マワルセカイ 作:夏春冬秋
続きはしましたが短いです。
翌朝。
「……なんだろ、このアプリ」
入れた覚えのない、吹き出しアイコンのアプリと。
『マワルにして欲しい事は基本的にメッセージアプリで伝えるから。
それじゃあ、これからよろしくね。
P.S. くれぐれも、逃げようなんて考えないようにね?』
威圧感タップリのにっこりスタンプと共に送られてきたメッセージに、私は再度布団に潜り込んだ。
「────あ、やば! 今日日直じゃん!」
が、数秒後現実に引き戻された私は大慌てで登校準備を始めたのだった。
「ぜっ、はぁっ、はあっ、間に合っ──たぁ?」
息を切らして全力走をかまし何とか登校時間の30分前に学校に到着した私は、息を整える暇もなくスパァンッと教室のドアを開けたのだが。
掃除しなければいけないはずの床は綺麗になっていて、花瓶の水も変えられたのか花が生き生きしているし、机も綺麗に整列されていた。
「…………はれ?」
「──春夏秋冬さん?」
教室の後ろ側、つまり黒板とは反対側の扉を開けて惚けていると、少し驚いたような涼やかな声が聞こえる。
声の下方向に目を向けると、黒板消しを手に持った
「え、あれ、朝比奈さん? に、日直の仕事は?」
「それなら後は黒板を掃除するだけだけど……春夏秋冬さんは、どうしてこんなに早く来てるの?」
「うん? いや、だって私今日日直じゃ────あ」
黒板を見る。
日直の欄に書かれている名前は朝比奈。つまり、今日の日直は朝比奈さんであり。
「わ、私、もしかして…………日直、明日?」
「う、うん。そうだよ?」
全身の力が抜けてがくり、と膝を折る。
項垂れて手のひらを床についてしまったのだけれど、なんとホコリひとつないレベルで汚れていなかったので、幸いにも私の手は汚れることは無かった。
さすが朝比奈さん、小姑殺しだよと言うと、当の本人は私の言った意味が分からず困惑していた。
「いやあ、昨日の帰りに朝比奈さんの名前が書いてあったからさぁ。てっきり私、今日が日直だと思って」
「ああ、なるほど。ごめんね、昨日帰る前に名前のとこだけ書き換えておいたの。先生が間違えて消しちゃったから、ついでにね」
「悲しいすれ違いだったわけだねぇ」
ひとまず落ち着いた私たちは、登校時間まで20分以上ある事もあってそれぞれの席に座って軽く談笑していた。
日直は今席順になっていて、その席順は8月に席替えがあったばかり。私は窓側列の1番後ろ、いわゆる主人公席であり、前の席は朝比奈さんだ。
ちなみに朝比奈さんとはループが始まる前からの友人であり、こうして前後の席になってからは話す頻度もさらに増えた。最早親友と呼んでもいい──というのは少し言いすぎた。まあ仲がいいのはほんとだ。
といっても、その会話の内容も私がほぼ自分のことを話している感じだ。私としては朝比奈さんの話も聞きたいのだが、如何せん彼女はあまり自分のことを話さない。色々あるのだろうから、深くは聞かないけどね。
「あ、そういえば。私、今日からダンスレッスンすることになったんだよね」
「ダンスレッスン? 何か習い事を始めたの?」
「まあ習い事と言えば習い事かな? 巻き込まれだけどね」
「ふぅん……?」
……思い出したら気が重くなってきた。私、絵本作家なだけあってバリバリのインドア派だから運動自体苦手なんだよなあ。
「……朝比奈さん、アイドルとか興味無い?」
「あ、アイドル? うーん、興味はないかなあ」
「そっかー」
アイドルになった朝比奈さん、ちょっと見てみたかったんだけどな。変なポーズしながら満面の笑みでファンサして欲しい感ある。
なんかこう、ポジティブ感あふれる──
「おはよー」
「お? あ、おはよ! ねえ聞いてよ──」
ホワンホワンとアイドル朝比奈さんを脳内で描いていた私であったが、続々と登校してきた友人たちに日直勘違い事件を話していくうちに、すっかり忘れていったのだった。
「…………? なんでアンタ、着替えてるの?」
「え? …………いや、てっきり私もダンスレッスンさせられるのかと」
放課後。
更衣室で着替えを済ませ準備万端で屋上に向かった私を見て、桃井さんが不思議そうな顔で言った。
「はあ? いや、アイドルやる訳でもないアンタにダンス教えたところで──あ、やっぱりいいわアンタもやるわよ」
「え!? 今完全に私の無駄足みたいなこと言ってたよね!? ねえ桃井さん!?」
「う、うるさいわね! どうせ運動不足なんでしょ、ちょっとくらい運動しなさいっての!」
嫌な気配を感じた私が逃げようとすると、桃井さんがパッと態度と体を翻して私の首根っこを掴んで引きづり始めた。
私の早とちりだったら恥ずかしいけどそれはそれで運動しなくて済むからそっちの方がいいんだけど!
「やだやだ! やる必要ないなら私桐谷さんの横で新作のプロット描く! ペンギンが主人公のやつ!」
「!? そ、その話詳しくっ」
「遥! アンタもアンタで釣られないの!」
ズルズルと抵抗虚しく引きづられながら援軍を呼ぼうとしたけど、あっさり見抜かれた桃井さんにシャットアウトされ、桃井'sアイドルキャンプに連行されるのであった。
「ぜっ…………はぁ…………ひぃん…………」
「だ、大丈夫ですか? 春夏秋冬先輩っ」
「う、うん…………なんとか、大丈夫…………だよ…………花里、さん…………」
「い、息も絶え絶えって感じなんですが! 本当に大丈夫ですか!?」
だ、大丈夫大丈夫。ちょっと綺麗な川の向こうで死んだはずのお婆ちゃんが中指立てて私の事追い払ってただけだから。生前から私の扱い雑な人だったけど三途の川でもその扱いかよ、とかツッコんだら戻ってこれたから。
「絵本作家にしたって、アンタ体力無さすぎじゃない? 日頃から運動はしてないの?」
だいぶ復活したものの相変わらず床につっ伏す私を見下ろしながら、桃井さんが呆れ顔を向けてくる。
「し、失礼な。これでも取材で外には出てますっ」
「取材! あ、あのあの、例えばどんなことをされるんですか?」
「えーっとね──」
例えば、と続けようとして。
ブルブルブルとスマホが震える。
「あ、ちょっとごめんね」
一言ことわってスマホを手に取りロックを解除して、
「──んげっ」
今朝ぶりになる初音ミクからのメッセージに、苦虫を50匹は噛み潰した顔と声になった。
「──で、これはどういうことなんだろ」
メッセージの内容は簡潔なものだった。
『今すぐその場から離れて』
たったそれだけ。
けど、絵文字もスタンプも何も無いたったそれだけの文章がヤケに急かしてくるように感じて、私は桃井さん達に編集部から呼ばれたと嘘をついて急いでその場を離れた。
更衣室で着替えを終えて帰路についている今見返しても、今朝との違いも相まってなんとも不気味だ。
……考えられるとすれば。
「十中八九、セカイに関することかな」
「正解だよ、マワル」
カツン、と土を踏んだはずの靴が硬質な音を立てる。
「……急に連れてくるのはやめて欲しいんだけど、初音ミクさん」
「ミクでいいって言わなかった? ……あ、言ってないか? ミクでいいよ、マワル」
1日ぶり、本日1回目のセカイへ強制連行である。
私をここに引きずり込んだ当の本人はと言えば、昨日とは違いオレンジをベースとしたオシャレなカーディガンが特徴的な服装で、こちらは昨日も見たテーブルセットに腰かけていた。
「……それ、秋服?」
「うん。昨日は冬服だったけど、時季的にはこっちの方が近いかなって」
「まあまだ冬というには寒くないからね」
ミクの対面に用意された椅子に腰掛けながら、とりあえず雑談から入る。
パチンと指が鳴らされれば、私の目の前に高級そうなカップに注がれた紅茶が現れた。
「……いただきます」
「どうぞ」
おそるおそる、紅茶をひとすすり。
うん、美味しい。アップルティーじゃん、好きなんだよね。
「──じゃ、なくて!」
バンッ! と机を叩くのはアップルティーが零れそうだったので、ポン、程度に机を叩いて立ち上がる。
「さっきのは何? いったいぜんたい何が──」
「あれ。見て」
つい、と。
まるで陶器のように透き通った白く細い指が私から見て
ステージがあった。
照明も、舞台も、客席も、
客席を埋め尽くす観客たちは熱狂のままにペンライトを振り上げて。
ステージの上で踊り歌う、
「────な、に……あれ」
「セカイだよ。……正確には“ステージのセカイ”かな」
昨日、見たはずだ。
全く知らない空間を一目見ただけだったけれど、よく覚えている。
『右を見る。
照明も舞台も客席も、すべてがボロボロになって崩れ落ちたステージがある。』
全てがボロボロだったはずだ。
観客なんて、ましてやステージで踊り歌う初音ミクなんて居なかったはずだ。
私が昨日見たそれとは、全くの別物だ。
「簡単に説明するよ、マワル」
混乱のあまり椅子に座り込んだ私の顔を覗き込むようにして、初音ミクが話し始める。
「アソコは
私たちはあちらに干渉できないし、あちらは私たちに干渉できない。
私たちはあちらを観測できるけれど、あちらが私たちを観測したが最期──私たちは消える。
ね? 簡単でしょ?」
「────あ」
無理だコレ、キャパオーバーしたわ。
「…………あれ? マワル?」
コテン、と首の力が抜けてマワルが机に突っ伏した。
「マワル? おーい、マーワールー?」
何度か揺すって声をかけてみるけれど、返事がない。
顔も見えないのでちょっと失礼、と顔を横に向けると、ふわふわした白いものがマワルの口から伸びていた。
「おお、これが人間の魂ってやつなのかな?」
つんつんと少し続いて遊んでから口に押し戻してあげる。
モゴモゴ言いながら飲み込んだマワルは、しかし目覚める様子はない。
「うーん…………とりあえずあっちに戻そうかな」
このまま目が覚めるまで待っていてもいいけれど、生憎と私は他にやることがあるのでマワルにばっかり構っている訳にもいかないのだ。
手が開けばちょくちょく様子は見に行くつもりだけどね。
「えーっと、何処に戻そうかな…………ん、良い
公園近くを歩く兄妹を見つけた私は、パチンと指を鳴らした。
「じゃあ、引き続き頑張ってね、マワル」
「お、おおおおお兄ちゃん! ひ、ひひひひひ人が倒れてる!!」
「な、何ぃー!? 直ぐに助けるぞ咲希ぃー!!」