武装神姫 battle Master's 輪舞極戦譚 作:鳴神 青審
今年の日常は、実に穏やかであった。宿題、家事を独りでこなしながら寝食している槇斗は他の同学年の生徒と比べれば自由時間はかなり少ない。
剣道を辞めてから始めた御山の隠居染みた生活は大変苦労に耐えなかった。
昼間は学業、夕方はバイトでほんの僅かな社会勉強かつ小遣い稼ぎ。夜は宿題に明け暮れて夕食と風呂を済まして素早く就寝。
土日休みを迎えても、教員方が見越して用意した宿題や平日に溜まった洗濯物の片付けや道場の清掃をせねばならないので休息は雀の涙程。
大変としか言い様がなかった。が、気力旺盛な変わり者の少女、実奈に促されて迎えた新しい家族により、今では縁側で悠然と茶を啜る余裕ができている。
「ふぅ……。」
担っていた家事を片付け、春の程よい温風を浴びながら飲む緑茶は風情の良さも相まって一際心安らぐ。
「お口に合いましたか?」
稽古場から槇斗は茶の味を問われる。
「あぁ、濃さも丁度良いぞ。」
槇斗はあくまで緑を眺めながら、背後から歩み寄ってくる少女に返答する。
「それはようございました。粉骨砕身、日々修練してきた甲斐があったと言うものです。」
槇斗の感想に声質を上げてご満悦な様子を浮かべる少女は、槇斗の傍らに座す。
「なんだ、お前は何か飲まないのか?」
少女も数分前まで道場の清掃に従事していた。故に槇斗は少女が喉を乾かしているのではないかと予想したが、これは大きな勘違いである。
「必要ありませんよ、私は人間ではございませんから。」
そう、少女は槇斗の何倍も小さい、人を模したオートマタ、俗に言う神姫でしかなく、生命活動に水分が不要な体質なのだ。
「そうだったな、すまん。」
「そろそろ私の事を神姫として見ていただきたいものです。私としましては主にそのように勘違いされるのは嫌ではありませんが、人前でこの間違いは主の尊厳に傷を付けるだけです。」
フブキ型と呼称されている機種の神姫、鞍馬と名を与えられた槇斗の神姫は、主の間違いを細かく指摘する。
「端から俺は尊厳なんて微塵も持ち合わせていないんだが?」
「主がご勝手に思われているだけです。仮に無かったとしても、主は進んで辱しめを求める趣味はしておられないでしょう?」
「俺はドMではないからな。」
他愛もない会話を弾ませながら、昼時を過ごしていく。暫くして昼食を済ませてしまうと、思いの外やることが無く、有り余ってる暇を新鮮に感じながら、又も道場の縁側に座して呆ける。
「どうするか……。」
鞍馬が人間の家事に慣れてきて、教えるものも無くなった。ミスも無ければ質問攻めされることも無くなったので、安心して役割を任せられる。
良いことではあるが、午後から何もやることが無いと悩むようになると、鞍馬に留守番を任せて休日にもバイトを入れようかと思案する。
「昼寝でもして時間潰すか。」
週末にわざわざ山奥の寂れた道場に足を運ぶ人間は咲樹しか居ない。しかし当の咲樹は今日女友達と町へ遊びに出掛けており、日が落ちる頃にならないと帰って来はしない。
他に誰か来る予定もないので、安心して夢に着く事ができる、筈であった。
目の前に広がる草木の一部が激しく揺れ動くまでは。
感覚が野生の獣の如く鋭利に磨かれた結果の異様な警戒心と直感を頼りに立ち上がり、見据えながら一歩下がる。
手元に獲物はない。今迫っている何かが久しく見なかった獣、獰猛な熊だったりした場合完全に狩られる側に位置する。
鞍馬はこの場には居ないし喚べない、何故なら鞍馬はクレイドルで充電しながらスリープモードに移行しているからだ。
何処から目を通しているのか分からないのだが、まず槇斗は捉えられてると見て良いだろう。故に確かに蠢いている何かから視線を外さず、一歩、また一歩足を退く。
最中に草花の揺れは近付き、ざわめきは勢いを増していく。微かに混じっている息の音は断続的で力強い。
「野犬か……?」
槇斗はそう推察するが、朧気に見え始めた影はどう見ても野犬とは言えない程に巨大であった。しかし、熊にしても輪郭が細過ぎる。
この森林で育ってきたと言っても過言ではない槇斗の知識の中に、該当する野生動物はない。
だが影が森林を抜けた事により、正体が陽光により顕になった。
「や、やっと抜けた……。」
息を切らしながら出てきたのは人間の女性、しかも槇斗の知己であった。
「春坂 実奈……?」
槇斗は流石に唖然とした。それも致し方ない、大自然の中から盛装した女の子が現れる等、誰が予想できようか。
「え?あんたが居るってことは……。」
実奈は息を整えてから辺りを一望する。
「此処があんたの家?」
「家じゃなくて道場だ。」
住み着いているだけだと訂正する。だが実奈にとっては些細な違いでしかないであろう。
「てことは着いたのね……。」
実奈は安堵したかのように深く息を吐く。そして前屈みから背筋を伸ばして立ち直ると、猫が獲物を見詰めるみたいな鋭い目を槇斗に向けながら歩み寄る。
「ちょっと、どういう事なのか洗いざらい聞かせて貰うわよ。」
「はぁ?どういう事って、何の事だ?」
実奈が問い質そうとしている内容が全く見えない槇斗は困惑する。
「惚けないでよ!あんた私があれだけメッセージ送ったのに全部無視したじゃない!」
「メッセージ?」
「携帯のメール!来てないなんて言わせないわよ!」
「……あぁ、そういうことか。」
槇斗は実奈の言いたい事を漸く理解し、ズボンのポケットから常備品の携帯端末を取り出した。
起動してSNSアプリを開いてみると、春坂 実奈の名前で作られているトークルームに50件を越えるメッセージが来てる通知が表示される。
トークルームを開いてみると、メッセージが怒涛の勢いで流れていく。遡ってみると一番古い未読のもので鞍馬を買いに行った翌日の神姫バトルの御誘い、そこから今日はどうか?明日はどうか?と一日一回は必ずの神姫バトルの御誘いメッセージが此処一ヶ月絶え間無く続いていた。
「お前こんなに送ってきてたのか。」
「えぇ、そんなに送っても今まで既読付かなかったんだけどね。」
「悪かったな。」
そうそう携帯端末に頼る事がない故に起きた弊害である為、槇斗は潔く謝罪する。
次に槇斗は実奈に視線を送る。木の枝や葉っぱで顔や腕、足を軽く裂いている。血が滲む程度の浅いものだが、正面から見ただけでも結構な数があり、痛々しいと思わせる。
「それにしたって、森を突き抜けるのは愚行が過ぎる。山の入り口に整備された道があるというのに、何故そこを通って来なかったんだ?」
今世こそ知る人は少ないが、山の中に人間の建てた建造物がある場合、大抵はその建造物まで通ずる道、山道が敷かれているものである。
それは槇斗の家、秋守家の管理する道場にも当然存在する。地元では割りと有名で、客足がまだ結構あるからである。
「途中まではそうしたんだけど変にぐにゃぐにゃしたりしててもどかしかったんだもん。真っ直ぐ突っ切った方が速いかなって思って森に入ってみたわ。」
「……で?その結果どれくらい掛けて此処に着いた?」
「んっと……一時間くらいね。」
「…………大人しく山道に従っていれば三十分掛かるか掛からないかだぞ。」
実奈は猪突猛進と言う熟語がお似合いの単純な女の子であった。
直線距離がいくら森を突き抜けた方が短くても、整備された道と道すらない自然の深淵とでは勝手が違う。
更には羊腸小径は決して適当に敷かれているものではない。山の地形と往来する人に対しての利便性を考慮して作られた道であり、一本道の場合即ちその山での最善の道筋である事が殆どだ。
「え?!嘘でしょ?!」
実奈は驚愕する他なかった。確かに、自身の中で最善と考えての所行が全く以て無駄極まった事だと突き付けられれば否定したくもなるだろう。
だが、この山中では槇斗が賢人だ。長年この山に入り浸っている身は伊達ではないのだ。
槇斗は呆れながらも実奈の手を引いて道場の縁側に招いた。
山道は確かに人が通りやすいようにある程度整備された通路である。しかしあくまで一定の幅の草木を刈り取っただけに過ぎないものもあり、この山のはまさにその類い。
槇斗、咲樹、他数名の門弟は度々体力作りとして山道でランニングを行う事が有る。決して平坦ではないでこぼこの坂道、不慣れな者だったり、又は慣れていても油断していたりすると、転倒して怪我をする事も少なくなかった。
そんな事態にも臨機応変に対応できるようにと、道場や離れの寮には、常に多種多様な医薬品や医療品が備え付けられている。
槇斗は丁度良く充電を終えた頃であった鞍馬を起こし、消毒液と絆創膏を持たせて実奈の所へ向かわせた。
重傷を負っているわけではないので、実奈自身と手伝いとして鞍馬に任せる事にする。
その間に、槇斗は自室で部屋着から外着へと着替える。薄茶色のデニムパンツを履き、黒のロンTに黒のジャケットを纏う。お洒落に興味がない槇斗の基本セットであり、咲樹からは不良みたいだと厳しい評価を貰ったコーデである。
だが他人の目は特に気にならない槇斗はこの姿で実奈の元へ戻る。
実奈の周りで二体の神姫がそれぞれ絆創膏を持って傷口に迫り、当の本人は服や髪に付着した木葉等を取り払っている風景を目に入れると、まだ応急処置は終わってないと分かる。
「どうだ鞍馬?まだ掛かりそうか?」
「いえ、ここと後は狛さんが実奈さんに一枚貼れば終わりです。」
「狛?」
聞かぬ名を出されたがこの場に居る人物は槇斗と実奈と鞍馬ともう一体だけ。
槇斗が唯一不明の神姫に目を配ると、認識した神姫は空中で会釈を返した。
「御挨拶が遅れましたね、申し訳ありません。私はフロントライン社製アーンヴァルMk.2・テンペスタ型神姫の狛と申します。以後、お見知り置きを。」
「テンペスタ?」
初めて聞く単語に首をかしげる槇斗。
「失礼ですが、アーンヴァルMk.2型はご存知ですか?」
「あぁ、流石にな、神姫の看板として幾度も広告に出ていたし。」
「そうですね、ご存知なら話は早いです。簡易的に説明しますと、私アーンヴァルMk.2・テンペスタは単なる色違いの個体でしかありません。一部武装も違いますが、其方は神姫バトルで相対しない限り気にする必要はありません。」
槇斗はそうか、と納得しながらまじまじと狛を観察する。
「黒っぽいアーンヴァルMk.2型なんて初めて見るな。」
「当然よ、まだ一般販売されてないから。」
実奈が髪に付着した葉っぱを取りながら応える。
「?どういう事だ?」
「私はフロントライン社が少し前に行ったイベントの景品だったのです。」
主の代わりにと狛が端的に説明する。フロントライン社は長年安定の人気の高さを保持しているアーンヴァルMk.2型の新型を作る事で更なる利益を得ようと試みた。その結果完成したのがテンペスタ型であり、狛は最初の個体であったのだ。
「で、運良くお前は狛を迎えた、と。」
「日頃の行いの良さを神様が認めての褒美ね!」
「…………。」
誇らしげに得意顔を浮かべる実奈と対に、槇斗は腕に止まったが最期となる蚊に向けるような眼差しで実奈を見詰めた。
談話を挟んだのでだいぶ時間を取ったが、治療が済んだ実奈の体調が悪化する事はなかったので、槇斗は実奈を安全に送り返す意味も含めて町に赴かんと道場から出発した。
午後二時を過ぎた頃に町に入る。常人からしたらかなりの移動距離である故に、槇斗は時たま心配して実奈の様子を横目で確認していたが、意外にも涼しい顔を保ったままであった。
「お前、此処まで平気なのか?」
「何急に?」
「一時間以上歩きっぱなしで辛くないのか?と思っただけだ。」
「あら、そんなに脆弱そうに見られてたなんて心外ね。私は常日頃剣の修行と体力作りに勤しんでいるからこの程度で息なんか切らさないわよ。」
「そうか。」
槇斗自身忘れかけていたが、実奈は真剣勝負で槇斗を下したまごうことなき実力者、故に華奢に見えても槇斗と張り合える体力は備わっているのだ。
勿論、こんなことでは二人の体力勝負にはならない。やるのであればそれこそ再び剣道での立ち会いとなるが、槇斗の意志からそれは叶わない。二人からすれば、最早どうでも良い事と流す他ない。
槇斗からすれば一ヶ月ぶりであったゲームセンターにそのまま何事もなく到着。入店して二人が向かったのは当然の如く神姫バトルコーナーであり、休日の昼間であるからか既に大盛況であった。
「それじゃあまずはカウンターで手続きしましょうか。」
「対戦の順番決めとかのか?」
「それもそうだけど、神姫バトル初めてでしょ?プロフィールを登録して、正式なバトラーになる為の手続きもしないと。」
実奈に引導され、あれやこれやと説明を耳に入れながらプロフィール設定とエントリーシート記入を済ませる。
「ただの娯楽の筈だよな?なんでこんなに面倒極まりないんだ?」
槇斗の正式バトラー登録が滞りなく完了し、鞍馬と共にアセンブルしながら先駆者である実奈と狛に問う。
「その娯楽にも最低限のマナーがあって、それを平然と破ってコンテンツを掻き乱すならず者が居るからよ。」
「武装神姫と言うコンテンツに傷を付けないようにとの措置の一つです。レギュレーション違反の武器やソフトを使用できないように、近年はこの措置が全国で坦々と行われています。」
「それもこれも去年の事件のせいよね。」
「あぁ、ミミックとか言う神姫の襲撃事件か。確か、プロメテウス・エレクトロニクス社の社長の陰謀だったとか何とかの。」
「そ、あれのせいで神姫は人殺しの兵器にも有効的だって実証されちゃったからね、しかも世界的に。」
実奈は分かりやすく怒気を纏いながら文句を吐き捨てていく。実奈が憤怒する去年に起こった神姫を用いての大事件、それは武装神姫が世間から厳かに注視されるようになったきっかけとなったものである。
プロメテウス・エレクトロニクス社の社長、大国貴久、改名前の本名であれば、奥方 邦夫と呼ばれていた男が引き起こした神姫による大量殺人事件。
自身と相方の開発者の研究成果を同僚から否定された事を恨んでの犯行であり、固い絆で結ばれた勇敢な神姫とそのマスター達が奥方の更なる陰謀を阻止したと報道されたものであるが、一度示された殺人の恐怖が神姫と人間の絆だけで拭える筈もない。
あの騒動が流行っていた頃、それこそ神姫は人の世から排するべき物だと、其処らじゅうの民衆が抗議したものであった。
槇斗は神姫を持っていなかったので疎まれず、遠方で起こった事件故に無縁と判断してニュースで一目見て流していたのだが、咲樹は槇斗とは違った。
咲樹は中学二年の頃から天城を侍らせていた為、咲樹は己が神姫オーナーだと分かる悪党によく蔑まれていた。
庇い、励ますのが大変であった。だが槇斗はその悶着があったからこそ神姫を見る目を変えられた。どれだけ苛められようとも頑なに天城を手放そうとせず、天城も槇斗にすがりながらも咲樹を守ろうと声を上げ続けた。苦悶に苛まれながらも助け合った二人を見守ってきた槇斗は、咲樹と天城が単純な人と物の関係ではない、真に尊重されなければならないバディなのだと気付けたのだ。
過去を振り返って懐かしんでいる間に、アナウンスが槇斗と鞍馬、対戦ペアを呼び出す。
「お、あんたの出番早いわね、しっかりやりなさいよ!」
「初神姫バトル、健闘を祈ります。」
「応、気楽にやってくるさ。」
実奈と狛の激励を受け取り、受付カウンターの端で武装を身に付けている鞍馬を迎えに行く。
「鞍馬、行けるか?」
「はい、只今着替え終わりました、何時でも行けます。」
「ん、じゃあ行くか。」
「はっ。」
鞍馬を肩に乗せ、槇斗は新たな戦場へ足を踏み入れる。鞍馬の目を借りて見渡す小さい、されど広大な仮想空間に、槇斗は瞬く間に感銘を受ける。