マワルセカイ   作:夏春冬秋

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マワルセカイ

 どうやらこのセカイはループしているらしい。

 そう気づいたのは、3回目の高校2年生の春を迎えた時だった。

 

 1回目の冬、もう3年生かなんて思いながら受験勉強をした。

 2回目の春、張り出されたクラス表のメンツが2年生の時と変わらないことに気づいた。

 2回目の夏、自分の所属しているクラスが2-Bのままだと気づいた。

 2回目の秋、カレンダーの“年”だけが変わっていないことに気づいた。

 2回目の冬、卒業式がないことに気づいた。

 

 そして3回目の春、ようやく私はセカイがループしていることを確信した。

 

 

 

 宮益坂女学園、屋上。

 

「サザエさん時空、ってやつなのかな……」

 

 夕陽の射し込むその場所で、体育館からパクったパイプ椅子に腰掛けた私は、年数はそのままに日数と曜日の組み合わせが変わったカレンダーを眺めて呟いた。

 毎年行きつけの本屋で買う、その書店オリジナルのカレンダーは、1年生の時に書き込んだ予定が曜日はそのままに違う日付に記載されている。

 

「デジャビュ……にしては説明つかないレベルで記憶と現実が一致してるんだよねぇ……」

 

 例えば、今年入学したことになっている(・・・・・・・・)1年生のクラス分けとか──全員を正確に覚えているわけじゃないけど少なくとも顔と名前を覚えている子達は──去年と全く一緒だったし。

 

「そのくせ、世間はごく当たり前みたいに進んでるし」

 

 例えば、私が2回目の夏を過ごしていた時に出版された小説は、この春にまた出版されている。当然、夏に出版されたものの続きだ。

 

「うーん……まあ、受け入れるしかないかなぁ……」

 

 こうも世間が当たり前のように進んでいると、まるで自分が間違っているような気もしてくる。

 仮に私が「3回目の高校2年生なんです!」なんて言ったところで病院に連れてかれるだけだ。

 

「さて、それじゃあこの現状を受け入れるとして、この先どうするかってとこだよね」

 

 ぐっ、と背伸びをしながら立ち上がる。

 眩しい夕日に目を細めながら、私はカレンダーを仕舞ったリュックを持ち上げた。

 

「──うん、まずはこのセカイの“ルール”を確認しないと、ね」

 

 持ち上げたリュックは、中身のスカスカ具合に反して、私の気持ちを現すようにずっしりと重かった。

 

 

 

 

 

 9月になった。──正確には、9月末だけど。

 色々試した結果、このセカイは実に面倒くさいシステムで成り立っていると言うことがわかった。

 

 例えば、去年あった出来事を友人に話したとする。

 その出来事は去年、つまり2回目の高校2年生時に起こった出来事で、その友人と共通の思い出だ。

 

「そういえばさ、プチ旅行で海行った時にクラゲが大量発生してたの覚えてる?」

「あー、覚えてる覚えてる! せっかくの夏休みだってのに、あれは最悪だったよね」

 

 2回目の夏、一昨年、つまり1回目の夏と同じ宿題が出ていることに気づいた私は1週間で全ての課題を終わらせ、課題を教えてと泣きつく友人たちの奢りで勉強合宿ついでに海へと繰り出した。

 しかし、海水浴場は前日の大シケで流れ着いた大量のクラゲで埋め尽くされており、私たちは泣く泣く課題だけ終わらせて帰宅することになったのである。

 

 ──なお、この話をしている時は6月で、かつ今話している彼女は高校1年生冬に転校してきた子であり、当然の事ながら彼女は私と夏休みを過ごせるわけないのだが。

 

「ねえ、それっていつの事だったっけ?」

「え? 何?」

「ん? いや、いつの事だったかなって」

「え? 何?」

「──……転校してきたの、去年の冬だよね」

「うん、そうだよ?」

「じゃあ、夏休みっていつの話?」

「え? 何?」

「ヒェッ」

 

 ホラーである。バグったNPCである。やぶ蛇である。

 

 都合の悪い質問をすると、みんな一様に虚ろな瞳で同じ言葉を繰り返し始めるのだ。

 しかもあんまり長いこと同じ質問をし続けると、ついにはその時の出来事がなかったとこにされる。質問した相手だけでなく、それに関わる全ての人の記憶から。

 言ってしまえば、このセカイのある種の“防衛機能”なのだろうか。実に厄介であるが、“去年”や“1年前”のように具体的な言葉を出さなければ特に問題なく会話は可能なため、ある程度気をつけていれば問題は無さそうだ。

 

 ──ちなみに。

 私はこれを逆手に取り、彼女に対し夏休み中に起こった私の恥ずかしい出来事を繰り返し質問し続けることで、黒歴史を消去することに成功した。

 みんなの記憶を操作するようで心苦しいが、背に腹はかえられないのである。“ハチミツ濡れ濡れバタートースト大砲発射事件”は私の人生最大の汚点なのだ。

 ──閑話休題。

 

 

 

 さて、ルールの確認はだいたい終わった。

 色々と細かいことはあるけれど、大前提として過去の矛盾を引き起こさなければあまり制約は無さそうだ。

 

 ルールの確認が終わったら、次はどうするか。

 それはループの脱出方法の模索である。

 

「こんにちは、花里さん。今日も精が出るね」

「あ! 春夏秋冬(ひととせ)先輩、こんにちは!」

 

 彼女は花里みのりさん。

 とっても可愛い──顔面偏差値バカ高いこの女子高の中でもTOP10に入るレベルで可愛い、私の後輩である。

 

 彼女はほぼ毎日、よく私が寛いでいた屋上でダンスの練習をしている。

 なので当然の事ながら顔見知りであるし、彼女から時たま相談される程度には良好な関係を気づいているわけだ。

 “ハチミツ濡れ濡れバタートースト大砲発射事件”以来、顔を合わせる度に思い出し笑いを堪えた笑みで挨拶をされていたが、黒歴史のクリーンナップに成功した私は無事彼女の“頼れる先輩”ポジションを取り戻せたようだ。

 こればっかりはこのセカイに感謝したいところだ。

 

「──あれ、今日はどうしたの? 何かあった?」

「! き、聞いてくれますか!?」

 

 ふと、その彼女がいつもと様子が違うことに気づいて声をかける。すると、花里さんが勢いよく私の両肩を掴んで顔を近づけてきた。

 うわお。顔がいい。

 

「あー、うん。もしかしてその話、長くなる?」

「長くなります! とっても!」

「……じゃ、私の行きつけのカフェ行こっか」

 

 勢い良すぎて5センチもないレベルで近づいてきた花里さんとの間に手を差し込んで、むぎゅっと声を上げる彼女をおしのけた。

 

 

 

 

 

「──へぇ、推しアイドルが引退して同級生にねえ」

「そうなんです!」

「30分ノンストップで話された話の内容が一文で説明出来ちゃったよ」

 

 行きつけのカフェ──“WEEKEND GARAGE”に到着して席に着くなり、注文もせずに語り出すものだから先輩は大いに戸惑った。ついでに注文を取りに来ようとしたマスターも戸惑っていた。

 とりあえずカフェオレを2つ、ハンドサインで注文したけど、その間も花里さんはノンストップで喋り続けていた。

 

「それにしても意外だなぁ。あれだけ人気だった桐谷遥さんが、まさか引退しちゃうなんて」

 

 ズズ、とカフェオレを啜りながら呟くと、花里さんは推しが引退した現実と推しが同級生になった現実によって板挟みになって百面相を開始した。

 

 ──ま、引退は昨日(・・)の時点で知ってたんだけど。

 むしろ引退を知ったから、態々彼女をこうしてカフェに連れ込んだまである。

 

 ……そう、昨日知ったのだ。私が。同じ年を2度繰り返した、この私が。

 仮に私が桐谷遥というアイドルに全く興味がなかったのなら、その話はこれでおしまいだ。人間、万事を観測できる訳でもなし、私はワイドショーあんまり見ない派だからさもありなん、という感じになるが。

 

 だが、私は対面に座るドルオタ美少女──花里みのりと親密な関係である。そして彼女は重度のドルオタであり、また桐谷遥の大大大ファンである。

 その彼女が桐谷遥の引退という事件を“去年”のうちに認識しないわけがなく、認識して何かしらのアクションを起こした彼女に私が欠片も気づかないわけもない。

 つまり、“桐谷遥の引退は今年初めて起こった(・・・・・・・・・)出来事”であるということ。

 

 日常生活する上で耳にしない人はいないレベルの人気アイドルの引退。

 そのアイドルを“推し(目標)”にしていた、アイドルの卵の美少女。

 

 

 ──これで物語始まらなかったら嘘でしょ。

 

 

 さて。話を戻そう。

 このループするセカイから脱出する方法の模索、という所まで。

 

 時代が進みながらも登場人物の年齢は変わらない、このループするセカイ、つまりサザエさん時空に置いて時間が進む要因はなにか。

 

 それはズバリ、“物語の完結”である。

 

 例えばそれは、名探偵コナンが名探偵工藤新一へと戻る時。

 例えばそれは、しんちゃんがしんのすけさんになる時。

 例えばそれは、のび太が大人になってしずかちゃんと結婚する時。

 

 かつて私はそれらの完結を見たことは無いが、仮にサザエさん時空の作品が完結を迎える時が来るのであれば、その結末は総じて登場人物の年齢的な成長を伴う──はずである。知らんけど。

 

 ……そう、全部仮説だ。

 このセカイにおいてちっぽけな存在である私にとっては、のんな突拍子もなく不明瞭な仮説に縋る程度のことしか出来ない。

 けれど私は、たった2年とはいえ同じ年を繰り返した私は、目の前の明確な変化に縋りたくなってしまうのだ。

 

 

 

 

「──先輩? どうしたんですか?」

「ん? んーん、なんでもないよ。ちょっと小腹空いたなって」

 

 百面相が面白くてじっと見つめすぎていたのか、花里さんがこてんと首を傾げながら心配そうに聞いてきた。とっても可愛い。

 誤魔化すようにして花里さんの背後のポップを指さす。最近試験的にメニューに追加されたパンケーキらしい。

 

「マスター、あのパンケーキ2つ頂戴?」

「え? あ、あの私、あんまりお金もってなくてっ」

「いいのいいの、先輩の奢り」

 

 戸惑う花里さんを制し、カフェオレを啜る。

 

「これでも私、お金持ちだからね」

「──あ、そっか。そういえば春夏秋冬先輩、作家さんでしたね」

「そ。って言っても、絵本作家だけどね」

 

 父は小説家。母は水彩画家。

 二人の娘として生まれた私は、小学生でデビューした絵本作家である。

 デビュー当時はそれぞれの業界の有名人の娘とあって話題になったけれど、それ以上に私の絵本は評価されたらしい。つい先月出した絵本も、10万部ほど売れたらしい。

 

「私、小さい頃に読んだことあるんですけど、本当に凄かったです! こう、なんというか、まるで絵本のセカイに引き込まれるみたいな!」

「あはは、ありがとありがと。先輩をおだてるのが得意だねぇ、花里さんは。よし、──マスター! パンケーキにトッピングでクリーム追加で!」

「えっ! あ、ああああのっ、そんなつもりで言ったんじゃなくてっ」

 

 今度はあわあわと手を振り始めた花里さんに、私はいいのいいのと笑いかけた。

 私がループから抜け出すために、貴女に近寄っただけなのだから、これくらいはさせて欲しいのだ。さながら「どしたん? 話聞こか?」なんて近寄るナンパ男みたいに、なんてね。

 

 

 

 

 

 翌日、少し時間を開けてから屋上に向かうと、錚々たる顔ぶれが集っていた。

 

「うひゃあ、アイドルが3人も」

 

 ちょっぴり開いた屋上の扉から覗いた先では、花里さんがこの学校のアイドルビックスリーに囲まれている。

 1人は、先日引退が発表されたばかりの桐谷遥。

 1人は、現役アイドルの日野森雫。

 1人は、元バラエティアイドルの桃井愛莉。

 

「……うん、私の後輩、あのメンツの中でも見劣りしてないな」

 

 当然の事ながらこの3人、アイドルの名に恥じないどころかアイドルという言葉が霞むくらいに顔面偏差値がオーバーラップしているのだが、その中にあっても花里さんの顔の良さは全く負けていなかった。

 私があの中に混じると顔がボヤけて背景になるけれど、花里さんはピントがあっている。流石だ。

 

「ちょっと揉めてる様子だけど、まあ大丈夫かな……」

 

 見た感じ、険悪ではあるけれど一触即発という感じではなさそうだ。桃井さんがめちゃくちゃ喧嘩腰だけど、私と話す時あの子だいたいあの感じだから多分大丈夫。……大丈夫だよね?

 ま、まあ日野森さんも居るし。天然入ってるけど包容力の化け物だし、あの子。何度バブみを感じてオギャリかけたか。なんならちょっと前に修羅場ってた時抱擁からのなでなでコンボ食らって「オg」まで言った。

 桐谷さん……は全然話したことないけど、悪い人ではないと思う。多分。きっと。メイビー。

 

「……さて、今日はもう帰ろうかな。順調に進んでるみたいだし」

 

 色々と観察しているうちに話が纏まってきているらしいので、そろそろ退散した方がいいだろう。このセカイがどんな物語を綴るのか興味はあるが、あまり私が深入りするのも良くないだろうし──

 

 

 ガタッ ガランガラガラッ ガゴッ ボーン

 

 

「────ええ?」

 

 退散しようと右足を引いたところ。

 たまたまそこにあった箒が引っ掛かり転げ。

 連鎖的に倒れた他の箒がちょっとだけ開いていた扉をこじ開け。

 底を上にしてバケツが落ち。

 その底面を辛うじて残っていた最後の箒が叩き、間抜けな音が響いた。

 

「…………えぇっとその、すっごいピタゴラスイッチが出来ちゃって、ね?」

 

 その様子を一部始終見ていたであろう4人がこちらを呆然と見ていたので、私は肩を竦めながら冗談交じりに言った。

 

 

 

 

「アンタ、何時から見てたわけ……ッ!」

「ィダッ、イダダダダダッ、ギブッ、ギブだよ桃井さんっ」

 

 ガッツリとアイアンクローをかまされながら、桃井さんが殺意の込めた問いを投げかけてくる。

 が、痛みでそれどころではない私は必死に桃井さんの腕をタップしまくった。

 約10センチ差の身長ながら軽く私の体が宙に浮いている。それだけ激おこプンプン丸な状態なのだ。

 

「さ、さっき来たばっかで、何も聞いてないです! ちょっと険悪な雰囲気だから、大丈夫かなって覗いてただけです!」

「本当に? 私たちが出るタイミングでピタゴラスイッチの罠仕掛けようとしてたんじゃないでしょうね?」

「ちが、違うよぉ! 確かにさっきのシーン見たらそう思うかもだけど、私何もしてない! どうしてそんなに疑うの!」

「日頃の行いが物語ってんのよっ」

 

 確かに桃井さんにはよくイタズラ仕掛けてたけど! 2回目の時に落とし穴仕掛けたけど!

 

「ま、まぁまぁ愛莉ちゃんっ。本当に何もしてなかったみたいだし、離してあげましょう?」

「雫! アンタはコイツに甘すぎるの! 1回痛い目見させないと分かんないんだから!」

「痛い目なら去年の終わりに見たよぉ!」

「何言ってんのアンタは!」

 

 あ、そっか。都合の悪い出来事だいたい消したから、芋づる式に桃井さんのお仕置も消えてるのか。

 ……自分がやった事とはいえ、ちょっと寂しいな。

 

「……ちょ、ちょっと何よ、しおらしくなっちゃって? そ、そんなに痛かったの?」

「ううん、違うよ。いつもごめんね、桃井さん」

「わ、分かればいいんだけど……」

 

 パッとアイアンクローが剥がされ、地に足が着いた。痛むこめかみを擦る。

 

「えっと、もしかして聞いたらダメな話してたの?」

「してないですよ。特に聞かれても大丈夫な話です」

 

 さりげなく桃井さんから距離をとって日野森さんに近づきながら質問すると、桐谷さんが少し戸惑いがちに答えてくれた。

 まあいきなり目の前でアイアンクローされた見ず知らずの先輩が居たら警戒するよね。

 

「桐谷遥さん、だよね? 私は──」

「春夏秋冬 (まわる)さん、ですよね? その、お噂はかねがね」

「お噂? え、なんのお噂?」

「自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ」

 

 呆れ顔の桃井さんに言われ──日野森さんと花里さんに視線を向けたらさりげなく逸らされたので──言われた通りに胸に手を置いてみる。

 

「…………」

「……どう? 分かった?」

「どうしよう、なんにも分からない」

「あんたねぇ……!」

「ヒェッ」

 

 怒髪天を付くとばかりに桃井さんのツーサイドアップがユラユラと燃え上がり始めたので、私は小さく悲鳴をあげて日野森さんの後ろに回り込んだ。

 

「雫、退いて。そのバカ(はた)けない」

「お、落ち着いて愛莉ちゃんっ。ほら、みのりちゃん達も見てるわっ」

 

 日野森さんに制され、桃井さんがぐっ、と怯む。

 拳を胸の前で握ったまま花里さん達をチラリと横目で見た桃井さんは、深く、ふか~くため息を吐きながら拳を解いてくれた。

 

「はぁ、もういいわ。──それより、廻。アンタ、放課後暇よね? 暇って言いなさい」

「え? いや絵本制作とか色々──はいっ(ひゃい)暇ですっ(ひひゃへふっ)

 

 何だか巻き込まれそうな気配がしたのでさりげなく逃げようとしたら、ほっぺたをむいっと掴まれて日野森さんの後ろから引きづり出された。

 絵本の制作とかは割とマジめにあるんだけどな。

 

「よろしい。なら、アンタもみのりの練習見るのに付き合いなさい」

はい(ひゃい)?」

 

 ……どうやら、私はアイドルレッスンを見守ることになるらしかった。

 これが巻き込まれ系主人公ってやつなのかな。

 

 

 

 

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 バッ、と花里さんが勢いよく頭を下げた。

 

「──うん、いい感じね。しっかり話せてるし、自己PRも前より良くなったわ」

 

 と、桃井さんが満足気に頷いた。

 

 私が巻き込まれ系主人公になった翌日。

 ダンスや歌の練習よりも先に、まずは面接の練習からということで、花里さんの自己紹介のブラッシュアップが行われていた。

 

 流石はその道のプロというか、自分のいい所を全面に出すことに慣れている人は、他人の──花里さんの良さを活かす自己紹介の作り方が非常に上手かった。

 私は制服のままボーッと眺めているだけだけれど、それだけでも初期の自己紹介より今の方がずっといいのがよく分かる。それだけ分かりやすく、丁寧な自己紹介だということだ。

 

「……ねえ、これ私必要かな、桐谷さん」

「見てる人がいる、という意識は大事ですから」

「そういうもんなの?」

「そういうもんです」

 

 とはいえ眺めているだけはやっぱり暇なので、同じく暇している桐谷さんにちょくちょく絡んでいく。こちらが先輩ということもあって(?)最初は緊張していたようだけれど、今ではちょっとした軽口も答えてくれるようになってきた。

 何より驚いたのは──

 

「あ、そうだ。この前言ってた“賛成ペンギンの問いかけ”のアクキー、確保出来たんだけどいる?」

「!! 欲しいです!」

 

 この子、私の絵本──それも結構初期のマイナー作品のファンだった、という事だ。

 なんでも桐谷さんはペンギンが好きで、小学生の頃読んだ“賛成ペンギンの問いかけ”がお気に入りらしい。あれ、我ながら好み分かれる部類だと思ってたけど、こうして好いてくれる人が目の前にいるというのは結構嬉しいものだ。

 

「あ、ありがとうございますっ」

「いやいや、後輩には優しくするのが私のモットーだからねぇ」

 

 受け取ったアクキーを大事そうに手に取り、頬を緩ませ眺める桐谷さん。

 とても、つい先日まで一線級のアイドルだったとは思えない、年相応の少女らしい笑みだった。

 

「……ね、桐谷さん」

 

 今なら行けるかな、と桐谷さんに声をかける。

 

「アイドル辞めた理由、聞いてもいい?」

「────」

 

 練習中の3人に聞こえないよう、出来るだけ近寄って小声で尋ねる。──尋ねて、ああダメかと悟った。

 

「ごめんね、今のは忘れて」

「…………ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。ぶっ込んだ私も悪いから」

 

 小さく謝罪の言葉を口にした桐谷さんの横顔は、とてもアイドルとは思えない、一人の少女が苦しんでいる悲しげな横顔だった。

 

 

 

 

 

「んー、しくじったなあ」

 

 ちょっと心開いてくれたっぽいし、物で釣るみたいで悪いけどぶっ込めば行けるかな、なんて軽い気持ちで聞いてみたけど思ったより深刻な事情を抱えているようだ。

 

「うぅん、こういうのって早めに事情知っておけば色々フォロー出来るんだけどなぁ」

 

 ──物語において、秘密を抱えたキャラクターというのは非常に厄介な存在である。

 

 例えば、対策したら被害抑えれる系の問題を抱えている子。

 例えば、見えにくいのに特大威力の地雷を抱えた子。

 例えば、抱え込みまくって勝手に闇落ちする子。

 

 そのどれもに共通するのが、誰にも話さないせいで地雷を踏み抜かれて勝手に落ち込む、ということ。

 まあ人の心情というのは複雑なものなので、そう簡単に行かないことは私としてもよく分かっているのだが。

 

「ま、このセカイはバトル物とかでは無さそうだし、大丈夫かな」

 

 ここから異能力バトル漫画的なのが始まった場合、なんの能力も持ち合わせるはずのない私は速攻で脱落するであろうことはわかり切っているので、そうなれば地面に大の字に寝ることしか出来ないだろう。

 

「──おや、廻じゃないか」

 

 信号待ち中、ふと、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ん、類──と、寧々? こんな所で、奇遇だね」

「奇遇も何も、この通りは通学路なんだけど。……なんで廻がこんな所にいるの?」

「それはもちろん、2人に会うために──うわ、嫌そうな顔」

 

 冗談めかして言うと、草薙さんが心底嫌そうな顔をしたので思わず笑ってしまう。

 

「それにしても久しぶりだね? ちなみに私は、この近くに出版社があるから来てるだけだよ」

「ああ、なるほど。そういえば廻の本はGeDo社から出ていたね」

「GeDo社……あ、カレー屋さんの裏にあるところ?」

「そうそう」

 

 と、頷いたところで信号が変わる。ここはスクランブル交差点で、私は真っ直ぐ進むけれど、2人は斜め前に渡るからここでお別れだ。

 

「それじゃあ、2人とも──」

「廻、この後時間はあるかい?」

 

 ばいばい、と言おうとしたところで、類に引き止められる。

 

「え? まあ、書類受け取るだけだからすぐ済むけど……」

「それなら少しお茶でもどうかな? 久しぶりに幼なじみ3人で、ね」

「私はいいけど……」

 

 寧々がどう言うだろう、と様子を伺う。

 確かにこの2人とは幼なじみだけれど、昔から寧々には嫌われていた。具体的に言うと、猫が飼い主からの接触を嫌がる感じの拒絶を年がら年中されていた。

 

「……私も、別にいいよ」

「うん、決まりだね。それじゃあ、僕達はここで待っていることにするよ」

 

 えっ、と私が戸惑っている間に、2人はさっさと近くのベンチに向かっていく。

 混乱する私は、でも2人を待たせるのもアレだしなと、そそくさと横断歩道を渡ることにした。

 

 

 

 

 

 

「──えっ、ショーのキャスト?」

「うん。僕と寧々、それからあと2人の4人でね」

 

 カフェに到着し、注文を済ませ落ち着いたところで切り出された話に、私はポカンと口を開けて唖然としていた。

 

「え、え? でもその、寧々は──大丈夫なの?」

「……ショーをしたい、って決めたのは私だから」

「…………ほへぇ」

「ぷっ。何、その顔?」

「いや、だって……ねぇ?」

 

 幼なじみだから知ってる諸々の事情を考えれば、寧々が人前に──それもショーという形で出るのは、正直もう今後はないだろうな、と思えてしまうレベルだったのだ。

 それが遊園地でショーのキャストをすることにしたなんて。

 

 ──あ、さては寧々も主人公側だな?

 

「フンッ」

「「!?」」

 

 スパァンッ! と、自分の頬を平手打ちする。……思ったより勢いよくやっちゃったみたいで、盛大な音がカフェに響いてしまった。

 

「な、なな、えっ、本当に何っ?」

「大丈夫かい? 凄く……凄く痛そうな音だったけれど」

大丈夫(ひゃいひょうふ)。余計なことを考えた私にお仕置しただけだから」

 

 真っ赤になった頬を抑え落ち込む私に、目の前の2人が余計に困惑する。

 

 ……ループでマイナスな思考になっているとはいえ。

 最近ようやっと見つけた手がかりに浮かれているとはいえ。

 幼なじみからの吉報に対して、“さては”じゃないだろ。

 そんなくだらない事(・・・・・・)を考える前に、言うべきことがあるはずだ。

 

「寧々──ううん。2人ともっ!」

「う、うんっ?」

「な、なにっ?」

 

 椅子を押しのけるくらいの勢いで立ち上がった私に、2人が怯む。

 そんな2人に、私は満面の笑みを向けて。

 

 

「──おめでとうっ!」

 

 

 なお、その後にドリンクを持ってきた店員さんにそれとなく注意され、2人に呆れ顔を向けられたのは余談である。

 

 

 

 

 

 どうしたことか。どういうことか。

 このセカイの中心は、てっきり花里さんだと思っていた。だってあんなに顔が良いのだ。

 桐谷遥、日野森雫、桃井愛莉。彼女らも物語の中心人物であることは間違いない。だってあんなに顔が良い。

 てっきり、元アイドル3人とアイドルの卵が出会い物語がスタートする。そんな感じのアイドルスポコン物だと当たりをつけていたのに。

 

 幼なじみの神代類、草薙寧々の言うことにゃ、2人はトラウマ諸々を乗り越えて自分の望むステージに立ったのだと言う。そんなの物語の始まりじゃん。あと2人とも顔が良い。

 ちょっと詳しく聞いてみたところ、残り2人のキャストのうち、1人はショーステージのオーナーである鳳家の娘さんで。もう1人は未来のスターを自称する類の同級生だという。ちなみにその2人の写真を見せてもらったけど、やっぱり顔が良かった。

 

 

 

 

「……うーん、情報が足りない」

 

 休日に訪れた“WEEKEND GARAGE”で、クルクルとペンを回しながら、私が知り得たこのセカイの中心人物(多分)達についてノートにまとめてみたが。

 

「片やアイドルスポコン。片や遊園地のショーキャスト。……なんぞこれ」

 

 全く共通点が見つからない。精々、両方とも高校生の集団であること程度か。

 ため息を吐きながらノートをしまう。

 

「マジでまったくなんも分からん」

「何が分からないんですか?」

 

 ことん、とノートの代わりにホットカフェオレが目の前に現れた。

 

「おや、杏さん? こんな時間からおうちの手伝いとは珍しい」

 

 顔を上げると、マスターの娘さんである杏ちゃんがお盆を胸に抱えて立っていた。

 私が来る時間帯は大体外で歌の練習をしてるか、カフェ内の歌唱スペースでボイトレしてるのだけれど。

 

「ふふふ。今日は私の“相棒”が来るので」

「相棒?」

「こ、こんにちは」

 

 なんぞそれ、警視庁の窓際部署で2人1組組んでるのかな、なんて言う前に、1人の女の子が恐る恐るといった感じで店に入ってきた。

 うわ、顔が良い。

 

「あ、いらっしゃい、こはね! ちょうど良かった、こっちに来て!」

 

 と、顔の良さに目を焼かれていると、杏さんがこはねと呼ばれた女の子を目の前まで連れてきて、自慢げな顔になった。

 

「紹介します! 私の相棒です!」

「え? え、ええっと、あ、杏ちゃんの相棒の、小豆沢こはねです?」

 

 あなたの相棒困惑してるよ、杏さん。

 

「相棒……ああ、もしかして前々から言ってた、『RADWEEKEND』を超えるってやつ?」

「そう! こはねの歌声を聞いてビビっと来たの! もう、この子しかいないって感じで!」

「あ、杏ちゃん……その、この人は……?」

「あ、ごめんね、こはねっ。この人は春夏秋冬 廻さん。うちの常連さんで、お得意様だよ」

「んーと、はじめまして、小豆沢さん」

「は、はじめましてっ!」

 

 オドオドしながらも、しっかりとお辞儀をする小豆沢さん。顔が良い上に育ちも良い。

 ……それにしても、どこかで見たことあるような……あ。

 

「小豆沢さん、もしかして宮女の1-A?」

「え? そ、そうですけど……ひととせ? ひ、春夏秋冬先輩っ!?」

「うぇっ? あ、うん。春夏秋冬です」

 

 私の名前を咀嚼するなり、ズザッと勢いよく後ずさった小豆沢さんが杏さんの後ろに隠れる。

 私何かしたかな……?

 

「……春夏秋冬先輩、こはねに何したんですか?」

「なっ、何もしてないよっ?」

 

 ゴゴゴコ……と半端ないオーラを背負った杏さんが私を睨みつけるが、マジで心当たりのない私は蛇に睨まれたカエル状態ですくみ上がるしかない。

 と、そこで再び店に人が入ってきた。

 

「こんにちは、謙さん居ますか……なんだこの状況」

「どうした彰人……おや、春夏秋冬先輩?」

「あ、彰人くん! 青柳くん! とりあえず助けて!」

 

 

 

 

 

「た、助かった……」

「ご、ごめんなさい……その、友達から春夏秋冬先輩に遭遇したら、信頼できる人のところに避難しろって言われてて……」

「私は熊か何か……?」

「不審者に遭遇した時の対応だろ」

「ぐっ……人がわざと避けた表現を……」

 

 相変わらず怯えてはいるけど、少し落ち着いて話してくれるようになった小豆沢さん。顔が良い。

 人が気にしたことをズバッと言ってくる知り合いの弟、彰人くん。顔が良い。

 

「もー、ビックリしたよ。てっきり、こはねが先輩にトラウマ植え付けられてるのかと思って」

「杏さんの中で私はどういう立ち位置なのか、気になるけど聞かないでおくよ」

「……気になるのなら、聞いておいた方がいいのでは?」

「世の中知らない方がいいこともあるんだよ、青柳くん」

 

 口では冗談を言っているけれど目が笑ってない上に、さりげなく私と小豆沢さんの接触を防げる位置にいる杏さん。顔が良い。

 子首を傾げながら正論に見せかけたただの天然発言を繰り出す、青柳くん。顔が良い。

 

「というか、私は君たちがグループ組だって話の方がビックリしてるけど」

 

 彼ら彼女らが、4人で“ViVid BAD SQUAD”というグループを組んだという話を、小豆沢さんが落ち着くのを待っている間に説明された。

 ……見れば見るほど、噛み合っているようなバラバラなような、よく分からない感じの4人である。

 

「いつ頃から?」

「少し前ですかね。まだイベントとかは出てないですけど」

 

 ふぅん、と表面上は落ち着いている感じでカフェオレを飲みながら、私の脳は盛大に混乱していた。

 

 伝説の夜に立ち会った少年少女が、その夜を超えるという夢を抱き。

 それぞれ自分の相棒と呼べる同い年の少年少女と出会い。

 幾度かの衝突を乗り越え、共に手を取り合い1つの夢に向かって歩み出す?

 

「ごぼぼぼぼ(なにそれ主人公じゃん)」

「ちょっと春夏秋冬先輩、汚いからやめてください!」

 

 訂正、表面上隠しきれる訳もなく、動揺を隠しきれずカフェオレが泡立ってしまい、テーブルを汚した私は杏さんにしこたま怒られた。

 

 

 

 

 

「マジでわけわかめ」

 

 アイドルスポコン、ショーキャスト、ストリートミュージック。

 共通点はどこ……? ここ……?

 

 混乱の中彷徨う私は、オートパイロットモードでショッピングモールを訪れていた。

 花里さん達に付き合うにあたって、動きやすい服を買うためだ。

 まあ流石にガチのダンスレッスンに付き合わされることはないと思うけれど、まあ一応ね。

 

「──げっ」

「──ん? あっ」

 

 カラカラとハンガーを鳴らしながら服を物色していると、聞き覚えのある声が聞こえて振り向く。

 その先には、ついさっき会ったばかりの彰人くんの姉がいた。

 

「絵名、久しぶり」

「……ひさしぶり」

 

 ……うーん。やっぱり嫌われている。

 小さい頃はよく絵のアドバイスを求めてきたり、私の作ったストーリーにイラストを付けてくれたりと仲良くしていたのだが、中学の終わりくらいから避けられるようになってしまった。

 私としてはまた前のように仲良くしたいのだが、こんな感じで目を合わせようともしてくれない。

 

「今日はどうしたの? 画材の買い出しとか?」

「……アンタには関係ないでしょ」

 

 逃げようとするのを追いかけ話しかけるも、取り付く島もなさそうだ。

 ……少し強気に出る必要があるだろうか。

 

「関係ないけど、興味はあるよ。絵名と仲良くしたいから」

「っ……アンタはまたそういう……!」

「へぶっ」

 

 前に回り込んでじっと目を見ながら言うと、少し顔が赤くなった絵名が手に持ったカバンを顔面に押し付け視界を塞いできた。前が見えねえ。

 

「……しょうがないから、荷物持ちするなら着いてくるのを許可する」

「あいあいさー」

 

 というわけで、私は久しぶりに絵名とショッピングをすることとなった。

 

 

 

 

「絵名、絵名。運動する時ってどんな服着ればいいのかな」

「はあ? そんなの学校の体操服で十分でしょ」

「いや、放課後に学校で運動するかもなんだけど、体操服だとその辺面倒だからさ」

「……ふうん。ま、どんな運動するは知んないけど、この辺りの服ならちょうどいいんじゃない?」

「お? ……おお、さすが絵名。顔も良ければセンスも良い」

「ちょっと、気持ち悪いこと言わないでくれる? アンタに褒められると鳥肌立つんだけど」

「褒めたのに引かれるの理不尽じゃん」

 

 

「そういえばこの前、彰人くんと会ったよ。相変わらずの二重人格ぶりだったね。逆にアレだけ性格変えられるの羨ましいよ」

「アンタは裏表無さすぎなのよ。ちょっとは場の空気を読むってことをしなさい」

「ワタシ、クウキ、ヨムノ、ニガテ」

「展示品のボイチェンで遊ばない。元の場所に返してきなさい」

「ハイ……」

 

 

 

 

「あ、絵名に聞きたいことあったの忘れてた」

「……そのまま忘れてても良かったのに」

 

 ショッピングモールを一通り回り終え、フードコードで休憩している時に、ふと思い出しポンと手を合わせた私に、絵名がウザったそうな視線を向けてくる。

 そんな目を向けられるほどウザ絡みした覚えはないんだけどな。

 

「このMV、絵名のイラストだよね?」

 

 スマホを取りだし、とある動画のサムネイルを絵名に見せる。最近有名な……えっと、ニーゴ? というグループが作った曲の動画だ。

 友達から見せられた動画を見て、何となく「あ、これ絵名の絵だ」と気づいたのを覚えている。私が絵名の絵を最後に見たのは結構前のことなのだけれど、何故だかこのイラストに関してはひと目でそう感じたのだ。

 

「──……そうだけど、なんか文句ある?」

「え? い、いやないけど……すんなり認められると、ちょっと緊張してたのに拍子抜けだなあ」

「別に……ここで誤魔化したところで、アンタは彰人とかに聞きまくるでしょ。それか、私が話すまで後ろにくっついてくるか」

 

 いや流石にそこまでは……するかも。また絵名の絵が見れるチャンスだし。

 

「うーん、まあ否定はしないかな。でも、そっか。……ふふっ、そっかあ」

「何よ、気持ちの悪い笑い方して」

 

 スマホを手元に戻してながら、サムネイルを見て思わず笑ってしまう。

 

「絵名の絵がまた見れるって思ったら、なんだか嬉しくなっちゃって」

「……別に、あんたからしたら私の絵なんて大したものじゃないでしょ。才能のない、私の絵なんか」

 

 おっと、絵名の悪い癖が出た。いや癖と言うには絵名の根幹に関わる問題なのだけれど。

 ……多分ここで、そんなことない、とか慰めの言葉をかけても絵名には届かないんだろうな。彼女からしてみれば私はコンプレックスの塊みたいな存在だから。

 

 本当は分かってるんだ。絵名が何で私から離れていったのか。

 けど、それを分からないフリして、こうやって絵名にまた近づこうとしてる。それがどれだけ彼女の負担になっているのか、私には全部わかってる。

 それでも私は、彼女の絵が好きだから、大好きだから。彼女が絵を描くところを、近くで見たいって、そう思うから。

 

「絵名。私は絵名の絵、大好きだよ」

「──っ」

 

 誤魔化しなんて必要ない。余計な飾り付けなんて必要ない。

 どうせコンプレックス塗れの私の言葉は、彼女に正しく届くことは無いから。だから、ただただ大好きだと伝えるのだ。

 

「……帰る」

「うん、またね。絵名」

 

 荷物を引っ掴んで立ち上がった絵名を、私は引き止めることなく見送る。

 ……うーん、でもやっぱり、ひねくれ者にはちょっと意地悪をしたくなるもので。

 

 

 

「えなーっ! わたし、絵名のこと、ホントのホントに大好きだからねーっ!!」

「は!? な、ばっ──公衆の面前で何言ってんのアンタは!?」

 

 

 

 この後メッセージでしこたま怒られたけど、私の華麗な話術でまたイラストを見せてもらう約束をしたので、大満足な私なのであった。

 

 

 

 

 

「コタロウ、私、分かっちゃったんだ」

「にゃー?」

 

 夜。自室で愛猫を猫可愛がりしながら、昼間開いていたノートに新たな情報を書き足していく。

 

 元アイドルたちとアイドルの卵。

 トラウマを乗り越えた幼なじみたち。

 手を取りあったライバルたち。

 それから、多分だけど絵名が所属してる音楽サークル。

 

 これらの共通点、それは“歌”だ。

 アイドルソング、ミュージカル、ストリートミュージック、アングラミュージック(というのかは知らないけど)ってな具合に。

 

「……考えてみれば、初音ミクが世界規模で広まってるし、歌がテーマのセカイってのは割と的を射てると思うんだよね」

 

 街中でミクのポップを見ない日はないってぐらい、私たちの日常に馴染んでいる存在。

 それから、この多すぎる主人公(仮定)の数を考えれば、それほどサブカルに詳しくない私でも何となく想像出来ることがある。

 

「──多分、このセカイは音ゲー系のソシャゲかな」

 

 

 

 

「すごいね、そこまで辿り着いたんだ」

 

 

 

 

「──ッ!?」

 

 突如聞こえた声に振り向く。……誰もいない?

 

「こっちだよ。下の方」

「下? ……は、初音ミク?」

 

 言われるがまま視線を落とした先には、床に転がった私のスマホから、ひょっこりと顔を覗かせた初音ミクが居た。

 けど、その姿は私がよく見るシンプルなデザインの服を着たミクではなく、モコモコした暖かそうなポンチョを着た姿だった。

 

「こんにちは……ううん、初めまして、マワル」

「お、おおう。初音ミクが喋ってる……」

 

 真っ白なシルエットがふわりと揺れ、ミクがスマホの上に躍り出る。

 こうしてみると、いわゆる雪ミクと言われるデザインテーマに近いような気がした。

 

「マワルはすごいね。このセカイの歪みに気づいて、あまつさえセカイの根幹に手をかけちゃうんだから」

「……あー、この流れってもしかして……記憶、消される?」

「話が早くて助かるよ、マワル」

 

 ひょえ、と思わず悲鳴を上げて後ずさる。が、それほど広くない部屋では直ぐに背中が壁にぶつかってしまった。

 

「けど、実は記憶を消さなくても済む方法があるんだ。……聞きたい?」

「き、聞きたい! めっちゃ聞きたい!」

「うん、それなら先ず、こっちに来て」

 

 手招きされ、恐る恐る近づく。

 

「スマホを手に取って、それから『Nontitle』って曲を再生して」

「は、はい。──うわ眩しっ!?」

 

 言われるがまま再生ボタンを押した私は、スマホから迸った光に視界を埋め尽くされ。

 

「“セカイ”へようこそ、マワル」

 

 光が納まって目を開けると。

 そこには、私の常識とはかけ離れたセカイが広がっていた。

 

 

 

 

 

「────」

「そんなに口をパクパクさせて、どうしたの? お腹すいた?」

「いや私は金魚か──じゃなくて! ここ、いず、どこ!?」

「ここはセカイだよ?」

 

 何を言ってるの? とばかりに、先程とは打って変わって私よりも少し低いくらいの身長になったミクが首を傾げる。

 

「いや、だって──」

 

 右を見る。

 照明も舞台も客席も、すべてがボロボロになって崩れ落ちたステージがある。

 

 左を見る。

 人っ子一人の気配もない、シャッターだらけのストリートがある。

 

 後ろを見る。

 ひび割れた大理石のようなものが漂い、地面に突き刺さった鉄塔のようなものが溶けて崩れている。

 

 前を──ミクの背後を見る。

 立ち入り禁止の蓋が校門にかかった、廃校らしき建物がある。

 

 上を見る。

 一切のアトラクションが停止し、悲惨な程に寂れた遊園地が逆さまになって宙に浮いていた。

 

 

「……説明、してもらえる?」

「もちろん。そのために、マワルをここに呼んだんだよ」

 

 あまりの光景にクラクラする頭で、どうにか言葉を絞り出す。

 頷いたミクが、真っ白なポンチョから手を出し、バチンと指を鳴らした。すると、何も無かったはずの目の前に簡素な木のテーブルと2人分の椅子が現れた。

 

「座って?」

 

 恐る恐る、座る。……あ、思ったより柔らかい。

 

「さて、何から話そうかな。マワルがこのセカイで生じたバグだってことから話した方が、順序としてはいいかな?」

「え? ……ん? はい?」

「あ、違うか。まずはこのセカイが発生した原因からだね」

「──あ、はい。お願いします」

「うん、任せて」

 

 

 ミクさんの言うことにゃ。

 今私がいるセカイを内。さっきまで私が居たセカイを外とすると。

 

 外と内は完全な別物であり。かつ、外で生じたバグが集まって出来たセカイが内であること。

 その内で生まれたバグの塊が私であり。本来、私という存在は外には存在しないこと。

 そして、今現在も外にバグが漏れ出て、大変なことになりかけているから、それを止めたいこと。

 バグを止めることを条件に、私の記憶消去その他もろもろを保留すること。

 

 

「どう? 分かった?」

「──…………わか、りたい」

 

 初っ端に「お前人間じゃねえ!」されてどう理解しを進めろというのか、と抗議したい気分だったけれど。

 「分かるよね? 分かれよ」と威圧感たっぷりの笑みを向けられ、私は色んな感情を飲み込んで、飲みきれずに意思表明だけにとどまった。

 

「う〜ん。まあ、とりあえずお仕事してくれたら私はそれでいいから。マワルが自分のペースで理解してくれればいいよ」

「たすかるます」

 

 ぐわんぐわん。

 あまりの情報量に脳と視界が揺れている気がする。ていうか多分首が座りきってない赤ちゃんみたいに頭が揺れてる。

 

「それじゃあ今日はこの辺で。また明日ね、マワル」

 

 椅子から立ち上がったミクが、そのまま歩き去ろうとする。

 

「え? いやちょまっ」

 

 私が引き留めようと手を伸ばすその先で、ミクはポンチョから右手を出して、パチンと指を鳴らした。

 

 一瞬の暗転。

 の後に、気づけば私は自室に居た。

 

「………………………………寝よ」

 

 私は10秒ほど、虚空に伸ばした手とお口をもにょもにょさせて、ズルズルとベッドに潜り込んだ。

 

 

 

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