ラージャンに角を折られたらしきキリンが陸珊瑚の台地にて気が立って調査がままならないという事で、討伐の依頼を受けた。
しっかりと雷への耐性を備える防具と、キリン、また居るかもしれないラージャンが苦手とする氷属性の武器を担いで赴いたところ、キリンが呼び寄せるような雷雲など一つもない快晴で、導蟲も反応しなかった。
ひたすらに歩き、やっとの事で痕跡を見つけて追ってみれば、そこにはネルギガンテの棘が数多に突き刺さった状態で事切れているキリンが居た。
「これは……?」
その死体は、ネルギガンテが仕留めたにしては、如何にも妙だった。
傷跡は飛ばされた棘によるものばかり。首や足がへし折れたりなどは全くしていない。ネルギガンテが仕留めたにしては、その驚異的な膂力による外傷が見当たらないのだ。そして何よりも、古龍を好んで食らうというネルギガンテが捕食行為をしていない。
ただ、それには思い当たる事があった。
ネルギガンテの棘には生殖細胞が含まれているという。
それは即ち……このキリンは捕食目的で殺されたのではなく、繁殖目的で殺された……苗床にされた可能性がある。
また、そこから考えると、ネルギガンテはこの近くに居る可能性が高い。
そう思いつくと、狩人は近くに身を潜めた。子育てと言うには余りにもかけ離れた光景になるかもしれないが、ネルギガンテの繁殖の様子が間近で見れるかもしれない。
けれども、キリンを殺したネルギガンテはいつまで経っても戻ってくる事はなかった。
しかし、その翌日。龍結晶の地に新しく訪れていたネルギガンテを青い星が討伐したと聞いて、その狩人はまた陸珊瑚の台地へとすっ飛んでいった。
キリンの死体は変わらずそこにあり、しかしその肉体は明らかに前日よりも干からびていた。
突き刺された棘の数々は大半が抜け落ちていたが、数本がより深くまで根を張るようになっていた。
思わず、唾を飲み込む。
狩人は辺りを見回して、それをどこかへと持ち去った。
それに気付いたのは、陸珊瑚の台地に住まう数匹の竜と、環境生物の幾許かばかりだった。
*
彼もまた、陸珊瑚の台地の魔力に当てられたか。
ある日を境に陸珊瑚の台地に毎日のように赴くようになった狩人の事を、人々はそう噂した。
それは珍しい事ではなかった。新大陸という環境でしか見る事の出来ないような陸珊瑚の台地、瘴気の谷、龍結晶の地といった特異な場所には、研究者だけではなく狩人も良く魅了される。
初めて訪れた時だけではなく、長くに渡って狩りや採集をしているふとした瞬間に、タガが外れるようにより一層のめりこんでいく人も少なくはなかった。
だから、噂はされど、そう珍しがられる事までなかった。
狩人や研究者達が定点調査をする陸珊瑚の台地からやや離れた、陸珊瑚に上手く隠せられた空間。
見つけたのは偶然だった。特段珍しい植物などが生えている訳でもなく、強いてあるとしたら台地のかなで族達の落書きくらい。
そのかなで族の子供達の隠れ家程度にしか使われないような空間は、ひとまず何かを隠すにはうってつけだった。
そこに運び込まれたキリンの肉体は、十日も経てば骨までも干からびたようなミイラとなり果て、そして最後に残った一本の棘は瞬く間にネルギガンテとしての形を為し始めていた。
そんな変貌を、狩人は毎日のように眺め続けていた。
そして、溜息を吐く。
……どうして、こんな隠して独り占めするような真似をしてしまったのか。
毎回の如くにそんな後悔が脳裏に過ぎる。
今ならまだ研究者に引き渡しても何も言われないだろう。記録も拙いものとは言え、きちんと記しているし。
でも、それがどれだけの重罪となろうとも、狩人はやはりネルギガンテとなるであろうそれを独り占めしたかった。
キリンもクシャルダオラもテオ・テスカトルも討伐した事がある。ゾラ・マグダラオスを海へと誘導する大作戦にも参加したし、マム・タロトの角をへし折った事もある。現大陸にいた頃はオオナズチやバルファルクも。
流石に大型古龍となればソロでの討伐ではなかったにせよ、この狩人は古龍に対する経験値も数多にあった。
けれど、新大陸においてはネルギガンテの討伐に参加した事まではなかった。
参加しようと思えば出来た。でも、しなかった。
……あれは、憧れだったのだろう。
ネルギガンテとしての体を今も尚構成させながら小さく胎動している、その棘だったもの。
しゃがみこんでそれをじっと眺めていると、得も言えない幸福感が溢れてきた。
初めてネルギガンテを目にした時の、あの衝撃。
今まで相対してきた古龍はどれも全て、今の人智では微塵も解明出来そうにないような摩訶不思議な能力を使ってくるものばかりだった。
でも、ネルギガンテは違った。急速に生え変わる棘を飛ばす事はあれど、後はとにかく肉体一本で戦い果てる。
その愚直とも呼べるような戦闘スタイル、古龍に匹敵するというイビルジョーやラージャンですらも真っ正面から殴り勝ってみせるその純真なパワー。
あのテオ・テスカトルを豪快に投げ飛ばした姿を見た時など、絶頂すらしかけた。
狩人ならば、憧れない方がおかしいと思う程であった。
別に被虐趣味がある訳ではないのだが、ネルギガンテになら殺されても良い。そう真面目に思っているし、また戦うとするのならば、一対一である事を譲れなかった。
それ程の自信が出来るような実力はまだ、得られてないのだが。
……正直なところ、誕生したネルギガンテをどうしたいか、そんな事は全く何も思い浮かんでいない。
育てたいとは思う。けれどその後、しっかりと成長したネルギガンテに対して自分は何を望んでいるのか。
考えても答えは出てこない。
「……明日は古龍の素材も持ってくるか」
キリンの干からびた肉体が自重でぽきりと折れたのを見て、そう決めた。
*
翌日に訪れてみると、今やもう、ネルギガンテとしての体はほぼほぼ完成されていた。
養分を吸い尽くしたからか、胎盤のようにキリンと繋がっている棘の先も簡単に千切れそうで、持ってきた古龍の血の瓶の蓋を開けてみれば、そのケルピ程の大きさのネルギガンテが薄らと目を開けた。
「ウ……グァ……」
まだ、棘は一本も生えておらず、角もあるかどうか。
けれど、起き上がれば早速鼻を嗅ぎ、狩人の手に持っているものがその正体だと分かるといきなり飛びかかってきた。
「うおっと」
口には小さいながらも鋭い牙が既に生え揃っており、籠手を付けていてもまともに噛みつかれたら洒落にならなさそうだった。
そうして一度は避ければ、べしゃ、とネルギガンテが地面に落ちる。
その前に小さな鍋を置いて血を注げば、疑う間もなく口を突っ込んで一心不乱に飲み干し、顔を持ち上げた。
「グアッ!」
もっと! と口を血で汚して自分に吼える姿は、最初から古龍を好物とするその生態が組み込まれている事を如実に示していた。
また持ってきた数本の瓶を注いだ瞬間から、疑いもなく喜んで飲み干していくその姿を見て、自身が親と見做されている事も理解してしまった。
満腹になると、すぅ、すぅ、と穏やかな寝息を立ててネルギガンテは狩人の目の前で眠り始めてしまった。
持ってきた古龍の血は粗方飲み尽くされてしまい、流石に生まれたばかりのこのネルギガンテは置いていくにしては余りにも心許ない。
隠しておくにしても、持っている古龍の素材はそう多くない。食い尽くされた後の事を考えてしまうと、ネルギガンテが独り立ち出来るまで自身が一人で古龍を狩り続けるというのは余りにも現実的ではなかった。
まだ棘の生えない体を優しく撫でれば、それだけで肉体の内からのエネルギーを感じ取れる。飲み干したばかりの古龍の血を一滴も無駄にせず、一刻も早くこの貧弱な肉体から脱却しようと激しい勢いで成長しているようだった。
「……無理だな」
生まれてきて、強く実感してしまう。
古龍など、特に自分が憧れてもいたネルギガンテという存在は、生まれたばかりであろうとも、自分の手だけで御せる存在ではない。
けれど、それでも。
まだ小さく、可愛い存在であるこのネルギガンテを、後少しだけ、せめて今日限りは独占していたい。
そう願って、日が暮れるまで、狩人は眠り続けるネルギガンテの側で座り続けていた。
そして、ネルギガンテが目を覚まして、腹が減ったと訴えるのに対して。
「……やっぱり無理だ」
この存在を誰かに引き渡すなんて、共有するなんて。
だから。
「少し、少しだけ待ってろよな」
そう言って、狩人は外へと駆け出していった。
ネルギガンテはまだこの体が弱々しいと理解しているのか、幸いにも追って来る事はなかった。
*
深夜にアステラへと戻ってきた狩人は、大半が寝静まった中、こっそりとマイハウスへと戻る。
専属ルームサービスを付けるような豪華なマイハウスを所有していなかった事が幸いして、殆ど人に気付かれないままに荷物を手早く整理する。
持っていきたいものは数多にあるが、それでも自分の信じる武器と防具と護石を選び抜き、そして集めていた古龍の素材を大きな鞄に詰めに詰めて再び外へと出ていく。
……行方不明も時折ある事だ。
だから、きっと捜索もされないはずさ。
そう都合良く考えて、飛竜に乗って陸珊瑚の台地へと戻っていく。
どこに身を隠すべきか。一人気付かれずにどうやって古龍を倒すべきか。
何も決まっていない。選んだ道には不安しかない。
でも、それでも、この生まれたばかりのネルギガンテは誰にも渡したくなかった。この先どうなろうとも、自分の手だけで育てたいという欲望は抑え切れるものではなかった。
「ただいま」
律儀に待っていたネルギガンテは、大荷物を抱えて帰ってきた狩人の、その鞄に早速興味を示す。
中には古龍の素材がたっぷり詰まっている事を理解しているのだろう。
でも。
「もっと遠くに、身を隠さなきゃな」
鞄をここで開ける事はせずに、行くぞと外へと誘い出す。
それに対し、ネルギガンテは素直に付いてきた。やはり、自分が弱い事を理解している。これからどれだけの時間になるかは分からないが、少なくとも親に庇護される時間はあるのだ。
目指すべきはまだ皆が調査を進めていないような、それでいて古龍が近くに居るような、そんな場所。
龍結晶の地の周りはまだ未開な場所ばかりだ。そこらに一つくらい、身を隠せるような場所はあるだろう。もしそれが竜の住処だったなら、奪えば良い。
そう決めて、淡い月明かりの下、狩人は小さなネルギガンテを連れて歩き始める。
「ま、なんとかなるさ。なぁ?」
「……グゥ?」
隣を小走りに付いてくるネルギガンテは、その空元気に声だけは返してくれた。
気付けば、もう棘が全身から生え始めていた。
この頃、寝る時に誰かが隣で一緒に寝ていたなら寝るのにそんなに時間掛からないんだろうなーって思う事が多くて、理想を言えばネルギガンテ(次点でマガイマガド)に抱えられて寝たいなぁ、っていう、そんな妄想から始まった話。
現実的に言えばシベリアンハスキーとかが隣に居て欲しい。チェンソーマンみたいに。
見切り発車なんで、次回投稿予定日は未定。
(健全に)抱き抱えられて眠りたい
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