あっけないほどあっという間にワイバーンを片付けた一同は、皆でワイバーンの解体をした後に森の散策に移ることにした。
「やはり、この森も何処かおかしいみたいだな……」
「そうなのですか?私にはよく分かりませんが……」
鬱蒼とした森の中を進みながらも感じる違和感を訴えるアタランテと、普通との違いが分からずに疑問符を浮かべるポルクス。
「ああ、鳥の声は聴こえず、葉を揺らす風の向きや速さにも全く均一性が無いのだ。ワイバーンの羽音ならずっと聴こえているのだがな……」
「お前にはその違いが分かるのか?」
「愚問だな。このくらいなら数年森で狩りをしていれば分かるようになる」
そう得意げな顔で話すアタランテ。
彼らには預かり知らぬことだが、実際にこの島にはワイバーン等の竜種以外の生き物は生息しておらず、海風に規則性が無いのはこの特異点が、あらゆる時代、あらゆる場所の海域を繫ぎ合わせて構成されているが故のこと。
なので彼女の推測は非常に的を射ていた。
「凄いな……俺には全く分からん」
「ああ、俺もだ……」
そして話について行けない男性陣。
片や
そしてその後も進み続けて数刻後、其処までは何も起きていなかったのだが、何処からともなく響いてくる遊び人風な男の声が聴こえて来て状況は変わる。
「あ―――れ―――!?」
「――…あの、今何か聴こえませんでしたか?」
「いやぁ……そんな若干アホそうな気配を纏った誰かの叫び声なんか聴こえなかったぞ?」
「普通に聴こえてるんじゃない………もしかしなくても、今の声が例のサーヴァントかもしれないわね」
メディアがそう言って、一行はさっき聴こえた声の方向へと向かうと、其処には―――熊がいた。
否、具体的に言うならばクマのぬいぐるみが地面に落ちていた。
……何処か擦られたような跡が付いていたが。
「うわぁ―――何だこれ……」
そう言ってイアソンが呼称:謎のぬいぐるみXを両手で掴んで持ち上げて、眺める。
やっぱり何度見ても初見でコレの中身がわかる奴居ないでしょとも思いながらオリオン(暫定)を眺めていると、一緒に眺めていた女性陣が表情を強張らせる。
「……ソレから何か邪な視線を感じるわね―――消し炭にしてやろうかしら」
「貴方もですか?私もなのですが……」
「イアソン、直ぐにその熊から手を離せ。今すぐにそれを射抜くべきだと私の中の何かが言っている」
完全に不快なものを見る目になっている女性陣。
魔法陣を展開し始めるメディア、既に弓矢を用意しているアタランテ、そしてその後ろではポルクスがシャドーボクシングを始めていた。
……これ真面目にオリオン死ぬのでは?
そしてその殺意にも近いナニカを現在進行系で一身に受けるオリオンはそれにも動じない………事は無く、震えていた。それはもう小鳥のようにぶるぶると震えていた。
しかし彼は最後までぬいぐるみのフリを続けるつもりのようなので、一つ悪戯をしてみようとイアソンは考える。
目線で皆に耳を塞ぐように指示して、皆が耳を塞いだのを確認すると、自分はこの熊の耳元を口元に寄せ―――
「…ッスゥゥ―――あ"あ"あぁぁぁァぁァァァァぁァぁッッッ!!?」
「うぉぉぉぉッッ!?おいこらテメェッ!何いきなり人の耳元で叫んで―――…あ。」
「喋ったな」
「喋りましたね」
「ああ、喋ったな」
「喋ったわね」
―――鼓膜を破る程の勢いで叫べばほらこの通り。
熊(オリオン)は唐突に叫びだしたこの男に文句を言おうとするが、直後に自身の置かれた状況を思い出し、口を噤む。
「―――コレ、どうする?」
「……喋る熊は珍しいわね。今後の参考として分解するから貰っても良いかしら?」
「別に良いぞ」
「全っ然良くないよ!?」
そして処遇を勝手に話し合っていた二人に全身全霊のツッコミを入れる。まあ熊だから是非もないヨネ。
そして微妙な雰囲気になりかけるが、一人の女性の割り込みによってさらに混沌を極めるように。
「あぁ――――――!!」
「おい待て、こいつらは敵じゃな―――いや敵かもしれないけどちょっと待………ぷぎゅる!?」
「また浮気したの、ダーリン!?私と!言うものが!ありながら!―――もう我慢の限界です!さあ、お仕置きの時間よ!」
森の奥から現れた女性は、目にも止まらぬ速さでイアソンの腕からオリオンを掻っ攫うと、ブンブンとソレを振り回しながら凄い剣幕で怒鳴っている。
今すぐにでも特大の溜息を吐きたい気持ちを抑えながら、イアソンは目の前の二人?に尋ねる。
「―――お前ら、多分
「アルテミスでーす!こっちは私の恋人、オリオンよ。…ん?……って貴方、アタランテじゃない!」
笑みを浮かべながら真名を口にした直後、自身の信者の姿を確認して顔に喜色が表れるアルテミス。
しかし、言われた本人はきょとん、と首をかしげ目を白黒させながら問い返す。
「――ああ、すまない。今しがた絶対に有り得ない単語が聴こえてな。まさかアルテミス様が喚ばれているなんてそんな……」
何処か少し縋るように言うアタランテ。
でも哀しきかな、現実とは非常に残酷なものなのだ。
―――例えば、生前色々あってもなんやかんや信奉し続けた女神が
「ねぇねぇダーリン、アタランテが私のこと信じてくれないわ。どうしよう?」
「そりゃあそうだろ。俺だって正直あんまり認めたくないもん。」
「別にいいじゃない、純潔の女神だろうと誰かに恋して愛に生きたって。――ねぇ、貴方達もそう思わない?」
「黙秘権を行使します」
可哀想なアタランテ。紆余曲折あっても彼女が生前を通して信奉した相手は、全世界を見ても一、二を争う程の
これにはメディアやディオスクロイもアタランテに対して同情の念を抱かざるを得なかった。
「―――はは、やっぱり聴き間違いじゃなかった……」
「……まあ、やっぱりこうなるよな」
数千年越しに衝撃の事実を突きつけられたアタランテの膝は、しきりに震えて立っているのも限界だった。
白目を剥きながら額を手の甲で押さえ倒れる彼女の腰に、イアソンは手を回して彼女を抱きかかえる。
そしてイアソンに礼を言いながら、そのままの体勢でアタランテは呟く。
「……たとえあの時見捨てられかけても、何だかんだ生まれた時からの恩があったから信奉し続けたが―――いくらなんでもこれはあんまりじゃないか!?あの時だってこんなキャラじゃなかっただろう!?」
「うん、まあ……頑張れとしか言いようが無いな。うん」
かける言葉が見つからないとは正にこのこと。
せめてもの慰めになるかとイアソンは思い、彼女の頭を優しく撫で、アタランテは気持ちよさそうに目を細めた。
「キャー!二人共ラブラブね〜。ねぇねぇダーリン!私にもあれやって!」
「なあお前誰のせいでああなったかご存知?」
「えっと………わかんない」
「オイ」
だがこの女神は止まらない。喋れば喋るほど彼女のメンタルを粉々に破壊して行く存在、ソレが
やはりアタランテは泣いていい。
「生前の私の悩みは何だったんだ……もう嫌だ……あ、そうだ、これは夢だ。今は悪い夢を見ているだけで、起きたらきっとアルゴーの中で寝ているだけで……」
「残念ながら現実だぞ」
「―――うぅ……」
最早涙目状態の彼女は悲愴な面持ちで、身体中から深い哀愁が溢れていた。完全にメンタルブレイクされている。
寧ろショック死しなかっただけまだマシと言うべきか。
はあ……。と溜め息を吐きながら、イアソンはアルテミスの元へと近づく。
―――その額に青筋を浮かべて。
「アルテミス様、お伺いしたいことが……」
「ん?なにな――――――あ」
「私の名はイアソンと言うのですが、アルテミスサマ―――何か、心当たりは御座いませんか?」
「ヒィッ!?アルテミス、お前何したの!?マジで何やらかしたの!?」
イアソンの呼びかけにアルテミスとオリオンが振り返り―――瞬間、顔が真っ青に染まった。
そう。この男、何気にブチギレていたのだ。
顔は貼り付けたような満面の笑みで、普段は基本的に使わない敬語まで使っていて、この時点で既に不気味だが、追加で溢れ出る黒いオーラを隠しきれていない。
テュフォンさえも打ち倒したギリシャ神話最強の名に恥じない、純粋で強烈な凄まじい殺気を真っ向からぶつけられ、一人と一匹は背筋に氷を当てられたかのように身震いする。
オリオンが本来の姿ならば其処までビビりはしなかったのだろうが、今の彼は非力な熊だ。というかオリオンが殺気を向けられてるのはマジでとばっちり。
「えっと……やっぱり、あの時のこと怒ってる?」
「ん"ん?いやいや全然怒ってないですとも」
「怒ってる!それ絶対に怒ってる!あの時のパパが私達に怒ったときと同じ反応してるもん!」
「(いや待てよ、よく見たら怒ってるにしては全然瞳や表情からそういう感情が伝わって来ないんだが……)……というか気になったんだが、あの時って何?」
「―――何だオリオン、知らんのか?」
先程とは打って変わって、突然真顔になり、困惑したような目つきをするイアソン。
そしてイアソンの問いに首肯くオリオン。
それを聴いてイアソンは何処か合点がいった様な顔をする。
「あー……、俺等生前は噂程度に聞いただけで会ったことは無いから知らなくてもおかしくはないのか。―――オリオン、
「ああ、確かヤバい化け物と神やお前たちアルゴノーツが戦って―――ちょっと待て。なんか俺すげぇ嫌な予想が頭をよぎったんだけど」
「多分そのまさかだぞ。簡潔に纏めると―――」
そしてイアソンは簡潔に当時の事をオリオンに語る。
巨人たちに圧勝したこと。
その後にヤベー怪物が出てきたこと。
それにビビったゼウス以外の神が逃げ出したこと。
そしてソレと自分が戦って―――最終的に死んだ事。
その全てを聴いたオリオンは周りのアルゴノーツのトラウマが刺激されて悲痛な表情をしているのを横目で見つつ、ぬいぐるみながらも険しい顔をして数秒の間沈黙する。
そして満を持して口を開いた。
「取り敢えずソレはアルテミスが悪い」
「嘘ぉ!?」
「当たり前だわ!――本来は神が頑張らなきゃいけない所でさぁ!見捨てられて?挙げ句の果てには死んで?むしろ今報復で殺されないことに感謝すべきだろ!?」
珍しく結構荒っぽい言葉遣いでアルテミスに怒鳴るオリオン。彼に言われたのがよっぽど堪えたのかすっかり気落ちした表情になるアルテミス。
そしてこの若干重い空気の中イアソンが口を開いた。
「あ、誤解してるかもしれんが別に俺はアルテミスに対して怒ってる訳じゃないぞ?」
「え、違うの?」
「他の神々に対してもだが、怒ってるというよりは反省してくれ、って感じだな。別にアルテミス一人の有無であの結果が変わったとは思わんしな……後、これ以上アタランテのメンタルをブレイクするのはやめて差し上げろ」
そう、落ち着いた表情で諭すようにイアソンは説明する。
この説得は案外アルテミスにも響いたようで、彼女の顎が胸につくほど項垂れる。
「はい……ごめんなさい」
「―――まあ、お咎め無しって訳にもいかないからそれ相応の罰は受けて貰うがなァ?」
「嘘おん……助けてダーリン」
「いや俺熊だから。どうしようもないから。……多分そこまでの事はされんだろうし大人しく罰を受けとけ」
ニヤリと冷笑を口に浮かべるイアソンを見て恐怖を覚えたアルテミスはオリオンに助けを求めるが、一蹴される。
「―――!よし、丁度良い案を思いついた。お前ら、アルゴーに戻るぞ」
「え、ええ、そうね……」
◆◆◆
「よし、視界も良好だし戦力もまあ……一応増えた。後は星見の奴等に合流するだけだな……」
そう船首に立ちながら上機嫌で言うイアソン。
あれからオリオン(アルテミス)を加えた一行は再び出航し、メディアの探知に頼りながらも航海を続けていた。
「いや、それは良いのだが、アレはこのままで良いのか…?正直、かなり複雑なのだが…」
「何処かの金ピカな王様もやってたしヘーキヘーキ」
複雑そうな顔をしたアタランテの問いを一蹴する。
彼女の考えも尤もだった。
何故なら彼女の見つめる先には―――正座するアルテミスの姿があったから。
「もー!板は重いし足が痺れる〜!ねぇこれ何時までやるの〜?」
「船長がいうにはカルデアって奴らと会うまでだってよ。……何でも世界を救う連中だとか」
オリオンと会話をしているアルテミスの姿は―――アレだった。なんというかもうアレだった。
何故なら正座して『私は駄目な女神です』と書かれた板を持たされていたから。シュール過ぎる。
流石にアタランテも複雑な気持ちになる訳だ。
「アルテミス様の所へ行ってくる……」
「大丈夫か?」
「ああ、何というかもう汝が色々やったせいで若干あのポンコツへの耐性がついたのかもしれん……」
そう言って少し彼女のことを心配する表情でアルテミスの元へとアタランテは向かう。
……あそこまで打ちのめされても、信徒でいられるのは素直に凄いのではなかろうか。
そんな事を思っていると、入れ違いでオリオンがやって来る。彼はイアソンの肩に登ると何処か哀愁漂わせる表情でこう言った。
「あの双子から聞いたんだけどよ……お前も女神から祝福受けてんだろ?……しかも三柱から」
「ああ……」
それを聴くとイアソンも穴にでも入りたそうにうな垂れて肩を落とす。お互いに女神には良い思い出があんまり無いのだ。
オリオンにとってのアルテミスは例外だが。
「お前はまだマシだろ……あんなにどストレートな好意を向けられてんだから。……末永く爆発しとけ」
「愛がとんでもなくグラビティなんだよなぁ……。てかお前にだけは言われたくない」
そう言って二人は何処か情けない声で、はぁ。と溜め息を吐いた。
カルデアとの会合まで本当は書く予定だったんですが、きりが良かったので投稿しました。
ちなみにオリオンの二人とイアソンが対談してる間、アルゴノーツの皆はイアソンの死ぬときの話で傷を抉られてメンタルブレイク仕掛けてましたが是非もないヨネ。
次は……
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バビロニア
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