剣戟は、時を経るに連れて幾らでも鋭くなるようだった。
距離を取っての攻撃は簡単に避けられ、詰めればほぼ確実にどこかしらに傷を負う。
削られているのは自分の方だと、このまま何事もなかったら敗北するのは自分だろうと。
だが、それと同時に狩人が焦っている事にもナナ・テスカトリは気付いていた。
自身の大技を、間近に居たのに耐えられた事。その時に何か妙なものを身につけていた事。そしてそれを破いてから攻撃がより積極的になった事。
それだけの要素があれば、何であれ気付く。
妙なものがあったこそ、自分の大技は耐えられた。妙なものはもう無い。次は耐えられない。
だから、ナナ・テスカトリはもう、積極的に攻める事はしなかった。とりわけ、自分から距離を詰めるような事はしなかった。
この狩人を逃さないように炎を撒き散らしつつ、自分の炎が最高に猛るのを待てば良い。ただそれだけで、狩人はもう為す術はない。これ以上無駄に傷を負う事もない。
そう確信していた。
それは実際、正しかった。
纏う塵粉が失せたタイミング。ここで深手を負わせなければいけないと積極的に攻めた。再び塵粉を纏えるまでの間、攻めて来ないナナ・テスカトリを追って、追うものの、避けられてしまい、結果、傷を与える事は殆ど出来なかった。
更に塵粉を再び纏い始めれば、狩人に直接当てるのではなく、逃さないようにばら撒いてくる。
近寄ろうとすれば、噛みつこうだとか叩こうだとかそんな意志も全く見せずに、冷淡に逃げ続ける。
視界を封じる閃光弾も使い尽くしていた。使っても、クシャルダオラのように墜落する事もなく飛び続けるナナ・テスカトリには、その隙に傷を与える事も出来ていなかった。
……どうすれば。
月光と蒼炎で照らされる龍結晶の地が、今や地獄そのものだ。
他の古龍だったならば逃げる事も容易かったが、長く延焼し続ける炎をばら撒くナナ・テスカトリにそれは苦難の技だった。
逃げられるような退路には、常に強く炎を置かれている。それ故に、ナナ・テスカトリの塵粉が最高潮になるまでの時間も先程より延びてもいるが、対応策も見つからない現状では真綿で首を絞められているに等しかった。
ボウガン使いだったら、こんな悩む事もなかったのにな。
自嘲気味にそう思う。
次のヘルフレアまでに、これ程に徹底しているナナ・テスカトリを倒す事など出来やしない。
厚い炎の壁を無理矢理突破して抜けようとすれば、秘薬でも癒せないような深手を負った上で、追ってきたナナ・テスカトリに仕留められるだろう。
その上で、一番可能性があるのはヘルフレアをどうにかして避ける事だ。そうすれば、流石にナナ・テスカトリも疲労するだろうから、再び攻めに転じられる可能性は大いにある。
ただ……その難度はとても高い。幸い、今居るフィールドはかなり広い方であるが、ナナ・テスカトリのヘルフレアの熱気が致命傷にならない程に離れようとすれば、すぐに崖や壁にぶちあたってしまう。
そんな範囲の広いヘルフレアを、ナナ・テスカトリが執拗に当てようとしてきたら、正直に避けられる気は余りしなかった。
不動の装衣も、持ってきてはいなかった。アレは自らの感覚を鈍化させて、ありとあらゆる攻撃を食らっても平然としていられるようにする効果を持つ。だがそれ故に、気付かない内に傷を受け過ぎて動けなくなったりだとか、効果が切れたと同時に戻る感覚、全身に走る激痛でショック死してしまうなど、そんな作用をももたらしてしまう諸刃の剣でもあった。そんな代物を古龍相手に使うのは余りにもリスキーだったから。
でも、今となっては後悔していた。即死する威力を持たないヘルフレアに対しては、せめて薬を口にし続けられれば生き残れるだろうから。
とにかく、とにかく。
すべき事は。
焦りながらも、狩人は自分に言い聞かせる。
ナナ・テスカトリの動きを目に焼き付けろ。こいつは自分をヘルフレアで仕留めようとする時、どのように動いてくる? それだけを考え続けて、不発させろ。それしか生き延びる術はない。
そして、ネルギガンテにナナ・テスカトリを持ち帰るのだ。
絶対に。絶対に!
*
理性は、本能の前には脆過ぎた。
初めてなのに自由自在に空を飛べる事への驚きも、初めて勢い良く空を飛ぶ心地良さも、喰らいたいという欲求に塗り尽くされている。
龍結晶が数多に聳える地に、青い光がちらちらと見え始めている。この体が感じるエネルギーの源はそこからだった。
動かし続けていた翼を広げて滑空へと移る。
風を切り裂きながら、勢い良く高度を落としながらその場所へと向かっていく。
口から垂れ続けている涎が肩や翼に流れていく。
しかし、それでも本能はまた、理解していた。自分の力は、そのエネルギーを持つ相手には遠く及ばないと。
理性は、本能の前には脆過ぎた。しかし、本能は理性を必要とした。
敵はどのようにしているのか。親はどこにいるのか。今の肉体をどう使えば、自分はあの敵を喰らう事が出来るのか。
敵の意識は、完全に親ばかりに向いていた。親もまた、敵にばかり意識を向けていて、共に空から来る自分に気付いていなかった。
一撃なら入れられる。
本能までもがそれを理解する。古龍の捕食者としての本能が、それを理解する。
体を自然に傾け、旋回していく。敵の死角を維持したまま。
そしてこの身が生まれながらに覚えている、その最大の一撃を叩き込める距離、角度へと潜り込んでいった。
*
ナナ・テスカトリの纏う塵粉は、再び最高潮にまで活性化していた。
今にもヘルフレアを放てるナナ・テスカトリに対して、閉ざされたフィールドにおいて追い詰められないように立ち回るなど、やはり無理にも程があった。
焼き殺されるのは時間の問題でしかなかった。
己は優秀な狩人と自覚していた。しかし、それでも自分は凡の部類に入る狩人だったのだ。
そんな諦観が体に染み込んでいくその時、狩人は視界の隅に黒い塊が入ってきたのにとても驚き、けれどそれに目を移す事は必死に堪えた。
ナナ・テスカトリの死角へと潜り込みながら、最大の一撃を虎視眈々と狙っているその姿。一度も狩りをした事もないはずだ。そもそも、まともに空を飛んだ事すらないはずだ。
それなのに、まるで当然のように飛んでいる。屠ろうと狙っている。
生まれて五十日と少しばかり。それなのに古龍を喰らう古龍としての威厳が、もうその身に付き始めていた。
ならば、俺のする事は変わらない。逃げて、逃げて、ネルギガンテが位置に付くのに時間を稼げ。
蒼炎が狩人の脇を貫き、炎の壁を作り出す。後ろは崖。前に向かったと同時にヘルフレアを放たれてしまえば、その範囲からは逃れられない。
炎の壁とは逆方向に足を動かせば、そちらへの移動も封じるように再び蒼炎が貫いた。
左右への移動も封じられた。
そしてナナ・テスカトリが、出来た道をにじり寄って来る。両脇を抜かれないように、確実に追い詰めて仕留められるように。
炎の壁が突破出来る程に弱まってくれるのが先か、使った塵粉を補充し終えてヘルフレアをぶちかまされるのが先か、それとも、最大火力でないにせよ、ヘルフレアを放ってくるのか。
秘薬を使う事覚悟で炎の壁を強引に突破する? 最大火力でヘルフレアを放つ事に拘っていると賭けてナナ・テスカトリに突っ込む? それとももう少し様子見か?
悩む時間そのものが悪手に思えて、狩人は前へと駆けた。それに対し、ナナ・テスカトリはそれを読んでいた、あるいは想定の中に入れてたのか、後ろに跳ぶと同時に、すぅ、と息を吸った。
賭けに勝った、そう思うも束の間、横薙ぎの、射程の長い火炎放射が飛んでくる。
跳んで躱せば、火炎放射は引き返して戻ってくる。跳んで躱せない高さになって来たそれを、今度は伏せてやり過ごして、直後に体を跳ね起こす。
ナナ・テスカトリの背後、その空高くに滞空しているネルギガンテ。
高度からして、破棘滅尽旋・天を行うつもりなのだろう。それはきっと、ネルギガンテという種の遺伝子に刻み込まれた所作。
だが、その地点で羽ばたきを繰り返しているその姿は、慎重に位置を定めているように見えた。遺伝子に刻み込まれようとも生まれて初めて、体格差も強く劣る今の肉体で致命傷を負わせる為に、緊張しているようだった。
「ふーっ……」
喉が焼けて、血混じりの乾いた息を吐き出す。
じゃあ、俺がすべき事は。
息を吐いた狩人は、ナナ・テスカトリに再び距離を詰めてきた。
ナナ・テスカトリは目を見張った。それは自殺行為にしか見えなかった。それに合わせて必殺を放てば、この狩人は逃げる事も適わず焼き尽くせるだろう。
だからこそ、まだ隠している手がある、自らの必殺を躱せる手があると疑った。
更に後ろへと下がり、寄せ付けないように塵粉をばら撒く。
「……?」
風向きでも変わったか? 塵粉が僅かに、意図した場所とずれた。
だが直前で足を止めた狩人は、先程までは薄れていた殺意を再び剥き出しにしていて、目を逸らせなかった。
……何をしてくる?
そこで一つの可能性に思い当たった。狩人は、必ずしも一人で攻め立ててくる存在ではない。
その瞬間、この狩人が囮に徹しているように思えて。
咄嗟に背後を振り返った。そこには誰も居なかった。
風向きが変わった事を思い出す。空を見上げた。黒くて小さい、棘で覆われた古龍が居た。
初めて見る容姿だったが、翼と四肢を持ち合わせているその姿は明らかに古龍だった。
思わず意識を奪われたその瞬間、後ろ足に激しい痛みが走った。
「グッ、ガアッ!」
狩人が牙を叩きつけていた。
だが、こいつさえ殺してしまえば、古龍と言えどあんな小さな奴、どうとでもなる!
ナナ・テスカトリは翼を広げて強く跳躍し、最大限に纏わせた塵粉を一斉に着火、放とうとして。
その古龍が凄まじい勢いで突っ込んできたのを、まともに喰らった。
生える棘の数々がナナ・テスカトリの甲殻を貫いて突き刺さった。
塵粉は着火する前に散り散りになり、ナナ・テスカトリは地面へと叩きつけられた。
同時にごろごろと転がっていくネルギガンテは、それが致命傷になっていない事を実感していた。
棘が幾ら突き刺さろうとも、地面へと叩きつけても、この体はまだ古龍の体を砕くには軽過ぎた。
その証拠に、ぐ、ぐぐ、とナナ・テスカトリがすぐに立ち上がってくる。
でも、それでも大丈夫だと知っていた。致命傷ではないが、致命傷に繋がると知っていた。
ナナ・テスカトリが、自分を殺意に満ちた形相で睨みつけてくる……のが、歪んだ。
「カッ」
激しい痛みと怒りに呑まれ、再びネルギガンテに全ての意識が向いてしまったその瞬間、狩人の牙がナナ・テスカトリの首筋に食い込んだ。
突き刺さった片手剣。咄嗟に身を振って抵抗しようとするナナ・テスカトリだったが。
がつ、とその頭を、起き上がったネルギガンテに掴まれた。
「ぉぉぉぉお゛お゛お゛お゛お゛!!」
乾き切った喉から血と共に悲鳴のような咆哮を上げながら。
片手剣を両手で掴み直す。地面を踏み締め、全身の筋肉が張り裂けそうになる程の力を込める。
ぎち、ぎちち、とその甲殻が内側の血筋と共に引き裂かれていく。
それに対し、ナナ・テスカトリはもう、抵抗しなかった。ただただ、どうして古龍と狩人が共闘しているのかという疑問の目をネルギガンテに向けながら、どうしてそんな訳の分からない事に自分が巻き込まれて死んでいくのか、どれもこれもを微塵すら理解出来ないまま。
「お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛!!」
ぶしゅぅ。
「…………」
目から光を失わせていった。
*
倒れたナナ・テスカトリ。
以前のように狩人はその血を全身に浴びながらも。
「……ぁぁ」
そんな事など気にせず、地面に尻餅をついた。
どうしてか来たネルギガンテも、初めての、それも古龍の狩りに緊張していたところがあったのか、腰が抜けたように倒れ込む。
狩人は、早速ポーチから余っていた回復薬を一気に飲み干していった。
「……っふぅー……」
どうにか傷を癒やされ、湿り気も取り戻した喉が、少しばかり声を出す事を許してくれる。
志半ばで死んでしまう事を覚悟していた。ネルギガンテが来ていなかったら、俺は確実にナナ・テスカトリに敗北していただろう。
……そもそもどうして、ネルギガンテは来たのだろう?
自分の実力も理解していただろうに。まだ狩りの一つもした事がなかったのに。
けれど、その疑問はすぐに解決される事になる。
ネルギガンテは起き上がると、自分が大丈夫そうな事を確かめるようにこちらを向いた。
涎をぼたぼたと垂らしながら。
「……食え食え。我慢しきれなかったんだろ、お前」
要するに、そういう事だ。
言えば、ネルギガンテは早速狩人が切り裂いた首筋から、牙を突き立てて貪り食い始めた。
前足が落ち着かないように何度もナナ・テスカトリを抑えつけ直し、翼や尻尾すらも意味なく動きまくっている。
更に全身の棘すら勝手に伸びて生え変わっていき。
古龍を喰らう喜びを全身で表現しているその姿は、狩人にとっては微笑しく、全身の痛みも忘れて見入ってしまうものでもあり。
それと同時に、ネルギガンテと共に暮らせる時に終わりが近付いている事に、強く寂しさも覚えていた。
古龍との戦闘はこの話でそんなに重視するもんじゃないし、端折って終わらせてしまおうとか思ってたんだけど……じゃあナナ・テスカトリなんて苦戦する古龍選ぶなよって話。
ただ古龍との戦闘も端折ってしまったら、それはそれで味気ないって思ってたんだろうな。
この狩人、テオ・テスカトルとかクシャルダオラとかなら、普通にタイマンでそこまで苦戦せず倒してしまいそうだし、狩って来たよー! さあお食べ! じゃ流石につまんないし……。
要するに必然って訳です。
ついでに、テオとクシャがMHWではナナの害悪さに隠れてしまうのが悪い。イヴェルカーナも正統派だし。
不動の装衣と転身の装衣を、無理矢理にでも理屈付けるとするなら、不動の装衣は感覚神経の鈍化、転身の装衣は感覚神経の鋭敏化かなぁ、って思ってる。
それ故に不動の装衣は、身につけている間の出血に気付かずに体が動かなくなったりだとか、外した瞬間一気に戻った痛覚でショック死するリスクがあり、
転身の装衣は、身につけている間に万一にでもダメージを食らったら、通常よりも遥かに強い痛みが全身を駆け巡ってショック死するリスクがある。
後、日間短編ランキングとかに入っていたようで。
評価やらfavやらありがとうございます。
(健全に)抱き抱えられて眠りたい
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テオ・テスカトル
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クシャルダオラ
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オオナズチ
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ナナ・テスカトリ
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マム・タロト
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イヴェルカーナ
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ネロミェール
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バルファルク
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メル・ゼナ
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他古龍