武装神姫 battle Master's 輪舞極戦譚   作:鳴神 青審

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プロローグ 〖落武者〗

「勝負あり!」

 

勝敗は決した、と審判は黒旗を上げて万民に告げる。晩秋に開かれた日の本最強を決める剣の大会その決勝にて、槇斗は惜しくも敗北した。

 

対戦相手と一礼を交わすまでの間、槇斗は初めて舐めた辛酸に酔う。無駄に広く感じて仕方がない館の天井一杯に広がる電光。あの瞬間人工物の放っていた紛い物の光、あの瞬間だけはどうしてか愚劣な我が身を知らしめる為に自身を眩く照らす太陽なのかと見紛った。

 

己の価値を示せる最後の機会であった戦場の記憶はそんな比喩を最後に途絶えていた。意識が飛んでいた訳ではない。只槇斗はその後に何の興味も抱かなかったのだ。

 

クラスメート、妹、道場の仲間から健闘を讃えられたかもしれない。大会の大元から準優勝の表彰を得たかもしれない。父親から軽視され、捨てられたかもしれない。

 

だがその全ては槇斗にとって無価値だった。実際に身に起こったことである事を或いはで完結させられる程槇斗の心は空虚に成り果て、常日頃手の平に馴染ませてきた竹刀を落とした事を最後に、ついぞ握る事はなくなった。

 

その後は何処にでも居る高校生として振る舞い、特別なことなど何もない普遍の生活を送った。槇斗は竹刀を捨てた嘗ての日を境に道場には立っていない。

 

そのまま悪戯に時は流れ、槇斗は高校最後の一年の始まりを告げる春を迎えた。

 

始業式を終え、教室も入れ替え、新しい学びの姿勢を整えての最初の登校日、早朝から台所に立って朝食と弁当を忙しく作る中、高校二年生へと昇進した妹の咲樹が廊下から顔を覗かせる。

 

「おはようございます兄さん。」

 

「ん、毎度毎度よく此処にわざわざ顔を出しに来るな。早起きしすぎるのも体に毒だぞ。」

 

完成した卵焼きを詰め込み、弁当に蓋をしながら妹と朝礼を交わす。

 

「その分早く寝てますから大丈夫ですよ。兄さんこそ、毎度此処から学校までなんて、面倒臭く思わないのですか?」

 

山中にひっそりと聳える詫び錆びを感じさせる道場。森に囲まれる様に建つ年季の入った木造建築物の更に奥に、道場に通う学び子の為の寮舎が聳えている。

 

この時咲樹と槇斗が居るのは代々槇斗達の家系が継いできた道場の寮舎であり、これから彼等は山を下って町中の学校へと向かわねばならない。

 

勿論山道は登り下り共に過酷なものであり、町中に入ったとしてもそこから学校までの道のりもかなりの距離がある。三キロを越える登校ルートを完歩してクラスの朝礼に間に合わせるには、嫌でもかなりの早起きが求められるのだ。

 

槇斗の家自体は町中の一郭にあるため、実家で生活すれば咲樹の言う通り面倒ではなくなるのだが、槇斗は仲違いしている父親とは顔すら合わせたくなく、只父親を避けるだけの隠れ蓑として寮舎で寝泊まりをしている。

 

「面倒だが、仕方無いだろう。俺も親父も、お互いのことが嫌いなんだからな。」

 

「全く、いつまでそうしておるつもりなんじゃか。」

 

突如顕著な声質かつ独特な口調の声が若干曇り気味でありながら槇斗に容赦なくダメ出しを浴びせる。その声は咲樹の鞄の中から発せられ、声の主は直後に鞄の蓋の僅かな隙間から顔を覗かせた。

 

「本当に面倒臭いのぉ、一度真っ向から言い合ってお互いスッキリさせれば良かろうに。」

 

年配の様な物言いをしてくる全長十五センチのそれは神姫と呼ばれるオートマタであり、今世子供からお年寄りまで幅広く人間社会に溶け込んでいるホビー商品である。

 

人間のパートナーというコンセプトで開発されたものであるため外見の他搭載されたAIも限りなく人間に近く、基本は咲樹の神姫のように何の憂いもなく気軽に人に接してくる個体が多い。

 

それ故に人間からしてもとても馴染みやすく、様々な形のパートナーとしての関係を築いていけるものだ。

 

「あ!こら天城、何で付いてきたの!?」

 

「そんなもの主の兄君にガツンと言いたいからに決まっておろう。主がやらぬから、仕方無く妾が直々に物申してやったまでじゃ。」

 

「余計なことはしないで。大体、これからどうするの?学校に神姫の持ち込みは禁止されてるし、かと言って家まで戻ってる余裕なんて無いよ?」

 

「ほっほっほ、なら鞄の中で辛抱していれば良いだけではないか。」

 

咲樹のパートナーである神姫、ミズキ型の天城は自信あり気に言明する。

 

「「…………無理だな(だね)。」」

 

しかし咲樹と槇斗はこれまで天城と付き合ってきた過去を考慮してそんな堪え性が天城には無いと容易く結論付ける。

 

「んなっ?!御主ら二人して断言するか!そんなに妾は節操無い様に見えるか!?」

 

「あぁ、割りと餓鬼っぽい所あるぞ。」

 

「少しでも目を離すと何するか分かりませんからね。」

 

「ぐぬぬ……。」

 

天城は二人に弄られると頬を膨らませて不服そうにそっぽを向いてしまう。

 

そんな身内での談笑に浸っている間に時計は回り、気付いた時にはもうこの場から発たねばならない時刻となっていた。

 

槇斗は忙しく荷物を纏めて鞄を持ち、玄関へ足を伸ばす。

 

「兄さん。」

 

急いでいる最中に、槇斗は玄関口で咲樹に呼び止められる。

 

「……剣道、また始めませんか?私もですが皆も戻ってきて欲しいって何時も溢しています。」

 

普段とにかく天真爛漫な咲樹であるが、この時の顔だけは柄にもなく悲嘆なものだった。仲良くやっている兄妹であるだけに、どちらかが哀愁に染まるのは互いに胸を痛める。この時、槇斗もまた胸を痛めたが、それでも妹の期待に応えることはできなかった。

 

槇斗は妹の願いを踏みにじってでも竹刀を持ちたくなかったのだ。

 

「……悪い、俺はもう剣を握りたくはない。もう親父の言の葉に縛られたくないんだ。」

 

「私が父さんを説得してみせますから──」

 

「無理だ。確かに親父はお前にはかなりの期待を寄せている。お前の言葉になら多少は耳を傾けるかもしれない。だがお前はそれでも親父の剣幕には抗いきれない。親父もこれだけはお前に怒りを向けるだろう。」

 

「ですが……。」

 

「良いんだ。お前には悪いとは思うが、俺は清々したし、この数ヵ月の放浪も悪いと思わなかった。俺には特別なことなんて似合わなかったんだ。」

 

槇斗は踵を返して玄関の引き扉を開ける。

 

「でもお前は俺みたいになるなよ。だってお前には、俺と違って親父が認めるくらいの才能があるんだからな。」

 

微かに燻っていた未練を断ち切るように、咲樹には恵まれた人生を謳歌するように言い残し、槇斗は一足先にまた新たな生活が待っている学校へと歩み始めるのだった。

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