力。血濡れになっても尚止まらない強靭な意志。眼の前の男のすべてに対しての称賛の気持ちが溢れる。

 

 

『あ、あぁ────』

 

 

 何も知らないギリシャ各地の民草はただソレに圧倒されるのみだった。

 

 端から見ても理解の範疇を超えた、天変地異としか認識できない巨人(ギガース)災厄(テュフォン)との戦いの数々。

 その果てに、何故か一切熱さは感じなかったが(・・・・・・・・・・・・)、突如(ソラ)から太陽が現れ、墜ちてきた時は世界の終わりを幻視した。が、

 今度は途轍もない蒼の光が総てを呑み込み、光が消えた頃には全てが消え去っていたのだから。

 

 

 その様子にある人は神が我々を助けてくださったのだと祈りを捧げ、またある人は何故か自分達の国の偉大なる王の姿が脳裏に浮かび、涙を流した。

 

 

 

『それにしてもマメな奴だ。こうして貴様を捨て駒にしながらもやることはしっかりやっておるのだから』

「何、を」

 

 

 イアソンがその事に気付いてないことを察したテュフォンは、敗者として勝者に筋を通す。

 

 

『下を見てみよ』

「───」

 

 

 

 今も両名は自由落下を続けているので、そこから復帰するのが最優先事項の筈だが、イアソンは言われるがままに周囲を見回す。

 そして目に映ったのは、ある一定の範囲から一切戦闘の影響を受けていない大地だった。

 自分達の周りの地面は抉れ、焼かれと散々な目にあっているのに遠方はあの戦闘の余波を受けている様子が無ければ気付くのは当然と言えるだろう。

 

 

『さしずめあの神が行ったのだろう。……良かったではないか、もし奴があの地と此処を隔離していなければこの星に敷かれた敷物(テクスチャ)は崩れていただろうな』

「それは───そうだな」

 

 

 つまるところゼウスが自身の力の殆どを用いて自分達の戦場を隔離していなければ世界は軽く崩壊していたというわけで。

 ───役立たずと思っててごめんね。とイアソンは心の中で密かに謝罪した。

 

 

 そして思い出す。

 一つ、やることが残っていたと。

 

 

「おい、口開けろ」

『む―――何を、投げた?』

「あのクソ野郎(ゼウス)が渡してきたんだよ。確か………ああ、アレだ」

 

 

 ―――『無常の果実』。

 ゼウス神がこのテュフォンを攻略するに至った鍵であり、今回用意されたもう一つの切り札(ジョーカー)

 その性質は、言わば『反願望器』とも言えるような物であり、願いとは文字通り真逆の出来事を引き起こす。

 正史において、『強さ』を求めてコレを喰らったテュフォンは、その願いが叶わず、逆に弱体化してしまったことで、ゼウスに敗れた。

 

 

『―――成る程、確かに力が削がれていくのを感じる。 コレは願望の破却……言わば『生』への否定か』

「ああ、その通りだ。コレでお前は、もう復活することはない」

『ハッ、大層な物だ。その様なことをせずとも、無様に足掻くつもりなぞ無い』

 

 

 無常の果実が、テュフォンの内に残る『生』への渇望を感じ取り、ソレを叶えない為の効力―――大幅な弱体化を施していく。

 『搔き抉る時の大鎌(アダマント)』に刻まれた鎖の意匠と同じ物がテュフォンの駆体へと広がっていき、その大いなる太祖竜としてのリソースへ楔を入れた。

 

 

 

『……さて、我はもう此処までか。人間に敗北した以上大人しく表舞台からは退くのが筋と言うものだろう』

 

 

 そう述べてテュフォンは残り僅かな力で落下軌道を変える。

 その先には───世界の敷物(テクスチャ)が雷霆によって破壊されたことで一時的に生まれたブラックホールのような穴……世界の裏側への道があった。

 

 

 

「───逝くのか」

『……否、我が、我々がいつか還るべき場所に行くだけだ。貴様が神と成れば、此方側にも来れるぞ?』

「絶っっ対にやだ」

 

 

 ───そうしてテュフォンが世界の裏側に通ずる(あな)へと吸い込まれる直前、両者は最後の会話を交わす。

 

 

『……イアソン(・・・・)。英雄使い、イアソン。貴様はこうして人の身で我を討つに至ったのだ。……誇るがいい』

「ああ、お前は俺の人生で最大の強敵だった。……死にかけるほどのな」

『もうほぼ死に体の癖に。……ああ、確か人間はこういう時こう言うのだったな。──────さらばだ』

 

 

 そうして世界に混乱をもたらした(テュフォン)はこの世から消失した。

 (いや)、星の裏側に還ったと言った方が表現としては正しいだろうか。

 どちらにせよ、もうアレと出会うことは無いだろう。

 

 

「―――ハッ、向こうが願おうと、こっちは()()()()()()()()()がな」

 

 

 そうしてテュフォンは去った訳だが、イアソンはようやく今の状況に気づいた。

 ───アレ? 今の状況かなりやばくね? と。

 

 まず今、重力に従って数百メートルの紐なしバンジー中。

 アイギスは半壊して機能停止。

 権能の行使もした瞬間に死ぬだろうから却下。

 

 

 結論、詰んでる。

 まさかあの激戦の末の死亡理由が空から墜ちてミンチになると言うのは少々酷すぎやしないだろうか。

 あ、でもこれがギリシャの日常だったね(悟り)。

 

 

 地面がすぐ近くに迫る中、運命を受け入れ(諦めて)、目を瞑り、身を委ねようとしたら───浮遊感が訪れた。

 浮遊感? Why? となって目を開けると───

 

 

「イアソン!? 無事か!!」

「……ああ、どう見ても致命傷だろバカヤロー」

 

 

 初めて会った時は圧倒されたものの、今では見慣れた(ヘラクレス)に抱えられていた。

 でも下を見渡した時、姿は確認出来なかった筈。

 まさか、数km先から自身の姿(・・・・・・・・・・)を確認して此処まで(・・・・・・・・・)十数秒で走ってきた(・・・・・・・・・)とでもいうのか。

 

 安定の化け物度合いに軽く戦慄したが、もう既にそんな事を言っている場合ではあるまい。

 出血多量に火傷に全身打撲に加えて内臓もいくつかやられているのだ。

 もう本当にきつい。死ぬほど痛いというか死ぬ。

 

 

「……悪いが向こうまで運んでくれ。もう息をするのもきついんだ」

「───しっかり掴まっていろ」

 

 

 

 ヘラクレスはその剛腕で抱えていたイアソンを背中に背負い、焦燥感を抱えながらも、すぐさま弾丸のように走り出した。

 (イアソン)は気付いてないようだか、既に血が足りないが故か、顔が真っ白になりはじめ、身体を灼かれた直後なのに体温も若干下がり始めている。

 テュフォンとの決着がついて気が緩んでしまった影響か。

 

 

 

 

 ───このままではイアソンは死ぬ。

 

 

 

 

 それを分かっていたから、ヘラクレスは身体の筋繊維一本一本に至るまでのすべてを総動員して全速力で荒れ果てた大地を駆ける。

 彼が再び目を覚ますという僅かな可能性に望みを以て。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「───カストロ、其処を通せ。汝も判っている筈だろう……!」

(いな)、この先に行くことはこの俺が許さん。それこそが奴の意志だ。……ポルクス、それがたとえお前であっても」

「兄様……」

 

 丁度時は遡りイアソンとテュフォンの勝負の決着がつく直前、戦いの余波が届かない所まで撤退していたアルゴノーツの面々は遠くから彼らの戦いを見ていた。

 が、暫くして周囲に蒼の雷霆の光が満ちた時、何人かはイアソンの下に向かおうとしたが、制止の声を出し其処に立ち塞がる人物が居た。

 

 

 

 

 カストロだ。今もその手に円盤を構えて彼ら彼女らの前にただ悠然と佇んでいる。

 彼は人間の身でありながら一風変わった視点を持つが故、比較的冷静でいた為か、あの皆を下がらせた瞬間のイアソンの真意を読み取っていた。

 

 

 そしてこう考える。

 

 

 ───(イアソン)我等(アルゴノーツ)があの戦場に向かう事を良しとしていない。

 成る程、悔しいが自分を含めた面々が向かおうともあの怪物には敵わないだろう。

 純正の神だった零落前の自分であれば話は別なのだろうが。

 

 

 ならどうする? 此処で待っていろと? 

 

 

 否、確かにそれしか選択肢は無いのだが、彼らアルゴノーツは、……特に、……(ポルクス)等のイアソンに好意を向けている面々は必ず奴の下に向かおうとするだろう。

 だが今の奴はソレを望んでいない、たとえ決着がついた後だとしても。……だから皆を此処に縫い付ける足止め役が必要だ。

 

 

 

 ……ならばこうしてその役を担おうではないか。

 

 

 それこそが今、導きの星(ディオスクロイ)として出来る唯一のことなのだと。

 

 

 

 そうした考えの下、カストロが最前線に向かおうとした面子の前に立ち塞がり、辺りは一触即発の空気と化していた。

 尤も、この行動はテュフォンと戦う直前のイアソンの意志を完全に汲み取ったものであるので、感情論を差し引けば、合理的に見てカストロの方が正しかったのかもしれない。

 

 

「……アレは──────ヘラクレス?」

 

 

 この雰囲気を何とか取りなそうと右往左往していたメディアであったが、ふと彼方から音速に近い速度で誰かが駆けて来るのを見つけた。

 ヘラクレスだ。しかし遠視の魔術で視た所、何かを背負っていて何処か切羽詰まった形相をしているように見える。

 そしてソレに気付いた皆の注目が集まり、同時に一つの疑問が生まれる。

 

 

 

 そう、船長(イアソン)は? 彼は何処に居る? 

 いつもなら真っ先に帰還して来るであろうに。

 まさか───

 

 

 

 ───その脳裏に浮かんだ考えは、最悪の形で的中する。

 

 

 

 

「─────────え」

「───」

 

 

 ヘラクレスに背負われていたイアソンの姿を見た瞬間、皆が安堵の笑みを浮かべ──────直ぐにその笑みは消えた。

 

「なん、で」

 

 血が無いが故、血色の悪い肌。ワンアウト。

 

 全身から噴き出した血で血濡れの身体。ツーアウト。

 

 その顔には───死相が浮かんでいた。スリーアウト。

 

 

「あ……嫌、待って、目を開けて下さい!! イアソン様!!」

 

 

 チェンジどころか人生のゲームセット間近。

 こうなるかもしれないと頭の隅では考えていたかもしれない。でも勝手に安心していた。

 

 

 アルゴノーツどころかギリシャにおいても最強の名を欲しいままにする万夫不当の大英雄。

 そんな彼ならあの怪物さえも何時ものように斃してくれるのだと驕っていた。

 あまりの精神的ショックに呂律が回らずパニック直前にまで陥るメディア。

 

 

「───ッッ! 退け!! 疾く治療をするんだ!! まだ助かるかもしれないだろ!!」

 

 

 そんな彼女を押し退け、鬼気迫る表情でアスクレピオスはヘラクレスからイアソンを奪い去り、地面に寝かせ治療を始める。

 その様子を目の当たりにしたメディアはハッとした顔になり、直ぐ様隣に陣取りアスクレピオスの補助をする。

 

 

「お前らも何をボサッとしている!! 船長(イアソン)を助けたいのなら僕の指示に従え!!」

 

 

 そう言って周囲に発破をかける。

 その声に応じ一同は一斉に動き出し、各々に出来る事をする。医療魔術や治療の使用が出来るメンバーは全員でイアソンの治療を行い、それ以外はアスクレピオスの指示に従い医薬品や魔力回復薬の運搬を担当した。

 

 

「遡行術式、準備完了です!!」

「よし、やれ」

「はい!!」

 

 

 そして取り出したのは短剣型の魔術礼装。

 メディアという少女が生前から持つ本来の宝具。

 

 

「───其は、魂の設計図」

 

 

 彼女の周囲に大規模な魔法陣が発生し、大気から、地面から魔力を搾取し、大規模な魔力が隆起する。

 

 

「我が命脈を以て、復元、回帰、遡行を命ず……!! ──────『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』」

 

 

 その声と共に辺りに光が満ち、イアソンの身体を覆う。

 その光の余波を受けた他の者たちは、瞬く間に身体中にあった僅かな傷が元から無かったかのよう(・・・・・・・・・・・)に消えてゆく。

 

 

 

 ───『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』。

 

 その概要は、『あらゆる呪い、魔術による損傷を零に戻す』こと。但し、これは時間操作ではなく、対象が本来あるべき姿を算定することにより自動修復している。

 

 医術の祖と言えるアスクレピオスを筆頭とした『神秘』の力により現代医療涙目の能力を持つ面々。

 

 加えて、未だ神の領域に至ってないアスクレピオスでは生み出せない究極の蘇生薬、『真薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)』。

 ソレに迫る復元能力を有した魔術式、『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』。これらの力が有れば、多少は苦戦しようとも治療は成功すると、誰もがそう思っていた。

 実際に、この力に助けられた者たちも少なくないのだから。

 

 

 

 

 ───だが、この世界(ギリシャ)の機構はそんなに甘くなかった。

 

 

 

「───……どうして、何で、治らないんですかッッ……!!」

 

 

 彼女の目に映るのは一切傷が癒えていない(・・・・・・・・・・)イアソンの姿だった。

 おかしい。そうメディアは考えたが理由が分からない。死以外の全てを修補出来るペインブレイカーを使ってきて、こんなことは今迄に一度も無かったのだから。

 

 

 そして突然イアソンがパチリと目を開ける。

 そして最初に視界に入ったのは、自身を泣きそうな目で見つめる、約束を交わした少女の姿だった。

 尤も、その約束も果たせなさそうだと内心で自身のことを嗤ったが。情けない話である。

 

 

「───メディアか」

「──ッッ!? イアソン様!! 大丈夫なのですか!?」

「……」

 

 

 イアソンはその問いに答えない。

 けれど皆はその表情を見て察した。それは今迄にも幾度となく目にしたもの。

 別れの、表情。

 

 

「まさか……!! くそっ、そういうことか……!」

「───それは、どういう」

 

 

 アスクレピオスが何かに気付き、その遣る瀬無さや、行き場のない怒りから拳を握り締める。

 余りにも強い力で握った手からは鮮血が垂れていたが、それを指摘する者はいなかった。

 

 だがそれは彼の脳内で補完された結論であるので、周囲には何が解ったのかは理解出来なかった。

 故に周りにも筋を通す。それが患者を救えなかった(・・・・・・・・・)医者に唯一出来る事だから。

 

 

「───あの化け物が出していた焔、悔しいがアレは『今の』僕の理解の範疇の外にある。───逃げるときに負った火傷が全く治らないからな。さしずめ不死殺しか治癒阻害の力だろう」

 

 そう言って腕をまくるアスクレピオスの腕は手首から肘までが火傷になっていた。

 そしてそれを見た一同は再びイアソンを見て、戦慄する。

 まさかこの全身の傷総てにその呪いじみた物が架かっているとでも言うのか。

 ……というかそんな物を受けて生きているのか。

 

 

「──……そしてもう一つ、彼女の魔術が効かなかった原因だが、心当たりがある。それは───」

「『死』を覆すことは出来ない。……そうだろ?」

 

 

 イアソンが初めから知っていたかのようにアスクレピオスのセリフを補完し、アスクレピオスは無言で頷く。

 そう、万能の治療具である『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』にも出来ない事はある。ソレが『死』に対する干渉。

 これが何を意味するか。其処には一つの事実があった。

 

 

 もう、イアソンは──────────

 

 

「───アスクレピオス。船長命令だ、もう諦めろ」

「……諦めろだと? 馬鹿じゃないのか、僅かでも助かる可能性があるなら最善を尽くすのが医者だと……」

「いや、死に際になると自分がどうなるか分かるものだぞ。だから、最期くらいは自由にさせてくれ」

「……ッッッ! ───分かった」

 

 そうか。とイアソンは頷き、身体中から奔る激痛に苛まれながらも立ち上がり、静かに歩き出す。

 自分の命の灯はもうすぐ消える。だからせめて別れの言葉くらいは言わせて貰おう。

 振り返り、アスクレピオスを見つめ彼は言う。

 

「まあ、今回の俺は間が悪かっただけだ。……お前の夢だった蘇生薬、結局見れずじまいになっちまったが……。───お前ならあと数年もすれば作れる筈だ。女神の奥さん共々頑張れよ」

「……皮肉か。僕の医術がもっと優れていれば、もし蘇生薬を完成させていたら、お前は死なずにすんだだろうに……!!」

「まさか。思ったことを言っただけさ」

 

 

 そう言ってイアソンは再び前を向いて歩き出す。言いたいことを全部言い終わるまでは死ぬつもりは無い。

 次に近づいたのは───ディオスクロイの所だった。

 

 

「ポルクス。……ああ、泣かないでくれよ。まるで俺が悪いみた───いや、悪いな。……まあ、お前と過ごした日々は楽しかった。どうか俺の分まで幸せに過ごしてくれ」

「うう……ぐすっ……──でも、その日々に貴方は居ないのでしょう? なのに幸せになれなんて……意地悪な人」

 

 

 そう言いながらポルクスはイアソンに近づき、イアソンの身体を抱きしめる。

 

 

「……血がつくぞ」

「いえ、良いのです。少しだけ───貴方の温もりを感じさせて下さい」

 

 ならば致し方なし、とイアソンはその体勢のままカストロと見つめ合う。

 互いの心情はなんとなく理解出来ていた。

 だから最低限の会話のみでよい。

 

「後は任せた。カストロ」

「言われずともやってやる。……英雄イアソンよ、安らかに眠れ」

「全部終わったらそうするさ」

 

 

 そう言って拳を突き合わせる。

 丁度その時、ポルクスも静かにイアソンから離れた。

 それを見て、イアソンはもう一度二人を見つめ、数秒後振り返って次の人の下へ。

 それを見ていたカストロがポルクスに尋ねる。

 

「もう良かったのか?」

「はい、兄様。未だ後が残ってますし、これ以上イアソンに触れていたら───もう離せなくなってしまいそうでしたから」

「…………そうか」

 

 

 すまない、やっぱり無理かもしれないとカストロは思った。だがもう遅い。全てイアソンって奴のせいなんだ。

 

 

 ◆◆

 

 

「───アタランテ」

「イアソン……」

 

 緑髪の少女と金髪の青年は見つめ合う。

 言葉が出なかった。

 倒してみせると彼は言って、一人であの怪物と戦った。そして確かに怪物は倒したがこのザマだ。

 情けないだの色々言いたいことはあったはずなのだ。

 

 でも実際に前にすると何も言えなかった。

 なにか言葉を発しようとして口を動かしても、思い通りに話せない。

 気づけば彼女は彼の一部が破けた服の裾を握ってこう言っていた。

 

「───……お願いだ。逝かないで……」

 

 

 ああ、こんなことを言って何になるのだと未だに溢れる涙を腕で拭きながら彼女は嗤った。

 何を言っても彼はじきに死ぬ。そんなことは分かっている筈なのに。

 

 でもその一言は確かに彼の心に響いた。

 森の育ちでありながら、アルカディアの王女だと言われて直ぐに納得するほどには気品のある佇まいを崩さず、よく街の子供にお姉さんぶったりしていた彼女が此処まで純粋な思いを口にしたことは無かったから。

 

「───……!」

「あー……まあその、何だ」

 

 イアソンはアタランテの頭に手を置き、まるで宝物を大事にする子供のように、優しく彼女を撫でながら話し出す。

 

 

「お前の子供達みたいな誰かの為に頑張れるのは美点だ。でも、少し自分を疎かにするきらいがある。……前に言ったよな? 『誰かを幸せにしたかったら、先ずは自分が幸せであるべきだ』って。───どうか、お前自身にとっての幸せを見つけてほしい」

「───汝が死ぬ前に言うことではないだろ……馬鹿」

「まあ───そう、だな。その通りだ」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 その後もイアソンはその場にいる全員に一人ずつ、誠心誠意心からの思いを口にしていた。

 

 カイネウス、ペレウス、アカストス、オルフェウス、テセウス、……ヘラクレス。他にも沢山の総勢50人。

 

 

 そして今、最後の人の元へと向かう。

 約束を果たせなかった少女の元へと。

 

「───メディア、そうだな。お前は時々意味の分からん突拍子もないことを言い出すし、実際やってることも偶にヤバいし、買い物癖はキッツいが……」

「ちょ、何で私だけ悪口なんですか!?」

 

 メディアが抗議の声を上げる。まあ確かに今までの流れはぶち壊しだ。

 でもイアソンはそれを見て穏やかに笑いながらこう続ける。

 

 

「───でも、それを補って余りある程に皆を大切にしていて、俺も沢山、お前に助けられた。そのお前の誰にでも優しく、誰かに一途に尽くす性質はお前のアイデンティティーの一つであり、紛れもない美点だ」

「──────え、えッッッ!?」

「ああ、だから──────」

 

 

 ───俺なんかよりももっと良いやつと幸せになってくれ。

 そう言いかけたが、これはかえって逆効果だろうと考えたイアソンは踏みとどまる。

 

 そうして再びおぼつかない足取りで歩きはじめ、皆の前に躍り出る。限界を超えて最後の力を振り絞り、声を張り上げる。

 

「これで最後、だな。皆、こんな俺についてきてくれてありがとう。───アルゴノーツは最高の船であり、最高の船員達に恵まれた!! そんな船の船長であれた俺は果報者だ!!!!」

 

 腕を高らかに上げながら、イアソンは感謝の声を上げる。

 同時に意識が朦朧とし、視界が揺らぐ。

 

 

「ああ! そうだとも!! みんな、こんな俺を───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───愛してくれて、ありがとう。

 

 

 

 そう言い終わると同時に、力を失った腕がだらりと下がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────今此処(ここ)に、後世まで語り継がれる一つの物語(英雄譚)の幕が降りたのだった。

 

 

 

 

 

 





無常の果実「誠に遺憾である」


死にかけどころか普通は死ぬ傷なのに普通に動いて船員達に多大なる傷を追わせてから逝く船長の鏡()

ひとまず神話編は一区切り。次回はイアソンのその後、次にマテリアル(書き終わってる)の順で出して行こうかと。……この世界のアルゴナウティカとかいう怪文書書こうかな。


修整は随時行います。加筆修整もするかも。

どっちを先にやるか(なおどちらでも修羅場る模様)

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